私事

d0000025_12324093.jpg私事。わたくしごと。あらかじめなにかの言い訳をするときに使われることが多い言葉のような気がしますが、いろんなひとのわたくしごとを聞いてみたい欲求が、強いのか弱いのかわかんないけど、わたしにはあるみたいだ。

神宮前の建築家会館でおこなわれた小西康陽のトーク「公開ディスクジョッキー:わたくしの二十世紀、二十世紀の音楽」に行ってきた。自分が生まれた年の音楽から、時系列に沿って自分が聴いてきたレコードをかけて、それにまつわったりまつわらなかったりする思い出話をするというもので、言ってみれば究極のわたくしごとだった。または、本人も「小西康陽物語」と言っていたように、他人のレコードを使って書いた自伝。

まずは生まれた1959年、チャック・ベリー「オールモスト・グロウン」と、水原弘「黒い花びら」。こういうふうに並べてみると、「黒い花びら」を同時代のアメリカのソウル・ミュージックと重ねて聴くこともできるな、とさっそく耳が活発に動き出す。

札幌生まれの小西氏は、3歳のころから、両親とは離れて東京の親戚の家で暮らすようになった。そのことは何度も氏の文章で読んで知っていたけれども、理由が書かれているのを目にした記憶はない。そのことについて、家庭の事情的な何かだと思うけど、怖くていまだに訊けていない、と。

子供のころに聴いていたのはTVやアニメの音楽。冨田勲作曲の「リボンの騎士」をかけながら、「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」のあいだに作られた音楽、と言っていて、なるほどたしかにルグランを感じるアレンジだった(忘れていた)。こういう実例を挙げられると、「自分が子供のころには豊かな音楽が身の周りにたくさんあって……」との回想にも素直にうなづける。

小学生になるとGS。オックスの「オックス・クライ」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)の、♪僕が一人で寂しいときは ロック踊って泣き真似するの♪という歌詞に衝撃を受けたこと。ゾンビーズ「ふたりのシーズン」やドアーズといった、エレキ・ギター主体でないサウンドにロック観をかたちづくられたこと。

ピンク・フロイドの『原子心母』について、当時はありがたがって聴いていたけどブルースにオーケストレイションをつけただけであることはあとになって気付いた、とのコメントも地味におかしい。

ビートルズを好きになって、両親に電話をして「ぼくはビートルズのことが好きになった」と言ったら、そのときすでに実家には当時出ていたビートルズのレコードが全部そろっていて、カセットテープに録音して送ってくれたとか。どういうふうに感想を伝えようかと思いながらいろいろ聴いているうちにいちばん好きになったのが『サージェント・ペパーズ』だそうなんだけど、これなんか、両親と離れて暮らす小西少年の心細さみたいなものが伝わってきて、なんか切なかった。

ポインター・シスターズ「イエス・ウィ・キャン・キャン」のことを中学校の教室で話していたら、友人の大塚くんが「こんなのはイミテーションだ、本物を聴け」と、ランバート,ヘンドリックス&ロスを教えてくれたエピソード。この話は小西氏の書いたLH&Rのライナーに載っているのでもちろん知っていたけど、すっかり忘れていた。これを生で聞けたのがこのイヴェントの私的ハイライトだったかもしれない。この大塚くんというひとは、中学生のクセにめちゃくちゃ早熟なジャズ・マニアだったそうだ。

この日のトークは、時間の関係で、小西少年が高校を卒業して上京し、ロジャニコのレコードを買ったところで終わってしまう。いわば「小西康陽物語」の第一部に過ぎないわけで、いつかぜひ続きが聞きたい、と思う。

ところでここから先はわたしのわたくしごとになる。この日の昼間、わたしの家の近所の新文芸坐で、前田満州夫「殺人者を追え」という映画を見たら、小西氏も見に来ていた。ここ数年、小西氏はものすごい勢いで旧作日本映画を見ているので、そのこと自体は驚くには及ばない。わたし自身もしばしば、小西氏を目撃している。

昔の映画やドラマだとちょくちょくあるパターンとして、劇中にこれ見よがしになにかの製品が出てきたり、俳優がその製品のことについてしゃべったりするというのがある。「殺人者を追え」という映画はやたらとチキンラーメン推しで、張込み中の刑事が朝からチキンラーメンを食べて「乙なもんだな」と言ったり、刑事がチキンラーメンの営業車に乗り込んでバスを追跡したりする。(ところで黒沢清の「クリーピー」で、プレミアム・モルツのラベルがこっちを向いた感じで映る場面があったが、あれもそれか?)

そんな映画を見た日の夜に聞いたトークで、小西氏がチキンラーメンの話を無理矢理気味にしていたのは、単なる偶然ではない気がする。ちなみに「殺人者を追え」の音楽は宮内国郎だが、トークでは、彼が作曲した「ウルトラマンの歌」(♪胸につけてる/マークは流星~)もプレイされた。

この、ウルトラマンの曲もそうなんだけど、あらためて聴いてみると、自分は音楽を記憶するときにほんとにアレンジとか演奏の細部、音響といったことを覚えていないなあ、と痛感させられたのがこのトークの収穫だった。「ウルトラマンの歌」の、歌に入る直前の短いリフなんか、おそらく「プリティ・ウーマン」とか「ナイト・トレイン」あたりを参照してる気がするんだけど、それもようやく昨日気付いた始末だ。

小西氏がかけた曲は、とくに過度にマニアックなものではなく、当時の英米のヒット曲、日本の歌謡曲やロック、あとは、さほどヒットはしていなくても多少音楽好きであれば耳にしているようなものばかり。だもんでわたしも、完全に初聴きだったものは2、3曲だったんだけど、こういう場合、知っているつもりのものに出会いなおす衝撃のほうが大きかったりする。シュガーベイブ「ショウ」の凝りまくったコーラスや、高田渡「アイスクリーム」のギターのヒップさなんて、どうやったらこれを忘れることができるのか、と驚いてしまうんだけど、でも、やっぱり、すっかり忘れてしまっている。

細野晴臣「チャタヌガ・チューチュー」(鈴木茂「100ワットの恋人」とのカップリングの、プロモ用シングル!にてプレイされた)をかけながらの、細野が参照したカルメン・ミランダノレコードを探しに行った話。あるレコードを聴いて、その源泉になったレコードを探し、そしてまた……といったやり方はわたしにとって基本中の基本だし、森山弟くんにとってもそうだと思う。そして同時にまた、もうそういう時代でもないのかもなあともときどき思う。でもまあ当分、自分はそのやり方の末席を汚し続けるんだろうな。
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by soundofmusic | 2016-06-30 12:34 | 日記 | Comments(0)


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