ディスク・レヴューのあった時代

どうもごぶさたです。とくになにもいつも以上の異状はありません。家にいたり仕事に行ったり映画見たりしてました。

---

いつもお読みになっている方は、このブログには意外にも?音楽ネタが少ないことにお気づきになられたり、不審に思われたり、残念に感じられたり、あるいはしているかもしれず、オススメのアルバムについて教えてほしいと言ってくるかもしれないけれど、こっちとしちゃそんな話、ぜんぜんしたい気分じゃないんだな。

あれ? こういう書き出しのなんか、どっかにありましたよね。この調子で行くと、お気に入りのアルバムについて話をしないのは自分の小遣いで買っているからだ、ってなりそうだけど、別にそういうわけでもない。そのときどきでよく聴いていたり、みなさんに聴いてほしいと思っている曲はDJのときに使うことが多いし、そしてその場でなにか訊ねられれば答えるし、あとでセットリストを出してコメントを書くから、それでオススメ活動は終了、となるからかも。

というのは、いまや、ネット上で試聴できない音楽はない、と言いたくなるほどの大試聴時代だからで、つまりひとことふたことの説明を読んでもし聴きたくなれば自分で探せば済むことだし、ついでならば試聴できるどこかのリンクを紹介しておけばより親切。そういう時代に、1枚のアルバムに数千字の言葉を尽くすのは書くほうによっても読むほうにとってもいささかうっとうしいんじゃないか。で、そういう長々としたレヴューに限って、書き手の高校時代の思い出だとか、あるいは朝飯の納豆の話だとかから始まっていて、読んでいるこっちをイラッとさせたりするならわしだし。

---

もっともこっちはあえてそれに対抗?して、直枝政広「宇宙の柳、たましいの下着」を読んではそこに紹介されていた何枚かのアルバムをとくに試聴もせずに買ってみたりした(これは信用に足る本だから)。いま読み始めた「マーシャル・マクルーハン広告代理店。小西康陽。」においても、おそらく同じことが何度か起こるだろう。

そして考えてみたら、本については最近、そうした直接反応な買い方しかほとんどしてない。電車の中で本を読んでいて、そこに載っていた本を、家に帰ってくるや否や、アマゾン・マーケットプレイスで注文する、という。たぶん本は試聴ができないから。

---

d0000025_6583499.jpgと、相当うっとうしい前置きに続いて、萩原健一が77年に出した『Nadja・愛の世界』というアルバムを紹介してみます。最近聴いてよかったアルバムというと、サントラ『サブウェイ・パニック』(オリジナルのほう)、アイアン&ワイン『ザ・シェパーズ・ドッグ』、ポスタル・サーヴィス『ギヴ・アップ』(いまさら)、ふちがみとふなと『ヒーのワルツ』(酒井俊との合同ライヴも見に行った。よかった)、サヒブ・シハブ『コンパニオンシップ』、岩渕まこと『スーパー・ムーン』あたりがあり、ほかにも聴き切れていないCDがけっこうな量あるのですが、意外性、入手経路、そしてもちろん音楽そのもの、もろもろ含めて『Nadja・愛の世界』にはじわじわと効いてくるものがありました。

まずこのジャケが微妙で……新宿の西口にこういう、筒っていうか、ファミレスの机の上においてある伝票をくるくるってして入れるプラスチックのやつみたいのがありますよね。そこに入っている伝票≠ショーケンの憮然とした表情、およそジャケ写に似つかわしくない。

この顔の男がどんなうたを聞かせてくれるのか、と思うと、流れてくるのはやけにゴージャスなブラスとストリングス、そしてそこに埋没してかろうじてこちらに届いてくる声。曲によっては、女声コーラスのほうがはるかに録音レヴェルが高い。バンドの演奏はブリティッシュな湿気を帯びて、よくしなっている。ギターだけがひとり、硬質に切り込んでくる。

これはなんだろう。なんどか繰り返して聴いているうちに、まったく独立して存在しているかのように見えたこの音楽の居場所が、少しずつ見えてくる。これはセルジュ・ゲンスブールの『メロディ・ネルソン』と『キャベツ野郎』の間に置かれるべきアルバムであり、加藤和彦の『あの頃、マリー・ローランサン』とはいとこ同士、ベックの『シー・チェンジ』の歳の離れた兄貴にあたる、そんな音楽。ケヴィン・エアーズやルー・リードとはいわば同級生。

音楽監督は井上尭之と大野克夫が半分ずつ担当しているようだけど、人気者のアルバムとはとても思えない引っ込んだヴォーカルは、誰の意向だったのか。ただし引っ込んでいるし埋もれてもいるけれど、音の埋もれ具合のわりには言葉はびっくりするほどきちんと届いてくる。聴き進めるにつれて声がしだいに前に出てくる気がするのは、たぶんそういう風にミックスしていっているからだろう。脇役が最後には主役を喰う、よくある話。それを自分が主役の作品でやるのは、普通じゃないけれども。

「羅臼から」には、北の漁港でショーケンと田中邦衛がもにょもにょする神代辰巳の映画「アフリカの光」をどうしても思いださせられる。ほかの曲も、もらった役を淡々とひとつひとつこなすようだと言えばいいか、ショーケン本人は意外なほど目立たず、浮かんでくるのは風景だったりムードだったり。クールという名の自己主張のポーズではなくて、徹底的に作りこまれた無関心。バーボンよりも味噌汁が似合う、異形のAOR。30年以上前に、日本のロックがこんなつぶやきを完成させていたことは覚えておいていい。

---

最後に。このCDは、ある方からのいただきものです。リクエストにお応えしてレヴューを書いてみましたが、なまじっかな名盤だけに、難しい。これなら、とくにおもしろいとも思わない音楽をウソついて褒めるほうがよっぽど楽。ともあれ、自主的にはたぶん出会わなかったであろうこの音楽を教えてくれたことに感謝。そして、この文章を介してまた誰かの手元にこのアルバムが届くことをちょっぴり期待しつつ。

[PR]
by soundofmusic | 2009-08-12 06:59 | 日記 | Comments(2)
Commented by showken-fun at 2009-08-16 01:21 x
はじめまして。
すばらしいレビュー、堪能させていただきました。ありがとうございました。

こちらの記事、ぜひウチのブログにリンクさせていただきたいのですが。
どうぞよろしくお願いいたします。
Commented by soundofmusic at 2009-08-16 12:02
こんにちは。
いやあ、恐れ入ります。こんなものでよろしければ、どうぞリンクしてやってくださいませ。ありがとうございます。


<< 突風 ギター or iPod >>