アート・スクール問題

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毛利嘉孝「増補 ポピュラー音楽と資本主義」(せりか書房)を読みました。昨年話題になった「アメリカ音楽史」同様、文章にグルーヴがないところはわたしには致命的な欠陥と思えたけれど、偉い先生がポピュラー音楽を勉強の対象として見て書いた本だと最初からわかっていればそんなに気にならない、ということはつまり、そんなに気にしなければそんなに気にならない、ということで、要するにこの感想では何も言ってないに等しいわけですが、「アメリカ音楽史」しかり、こういう本が出てくるってのは、いままで音楽にまつわる文章を書いていた書き手たちが、揃いもそろって、音楽が好きであるということを前提にしすぎていたってことなんでしょう。

著者自身も、若いころは随分音楽にハマっていた、と書いていて、おそらくそれはウソではないのでしょうが、もっとも、その程度のことはある程度以上年齢のいったひとであれば誰でも言いそうなので、さほど真に受ける必要はないはずです。ただし、これは版元がしっかりすべきところなんだけど、こういう本を出そうとするなら、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムが全部で3枚というような書き方は、いわゆる音楽好きの反発をあまりにも容易に買うわけなので、注意したほうがよろしいかなと。

個人的に面白かったポイントは、イギリスの(ポップ・)アート・シーンとポピュラー音楽の結びつきについての記述。画像(上)は、イギリスの画家、リチャード・ハミルトンの「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」ですが、このコラージュが作られたのは1956年で、ポップ・アートといってまず思いつく名前であるところのアンディ・ウォーホルがいわゆるポップ・アート表現に到達するのは数年あとのこと。1956年当時のウォーホルはといえば、画像(下)のような洒脱なイラストを描いていた時期。

わたし自身は、ハミルトンの名前はうろ覚えで、「一体何が~」はたしかに見た気がするな、程度の認知でしたが、彼のもっと有名な作品としては、ザ・ビートルズの2枚組『ザ・ビートルズ』があり、また、ブライアン・フェリーもこのハミルトンの教え子だったとか。そもそも、イギリスにおけるアート・スクールとは、正規の大学教育を受けるでもなく、なおかつ働くでもなく、それでいて世間に対する後ろめたさを感じずに済む、ほぼ唯一のルートだったのだそうです。

英国ロックのアート・スクール問題(笑)については昔から疑問で、「やたらとみんなアート・スクールとかいうけどバンタンみたいなもんじゃねえの?」などと不思議に思っていたものだけど、たぶん日本の美術系学生よりは切迫感があったのかなと……。

あともうひとつ、わかりづらいこと。英米それぞれのあり方で、日本では考えにくいような地方シーンの活気ってのがありますが、アメリカだと国が広いからって理由でなんとなく想像がつきますが、英国なんてあれだけの狭い国で、都市ごとに音楽の性格があることが、感覚的にいまでもつかめずにいる。

その答え、というのではないけれど、毛利の、以下の文章はいいなと思った。

ポピュラー音楽は、国家ではなく都市についてまわるものです。リバプール、マンチェスター、ロンドン、ブリストル、シカゴ、デトロイト、ニューヨーク、メンフィス……都市の名前を思い浮かべると、その都市固有の音楽が頭の中で鳴り響きます。日本の音楽の不幸は、いつのまにかJポップという曖昧な名前に統合されてしまって、都市が固有の響きを失ってしまったことにあります。

なんだかんだで、全面的に推薦・肯定する気にはならないものの、同時に、この程度の本を受け止められなかったり拒否反応を起こしたりするようでは、音楽言論界に未来はないと思うので、まあ音楽好きのみなさんはとりあえず読んでみて、ふむふむうなずいたりぶつぶつ文句を言ったりしてみると場が活性化してよいと思います。ちなみに同じ著者の「ストリートの思想 転換期としての1990年代」(NHKブックス)も、同じくらいにはおすすめです。
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by soundofmusic | 2012-05-26 17:11 | 日記 | Comments(0)


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