パッケージ

d0000025_0494623.jpgご存知の方はご存知のとおり、わたしは最近忙しくてしばらくふわふわした気分で、そのくせいつもとそんなに変わらぬペースで遊んでいるのでちっともあれこれの片づけが進んでいません。

この間、アンケート冊子の印刷(提出された部分=版下ができた部分から、順に印刷しています)をしに行ったら、印刷所が不意に休み。いつもなんとなく火曜日が休みっぽい、と認識していたら、月に1回水曜日が休みなのでした。印刷してから映画を見るつもりだったので、時間が余ってしまい、ブックオフで時間をつぶして、『フォーキー・リラクシン・フォー・リヴィング』という、プレスティッジのフォークのオムニバス盤を買った。

たぶん鈴木惣一朗がコンパイルしたこのシリーズはたしか全部で3枚か4枚くらい出てるんだろうか、全体に統一感のあるデザインのせいで、どれを持っているのか思い出せなくなる。これも、持っている恐れがたぶんにあったのだけど安かったので買ってみたら運よく持っていなくて、家に帰ってコーヒーを飲みながらライナーノーツを読んでいたらこれがなかなかためになる。

いま職場に来てしまったので正確な引用ができないのだけど、フォークウェイズの録音は学問としての民俗音楽の採集で、プレスティッジのそれは商業的なパッケージ化をほどこすことによってコンサヴァな白人リスナーにも強く訴え、結果的にそれがフォーク・リヴァイヴァルを引き起こす一因となった、的な趣旨だったと思う。

端的に言えば要はつまり、こぎれいな写真のついたニートな感じのジャケに入って提供されることによって、「あ、こういう音楽、ぼくらが聴いていいんだ」とみんなが思った、ということ。一応、理屈としては、聴いていい音楽とか悪い音楽とかないわけなので、誰でもタワレコの専門フロアやアマゾンの端っこのほうに分け入っていって金など出して目的のCDを買い求めればいいわけなんだけど、実際問題そうもいかない。

こうした、潜在的な欲望の掘り起こし(いや、そもそも存在すらしなかった欲望の創出、なのかも)は、音楽業界においてはCD時代以降とくに盛んになったけれど、映画についてはまだまだやれることはたくさんあると思う。つまり、年代もジャンルもごちゃまぜにしたミックスCDみたいな特集上映はもっともっとおこなわれていいはず。特集上映の企画者は、DJとかコンピレイションの選曲者/監修者、あるいは美術展のキュレイターみたいな、かっこよくて責任のある立場になりうるはずなんだがな。現時点ではまだ、企画者の個人名が表面に出てくることすらほとんどなくて、どうしても、どこそこの映画館のプログラムは好み、といった建物単位になっている。むろんそれが悪いというのではないけれど。
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by soundofmusic | 2010-02-19 00:51 | 日記 | Comments(0)


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