狐の穴にて

d0000025_8483581.jpg突如としてひとに誘われて、吉祥寺フォックスホールで、内橋和久(gほか)と山本達久(dsほか)のデュオを見ました。正味80分で約4曲くらいの即興。即興というのは本来、音楽のジャンル名ではなくて演奏の手法なんだろうと思いますが、実際問題としてあたかもジャンル名のひとつのように「インプロヴィゼイション」という言葉が使われることがよくあって、しばしばそれは、フリー・ジャズの延長線上にあるような音(楽)のことを指したりするような気もします。

で、見に行ったそれの感想を書きたいんだけど、なにしろ曲がないし、即興の結果、出てきた音が特定のジャンルの音楽に似てるというのでもないから、説明のしようがない。ので、ありのまま起こったことを話すと、若干の起伏はありつつもおおむね食い入るように見てしまっていて、椅子のあるところでライヴを見るとかなりの確率でうつらうつらしてしまう自分にはとても珍しいこと。

まず座っている内橋の目の前のテーブルにはエフェクター類がよっついつつ。最初のうちはギター本体とそれらの機材とをほとんど交互にさわっているみたいな感じで、すばやくカードを配るディーラーのようでもあるし、いや、この言い方はいま思いついたけど、もはやテーブルに載っているそれら機材も全部含めてギターなんだと言おうか。もちろん足でもペダルを踏んだり踏まなかったりしている。で、どんな音が出るかというとおよそ慣れ親しんだギターの音やフレーズじゃない。一度弦に触れるごとに違った色の音が飛び出し、それがリアル・タイムでサンプリングされてループになり、また別の音が重なって広がって……現代ギター界がこういうふうになってることは断片的に見聞きしたことはあるのでいくらかは知っているつもりだけれど、ここまで徹底されると驚く。

それを受けて立つ山本は……という言い方は正確ではない。リードしたりされたりのゆらぎはあれど、明確な主従関係はない。ファンキーなビートがあり、泡立て器やホースや発信機?を使ったプレイがあり、細分化された小さなさざなみがあり、突発的に巨大なうねりがある。とにかくお互いの機敏な反応は見ていて心地よかった。2005年ごろ、ジャズのインプロヴィゼイション、インタープレイをどうにかして日常生活に取り入れられないかと夢想していた時期があったんだけど、そんなことを思い出したりしました。いまよりも若かったころは、別に自分が音楽をやるわけでもないのに「誰それは自分が影響を受けたミュージシャン」だなんて言い方をするのがこっ恥ずかしいと思っていて、でも音楽を聴くこと、っていうか、音楽に接することっていうのはそういうせせこましいアレじゃないんだよなって気付かれた。そういう意味でも、とてもよかったです。
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by soundofmusic | 2013-09-22 08:51 | 日記 | Comments(0)


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