d0000025_419040.jpgというわけで引き続きグレイトフル・デッドの話。『シェイクダウン・ストリート』を買いました。リトル・フィートのローウェル・ジョージをプロデューサーに迎えた1978年録音。このアルバムとか、ほんと、存在すら最近まで知らなかったからね……タイトル曲はチャラいディスコ・ロックで、いまのわたしの耳にはジャストなんだけど、たとえば10年前に聴かされていたとしてもなんとも思わなかった可能性が高い。でもそもそもまわりに、デッド聴いてる奴なんかいなかったよなあ。

ローウェル・ジョージが関わっているからなのかどうか、ラテンっぽいノリがナチュラルに取り入れられているのも興味深いです。昔から、ラテンっぽい○○、あるいは○○のラテン化、みたいな音楽がやたらと好きで、ここ数年、それはアメリカ音楽に向き合う態度として間違ってない、というか、むしろ唯一絶対的に正しい、ということがわかったりしてきてる。おととしにはサンフランシスコでささやかながらラテン音楽体験もしていて、そのことはここに書いた。

ただし『シェイクダウン・ストリート』を聴いていてぱっと思い込んだのは、LAのバンド、ウォーのこと。まさに彼らもラテンも白も黒もなんでもどんと来いみたいな音楽をやっていたわけで、そしてサンフランシスコよりもLAのほうがラテン色は濃いに違いないし、ウォーとリトル・フィートがLAのどこかの通りですれ違ったこともきっとあっただろう。サンフランシスコとLAは500kmも離れているんだから一緒にするな、と言う前に、カリフォルニア自体をラテン文化の最前線として捉えることができないか考えたい。聖フランシスコ、ロス・アンヘレス。

グレイトフル・デッドはライヴを見ないと本当に聴いたことにはならない、みたいなことを言うひともいそうだし、いやさすがに2014年になってそんなことを言うひとはいないだろうとも思うわけだけど、ここでオウガ・ユー・アスホールの新譜『ペーパークラフト』の話を出すのは唐突だろうか。別にオウガが全盛期のデッドに匹敵するライヴ・パフォーマンスを繰り広げている、と言いたいわけではないし、もしかしたらその域に迫っているのかもしれないけど、どっちにしても確認できない。

それにしても、アルバムに先駆けて公開された「ムダがないって素晴らしい」を聴いて、うわっ、とんでもないことになってるなーと思ったのだった。これはわたしの偏見ですが、ロック・バンドっていうのは、よっぽど気をつけてないと、固定客に向けてみんなでおっきな音を出す合戦になってしまう場合が多くて、そういうものはYouTubeで30秒くらい聴けば充分でありますから、お金を出してCDを買う気になかなかならないわけです。

で、まあ、お金を出して『ペーパークラフト』を買って聴いてみると、1曲目の最初からして、はっとさせられるわけで……ギターとベースとドラムスがくっきり分離して、どこになにが置かれているかよく見える。絵の具の色が混ざって濁ったサイケデリックではなくて、光が重なった、澄んだお吸い物みたいな、その連想でふと思いついたまま書くと、浄土感。アルバムの途中だか最後のほうには鐘だか銅鑼だかの音も入ってた気がするから、そう突飛な印象でもないでしょう。

そして、うたがいままでよりもぐんとこちらに届いてきてる。いままでのアルバムを聴きなおしてないけど、こんなだったっけかな? ヴォーカリストとして成長したとか変化したとかいう感じはとくに受けないけど(悪い意味ではなく)、たぶんバンドの意識は変わったんだろう。とりあえず脱帽しました。このくらいの水準のアルバムが仮に日本で毎月1枚出てるとして、1年間で12枚か。そしたら日本の音楽ってすげえなってことになる。

写真は、タワレコでもらった紙ですが、わたしはスケジュールの都合上、この紙を使うことができない。どなたか欲しいひとがいたら、差し上げます。
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by soundofmusic | 2014-10-25 04:19 | 日記 | Comments(0)


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