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たのしい知識

キャメロン・クロウの「エリザベスタウン」を見た。全体的に、なにからなにまで不自然であることに見て見ぬふりをすればよくできた映画。良く言えば多面的な魅力を持つ、悪口を言えば散漫でまとまりのない作品で、でもぼくはすっかり楽しんだ。先日書いたスピルバーグの「宇宙戦争」に続いて見たせいか、アメリカ映画に描かれるヒーロー像が明確に変化してきてしまっているのだなと痛感し、そこが興味深い。

従来の考え方ではヒーローと呼ぶにも値しない、小さなヒーローたち。ただそれだけなら、ニューシネマの時代から、すでにさんざん描かれている。ただ、「宇宙戦争」のトム・クルーズにせよ、「エリザベスタウン」のオーランド・ブルームにせよ、そういうところをはるかに通り越してしまっている。

アメリカの理想に必死でしがみつく小さな手をあえて描こうとする、ある種の作り手たちのたたずまい。その理想はもはや、大文字の、濃いインクで書かれたものではなく、さんざん雨風にさらされ、かすれて、もうぼろぼろだ。「宇宙戦争」の不穏な空気も、「エリザベスタウン」の陽だまりのような暖かさも、わたしたちがもう引き返せないところまで来てしまったことを示唆しているみたいだ。

そしてちょうど、古本屋で見つけた、佐藤忠男先生の「映画をどう見るか」(講談社現代新書)を読んだら、アメリカ映画におけるヒーロー像(とその他のあれこれ)が分析されていて、たいへん参考になった。いいタイミングでもあった。

明快で、真っ当で、平明で、そしてもちろん、広範な知識に基づいていて、しかしそれをひけらかさず。佐藤忠男の書くような文章をこそ、名文というのではあるまいか。映画の本だからもちろんいろいろな作品が取り上げられているのだけど、ここに載っているあれやこれやを1本も見たことがなくったって、この本を読んで楽しむことはじゅうぶんに可能なのだと思う。

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堀川弘通「あすなろ物語」(55年)、高橋治「彼女だけが知っている」(60年)も、見た。

「あすなろ物語」は、主人公が成長しつつ、それぞれの年齢なりのやりかたで女たちとかかわっていく、その交流を描いた映画。交流とはいっても、昔の話であるから、ごく淡いもの。3話のオムニバス風で、それぞれ岡田茉莉子、根岸明美、久我美子がヒロインを演じる。

とにかく岡田茉莉子がイイ。高飛車であることを前提として許された役のとき、岡田茉莉子はもっとも輝く。

「彼女だけが知っている」は、珍しや、笠智衆が刑事役! 娘が小山明子で、クリスマスの晩、レイプされてしまうのだが、放心した彼女のバックで、小坂一也がけだるく歌うクリスマス・ソングが流れる。この異様な虚無感。ちょっとカッコイイんだな。

かたや、黒澤明の弟子が描いた端正な文芸作、かたや、“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ第4の男”のサスペンス。この2本を見ると、たった5年で日本映画の空気の一部がおそろしいほどに変化してしまったことがよく分かる。

それよりもなお、もっともっと強く強く感じられるのは、どちらも、新人監督のデビュー作であるという事実。2本とも、スクリーンが若々しく息をしているのがはっきりと見て取れる。それはほとんど、手にふれることすらできるのではないかと錯覚させるほどの実体感をもって迫ってきていて、良い処女作を見るときにだけ味わえる幸福感を、また堪能することができた。

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連絡のコーナー。

3月4日のGentle Holidays@松本、中川五郎HONZIのライヴ出演が決定しました。出演は6時頃から7時半頃までの予定。ボンゴさんと中川五郎がどんなに似ているか、せっかくだからみなさん、ぜひ確認しに来て下さい。

明日の火曜日は下北沢のモナレコードで、轟渚と夕映えカルテットのライヴ。わたしは遊びに行くつもり。出番は9時過ぎだそうですよ。

(森山)
by soundofmusic | 2006-01-16 12:49 | 日記


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