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d0000025_1644544.jpg以前にも(何度か)書いたかもしれないことをまじえつつ、なんとなくまた書き出してみたいとおもっていま書き始めてみるけれど、森山弟がフェイスブックで、ライヴ見てCDよりよかったなあと感じるのって50回に1回くらい、と書いていて、いやそれいくらなんでも打率低すぎだろーと思ってはみたものの、ライヴ50回というとわたしの場合、おおむね丸2年でそれくらい見る、くらいの回数になる。

で、自分はどうかな、と、ここ1、2年くらいで、ものすごーくよかったライヴを思い出してみるとそれでも4、5回くらいはあったような気がするのでまあそれほどの低打率ではないにせよ、いずれにしても、十全に楽しめなくってむにゃむにゃしながら帰途につくことのほうがはるかに多いのは間違いない。

先週金曜日、ゼップ・ダイバーシティでのウィルコのライヴもそうで、ちらほらと感想を読む限りではさすがウィルコ、格が違う、といった意見が大半を占めていたようだけど、わたしは寝不足だわ具合は悪いわで立っているのもしんどかったし(こっちの都合だけど)、昨年バークレーで見たときの神がかり的な、70年代にザ・バンドを見るのはこういう体験だったんじゃないか、とすら一瞬思わせたようなものはなぜか感じられなかった(演奏のクウォリティが悪かったとは思えないけど)。わたしの場合、耳の代わりに頭の左右に節穴がふたっつくっついてる状態ですからいまいち信用できないかもしれませんが、森山弟も「まあ普通だよね」と言っておりましたので、見逃したみなさん、そんながっかりする必要はなかったんじゃあないでしょうか、と申し上げておきます。

昨日はサムズアップにジム・クウェスキン&ジェフ・マルダーを見に行きまして、あいかわらず具合が悪かったんですがとりあえずオールシッティングの会場だったので立っているのがつらいという事態はなかったものの、前の席にいる宇内さんが背が高いもんでステージが見づらいわ、さらにはスタンディングのときにはあまり現れない睡魔がやってくるわ(立ちながら聴きながら寝てるときも、もちろんあります)で、それはそれでしんどかったです。会場も遠いのもあれですが、たまにしか行かない横浜のユニオンにあいさつできたのでよしとします。

さて、クウェスキン&マルダーですが、クウェスキンは近年の細野晴臣を思わせる着こなし、マルダーは外見が淀川長治(故人)を彷彿とさせました。クウェスキンはうたもギターも達者で安心して聴いていられるのですが、むしろマルダーの不安定さのほうがじんわりあとを引きました。ギターとバンジョーの達者なのは言うまでもないとして、カズー、親指ピアノ、縦笛、ジャグならぬマグカップ(なのかな? よく見えなかった)、そしてうた……つまり弦楽器以外は、ほぼ全部危なっかしい。

そうした、音楽で気軽に遊んでいる感じと、ふとした瞬間に見えるこいつ本当にブルーズが好きなんだなというハードコアな側面と、ふたつが同居しているあたりが興味深かったです。これは想像ですけど、彼は若いころ、ブルースマンにじかに接したわけではなくて、レコードで知ってブルーズにのめりこんでいったクチではないでしょうか? 彼のブルーズは真正なものではないにせよ、それを材料にして学んで/遊んでみる態度の真摯さには疑いの余地はないと思いました。聴きながらふと、ヌーヴェル・ヴァーグの若者たちがサイレント映画の巨人たちに傾倒していた様子を連想したり。

帰り道ずっと、ジェフのアルバム、『イズ・ハヴィング・ア・ワンダフル・タイム』のCDを持っていたかどうか、どうも持っていなかった気がする、なんてことを考えてたんだけど、さっき思い出したのは、彼のアルバムでいちばん好きなのは、夭折のジャズ・コルネット奏者ビックス・バイダーベックに奉げられた『プライヴェイト・アストロノミー』だってこと。ビックスのことを知らないひとにはただひとこと、アメリカのジャズ界における山中貞雄だ、と言っておきますね。

書き忘れていたので追記(4/21):ジェフ・マルダーのひいおじいさんは船員で、日本で亡くなったのかなんなのか(MC聞き取れず)、横浜の外人墓地に埋葬されているのだとか。今回墓参したジェフは、持参したフリッツ・リッチモンドの遺骨の一部をその墓の周りにまいたのだそうで、聞いたときはちょっと感動的な気がしたけど、あとで考えてみると、その行為の意味がよく分からない。
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by soundofmusic | 2013-04-20 16:47 | 日記 | Comments(0)


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