荒浜星

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御礼が遅くなりましたが、先週土曜日のPPFNPにいらしてくださったみなさん、うたってくれたジョーさん、DJの中野さんとShinchangさん、どうもありがとうございました。おかげさまでいつもながらたいへん楽しい夕となりました。次回は10月11日(土)の開催です。

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ということで、グレッグ・“フレディ”・キャマリア監督「黄金のメロディ マッスル・ショールズ」、見てきました。これも前回書いた「バックコーラスの歌姫たち」といっしょで、多少なりとも興味のあるひとは見とくとめちゃくちゃ楽しいしそうでもないひとは別に見なくてもいい感じのやつです。って、まあなんでもそうかもしれませんが。

マッスル・ショールズ・サウンドっていうと、たとえばポール・サイモン「僕のコダクローム」なんかで聴けるようなかっちりとしてそれでいながら軽快なリズムが印象にあって、だもんでなんとなく、赤茶けた土ぼこりが舞う乾いた小さな田舎町、みたいのをなんとなく想像してました。いま、赤茶けた、と書いてみて気付いたけど、もしかするとそのイメージはエミルー・ハリスの「レット・ダート・ガール」から来てたのかも(砂嵐みたいなギター!)。
この映画で初めて、実際のアラバマ州マッスル・ショールズの動くところを見てみると、小さな田舎町、は正解でしたが、悠々と流れるテネシー川のほとりにはいい感じに森が広がっており、むしろたっぷりとした水気をたたえた土地なんですね。そもそもいかにもマッスル・ショールズらしい音を作り上げたバンドの名前からして「スワンパーズ」だし。そしてその水をめぐるスピリチュアルな言葉のつかわれ方がちょっとうさんくさくもあるのだけど、そこはまあよしとしましょう。

そういう、えっそうだったんだ、という認識のズレみたいなものはほかにもある。FAMEレコーディング・スタジオの主であるリック・ホールのインタヴューが始まり、ロジャー・ホーキンズ、バリー・ベケットといったいわゆるマッスル・ショールズ・リズム・セクションのひとたちが紹介され、ああなるほど、ここがあのサウンドのできた場所なのだな、と思っていると、途中で彼らはアトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラーによって引き抜かれ、同じ町に別のスタジオを建ててそっちに移っちゃった。そして自分はスタジオがふたつあることをいままでとくに意識してなかった。新しいほうのそれがジャクソン・ハイウェイ3614番地で、この住所をグーグル・マップで見るとほんとになにもない道端にスタジオが立ってて、けっこう笑える。ちなみにFAMEスタジオは、街道沿いのファミレスみたいな風情。こちらもなかなかのもの。

小さな町だから義理もあるだろうし、独立したのはよっぽどのことだったんだろう……と、詳しくは語られない事情を想像してみるのも楽しい。というか、リック・ホールの言葉や顔を見聞きしたら、誰でも「腕は確かだが食えない奴」「頑固者」って形容が頭に浮かんでくると思う。実際にいっしょに仕事をしたミュージシャンたちの証言からも推測できる通り、相当に非妥協的な性格なのではないか。スワンパーズの面々も、リック・ホールへの恩義は感じつつも、ウェクスラーの提案に渡りに舟とばかり乗っかったんじゃないか。もちろん、リック・ホールがそういう人間へとできあがっていった理由みたいなものも語られるので、なるほど、と思うわけだけど。

前回書いたとおり、アラバマ州とはたしか人種差別がもっとも根強く残っていた地域のひとつで、この映画も始まって30分くらいでそういう話題が出てくる。スワンパーズのソウルフルで泥臭いサウンドを求めて都会からレコーディングに来たミュージシャンたちがみな、スワンパーズが白人だと知って驚いたという話はもう有名なのでご存知の方も多いでしょう。スタジオの中で白人と黒人がなんのわだかまりもなく音楽に向き合っている写真や映像(当時撮られた8ミリ、貴重!)には胸がじわっとなるんだけど、リック・ホールが、「スタジオで仕事している黒人ミュージシャンのために食事を買いに行くときにいつも危険を感じていた」と証言するのにも、身を乗り出さざるを得ない。音楽の楽園を守るのは、こういう、こわもての頑固オヤジなのかもしれない、と書くと話がめんどくさい方向に行きかねないので深入りは避けるけど、とりあえずね、ロックでもソウルでもジャズでもなんでもいいけど、そういう音楽が好きとか言いながら人種差別するやつはこっちから差別するからな、ヨロシク!

で、いま、アラバマに星落ちて、って検索しようとしたら「宮城県亘理郡亘理町荒浜星」っていうところの地図が出てきた。
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by soundofmusic | 2014-07-18 19:07 | 日記 | Comments(0)


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