このブログは、最初のセンテンスに「新文芸坐」という単語の入る率の高さでは日本でもけっこう上位に入るかもしれないと思うが、その新文芸坐では、夏になると毎年、戦争を振り返る映画の特集が開かれる。
ひとことで書くにはあまりにも複雑すぎるある事情というか理由で、わたしはその手の映画を割合好んで見に行く。とはいうものの半分義理というか義務のような気がしないでもなく、そもそも新文芸坐の特集は、毎年半分くらい(もっとかも)は必ず同じものがかかり、新しい空気の入れ替わりに乏しい。半分入れ替わったらけっこう印象が違ってもよさそうなのに、毎年毎年「またやってるなあ」と思わせられるのは何故なのか。まさか、3年ごとに議員の半分が改選されるが印象としてはわりとずっと澱んだままであるところの参議院の隠喩ではないと思うけども。 --- 今井正「ひめゆりの塔」を見て、複雑な気分になる。 それは、沖縄戦の悲惨な実態をリアルに(あるいは、そう見えるように)描いているせいももちろんあるけれど、それよりもむしろ、高峰秀子が「日本で5本の指に入る演出家」と書いた今井の腕が、名コンビといっていい水木洋子の脚本を得て、自在に振るわれ、ところどころで天才的な冴えを見せているから。どうしたって、「もしこのひとがこんな映画ばかりを撮らなくて済む社会状況だったらいったいどんな映画を残していただろう」と気になってしまう。 爆薬の使い方や、戦いのさなかにも機会を見つけてははしゃぎまくる少女たちの描写の的確さを見ていると、高峰の言葉にうなづかざるを得ないし、画面に若い娘がたくさん出てきたときに映画監督は何をすればいいのか、を知り尽くしている今井には心底敬服する。 だからたとえば、誰かがこれを萌え系の戦争映画だといっても驚かない。そうしたことで誰かが興味を持ってこの作品を見るのなら、それに越したことはない。映画をめぐる状況でいちばん犯罪的なのは、届くべき観客に映画が届かなくなる各種の事態だ。その意味においては、海外作品の上映権切れも、一度固定されてからまったく更新される気配のない硬直した名作リストも、どうせおもしろくないだろうという個人的な思い込みも、程度の差こそあれすべて同罪なのである。 --- だから、あの戦争を語り継ぐ、とか言いながら老人向けの懐かし名画ばかりを並べる8月の企画には断固反対。「ひめゆりの塔」を見ると、絶対に自分はこういう目には遭いたくないと素直に思えるのはたしかだけど、だいたい、若いひとなんて誰も見に来てないじゃないか。 要は見せ方、並べ方の問題。たとえば、「ひめゆりの塔」を成瀬の「おかあさん」とカップリングして、香川京子萌えデイとしたらどうか。この2本を続けて見たら、生きて動く登場人物と同じくらいの存在感で「おかあさん」を支配する各種の死者たちの影に嫌でも気付かされるだろうし、その死者たちがいつ、どうやって死んだかにも自然に考えが及ぶはず。 そもそも、「あの戦争」がどのくらい普遍的で、どのくらい特殊なものだったか、わたしたちはそれすらロクに考えたことがないのじゃないだろうか? 今回の新文芸坐の特集初日の小林正樹「東京裁判」を見て、そんなことを思った。ここを通らなくては誰も先に進めないはずなのに、みんな平然と歩みを進めてしまっている。 --- なお、最後に書いておくならば、わたしが戦争映画を好むのは、戦争が恋愛や犯罪と同様、人間性の究極的な発露でもありうるから。そして、わたしが戦争なんてなければいいと考える理由は単純で、戦争がなければ、中国大陸で戦病死した山中貞雄はもっと長生きして、とんでもない傑作を何十本も残してくれたに違いないからだ。死んでいいやつはほかにいくらでもいるというのに、よりによって死ぬのは山中貞雄。 シネマスコープやカラーの画面を山中がどのように使いこなしたか、想像してみても仕方のないことで、せめてできるのは、残された作品を何度も見ることくらい。タイミングよく、11日(土)から、現存するわずか3本の山中の作品のうち1位と2位に輝く、「丹下左善餘話 百萬兩の壺」と「人情紙風船」が、早稲田松竹で2本立てで上映される。 はっきりいってこの2本は、現在公開されているどんな映画よりもはるかにおもしろいはずなので、なにかの間違いでここを読んでいるようなひとは、全員駆けつけるべし。 --- 11日(土)は、早稲田の茶箱で、イカス邦楽中心イヴェント、ニトロジェニックが開催されます。3月のPPFNPでゲストに出てくれた若者たちです。当日欠席だったアツローくんのプレイも最高につき、高田馬場からとことこ歩いていくのもよろしいかと。暑いだろうけど。 ああ、そういえば、茶箱では24日(金)にもおもしろそうなイヴェントがあるんでした。「黒の試走車」でもおなじみのazさんとSZさんによる、「少年翁」。この日はichiさんなどに混じって、森山もゲスト出演(20時ごろからの予定)。みなさんに死んで貰います。じゃなかった、気持ちよく踊って貰います。 なんか茶箱でやってるイヴェントっていろいろあって分かりづらいかもしれないけど、ムサシノカチューシャナイトのひとたちとかニトロのひとたちが出てたらだいたい全部おもしろいんだから、遊びに行っちゃえばいいじゃん。
by soundofmusic
| 2007-08-08 15:26
| 日記
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