ごあいさつ

d0000025_1302520.jpgあけましておめでとうございます。旧年中お世話になったみなさん、イヴェントにお越しくださったみなさん、どうもありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

1997年夏にスタートして以来、PPFNPは2か月に1回、休まずに開催してきましたが、2011年3月12日の回はさすがに当日休止にしました。そのへんの事情はここに書いてあります。地震だけだったら、開催していた可能性は高かった、と思います。そんな日に渋谷で音楽をまったり流している場所があってもいいんじゃないか、と。音楽には、炊き出しや仮設住居のような即効性はもちろんないけれど、たとえば仮に、家まで2時間歩いて帰らなくちゃいけないっていうときに、途中で焚き火やってたら、足を止めて少し休んでくでしょ。そんなイメージ。

「震災後」うんぬんというよりも1年を通してはるかに気になったのは、CDというメディアの地位の凋落で、それは何度か書いたように、ディスクユニオンの中古盤の価格の定価という形で如実に現れていると思います。とはいうものの、当たり前だけどMP3化はおろか、CD化されていない音楽だって大量にあるわけで、とにかく円盤状の媒体にはまだまだもうひとふんばりしてほしい。

フリーペーパー「サウンド・オヴ・ミュージック」は、アンケートの特大号以外の通常号を出さなかった。このあいだ紹介したキメラブックみたいなものに接すると、なんかこうがんばんなきゃ、と思うのですが、フリーペーパーを作る上での具体的ながんばり方がもう、よく分からなくなってきている。これは明らかにブログやツイッターで発言してガス抜きしているのと、あと、自分がデザイン関係の興味と才能が弱い(というか、ない)のが理由だと思います。

ほぼ「サウンド・オヴ・ミュージック」的なものとして、6月ごろ、いろんなところに書いた自分の文章を集めた冊子を作りました(詳細)。これは数年前からぼんやり考えていたことで、でも恥ずかしいので実行に移さずにいたもの。公平に見て、自分の作品集はそろそろあってもいいと思ったし、内容にはそれなりに満足しているけれども反応はきわめて鈍かった。やはり自分自身が楽しんでいるほどには自分の書いたものは他人にはウケてないのだなと思い知りました。いい勉強になった。ごく小部数しかつくってませんがそれでもまだなお残部あるので、欲しい方はお申し出ください。

とまあ、わたしの振り返りはこんな感じです。みなさんの振り返りをいま、募っております。こちらの要項をご覧の上、お気軽にご参加ください。

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さて、新年しょっぱなのDJイヴェントのお知らせ。にぎやかにお届けいたしますよ。

☆黒の試走車<テストカー> Vol.58

日時:2012年01月07日(土)19時~23時
会場:渋谷メスカリート(渋谷区円山町28-8第18宮廷マンション1階奥つきあたり)
地図。
料金:500円+1オーダー(500円~)
DJ:チバ/あずまきょういち/森山兄
ゲスト:stein/アツロー

詳細はこちら

さて、あずまさんが、「選曲にジャンル、テーマのないイベントなので毎回告知には困ってる」と困っています。そして実際問題、充実した内容のわりにはお客さんがほとんどいなかったりして、「回している我々に対してはともかく、これじゃ音楽に対して失礼だ」と思うことがしばしばなので、ちょっとなにか書いてみますね。

まず大前提として、この場では音楽がかかっているので、音楽が嫌いなひとには不向きかもしれません。しかし、いわゆる「クラブ」と聞いて想像されるかもしれないような、激しい照明の明滅とか、会話できないほどの音量とか、立錐の余地のない空間とか、そういったものは、ないです。むしろ、BGMの音量がやや大きめなバー、くらいにとらえていただいたほうが正解。そして、バーといっても気取った感じやスノッブな雰囲気はなくて、学校の同級生の家に来たようなつもりでくつろいでいただけます。

そしてそこでなにがおこなわれているかというと、わたしは、実態としては、これは「批評」なんだろうと考えています。このあいだ、大谷能生がトーク・イヴェントで、音楽や文学に触れると、現在が現在だけで成立しているわけではなくて、過去も未来もミルフィーユ状の地層になって積み重なっているのが分かる、と言っていてなるほどと思いましたが、要はそういうことです。

いわゆるクラブ・ミュージックのDJたちがおこなっていることも、直接的な肉体反応をいかに効率的に引き出すかというきわめて高度な営為だとおもいますが、「黒の試走車」のレギュラー3人がおこなっているのは、大げさに言うならば、20世紀の音楽の集合的記憶をスウィングさせる試みです(ほかのお二方には、「そんなことしてない!」と言われてしまうかも……)。

どんな音楽も単独で存在しているわけではなくて、必ずほかにつながる回路を持っている。それは、作り手が意識している部分(具体的な引用だとか)と意識してない部分とがあって、よいDJというのは、あるものからほかにつながる回路の見出し方に敏感な聴き手である、と定義できるかもしれません。つなぎかたにはいろいろあって、可能性のヴァリエイションはほとんど無限に近い。「黒の試走車」はその楽しさを知っていて、追求しているイヴェントだといえるでしょう。そういうわたしたちが、わざわざ特定のジャンルやテーマ(特定のミュージシャンの名を冠した「○○ナイト」とか)を設定して、そのキーワードにだけ反応する「熱心な」聴き手にかかずらわる必要があるとはどうしても思えない。

と、ここまで書くと、充分ヒかれてしまうと思いますし、どうだい俺たちセンスがいいだろう、と言ってるみたいに聞こえるかもしれませんが(言ってますが)、単に、音楽の楽しみ方の当たり前の形を提案しようとしているに過ぎません。そして、このDJという批評行為の特徴は、ほかの批評と違って、うまくいけばいくほどとっつきやすい形になるということ。高度な達成になればなるほど、スムースに耳に入り、体にしみこみ、脳を震わせてくれるのです。
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by soundofmusic | 2012-01-01 01:32 | 日記 | Comments(0)


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