記録なくして事実なし

d0000025_14501527.jpg青木深「めぐりあうものたちの群像:戦後日本の米軍基地と音楽1945-1958」(大月書店のサイト/目次)(Amazon)を図書館で借り出して読みまして、これはまあとんでもない本だった。2週間の貸し出し期間で読み切ることができずに10日も延滞してしまったので、図書館のひとからしたらそっちのほうがとんでもないってことになりそうだけど、なにしろ本文だけで540ページもあるのでまずは勘弁してもらうことにして、勘弁してもらえたところで弁明に入ることにすると、本文のあとに参考資料の一覧が20ページ、会って取材した人のリストが約150人。それだけの重みと厚みが凝縮された540ページなわけで、おいそれと読み飛ばすことはできなかった。

内容はサブタイトルのとおり。第2次大戦の終結とともに日本に占領軍?進駐軍?(ま、どっちでもいいですよね)がやってきてしばらくの年月のあいだ駐留していったわけですが(んで、まだいる)、彼らに対して娯楽が提供されたと。昔の芸能人やジャズメンの話でよく米軍慰問ってのがありましたがそれがこれです。もちろん、そういうことがあり、それに関わったひとたちがいたことはなんとなく知っていましたが、じゃあ、いつ誰がどういう芸能や音楽を提供し、それはどんな場所でおこなわれ、いかなる種類のひとたちがそれを享受し、それらを提供/享受したひとたちはどこからどのように現れてその後どうなっていったのか、を、10年以上の歳月をかけて日米での聞き取り取材、各種文献の執拗かつ広範囲な読み込み、現地調査、をおこない、明らかにしたもの。

これはもともと一橋かどっかに出した学術論文だったようで、そうなるとかっちりとした構成でもって時系列的にとか、あるいは地理的に順序だてて叙述されるのが普通なんだろうけど、この本はそうはなってない。アマゾンの内容説明には“鶴見良行『ナマコの眼』、山口昌男「『敗者』三部作」の手法を継承し発展させた独自の「連鎖的記述」”とあって、著者本人も前書きでそう書いている。

具体的にどんな感じかをざっくり説明すると、19**年にAという米兵があるところであるバンドを見た→そのバンドにはBという日本人がいた→BがプレイしていたクラブCにはその数年後、米兵Dが立ち寄った→Dは来日する前にEという歌を聴いた……とまあ、こんなふうにえんえんと、あみだくじ式に横滑りしたり、不意に別の時空へとジャンプしたりしながら進んでいく。そして折に触れて著者の青木自身が姿をあらわし、その「情報」を入手(聞き取ったり、訪れたり、読んだり、CDで聴いたり)したときのディテールを語る。普通だったら個々の体験を普遍的な記述に還元してしまいたくなるところ、ここでおこなわれているのはまったく逆方向の試みで、読者であるわたしたちは、この本を読むことで青木の足跡をたどったり、あるいは自分が直接知っている事物を思い出したりすることで、時間的/地理的/文化的な隔たりをひょいと飛び越して、物事や人物を手元にたぐり寄せることができる。

そう考えると、この本から受ける感興は、ほとんど文学的なそれに近い。たとえばドクトロウ「ラグタイム」だとか、フォークナー、ピンチョンを思い出す人もいるかもしれないし、参考文献一覧には、(本文では言及されない)「百年の孤独」や「ブリキの太鼓」、あるいはカルペンティエールも登場する。わたしがいままでに読んだ本の中でいちばんこれに近いのは生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」かなあ。でもこの本のほうがもっとずっとワイルド。

駐留米軍と慰問というと、パンパンだとかギブミーチョコレートだとか、享楽的なダンスと音楽だとか、あるいはアメリカから直送されたきらびやかな文化だとか、そういうステレオタイプで思考が止まってしまっている場合が多いけれど(ひとのことは言えない)、しかし生身の人間が出会って、場所や時間を介してすれ違い、それに付随して金が動き、音が流れ、酒が注がれては飲み干され、ダンスが踊られ、殴り殴られる、そうしたことがそんなに単純でありえるはずがない。それを力ずくで明らかにした本ですから、少なくとも戦後に生まれるか育つかして、日本で(アメリカ由来のポピュラー)音楽を演奏したり聴いたりするってどんなことだろう、と考えたことが一度でもあるひとは、この本を無視することはできないはず。こういう高圧的な言い方をするとすぐ反発するひとがいるけど、これは個々人の趣味とか意見の違いとかとは関係なく、もはやあきらかな事実ですから。太陽が東からのぼって見えるのと同じくらい。

もうひとことだけ言うと、映画監督の土本典昭の言葉で「記録なくして事実なし」ってのがあって、わたしはこれをずっと、なんかかっこいいこと言ってるなあ、みたいにしか思ってなかったけど、この本はまさにその土本イズムの具現化だなあと思いました。この言葉の意味がようやく本当に理解できただけでも、時間をかけて読んだだけのことはあった。毎年毎年、あの戦争を忘れない、とかのお題目に寄りかかっただけの特集上映を続けている新文芸坐には、歴史を考えること、そしてそれを現在に接続するとはこういうことなんだよ、と言ってやりたい。

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7月13日のPPFNPのセットリストの暫定版が出ています。ご覧くださいませ。
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by soundofmusic | 2013-08-13 14:52 | 日記 | Comments(0)


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