知ったこっちゃない

d0000025_19414361.jpg右足と左足を交互に動かしながら道を歩いていると、見知らぬおばちゃんなんかに突然、「あなたみたいな音楽好きでいろいろ聴いてるひとは、山下達郎なんか当然好きなんでしょ」みたいに話しかけられることがしばしばあるわけですが、いやそれは物のたとえで実際にはそんなことはないんですが、ご存知の方はご存知の通り、わたしは(このあいだちょっと話した感じだと弟くんも同様らしいですが)山下達郎の音楽に対して驚くほど関心が薄く、CDも10枚弱しか持っておりません。

また、これもご存知の方はご存知の通り、わたしはPAを介した音楽の生演奏、ことにホール・クラス程度以上の大きさの会場でおこなわれるそれらの音響に、ほぼ根本的な疑問を抱いておりますから、そんな人間がわざわざ、チケット代+各種手数料あわせて10000円近い金額と、複数回に分けて何度も事前に申し込んだり発売日当日につながらないサイトにアクセスしたりといった手間(まあウドー前で徹夜したり、朝10時にチケぴにリダイヤルしてたりしたことを思えばなんでもない)とをかけてまで山下達郎のライヴに行くというのはなにかこう、倒錯的なおこないに思えてならないんですが、それもこれも、興味の中心は、評判の高い山下達郎のライヴを体験したら、はたして自分は「改宗」するもんだろうか、それを見極めたい、という一点に尽きます。

結論から申しますと、判定勝ちというか判定負けというか、試合に負けて勝負に勝ったというか、そういう「ロッキー」~「クリード」(←この映画、よかったのでぜひご覧ください)的な話になるわけですが、よい演奏(技術的に達者かつ的確で、かつ歌の伴奏として過不足ない)、よい歌(音程の正確さ、声量の豊かさ、それが最初から最後まで衰えない)、よいPA(20列目くらい、ステージ向かって右寄りの席に歌と演奏がクリアに届く)と、個別の要素をとりあげて採点すれば非の打ち所がなく、その高品質の音楽が3時間超にわたって供給され続けるので、たしかに圧倒されましたし、なんならおおいに感動もするわけですが、だからといって長年の関心ないしは無関心が変化するかというとそうでもなく、自分自身がヤマタツ以前/ヤマタツ以後に分断されたりするかってえとそんなことはない。

と、ここまでですでに充分めんどくさくて申し訳ないですが、3時間以上というもの、心酔したり夢中になったりうっとりしたり懐かしさにふけったりすることはないかわりに、目の前で起きている怪物的な現象をはたしてどうとらえ、処理し、分析したらいいものかと(最後のほうは立って踊りながら)考えていました。思えばそれは、普段音楽を聴くときに(常にではないにせよ)ちょくちょくやらないでもない作業ではあって、ということは理論的には好きと呼んでも差し支えないはずですし、無論、山下達郎の音楽は、そうした処理/思索/分析/研究の対象として、これ以上ないほどの歯ごたえを持っています。

ぐちゃぐちゃ言ってるヒマがあったらさっさと好きになっちゃえばいいようなものの、音楽は料理みたいなものですから、遅くとも口に入れた瞬間に判断は下されてしまい、そのあとで食材の由来や板前の腕前、歴史的な価値なんかを説明されたとしても、頭で納得はするかもしれませんがそれを美味いと思って好きになるかというと、極めて疑わしいです。長々と書いたわりにたいした結論に達してなくて申し訳ない。

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コンサートの個別のあれこれについても書いておこうと思いますが、なにしろセット・リストとかをトゥアー継続中にバラすと熱心なファンのひとたちにこっちがバラされるらしいのであまり具体的なところには触れずに済ませますが、MCの内容とかはどうなんだろ、まあいいや。

まず1曲目の最初の一音、山下自身によるギターのカッティングにうおっとなってのけぞりそうになりました。考えてみるとそれを聞かせるための曲でもあるわけですが。後半のなんかの曲でも、通常ならギター・ソロと呼ばれてさしつかえなさそうな曲中の一定時間、ずっと山下がカッティングしているコーナーもあって、わたしはこの言葉をほとんど使いませんが、このカッティングだけで飯が何杯も食える。いま「何倍も」と誤変換しそうになりましたが、たしかに何倍でも食えます。しかしみなさん、米の減り方ってめちゃくちゃ速くないですか? 最近、諸事情によって自分が朝食用の米を研いでるんですが、毎朝2合弱炊くもんで、2キロの袋で買っても5日くらいでなくなっちゃう。俵買いしないとダメなのかな。

あとは自作曲はもちろん、カヴァーありア・カペラあり、山下と縁の深いミュージシャンの曲をメドレーで(山下自身の曲の中に織り込んだ形で)歌ったり、あるひとにインスパイアされて作った曲の中に突然そのひととつながりのある別のあるひとに関係した曲の一節がはさみこまれたり(これにはびっくりしたけどこんな書き方じゃわけわかんないな)、演奏を中心としたコンサートで体験できるサーヴィスとして、これ以上のものはそうそうないだろうと思われました。しかも終盤がおそろしくくどい。水あめみたいにいつまでも引っ張る引っ張る。何度もブレイクがあり、最後には山下がひとりで舞台後方の台にあがり、マイクを使わず肉声のみで朗々と歌い上げる。いやもう単純に、まいりました。ひれ伏します。脱帽します。

歌と演奏が高品質なのはもちろんとして、このコンサートは、ヤマタツ音楽教室の啓蒙活動としての側面も少なからずありました。とはいっても、曲の構造とかを解説するわけではなくて、もっとこう根源的な……説教っていうと正確でないし聞こえも悪いけど、山下達郎が音楽についてどう考えているかということを、歌と演奏、そしてMCで立体的に伝えていく。そういうの、原理的にはわたしは大好きなはずなんですけどね。

MCは回数も多いし、時間も長い。そして、同じ内容を何度も繰り返し繰り返ししゃべる。だもんで、ずっと聞いているとさすがに頭に叩き込まれます。わたしが見に行った日にいちばん回数が多かったネタは、たぶん「自分はデビュー40周年で、いまでもこうして続けていられるのはひとえにみなさまのおかげです」(大意です。以下同じ)で、これがだいたい47回くらい。次に「ツアーを再開したのは2008年(と、それに付随する話)」で、これは25回くらい。その次が「大宮のお客さんは最高(と、ヤマタツの観客論≒客いじり)」の18回、そんなところでしょうか。

もちろん、一度しかしない話の中にも重要なのがいくつかあって、印象深かったのは、こんな感じの発言。

「自分の顧客の中心は40代から自分と同じ60代。わたしたちの世代は、とあえて言いますが、音楽が映像の添え物ではなくて音楽だけで成立した幸福な時代だった。いま20代のミュージシャンたちがいまの自分の歳になったときにやっていけるのかどうか、それは彼ら自身が考えることだから知ったこっちゃないですが、でも音楽が存在していけるよう、後進を育てることはしていきたい」

これはなかなか複雑なものをはらんでいると思いました。この書き起こしは一言一句正確ではないですし、とくに後半部分は、わたしにはそう聞こえた内容、というか、わたしが聞こうとした内容、になってしまっているかもしれないことを念頭に置きながらお読みいただきたいのですが、これを聞きながら、佐久間正英の、昔はアルバム1枚の予算が1500万円だったがいまは60万円くらい、という、当時話題を呼んだ文章を思い出していました。

山下達郎とか、あるいは大瀧詠一のような、長い時間と潤沢な予算をかけて作られていく音楽はこれからどんどん減っていくんでしょうが、考えてみれば80~90年代の状況が異常だったわけで、現在そして未来の音楽家のみなさんたちは、もう、スタジオでバンドが録音するなんて贅沢を望んではいけないんでしょうね。ホーンとかストリングスを入れるなんてもってのほか。そういうのは、クラシックのオーケストラを個人で維持できるような金持ち、王族だけが享受できる権利。じゃあ貧乏人はどうするか。ラップトップでちまちま作るか、あるいは金がなければ時間をかけて、昼間は会社で働いて、夜は自宅の4畳半を改造したスタジオで全部自分で演奏してひたすら多重録音してください。それでも原理的にはポール・マッカートニーやレニー・クラヴィッツやスティーヴィー・ワンダーやトッド・ラングレン程度のものは作れるはずなので、だとしたらそうそう悪い話でもないでしょう。

とまあ、多少意地悪に書きました。ヤマタツさんと自分との最大の溝は、黒人音楽の理解度でも、音楽を通してアメリカをどう見るかという視点の位置でもなく、彼の音楽が必然的に内在せざるをえないブルジョワ性をわたしが受け入れられないというところなんじゃないか。これはヤマタツさんにしてみたらそれこそ「知ったこっちゃない」話であって、ヤマタツさんはがんばっていいものを作り続けて、それをご自分のやり方で維持していけるだけの経済的支持を得ているわけですし、実際に足を運ぶ前は「正直、高ぇな」と感じたチケット代も、そこでおこなわれていることを目の当たりにすると、なるほど、適正価格。と言わざるを得ません。単純に200分で1万円ってのは、100分5000円のコンサート×2回とも言えますし。と前置きした上でなお、わたしの人生には本質的には関係ない、知ったこっちゃない音楽だ、と主張する権利はあるはずで、と同時に、こういうひとが存在していて音楽を作り続けている事実は、一度知ってしまうと、決して忘れることはできないです。今後、折に触れて、「ヤマタツならどうする?」と心の中でつぶやき続けることでしょう。
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by soundofmusic | 2016-01-19 19:42 | 日記 | Comments(0)


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