菊地成孔ダブ・セプテットを見ました。もともとダブ・セクステットとして活動していたところに女性トロンボーン奏者を加えたこのバンド、いまはまだ録音物はなく、しかも、エリック・ドルフィーやジョージ・ラッセルの曲をおもなレパートリーにしているとのことで、これは行っておかねばなるまいと感じて出向いていったわけですが、そもそも、「ジョージ・ラッセルの曲をおもなレパートリーにしているバンド」というものの異様さと、そういうものに釣られて東京とも神奈川ともつかぬ土地まで足を伸ばしてしまう自分の……と書いてみたところで、みなさまが、秘教的な理論を展開し、ときに電子音楽にまで触手を伸ばした特異な作曲家/編曲家であるジョージ・ラッセルのことをごぞんじでない可能性に思い至りましたので、まずはこちらをお聴きください。
○George Russell : Manhattan 冒頭1分半、ジョン・ヘンドリックスのナレーションとドラムスだけの部分が異常にかっこよくて、DJで2回くらい使ったことがあるかもしれません。5分17秒あたりからの、ビル・エヴァンスのピアノ・ソロは、いわゆるブルースっぽさを周到に避けているように聞こえますが(違ったらご指摘ください)、バックのリズムは何度か変化しながら、6分半あたりからR&B風でもあるズンチャズンチャなビートになり、上でいくら難解なことをやっていても、下部構造としてのリズムいかんでかなり音楽の印象は決定付けられるのではないか、などと思わされます。より正確には、「決定付けられてしまう」というか。だから個人的には、たとえば、コテコテのジャンプ・ブルース的なリズム・セクション+ラッセルの譜面によるホーン、なんてのも聴いてみたい。 それとは違うけど、こんなのも。 ○George Russell Sextet - Concerto for Billy the Kid 現代ジャズのある種の傾向としての、ラテン(orアフロ)+フリー的なものの融合をさかのぼっていくと、もしかするとこのへんが源流になるかもしれません。このモチアンのリズムが続いていれば、ほかのパートに相当無茶なことをやられても、ある程度気持ちよく聴けるのではないかな。ここでもピアノ・ソロはエヴァンス。「エヴァンスがわからない」と公言してはばかるところのない非エヴァンス派(「反」ではない)のわたしですが、この抜群のノリのよさには脱帽。 んで、こういう音楽をおもなレパートリーにしているバンドの異様さ、に話を戻すと、こういう音楽を生で聴けることの喜び、はそれはそれとして、聴いていて、まだ「難しい曲をがんばって演奏している段階」だなあと感じさせられる瞬間が多々あって、そのうちそこを突破すれば難曲ならではのスリルとか快感が出てくる予兆も感じられたのですが、ええい、もうめんどくさいから個人名を出しちゃうと、類家心平、駒野逸美の両氏にとって、これは相当キツイお仕事なのではないかと。駒野氏のプレイは今回はじめて聴きましたが、類家氏にはCD、生演奏で接して、目を覚まさせられるような思いをしたことがあるだけに、もっとのぴのぴと演奏してもらいたかったなと、ここまで書きかけて、このバンドにそれを望むのは(音楽的に)無理だわ、無理。 バンマスの菊地氏のサックスの生演奏を本格的に聴くのは初めてのような気がしますが、さすがに年の功、普通でないフレーズを軽々と(あるいはそう見えるように)連発していて舌を巻きましたし、坪口昌恭氏のピアノは、前述の「コンチェルト・フォー・ビリー・ザ・キッド」や、「暑苦しい曲ばかりでしたので最後に甘いものをひとつ」との菊地氏のMCに続いて演奏されたアンコール曲など、おそろしく優雅でした。 そして、このバンドの特徴である、パードン木村のリアル・タイム・エフェクト。バンド名からして、生演奏にガンガン容赦なくダブ処理を施していくものかと思っていたら案外そうでもなく、冒頭の2曲メドレーでの音響は、とくに奇をてらったところはなかったです。次の曲では目立った形で仕事をしておりましたが。 それよりも、始まってすぐにおやっと思ったのは、わたしの耳に届く類家氏のトランペットの音が、会場の大きさ、ホールの形状、マイクと演者の距離、いままでに見たいろいろなライヴ演奏での経験、などからあらかじめわたしが想像したものと少なからず異なっていたことで、ステージ上とわたし(前から6列目、舞台に向かって中央やや右あたりにいました)とのあいだに、通常想定される以上の音響的距離が存在していました。PAのよしあしっていうのも感覚的なもので、それを差し置いてもあきらかにすばらしいときとあきらかにしょーもないときがあるものだと思いますが、この日の音響は、生楽器の音を生かしつつも、届いてくる音は生音そのものとは違うのだぞという事実を絶えず聴衆に突きつけてくるような音、という印象でした。そしてそれはときどき、これはまったく批判的な意図を含むものではないのですが、CDをプレイしている音を聴いているようにも思われました。この音像が木村/菊地の目指したものなのか、それともこの日の音響スタッフ(わたしたちには名前が知らされることがない)の仕事なのかはわかりません。 聴いているだけで自分の頭がよくなったような錯覚におちいることができそうなラッセルの音楽を長時間浴びることには、ペダンチックな快感があったのですが、と同時に、自分がここ20年くらい準拠/妄信してきた、知的なもの=カッコイイ、というモードが、徐々に(自分に対する)訴求力を失いつつあるなあということも、ひしひしと感じられた晩でした。そしてそれはもちろん、菊地氏に対してわたしのとっている/とるべき態度とも密接にかかわってくる問題であり、しかしながらそれについては項をあらためたいと思います。とか言ってると書きゃしないんだ、たいてい。
by soundofmusic
| 2013-03-30 16:48
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