別になにが目当てということもなく一度はイタリアに行ってみたいと思っていたら、北京乗り換えの中国国際航空のローマ行きが往復6万円以下で出ていたので、12月、ローマ→ナポリ→カタニア→パレルモと回ってきました。本当ならシチリア島からサルディーニャ島に渡って、そこから本土に戻る、という一筆描きの旅程が理想だったんだけど、そんなに長く留守にできない事情もあり、パレルモからはアリタリア航空でローマに戻りました。
ローマに着いたのは18時前で、その時間でもう真っ暗。若い頃はそんなに気にしてなかったけど、最近は日の短い時期や寒い時期の旅行はなるべく避けたいと思うようになりました。同じ日数で得られる楽しみの量がぜんぜん違う。寒さと暗さ、どっちかならまあ耐えられるけど両方は気が滅入る。 ついでながら、いつも小さなダメージを受けるのに、あとになると忘れてしまうことってのがあるので、将来の自分のために書いておきます。 ・移動日の宿への到着はなるべく日没前にする。(日が暮れると不安になるので) ・ズボンは濃い色のもの着用。(普段と違う環境だと食べ物の汁とかをこぼしがち) ・ウェットティッシュを持参する。(こぼしたときに拭けるように) ……ほんとちっちゃい話ばっかだな。それと、 ・両面テープとかカッターを持っていくと、底抜けしてるレコジャケの補修を宿でおこなえるので便利。 ってのもありますけど、あまり一般的に役に立つ情報ではないですね。 ローマの宿はテルミニ駅から徒歩数分の便利な場所なのに、入口を探すのにひと苦労、そしてようやく到着すると、ドアに、「フロントが開いているのは○○時までです。電話してくれたらすぐ行きます」とある。下におりると公衆電話があったので、まわりにたむろしてる若者を気にしつつ電話。そういえば「パディントン2」でパディントンが電話する電話ボックス、あの描写はいまどきの公衆電話の地位みたいなものをよく示してましたね。で、電話つながらず。かけかたが正しくなかったのでしょう。次に自分のスマートフォンでトライするも、やはりつながらず。イタリア語と英語でヴォーダフォンのアナウンスが流れるのみ。 やむなく、通りの向かいのファストフードに入り、適当きわまりない夕食をとりながらそこのWi-Fiを拾って宿にメール、事なきを得ました。アメリカ~チリのときもレンタル・ルーターは持って行かなかったんですが、もちろんあれば便利なのはわかっているものの、1日1000円とか言われると、バカらしいと思ってしまう。宿にはたいていあるわけですし。とは言ってもなかなかつながらない「弱い-Fi」だったりするときも多いんですけど。ちなみに自分のスマートフォンはSIMロックかかったままの時期の機種で、なおかつ、ドコモで契約した本体を、いまは格安SIMの会社(ロックかかったままでも契約できるやつ)に乗り換えて使っているので、そもそもロック解除できるのかどうかもわからない。 翌朝さっそく街に出てみると、歩いて数分のところになんとか大聖堂があって、機関銃を携えた警官が数人、あたりに目を光らせている。街の広場の多くには柵が立てられて、外から車が突っ込んでこられないようになっている。最初はぎょっとしましたが、いつだかのパリのテロの際、次はローマが狙われるのでは、という危機感があって、率先して警備を厳重にしたとのこと。 ぶらぶら石畳の道を歩いていくと、トラヤヌスの記念柱と石造りの遺跡、城壁の跡のあたりに出て、過去の時間がいきなり露出したような状態にびっくりしました。コロッセオにしてもパンテオンにしても、なんとなく写真では見知っているわけですが、実物は21世紀の人類が生活している現代の街の中に突如として存在していて、その存在のありようがいちばんの見どころだと感じました。そういえばたしか「ジョジョの奇妙な冒険」で、ローマはたくさんの人口をかかえる大都市なのに、地下鉄の路線が(当時)ふたつしかない、それは未発掘の遺跡がごろごろあって、うっかり掘るとそれが出てきてしまうからだ、と読んだことを30年ぶりに思い出したりもしてました。時空の裂け目から古代がにゅっと顔を覗かせるローマという都市も驚異ですけど、30年間容貌がほぼ変化していない荒木飛呂彦先生も、同じくらい驚異と言えます。 ローマの有名スポットをいちいち真面目に回っていたら金がいくらあっても足りないんじゃ、と思うわけですが、無料で拝観できる教会の類は意外と多く、その気になれば実質無料でもけっこう楽しめます。京都とは違うなーと、どうしても比較してしまうものの、考えてみれば教会は祈りの場であり(実際、お祈りしてるひとはたくさんいます)、そうした衆生から拝観料をとるわけにはいきますまい。じゃあ京都の有名寺院はお祈りさせてくれないのか? との疑問は当然浮かんでくるわけで、実際のところ、どうなんでしょうね。檀家専用の入口とかあるんでしょうか。 無料ではあるものの、寄付を募る箱は置いてあって、たしかoffertaみたいに書いてある。英語で言えばofferです。同じ単語は、バーゲン品のワゴンの表示でもよく見かけました。こういう学びはわたしにはすごく面白くて、先ほどテルミニ駅の名前を出しましたが、昔ふと、Termini=ターミナルか、と気付いたときにはなるほどと思いました。大学での第2外国語はドイツ語だったので、ラテン系の語源になかなか勘が働かないんです。そういえば「ウナ・セラ・ディ東京」ってのもイタリア語ですね。ザ・ピーナッツについては後述。 さて、無料なのをいいことに教会を回っていると、いくつか発見がありました。宗教画もステンド・グラスも、それそのもの自体の「芸術的」価値とは別に、その場所ならではの文脈や意味がある。石づくりの教会において光は貴重品ですから、壁にかけられた絵はたいてい薄ぼんやりとしか見えませんし、光を集め、効果的に使用する実用品としての役割がステンド・グラスにはある。 宗教画はキャラクターと文脈の理解度に大きく依存していますが、それはそれとして、居並ぶ彫刻の決めポーズの立ち姿や、飛翔・浮遊・上昇系のキャラクターが画面の至るところを埋め尽くすエモい構図は、昨今のアメコミ系のハリウッド映画を自然と連想させます。何点か見ることができたカラヴァッジオの光の使い方は衝撃的で、ふと、ヴィットリオ・ストラーロがカラヴァッジオ風の光と構図でアメコミ映画を撮ったらすごいことになるのでは、と思ったら、「ディック・トレイシー」があるよ、と教えてもらいました。そのうち見てみたいです。 ま、このへんのことは誰でも気付く話なので、ローマのレコード屋のことを。大都市のわりには、あまり数は多くないという印象を持ちました。しかし、ローカルのアーティストのレコードは大量にあって、分厚いレコード文化が存在することがわかります。完全になめてまして、なんとなーくトロヴァヨーリとかカトリーヌ・スパークとか安く買えないかなーと期待してたけど、そんなうまい話はない。 テルミニ駅の裏あたりのトランスミッション。市街の中心部から見て南西あたり(観光スポットは近くにない)のエラスティック・ロックとピンク・ムーン。東側のレディエイション・レコーズ(街の真ん中の店舗は小さい)。中古盤の在庫量の多さだとこのよっつが代表的でしょうか。ほかにわたしが存在を感知できなかった店がある可能性はもちろんあります。新品の店舗だと、テルミニ駅の南側のディスコテカ・ラツィアーレが品揃えよかったです。 とはいえ、これらの店のほとんどではわたしは買えるものがなかったですし、ローマに行ったらレコード屋よりもほかに楽しいことはいろいろあります。ローマで買ったなかでいちばん嬉しかったのは、リオのホワスト『リオ』のイタリア盤LP(7ユーロ)。まあすでにCDもLPも持ってますが、初回盤LPは着せ替え人形つきなので、何枚かあってもいいと思います。 ローマから電車で移動したナポリは、駅前は薄汚なく、ひとの肌の色はローマより浅黒く、雑然とした雰囲気で、東京と大阪くらいの違いはあります。レコードを売っている店は何軒かあり、道端でジャケットなしのシングル盤が大量に売られているのも見ましたが、イタリアものを知らないと楽しめなさそうな感じ。ひとつ心残りは、ホテルのすぐそばにあったレコード屋、到着日には開いていたのに、あとでも行けるだろうと街歩きを優先してその日はパスしたら、翌日以降はもろもろタイミングを逃して結局、訪問できなかったこと。レコード屋は行けるときにその場で行っとけ、という原則を遵守していればこんな失態はおかさずに済んだわけで、お恥ずかしい限りです。 ナポリに限らず、イタリアでは毎日何杯もエスプレッソを飲みました。小さなカップなのでひと口かふた口で飲み終えてしまうし、たいていはカウンターに立ったまま。店によってはテーブル・チャージを払ってゆっくりしたりできなくもないですが、そもそも座席がない店のほうが多い。そしてバリスタがかっこいい、という感覚を初めて覚えました。蒸気を逃す所作や、煎れ終わったあとの豆を捨てるのにカンカンと叩きつける仕草の美しさ。ナポリを発つ直前に寄ったカフェ・タランティーノでは、こちらがチャオ、と言いながら出ていこうとすると、さほど若くもない男のバリスタがごく当たり前のようにこちらにウィンクしてきて、予想外のことにいくらか動揺してしまいました。 ナポリからシチリア島のカタニアへは急行列車で7時間半。早めに予約しておいたので、これだけ乗ってもたしか2000円しないくらいでした。ここを列車移動に決めた最大の理由は、イタリア本土、ブーツのつま先の部分からシチリアへ渡るのを体験してみたかったから。本土とシチリアのあいだの距離は5kmとかそんなもんですが、橋もトンネルもない。手段は船なんですが、いわゆる連絡船ではなく、急行列車がふたつに分割されて車両がそのままフェリーに縦に隣り合って2列で乗り込む。そして海を渡ると分割された半分は南のカタニア方面へ、もう半分は西のパレルモへと向かっていきます。本土側とシチリア側の駅では準備のためにそれぞれ30分くらい停車するので、渡るのにたっぷり2時間はかかる。この非効率性、こたえられません。 ナポリを出てしばらくしてからは列車は海岸線に沿って走るので、海側の席をリザーヴしておいたのに、あいにくの雨。本土側の連絡駅に着いたころには小降りになり、船に乗り込んでというか積まれてというか、デッキに出ると二重になった虹がかかっているのが見えました。短い船旅のあいだ、船内の売店で巨大なボールのような揚げ物を買ってみました。そのときは知らなかったものの、これはシチリア名物のひとつ、ライスコロッケなのでした。 カタニアで行ったレコード屋は、新品を売る店が3軒かそこら。1軒は、鍵のかかったディスプレイに値段の書いてない状態でCDが置かれていて、気になったものがあったので値段を訊ねると、まあそれなら買ってみるか、と思える価格。しかしレジでピッてすると、実際はその2倍くらいする商品だった(お店のひとの勘違い)ので、じゃあいいやって断って店を出ました。 別の店では、入ったとたんに店主が話しかけてきて、マリオ・ビオンディを知ってるか? と訊いてくる。知らない、と答えると、聴きたいか? と畳み掛ける。せっかくなので聴かせてもらうと、いい感じにソウルフルなヴォーカルでわりと気に入ったので、一応値段を確認すると、買えないってほどではないものの、自分として気持ちよく払ってもいいくらいの紹介料を上乗せした額をだいぶ上回っていたので、ひとしきり聴いて店を出ました。宿でビオンディのことを調べてみると、カタニア出身、スキンヘッドで身長2メートル超。そしてアルバムのうち1枚は我が家にもすでにあるようでした。 11月下旬のチリもすでにクリスマス・セールのにぎわいが始まってましたが、12月半ばも近くなり、カタニアの街はなんとなくピースフルな雰囲気が漂っています。デパートをぶらぶらして直火式のコーヒー・メーカーを買い、地下のカフェで山盛りのジェラートとエスプレッソをいただきつつ休憩。帰ろうとエスカレーターに向かうと、見慣れたアラビックヤマトのりが、さも高級ブランド品のようにディスプレイされていました。小さいのが5ユーロくらいしてました。 カタニアに滞在しようと決めたのは、街の北側にそびえるエトナ山の回りを走るローカル線に乗るため。100kmを3時間くらいかけてとことこ走るディーゼル車です。えっちらおっちらという感じで山腹を蛇行しながら少しずつ標高を上げていき、また少しずつ下って海へ出るコース。のどかなことこの上ありません。途中、ランダッツォで乗り換えのため2時間ほどあいだが空くので、おひるを食べがてら町を歩いてみましたが、中世の町並みがそのまま残っているそうで、道は曲がりくねり不規則に分岐して、しばらく歩いていると自分がどこにいるのかわからなくなります。グーグルマップも、それまで一度もこの町をスマートフォンで表示したことがないせいか、細かい道がまったく表示されず、現在地とおおまかな目安がなんとなく出るだけ。町には道案内もないので、おっかなびっくり、用心して早めに駅に戻りました。 旅行先によっては深刻な問題になるのが、日曜日なにをするか、です。20年以上前はロンドンあたりでもけっこう不便な思いをした記憶があり、11月のチリ、サンティアゴでひさびさにその感覚を味わいました。デパートかシネコンに行くくらいしかない。ちなみにイタリアの普通の映画館はほぼイタリア語吹替え版での上映のようでした。 ちょうどカタニア滞在中の土日、ホテルでレコード・フェアがおこなわれているのをポスターで知りました。こういうところはハードなコレクター向きなので、あまり自分が行ってもな、と思ったんですが、イタリアに来て以来さほど成果が出せていないのと、いいかげんすることもなくなっているので、顔を出してみました。 会場はホテルのコンヴェンション・センターっぽいところ。さすがに広いスペースにたくさんの店が品物を並べており、予想外の混雑ぶり、気持ちの高まりを覚えます。わたしくらいになると、実際に買わなくても、レコードがたくさんあるところに行って、盤をパタパタしているだけで歴史の重なりに触れる興奮を感じられるわけです。遺跡に立った考古学者みたいなものです。 さて、そろそろ、なにかイタリアっぽいものを買わなくては、という気分になっており、とはいえどうしたらいいか。こういうところにはさすがにレアなイタリア映画のサントラが売られてますが、数十ユーロも出すのは主義に反する。結局、得体の知れない子供のコーラスものを2ユーロくらいで購入。 立ち去りがたくてフェア会場内をうろうろしていると、シングル盤が大量に売られている一画がありました。2ユーロ均一なので、おみやげに何枚か買うのもよかろうと、ジャケを頼りに物色。英米と違ってイタリアのシングル盤は日本と同じでたいていピクチュア・スリーヴつきなので、得られる情報量がだいぶ違う。ここで買ったのがリタ・パヴォーネと、ジミー・フォンタナ。パヴォーネについては「2017年のグッド音楽」(→☆)でも書きましたが、フォンタナも、B面がタートルズ「ハッピー・トゥギャザー」のイタリア語カヴァーでした(→☆)。原曲のタイトルが書いてない場合でも、作曲者名がイタリアっぽくなくてアングロ・サクソン的な感じのときは、英米のヒット曲のカヴァーだろうと推測できるわけです。夜、宿に帰り、YouTubeでリタ・パヴォーネの動画を見ていたら、すっかりファンになりました。 カタニアからパレルモへはバスで3時間。旅の最後に立ち寄ったこの街が、いちばん印象がよかったかな。とはいえ大量にレコードを買える街ではないです。レコード(新品と中古)とカスタム・シューズの店であるリッツォ、モッドな洋服とレコードの店モッドウェア、といったユニークなお店を覗きはしましたが。そういえばイタリアではたくさんのヴェスパを見たのに、モッズのことは一度も連想しなかったな。 今回よっつの街を訪れて、それぞれの雰囲気や個性の違いを味わえたわけですが、やはりシチリア、とくにパレルモはイタリア本土とは異なった空気が流れていました。教会も土地ごとにまったく別の顔を見せてくれます。パレルモの、サンタ・マリア・デッラミラーリオ教会(マルトラーナ教会)は忘れられません。青と金の装飾、イスラム風のタイルの模様、ギリシャ風モザイク、西欧由来の宗教画。時代を経て増築され、それらに応じてでもあるのでしょう、さまざまな様式がキメラのように同居しているありさまに、呆然としつつ見惚れました。 2016年にメキシコ・シティで見たシケイロスの「人類の行進」は、建築と絵画と彫刻が融合した、その場に行って体感するしかない巨大な作品で、つまり、運べない、ポケットに入れられない、戦争になっても持って逃げれないものでしたが、なんのことはない、キリスト教の教会ってのがそもそも、建築と絵画と彫刻が融合した存在なんですね。当然シケイロスはそのことは念頭に置いたうえであれをつくったはずで、だからあそこにはいわゆる「ご本尊」はいなかったと思いますけど。 こうした、異なった文化の激突、融合、野合、変型、忖度、そうしたものはすべて、日本(語)を使ったあらゆる表現についてわたしが考えるうえでの栄養になり、ヒントを与えてくれるのです。「これを日本(語の環境)でやったらどうなるか。そもそもそれは可能か」。わたしが24時間365日考えていることは、究極的にはすべてそこに集約されます。 とはいってもパレルモでなにも買わないのは惜しい、と街を散歩していたら、本と音楽、と書かれた店が目に入りました。マッシモ劇場からほど近い、ラ・フェルトリネッリ。地下が広いCD売場になっていて、英米ものもローカルものもいろいろ揃えてありました。店内にWi-Fiも飛んでいたので、気になるものはYouTubeで試聴。1時間以上粘ったんだっけかな。ローカルものは、もっと勘を働かせたり片っ端から試聴すれば結果も違っていたかもしれませんが、油断するとすぐカンツォーネっぽいドラマティックな歌いあげをかましてくるので、胸焼けしてしまいます。イタリアのジャズも相当レヴェルが高いはずなんですけど、たぶんディスクユニオンのほうがよいものが厳選されて置いてありそうなイメージ。結局、かなり無理矢理気味にロイ・エアーズを買って(イタリアと関係ない)、パレルモにも足跡というか爪痕を残すことができました。その晩はレストランでカジキマグロのグリルの夕食をとり、翌日、帰国の途につきましたとさ。 ○写真(上から) ・チネチッタ ・エモい宗教画 ・分割された列車 ・レコード・フェアのポスター ・レコード・フェアの会場
by soundofmusic
| 2018-01-31 12:37
| 日記
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