d0000025_17102112.jpg若杉実「渋谷系」を読みまして、これ、出る前から出たころにかけては、えっそんな本出るんだ満を持して、みたいな期待がほんのり高まっていた気がするけど、世間、意外とその後、実際に読んだひとの感想を目にしない。しょせんは音楽関係の本なんてそんなに売れるもんでもないだろうけど、瞬間的にはなにがしかの力があったムーヴメントだったんじゃなかった? 気のせい? 身びいき? はたまた? と思って読んでみると……うーん。

何度か書いていることだけど、もうはっきり言って、極力、自分が「快」と感じることだけをしていきたいと思う気持ちが日々強くなっている。なるべくなら食事ではうまいものが食いたい、とすら思っていて、これは変化と言ってもいい。読書であれば、見栄を張って難しい本を読むとか、ただ有益な情報が得られる本とか、そういうのはいらない。ただひたすら気持ちいい文章を読みたい。「渋谷系」は、文章がわたしにとっては気持ちよくなかったので、それだけでなにが書いてあろうとアウトでした。

と言い切ってしまうのはフェアではないので、もちろんある一定の意義はある本だ、とは言っておきますが、関係者の証言集でもなく、著者の徹底した私的回想でもない中途半端な構成はあんまり感心しなかった。いちばん「へぇー」と思ったのは、本筋とはあまり関係ない、「ドドンパの言葉の由来は都々逸+ルンバ」というところ。

先週の土曜日の「黒の試走車」のときにゲストで出てくれたひじかたさんにその話をしたら、いまいち反応が薄かったんだけど、それはともかく、ひじかたさんがフライング・キッズをかけていて、「ジャケがダサいんだよね」と言っていたのが面白かった。たしかにこれ、いかにも90年代初期のCDのデザインという感じがする。一瞬、ハー=ユー・パーカッション・グループのジャケに似てる気がするけどよく見るとそうでもないし、90年代初頭にはまだこのアルバムは発見されてなかったと思うのでたまたまでしょう。そう考えると、一部の先端的なものではなくて世の中の平均的なもののデザインってのは、90年代といまと比べるといまのほうが圧倒的にいいんじゃないかと思える。もっとも、そう思ってしまうのは、単にわたしたちがいま生きているのがほかならぬいま、だからなのかもしれないけど。
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by soundofmusic | 2014-11-04 17:10 | 日記 | Comments(0)


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