d0000025_1716505.jpg昨日ですが、寺尾紗穂のピアノ弾き語りワンマン・ライヴ「ソノリウムラヂオ03」を見てきました。会場のソノリウムは永福町から薄ら寒い道をまっすぐ10分弱歩いたところにある建物で、しかしもちろん、この道とて一年中薄ら寒いわけではなく、うららかな春の日も、太陽が照りつける夏の日も、落ち葉が舞う秋の日もあるのでしょうが、なにしろわたしが永福町に行くのはこのときくらいなもので。近隣住民のみなさま申し訳ありません。

おととし、去年と、やはりこの時期、同じこの場所でおこなわれた「ソノリウムラヂオ」にも足を運んでおりましたので、ここで彼女の歌を聴くと、ああ今年もそろそろ終わりだなという気分が押し寄せてきます。時間をおいて同じひとのうたを聴くこと自体は別に珍しくないわけですが、同じ時期に同じ場所で聴くことならではの面白みが、3年目にして強く感じられました。

寺尾紗穂のうたとピアノは去年よりもずいぶんと角が取れて丸くなったようにわたしにはきこえて、でもそれはわたしのほうの心境とか環境の変化によるものなのかもしれない。たぶん変わったのは音楽の側と自分の側と両方なのでしょう。当日の昼間、出かけながら聴いた『愛の秘密』からして、記憶していたのとまったく別の音楽とまでは言いませんが、あらっこんなだったっけ? と、明らかに違った印象で、たとえるならひさしぶりに会った友人の顔を思わず二度見するような感じ。音楽と自分との、そのときどきの距離の伸び縮みと遠近こそが、音楽において唯一無二のものなんじゃないかな。ライヴだけがいつも固定的に最高とか、そういう話じゃあ、ない。

ソノリウムは天井が高くて、壁が白くて、ある種のキリスト教の教会を思わせる建物で、ここで聴く寺尾紗穂の音楽はこの日、一瞬、賛美歌みたいにきこえた。たぶんそう思ったのは昨日が初めてだったと思う(教会みたいだなとは前から思っていたのに)。そして、2時間のあいだ、ピアノ弾き語りという形式にほとんど過不足を感じなかったのも、もしかしたら初めてかもしれなくて、いつまで続くかわからない「ソノリウムラヂオ」でこれから先どんな出会いが待っているのか、楽しみです。

と思っていたら、打ち上げで、「いままで嫌いだったものが食べられるようになるってぇのは、それまで嫌いだった成分に拒否感を感じなくなること、つまり感覚の鈍化なんですよ」って話を聞いてしまって、複雑な気分になった。
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by soundofmusic | 2014-12-15 17:17 | 日記 | Comments(0)


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