さて、意地になったようにモーズ・アリスンのネタを続けてみます。来日公演の予約は、今週末の24日(土)から受付開始ね。忘れないようにしないと。以下、mixiのモーズ・コミュで仕入れたネタを転載します。

まずは、1964年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルのライヴが聴けるのがこちら。フルサイズで全5曲。一応会員登録(無料)が必要ですが、届いた仮登録メール内のリンクをクリックして本登録……とかそういった面倒なアレはなく、すぐ聴けます。スラム・ステュアート(ベース)とジョー・ジョーンズ(ドラムス)とによるトリオ。バップ・ピアノをバリバリ弾きまくるモーズ、かっこいいです。

そして、最近のインタヴューとライヴ(3曲)が聴けるのはこちら。会員登録不要です。演奏も歌も上述の64年からするとだいぶ枯れていて、それはそれでいいのですが、インタヴューがもう完全に老人の口調です。82歳だから、老人なんだけど。

そのインタヴューで驚いたのは、カーネギー・ホールでザ・フーへのトリビュート・コンサートがあって、そこにモーズが出た、という話。こうした催しはたいてい、ザ・フーを慕うひとたちが出てきてザ・フーの曲をやるもんでしょうが、カヴァーされた元のひとが出てくるのは珍しい。

ちょっと調べてみたら、所属レーベルであるANTI-のサイトにちゃんと載ってました(英語)。モーズのことが“legendary jazz/blues artist and sardonic social commentator”と紹介されている。“The English rockers saved my life”というモーズ本人の発言もある。やっぱり自分でもそう思ってんのか。

さらに探してみると、そのカーネギー・ホールに行ったひとのブログ記事(英語)に行き当たった。あんなひとやこんなひとが出てきた、と書かれている中に、「名前を紹介するにも値しない、音楽的にも人格的にも耐えられないニューヨーク出身のバンド」が登場したとの記載もあって、そんなこと言われたら、どんなバンドなのか気になってしまうじゃないか。

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東理夫「アメリカは歌う。」(作品社)を読みました。結論から言って、ひさびさにためになり、かつ興奮する読書でした。

4章立てで、いろんな歌に出てくる伝説の労働者、ジョン・ヘンリーの軌跡を追う第1章はまあそれなり、という感じで読んでいたんだけど、アパラチアあたりのマーダー・バラッドの成立をたどる2章目で未知のアメリカへの扉が大きく開き、ニグロ・スピリチュアルの歌詞に隠された意味を読み解く第3章には目からウロコが落ちまくり、で、最後、カントリーに描かれた女性の姿の変遷を、年代に沿って、丁寧で的確な歌詞の引用を積み重ねながら説いていく第4章はほとんど絶え間ない知的・情緒的感動の大嵐といった感じでした。

アメリカなんていうと、田舎の農場でもでっかい冷蔵庫があって……というようなテキトーなイメージがありましたが、山ばっかりでひとが住むような土地でなかったアパラチアには、遅れて入植してきたスコットランド人とかアイルランド人がこぞって住んで閉鎖的なコミュニティを作っていたらしい。このへんの経済レヴェルは、1960年代前半まで、第3世界の国々と同程度だったというから驚いてしまう。

第3章で採り上げられているのは、黒人霊歌の歌詞が、南部から北部へと逃亡する奴隷たちの暗号としても使われていたのではないかという説。このころ、諸州には、そうした奴隷たちをかくまって滞在させたり北部へ逃がしてやったりする支援組織があって、それは「地下鉄道」と呼ばれていたのだとか。なんか、ピンチョンの小説に出てきそうな話でもあるね。

感動の第4章。パッツィー・モンタナがカウガールの服装で歌った「アイ・ワナ・ビー・ア・カウボーイ・スウィートハート」が、アパラチアから西部にかけての無骨な男たちをとりこにした様子。と同時に、田舎のあどけない娘たちもそうしたイデオロギーに感化されて男尊女卑的志向が確立する。しかしやっぱり歌は世につれ、で、ロックやフォークといった外側からの荒波と、内側からの揺さぶりとで、旧態依然としたように見えるカントリーも、長い時間をかけてゆっくりと、着実に変化して、いつの間にか引き返せないところにまで来てしまっている。

ここに紹介されているうたのいくつかを、さっき、YouTubeで聴いていた。全然知らないものばかり。わたしはたぶん一般の音楽ファンの平均よりはカントリーにだいぶ興味があるほうだとは思うけど、まったく詳しくはないし、最新のカントリーの動向なんてこれっぽっちも耳にしない。だからといってアメリカでもすたれている音楽とかそういうわけではなく、単に日本に入ってこないけどそこにあるものとして存在しているだけなんだろう。

こういうものを読んでしまうと、1か月くらいかけてアメリカの田舎を周遊しなくてはいけないな、と拳を固めてはみるものの、いろいろ現実的なことを考えると、その拳はほどかざるをえないのが残念だ。国際免許を取ってレンタカーを借りるか……サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」みたいにグレイハウンドを乗り継ぐか……いずれにしてもアメリカの田舎は遠いし、あまりにも未知でありすぎている。
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by soundofmusic | 2010-07-22 01:31 | 日記 | Comments(0)


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