12月17日、ジョー長岡が企画する毎年恒例の寺尾紗穂ライヴ「ソノリウムラヂオ」がおこなわれました。今年はデビュー10周年ということで、「sahoten」と題された記念の小冊子が配られました。いままで寺尾紗穂がかかわってきたたくさんのひとたちによるお祝いコメントが並ぶ中、わたしも顔を出しております。
寺尾さんとは直接のかかわりはほぼないので、書いたのはジョーさんの依頼によるものです。頼まれた際は、7、8人くらいが比較的まとまった文章を書くようなものだとばかり勝手に思い込んでしまい、だもんで長々と書いたのですが、冊子の現物を手にしてみると、慶事の寄せ書きみたいなものでした。 したがってわたしの文章は明らかに場違いで悪目立ちしているのですが、ジョーさんとデザイナーの阪本正義さんには悪いなとは思ったものの、だからといってとくに顔から火が出るとかそういうことは、ないです。 ジョーさんの許可を得て、自分の書いたものを以下に掲載します。以前このブログに載せた「アフロ・ヘアーでありうる女」の発展型とも言えるでしょう。 ***** 何も変えてはならない 池袋を歩いていたら、窪塚洋介がロケットみたいに水面から飛び出してきた。よく見るとパルコのリニューアルのポスターで、「変わってねえし、変わったよ。」というコピーがくっついてる。だったら、高いところから飛び降りようとしている瞬間の窪塚くんが見たいんだけどな。 尾崎豊は昔、ライヴ中に7メートルの照明台から飛んで左足を折った。客席との一体感が欲しくて、もどかしさのあまり、じゃなかったっけ。そんなに高いところからではなくても、ライヴ・ハウスでは日々、ダイヴ行為がおこなわれている。もどかしいのかどうかはわからないけど。 --- で、寺尾紗穂はいつ、どこで、どのくらいの高さから飛んだのかって話だけど、少し寄り道。音楽家が化ける、ブレイクする。「苦節○年」。ある一定期間活動を続けていると、実力がたくわえられたり、周囲や環境に助けられたりして、跳躍が訪れる(訪れない場合もある)。 個人の飛躍が、歴史自体の針飛びに見える瞬間も、稀にある。古くはセックス・ピストルズ。やや最近ならニルヴァーナ。誰それ以前/以後、として語られる、大きな断絶の象徴。 しかし正直な話、ぼくがピストルズを初めて聴いたときには、衝撃もスピードも感じられなかった。しばらくして気付いた。登場時には歴史の切断面に見えたものが、時間がたつと、「以前」と「以後」をつなぐ糊として機能してくるんだ。 ニルヴァーナも、そう。『ネヴァーマインド』が最初に出たときの国内盤の解説には、本来は水と油であるふたつの要素――メタル/ハードロック的なものと、パンク的なもの――の融合に初めて成功した、と書かれていた気がする。筆者は伊藤政則。断絶や革新ではなく、融合。この本質をズバリ見抜く目、さすがである。 たまたまだけど、彼らは死の刃で切断されて、真っ赤な断面がむき出しになっている。ひとは死ぬ。とはいえ、簡単には死なない。外からの力がやって来ないのならば、なんとか自力で、死んだり再生したりし続けなくてはならない。生きるために。それをデヴィッド・ボウイ式と呼んでもいいんだけど、そろそろ本題に入ろうか。 --- わたしが寺尾紗穂をきちんと聴いたのは、2012年ごろ。初めてのソノリウムラヂオに足を運び、それから後追いで、途中からはリアル・タイムで、CDを買っていった。 ひときわ刺激を受けたのが、2015年の『楕円の夢』。ここで彼女は大きく跳躍し、上品なピアノ弾き語りのイメージを軽やかにひっくり返してみせた。レーベル移籍が吉と出たよい例だと思った。 続くは2016年の『わたしの好きなわらべうた』。意外な素材が色とりどりの編曲で、すっかり現代の音楽になっている。驚いたわたしはブログ記事を書いた。題して「アフロ・ヘアーでありうる女」。この音楽の奔放さにはむしろ、アフロ・ヘアーと原色のドレスが似合う、との主旨。 たぶん、もどかしかったんだ。寺尾紗穂はぐいぐい速度をあげて、先に進んでいる。それなのに世間の大半はまだ、「ピアノ弾き語りのひと」で片付けてしまっているのではないか、と。 --- アマゾンの『御身』(2007年)の「商品の説明」欄には、「声が大貫妙子、歌い方が吉田美奈子、ピアノが矢野顕子と言われ」との一文がいまもある。当時、金延幸子も引き合いに出されていたっけ。 ほんとにそれだけ? あらためて『愛し、日々』(2006年)から聴き直してみる。たしかに最近2作のヴァラエティの豊かさはめざましい。のだけど、エレクトロニカ風の試みも、大胆なリズムの冒険も、時間をかけて少しずつ準備されていた。 一度それがわかると、『楕円の夢』を境にした前後の断層は、ふっと消滅する。そしてたとえば、『楕円の夢』冒頭、北杜夫の詩に寺尾が曲を付けた「停電哀歌」が、『わたしの好きなわらべうた』の予告篇のようにも響いてくる。振り返ると、踏みしめてきた足跡で、いま・ここへと通じる一本道がくっきりとできているのだ。 件のブログで書いた、鍵盤弾き語りのイメージにとらわれているひと云々の話も、なんのことはない。わたし自身が、そうだった。 --- つまりこの10年間の歩みは、まさに「変わってねえし、変わったよ。」なんだけど、作風のゆるやかな広がりと着実な深化にもかかわらず、彼女のパブリック・イメージがリミテッドしちゃってて更新されないとしたら、なぜか。髪型の印象の強さが、理由のひとつなのではないか。 寺尾紗穂と共振しそうな70年代前半の中分け長髪シンガー(・ソングライター)たちを、いくつかのジャケットとともに、思い出してみる。 五輪真弓『少女』『冬ざれた街』。荒井由実『ミスリム』。吉田美奈子『扉の冬』。大貫妙子『グレイ・スカイズ』(いまは前髪のひとだけど)。金延幸子『み空』。ジョニ・ミッチェル『バラにおくる』。リタ・クーリッジ『リタ・クーリッジ』『ナイス・フィーリン』。カレン・ダルトン『イン・マイ・オウン・タイム』。ジュディ・シル『ジュディ・シル』。 外見も音楽のうちだから、これら「中分け長髪派」を引き合いに出すのは、理にかなってはいる。だけど、それだけじゃもう、足りないんだ。かといって、彼女が歌い方やピアノの弾き方を変える必要はない。いやむしろ、何も変えてはならない。 何も変えずに何かを変えるため、音楽をあらたな宛先に届けるために、こんな妄想をしてみる。彼女がもし、エスペランサ・スポールディングやリンダ・ルイスのようなアフロ・ヘアーだったら。それだけできっと、思わぬ方向からも視線が向けられ、たくさんの耳がそばだてられるだろう。(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター界隈からの注目も得られそうだ。個人的には必要性を感じないけど) 余計なお世話なのは、百も承知。「口の角」で♪なきたいときも/苦しいときも/口の角くいっとあげてごらん♪と歌っていた彼女ならば、ごく小さな変化で、自分の気持ちも周りの反応も、がらりと刷新されることをご存知のはず、と信じての提案です。あ、ウィッグでいいと思います。
by soundofmusic
| 2016-12-24 13:29
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