音楽と人

d0000025_12562260.jpg先日、阪本正義さんの家に遊びに行ったときの話の続きですが、呑んで話しているうちにキーワードとして「黒っぽい白」「黒っぽい白」というのが何度も出てきて、阪本さんからはそういうコンピを作ってよ! と言われたので、作ってみました。タイトルは『Blue Eyes & Yellow Skin』。曲目は画像参照。おもに英・米・日の、非黒人による黒人音楽っぽい音楽集です。珍しいものは入ってませんが、ご希望の方いらっしゃいましたらなにかのついでに差し上げますのでご連絡ください。

ふだんPPFNPのおまけで配っているものは、森山兄と弟でだいたい半分ずつ曲を出し合って、わたしが順番を決めています。自分で選んだのでないものには、いい意味でも悪い意味でも、「なんでこんな曲が選ばれてるんだろうか……」と思うものが一定数必ずあって、そこが苦労のしどころでもあるしおもしろい部分でもある。たまには全部自分で選んで作ってみるのもいいだろうなあと内心おもってたんですが、いざやってみると、自分でいいと思った曲を集めて自分のやりたいように並べる作業、意外に手ごたえがない。自分でこいた屁ぇを自分で吸って満足してるような、ユープケッチャ的なアレがありますね。屁ぇは失礼か。

関連して、アラバマ・シェイクスのアルバムをこのあいだ買って、これは昨今のレトロ系アクトのなかではいちばんいいだろうと思ってるんですけど、弱点があるとしたら、あまりにも分かりやすすぎるところなんじゃないか。ジャンル問わず、往年の名盤たるもの、ひとつくらい、「なんでこんな曲が入ってるんだろうか……」って思う曲があった気がしていて、それは単に数合わせのために作らされたつまんない曲だったり、当時のリスナーにはリアルに響いていたのが劣化してしまったのだったり、いずれにしてもなんらかの痕跡がそこにはあるはず。で、よくできたレトロ系アクトほど、普通にいい部分、自分に分かる要素だけ取り出して再生産しちゃう(それができちゃう)から、えっなにこれ、みたいな成分はなくなっていきますね。と長々と書いてみて、いわゆる「優等生的」という言い方がそれにあたるのかなと思いました。

そういう、自分に分かる部分だけを濾過して取り出した最たるものが、いわゆるフリーソウル系のコンピなのだと思われ、わたしも無意識のうちにそのへんの影響を受けまくっているんだなあと、今回コンピを作ってみて気付きました。だからこれはわたしの(90年代的)フィルターの性能の限界をはっきりとあらわしているとともに、普通に聴いたら普通に気持ちいい音源になっているとは思います。

とかいいながら、昨日、細野晴臣の新譜『ヘヴンリー・ミュージック』を買って聴いてたら、この音楽の気持ちよさはまさに、細野フィルターの気持ちよさなんだよね。編集的なセンス、とわざわざおおげさに言うまでもなく、ごはん食べに行って右の店と左の店のどっちを選ぶかだってそのひとのありようが出るわけで、音楽を作ったり聴いたりする行為に、そのひとそのものがあらわれないほうがどうかしてる。
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by soundofmusic | 2013-05-23 12:57 | 日記 | Comments(0)


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