内輪の言葉

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なんか最近、ネットを見ていると「森山くんのダンス最高!」だとか「森山くんかっこいい」だとかの字面を目にすることが多く、なんぼのもんじゃいっ、と思いつつ大根仁「モテキ」、見てきました。平日の日中、若い男女でかなり混雑している映画館っていうのも、少なくともわたしはひさしぶりで、映画の内容ともども、なにかと勉強にはなりました。ちなみに原作の漫画、TV版ともまったくノータッチです。

この映画に対して、ツイッターやりながら音楽フェスに行くような、あまりに特定の世代および趣味層に向けられている、要するに内輪向けである、という批判は当然ありうるんだろうと思いましたが、そのへんについてはとくに気にならなくて、というのは、わたしもそうした「サブカル」趣味だからということではなくて、結局、何かを内輪だと指摘することは、じゃあお前のしゃべっている言葉はどうなんだ、と打ち返される可能性を常にはらんでいるものだからということで、高橋源一郎のエッセイ「内輪の言葉を喋る者は誰か」(『文学がこんなにわかっていいかしら』所収)を思い出したりしていたのでした。

たしかこの件で高橋とやりあっていたのはおもに富岡多恵子だと思うんだけど、高橋に対する批判のなかには、かなり理不尽なものもあったと記憶している。具体的には、荻窪だとか国立だとかいちいち細かく書かれてもそんなのわからないとか言われてた、たしか。そういう批判は批判で昔からずっとあって、ただしわたしが気にしているのはちょうど逆方向のことなんだよね。マンガなんかで、あきらかにマクドナルドを模したロゴのハンバーガー屋が出てきて、店名がマタドナルゾとかだったりするじゃない。ああいうことを無自覚に続けるうちに、確実になにかが死んでいく、とわたしは思う。もちろん、そのマンガが載っている雑誌の会社にしたら、マクドナルドと無用なトラブルを起こしたくはないだろうけど、ふだんわたしたちがマクドナルドに行ってマクドナルドの話をしてマクドナルドを食っているとしたら、それがタブーになるのはなぜなんだ? 訴えられたら困るって? そんなんで訴えるのがダサい、という世の中になってないのがおかしい。ディズニーランドでもいい。ディズニーランドでスリにあった話を誰もかけないとしたら。「モテキ」でよかったと思うのは実名主義で、森山未來はナタリーのライターで長澤まさみはEYESCREAMの編集者?だ。まあ、お互いメリットがあるから名前を使わせるんだろうし、わたしは、ただ実名を出してほしいというよりは、本当にかわされているような会話が聞きたいというだけではあるんだけど。

それにしても、外国の音楽とか映画なんてまったく存在しないかのようなこの世界はいっそ気持ちいい。レコード、CDの映っている量だけでいうならば、近年のメジャー・プロダクションの日本映画のなかではおそらく群を抜いているだろうに、いわゆる洋楽は、目立つものとしてはジャクソン・ブラウンだけ(一緒にドゥービーズも映ってたかな?)。出てくる日本人ミュージシャン(楽曲のみ/本人様ご出演とも)も、ほぼすべてわたしでも知ってるようなものばかりだったから、ま、ヴィレバン(劇中の表記)的なサブカルで、自分とはあまり関係ないやっておもったってのもある。10年前だったらきっともっともやもやしたり感慨があったりしただろうな。

予告篇で受けた印象だと、森山が長澤、麻生、仲、真木にモテまくるみたいだけどぜんぜんそうじゃない。「婚前特急」でも5人の彼氏のバランスはめちゃくちゃだったし、たぶんそれって脚本作るのが難しいんだろうな。とはいえ、この映画だったら、長澤まさみを見られる時間がいちばん長いほうがいいに決まってるので、そこには文句言わないよっ。

ウィルコの新譜のことも書こうと思ってたけど、マジメなこと書いて〆るのもなんだから、とりあえず長澤まさみを見とけと言っとく。「コクリコ坂から」に続いて、まさみさんグッジョブです。
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by soundofmusic | 2011-10-05 21:24 | 日記 | Comments(0)


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