球根栽培法

前回ちょろっと紹介した、松田道雄「私の読んだ本」(岩波新書)を読み終えました。松田先生の本、実はたいして数は読んでいないのだけど、なぜか実家にあった「恋愛なんかやめておけ」を高校生のころに読んでいたく心を動かされたのをそもそものはじまりとして、言うまでもなく映画もすばらしい「私は二歳」だとか、帰省する途中の電車で読んで興奮し、そのまま実家の母にこれ読め!と押し付けてきた「私は女性にしか期待しない」だとかが、人生の折々にぽつりぽつりとくさびのように打ち込まれている感じです。

「私の読んだ本」は、20世紀初頭生まれのインテリなら誰もがたどった道であるところの「マルクス主義と私」の回想の側面も大いにある。戦前~戦中にかけてのおっかなびっくりこそこそしながらの読書、敗戦による解放感、そして共産党の内紛による幻滅、と、「そういうこと」があったことはもちろん知っていましたが、松田先生の話、として聞くと、すうーっと水がしみこむように体に入ってくる。所感派と国際派の分裂のあたりも、Wikipediaで何度読んでもどうも覚えられなかったのに、松田先生が、所感派は主流派であるはずなのに地下にもぐって……などと的確な説明をしてくれるので、分かりやすい。

ところで、「球根栽培法」とは、分裂して武装闘争路線をとっていた所感派の機関誌の、偽装のための書名で、このネーミング・センスののどかさが、前から好きだったなあ。もちろん、その名前を考えたひとたちは必死だったわけだけど……。

それにしても松田先生の学習意欲にはおそるべきものがある。医者としての仕事が終わると図書館で医書に目を通し、帰宅してからはマルクス主義の勉強をし、文学書を読む。それと同時に複数の外国語を身につけてしまう。泣かせるのが軍事教練を受けていたときのエピソードで、帰ったらあんな本を読もうこんな本を読もう、と、手帳に記した書名の一覧を「読んで」いたのだ。

さっきから先生先生と書いているのは、松田道雄が医者だからというわけではなく、わたしが彼の書くものの人間性に、全面的かどうかはわからないまでも、圧倒的な信頼を置いているから。ほかにはたとえば、佐藤忠男や山口瞳のことも、わたしはそういう風に読んでいる、というか、そういう風にしか読むことができないのです。

先生の専門の育児関係の本は(「私は二歳」なんかは別として)まだ読んだことがないので、それは、わたしが将来もし妊娠でもしたら、読んでみるつもり。

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このブログは読んでいるけれどPPFNPに遊びに来たことはまだない、というような方、もしおられましたらぜひ足をお運びいただきたい。ジョー長岡さんのアンプラグド・ライヴ、必ずやご満足いただけると確信しておりますので。もちろんそう言い切ってしまえるような、万人向けの音楽なんてあるはずがないのも知ってるけどね。

会場のエッジエンドは狭くはないけれども、小ぢんまりとしたお店です。隣のひとと話ができるくらいの音量で、古今東西の軽音楽がかかります。おしゃべりしたりお酒を飲んだり、もちろん踊ってくれてもけっこう。ちなみにいままでかかった曲はこんな感じ。よそで聴けない曲もたくさん聴けて、お耳に栄養が行き渡りますよ。

たくさんのみなさまのお越しをお待ちしております。
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by soundofmusic | 2009-07-23 05:12 | 日記 | Comments(0)


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