炎上

d0000025_132581.jpg今週の土曜日(12日)、第90回目のPPFNPです。たくさんのみなさまのご来場をお待ちしております! 詳細はこちらをご参照ください。

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菊地成孔がミュージック・マガジンに噛み付いたり、小尾隆が萩原健太の「ダニー・コーチマーは歌伴がヘタ」発言に疑義を呈したりと、ここのところいつになく音楽言論界が活発になっているようで、いつも、みんなもっと音楽の話をすればいいのに、と思っているわたしなどは単純に楽しくてしかたがないのですが、今度は、大和田俊之のツイッターでの発言を機に、またたく間に話が広がっていった。

もとの発言はこれ。

今年は慶応と法政でアメリカのポピュラー音楽史を講義しているのだが、いまの20歳前後の学生の間での「ブルース」の不人気ぶりにはちょっと驚く。みんなカントリーの方が興味あるんだよなあ。

枯れ草にあっという間に火が回るように、と書くとなんとなくうまい比喩のような気がしてしまうけど、なんのことはない、インターネットではそれは「炎上」と呼ばれている、すでによく知られた現象じゃないか。なるほどなと思わせる意見をいくつか含むこの顛末は、ここにまとめられていて、誰でも読めるようになっている。

さらには、ジャズ専門のウェブサイト、コンポストの掲示板にもこの話題は飛び火。473以降くらいからをお読みください。

掲示板という物自体、じっくり読んだのはひさしぶりな気がするけれど、というか、きちんと機能している掲示板自体がいまでは少なくなっているってだけのことなんだろうけど、掲示板で知り合いとケンカみたいになったことが何度もある身からすると、久方ぶりにこうして掲示板なるものを見てみると、たとえばツイッターの刹那的で高速度のコミュニケーションと比べて、掲示板は随分と人間らしいやり取りをおこなう余地があるメディアだったんだなあとしみじみしたりする。もちろん、メディアそれぞれの特性もあるのはもちろんだけど、そこにいるひとの品性に依拠する部分が大きいのだろうけどね。

わたしが、日本のロック業界におけるブルースにまつわる言説にあまり耳を貸す気にならないのは、たとえば英国のホワイト・ブルースの最大のインスピレイションのひとつであっただろうモーズ・アリスンについて誰も何も言ってないように見えるから、というのはすでにここでも何度か書いた気がするけれど、そのこと自体はもうどうでもいいので割愛する。

そんなことよりも、モーズの来日があと3週間後に迫っているのであらためてベスト盤を聴き直したりしていると、当たり前だけどモーズ自体のブルースがどこがどういうふうに、そしてどれくらいブルースだったのか、が以前より確実にダイレクトに耳に飛び込んでくるようになっていて、着実に楽しい。読書百遍意自ずから通ず、なんてマッチョな考え方は流行らないだろうけど、門前の小僧習わぬブルースを奏でる、となったらかっこいいかも。

あとは、自分にとって、これでブルースにとっつけるかな、と感じたきっかけはジャッキー・マクリーンのアルバム『ブルースニク』だったな。60年代のマクリーンは本当に真摯に音楽的冒険を続けていて、ときに意欲だけが空回りすることもないでもなかったけど、このアルバムは、ルーティーン的なブルースに少しでもモダンな装いをさせようとするスタイリスト、マクリーンの工夫のあれこれが見えるいい仕事。つまりはブルースのヌーヴェル・ヴァーグ。
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by soundofmusic | 2012-05-08 13:02 | 日記 | Comments(0)


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