女の腐ったの

d0000025_1303974.jpg最近見たもの、ざっと。

○ミシェル・ルグラン(10月2日、錦糸町・すみだトリフォニーホール)

あれはたしか10年くらい前、とざっくり思っていま調べてみたらたぶん2002年のことだったらしいのだけど、ルグランが大宮のソニック・シティに来たことがあって、その当時はルグランのことをゴージャスでメロウでときどきスリーピィなイージーリスニング、くらいにしかみなせておらず(ふだん偉そうな口を利いていても所詮そんなもんです)、また、経済的にも長期にわたって逼迫していたので、6000円だか8000円だかのチケット代を出す気にはとてもならず、そしてその決断はその後何年かおきによみがえっては、ああ、あのときやっぱり行っておけばよかったなあ、とぼんやり後悔したりしていたもので、今回の8000円というチケット代は、バカラックの20000円超えと比べずとも、もはや安い! 安い! と跳び上がって喜ぶくらいの価格であって、急いでチケット取ったら前から3列目、ただし舞台向かってやや右側だったため、ピアノを弾くルグランの手元は見えず、そのかわり、前半のトリオ編成のあいだずっと、フランソワ・レゾーのドラムスのうしろにうっすらとピアノが聞こえてくるという、本来ありうべきではない音像を堪能しました。おそらく真ん中から後ろの客席では、PAで調整されていい具合になっていたことでしょう。

舞台向かって左側にあるピアノと対峙するような位置で、つまり客席からは、叩いている姿を真横から見るような形でドラム・セットが配置されていて、最初はルグランのピアノの聞こえづらさにややストレスを覚えながら過ごしていたのですが、途中からは、1曲の中でのテンポや強弱のコントロールの的確さに、すばやく流れる渓流を眺めるみたいに惚れ惚れしながら聴き入っていました。ゴージャス・ルグランでもメロウ・ルグランでもなく、わたしの好きなヒップ・ルグランがここにいました。ことに、「ディンゴ・ロック」での、通常のドラム・セットのほかに、足元に置いた太鼓を左手をおろして叩いて作り出すトライバルなリズムはヤバかった。

ルグラン本人のピアノについて。アート・テイタム、ベイシー、ブルーベック、エリントンなんかのスタイル模写で「ウォッチ・ホワット・ハプンズ」を弾き比べるというのがあって、テイタムの物真似が、フムーズはたしかにテイタムなんだけど、彼にはないゴージャス感が加味されていて、やはりルグランはよくも悪くもルグランなんだなと。

後半は新日本フィルとの共演で、パブリック・イメージの通りのルグラン。一粒で2度美味しいコンサート。

○ハインツ・ホリガー(10月6日、錦糸町・すみだトリフォニーホール)

ホリガーは、バロックから現代音楽まで幅広い守備範囲を誇るオーボエの名手であり、また、作曲家としても名高い存在らしいです。ふだんクラシック系の来日情報など気にしていないわたしがこのコンサートのことを知ったのは、上記のルグランのチケットを取った際、このホールではほかにどんなのやってんのかなーと軽く調べてみたときのことでした。ホリガーのアルバム『現代オーボエの領域』は、一時期現代音楽にほんの少しだけ興味を持っていたころに買って、気に入っていたので、これもなにかのついでだし見ておくか、とまあ、そういう次第です。

この日はホリガーと新日本フィルとの共演。オーボエを吹く曲と、指揮だけの曲がありまして、モーツァルト、シューマン、ラヴェルは想定内のオーケストラ曲だなと感じましたが(それぞれの作風の違いを聴き分けるほど耳が発達してない)、立体的な音の広がりはホールで聴くだけのことはあったなということと、あと、長い曲を映画を見るみたいにして楽しむことができるようになるかもしれないなという予感のようなものを覚えることはできました。

そんななかに突如として混ざった、ホリガーの前衛的な自作「音のかけら」にはぶちのめされました。まず冒頭、たくさんのひとたちが足を踏み鳴らしているような、低いざわめきのような音が響き渡り、それが管楽器群から出てきたものだと気づくまでにしばらく時間がかかりました。ほかにも、ピィーンと張られた針金が高く天に伸びていくようなフルートの高音、いかにも現代音楽という印象の不気味な弦のグリッサンド、管楽器にボッ、ボッと息を吹き込むだけの音などなど、オーケストラからこんな音が出るのか、という驚きの連続でした。

ルグランもこの日も、プログラム終了後、拍手に応じて何度も指揮者が出てきて、かといってアンコールでなにか曲をやるでもなくあいさつするでもなく、単にオケのメンバーを立たせたりコンマスとおおげさな抱擁をしたりといった、おもにポピュラー音楽しか聴かないリスナーからするとまことにバカバカしく形骸的で、というか単に気恥ずかしい風習がありました。日本人は、というか、あるいは単にわたしが、こうした身振りを難なく許容できるほどには充分に西欧化できてはいないなあと思いました。

もちろん、あちら側から見れば、日本人のロッカーがいまだに「ベイビー」の日本語訳を発明することができていないことだってちゃんちゃらおかしいに違いないのだけど。

○加川良と阪本正義(10月8日、阿佐ヶ谷・ネクストサンデー)

ジョー長岡の企画制作によるツーマン。阪本のうたを何度か聴いているうちに、もし自分がプロデューサーだったらこれこれこういうアレンジにしてみたいなあと考えるようになってきたんだけど、それは別に、弾き語りやそれプラス少しのアルファ、な形で届けられる現在の阪本のうたが物足りないということではなくて、いろんな方向に広がっていける余地がある音楽ということなのかなと思ったりする。とりあえずこの日は、まじのギターとジョー長岡のピアノ(スタインウェイの音色の麗しいこと!)が加わって、むろんこの編成に不満があろうはずもありません。

ジョー長岡は、阪本の音楽にバカラックを感じるといつも言っていて、わたしはといえば、70年代にAMラジオを聴いてすくすく育った阪本少年の姿を思い浮かべるのです。ポール・サイモン、キャロル・キング、ジェイムズ・テイラー……。たとえば、石垣島に移住した友人を題材にした「あいつ」のイントロは、どことなくマリアッチを思わせる南国風味で、ここにクラベスとか、乾いた音のトランペットが加わったらもっとぐっとカラフルになるだろうなあなんて思う。

ここで話をズラしてみると、70年代に、ジャズとかソウル系のミュージシャンが上記のシンガー・ソングライターたちの録音に参入してきた現象があって、加川良もそうした文脈の中に位置づけることのできるアルバムを何枚か出しています。そして、阪本のうたを、そうしたバッキングつきで聴いてみたいなあという欲求は潜在的に常にあって、もしかしたら阪本がやっているというバンドはそういう感じなのかもしれない(し、そうでないのかもしれない)のですが、と同時に、それをいまやればそれでOKかというと、ちょっと違うのかなとも思う。70年代当時において、そういう白と黒の出会い、混合は必然的なものだったけど、21世紀の東京にはまた別のアクチュアルな表現があっていいはずだ、と。となるとやっぱり、自宅でトラック作ってるような若者と、阪本のうたとが、出会い頭に正面衝突したりするような事態が望ましいのかな。

加川良を聴くのはたぶん初めて。と思ってたけど、まじがブログで書いてなさる1995年のこのイヴェント、わたしも行ったんだよね。となるとその際、見てるってことなのか。しかしこのイヴェント、たしか2日間開催されたはずで(記憶もおぼろだし、ネットで調べても情報が出てこない)、もしかしたらわたしの行かなかった日に出演してたのかもしれない。

そのことはとりあえずおいといて、1曲目を歌い始めた瞬間、年季が入ってるな! とすぐに感じられて背筋が伸びる。阪本のうたをカラフルな花畑だとしたら、加川は風雨にさらされてすっくと立つ一本松。MCでは、自嘲的な発言も含めてしきりに笑いを取っていたけど、もしかしたらクソマジメな東京のフォーク・ファンに昔、嫌な目にあわされたりしたことがあったりして、予防線を張っているんだろうか?

ブルーハーツ「青空」のカヴァーがあって、弾き語りで歌われるそのハマり具合にびっくりしつつ、自分は彼らのことを全然知らなかったんだなと反省したりもした。そして加川良といえば、本人もそんな古い話をされても困るでしょうが名曲「教訓Ⅰ」であって、女の腐ったので結構、とうたわれるこの曲を生で聴くことは、小学校1年だか2年だかのときに、担任の女教師に「女の腐ったの」呼ばわりされたことをいまだに忘れられずにいる(そんなんだから女の腐ったの呼ばわりされるんでしょう)自分にとって、たいへん貴重な音楽体験でした。

この日の舞台には、岩見夏子によってススキや秋の花々が飾られて、地下のライヴハウスにも涼し気な風が吹いているような気分にしてくれました。終演後、それらの花は希望者に小分けされて持ち帰られていって、わたしももらって帰ったのですが、数人が手分けして舞台上のススキ野原を手早く解体してラッピングしていくその手際に、飾られた花にも負けないほど見とれてしまったのでした。演奏のあいだ、「これらの植物はこのあとどうなるのだろう? 捨てられるのだろうか?」とちょっと気になっていたため、そうならなくて、よかった。

以上、(ほぼ)敬称略で長々と勝手なことを申しました。
[PR]
by soundofmusic | 2012-10-12 01:33 | 日記 | Comments(0)


<< その名はハリー 越境 >>