びんぼう

ユーロスペースで開かれた、岩淵弘樹「遭難フリーター」の試写会に行きました(なにか特権があったわけではなく、ハガキを出して当選)。これに関しては、見た以上はなんらかの意見を表明するのが筋だろうと思いました。そしてその際、一般論としてどうこう言ったり、単に映像作品としてだけとらえてもしゃーないというかおもしろくない気がしましたので、個人的なことも含めて、つらつら書いてみます。

「遭難フリーター」についてはこちらとか。
☆公式ホームページ
☆雨宮処凛による紹介

ある意味センセーショナルな題材なので容易に社会派にくくられそうな作品ですが、実は個人映画であり必然的に青春映画であるという、そっちのほうが重要な気がする。それでいて、そう書いてしまうと、なにかこう、高みというか安全地帯から発言しているような落ち着かない気分にさせられてしまう。

デモ(不当逮捕者が出た例のサウンド・デモ。と書いて、何人くらいがあああれ、と分かるものなのか心もとないけど)に参加して目の前の出来事に興奮し、「これが東京だ」とつぶやく。東京ドームでの看板持ちのバイト後、盗んだバイクならぬ拾った自転車で走り出す、その走行中に撮ったそこいらの夜景、やけにまぶしい。高円寺から平和島まで歩く雨の夜、道路を横断しながら撮った無人の商店街のアスファルトなんか、シャブロル「気のいい女たち」のアンリ・ドカの撮ったパリをすら思い出した。

イルミネーションを見てクリスマス気分を味わおうと向かった原宿(けっこうミーハーである)は、みな帰ってしまったあとらしく閑散としていて、カラオケボックスか何かの看板を持った客引き(ベンチコート着用)だけが所在なさげにしているのをきちんと拾っているのはうまい。

映画としては食い足りないし、ナレーションがしつこいが、身動きが取れず八方ふさがりであるがゆえに結果的に浮遊しているように見えてしまう構造、宙吊り感がわりとよく出ている気がしました。なんとなく出版社で働きたいとか言ってみたりする岩淵クンにハートを撃ち抜かれる学生さんなんかも多いんじゃないスか?

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ここから個人的な話に入りますが、いやー、金がないという感覚をひさびさにリアルに思い出しました。冷や汗が出た。わたしはいまは派遣社員で、とりあえず現時点では金が足りていますが、30歳まで時給制のバイトでした。給料は手取りで18万円くらいだったから、岩淵くんほど困窮はしてなかった。ひどいときには給料の半分くらいレコードとCDに費やしていて、月末になるとディスクユニオンにまとめて何十枚か売り払って5000円か1万円つくって、それで数日しのぐ、ということはよくやってた。

飢えていたわけでもなし、家賃も払ってたし、これくらいは金がないうちにはぜんぜん入らないのは承知。重要なのは、気分的な余裕がなかったことです。たとえば、遠くに遊びに行くときに電車賃のことを考えて躊躇してしまうとか、誰かと外食するときに高い店(1000円以上)に入るハメになるんじゃないかとか、そういうこと。その経済感覚は、派遣になって収入が増えてからもしばらく持続した。コンヴィニで110円くらいのだけでなく、130円とか以上のおにぎりも気軽に買えるようになったのは、去年の夏ごろのことです。それまでは、そういうものが売ってることは視界に入ってなかった。岩淵くんみたいなひとが誰の視界にも入ってないみたいに。

ここ2、3年でわたしと知り合ったひとは、森山は気さくな野郎だと思っているかと思うんですが、それは現在わたしがやや経済的に余裕がある(自分比。同世代の平均と比べてどうかはわからない)からにすぎません。金がなくて困るのは、身動きが取れなくなること。正確には、違った方向に歩き出そうとする気合いが入らなくなること。

ところが岩淵くんは、埼玉の本庄で土・日も過ごすなんて耐えられない、と、週末は都内に日雇いのバイトに出てくる。貧困層にあるまじきアグレッシヴさ。わたしと違って働くこと自体は好きみたいだから、その点、心配してない。わたしには、やりがいのある仕事をこうまで猛烈に求める気持ちが分からない。だいたい、天職とか適職なんてものは実際にはめったに存在せず、仕事というものにはただ、自分にできる仕事と自分にできない仕事しかない、と思っています。

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映画を見ている間は、なんだかんだ言ってもこうしてカメラを回して作品を作り上げ、作品を撮って世に出かかるところまで来たんだから、これは全部、成功した人間がやりがちな若いころの苦労話だよなあ、と警戒していましたが、上映後のトークを聞いて、やや考えが変わりました。参加者は、岩淵監督、プロデューサーの土屋豊、アドヴァイザーの雨宮処凛。

わたしの持った疑問についてはやはり同様の質問を受けることが多いらしく、「本当に余裕がなかったのならこんなものを作ることもできなかっただろう」とよく言われるそうです。しかし雨宮が、「目的もなく撮り続けるのはたいへん」「命綱みたいにカメラにしがみついていた」と発言していて、なるほど、と思う。金がなかったらカメラを売るだろう、とのツッコミに対しては、監督いわく「売れるようなカメラじゃないんで」とのことで、つまり、しがみつく才能があったってことなのだと思いました。

よくあるフリーターの自己責任論に対しては、雨宮が、清く正しい貧困者なんてのは存在せず、誰でも批判されるべき点はあるけれども、自己責任の部分があるのと同じように社会システムの不備もあるのだ、と指摘。よしんばやる気がなかったり要領が悪かったりしても、そういう人間が飢え死にしていいはずはない、との趣旨です。この問いに明確な答えを出しているひとはまだいないんじゃないでしょうか?

と、そこまでは誰でも言いそうですが、そこから先の展開がすごい。岩淵くんはそもそも、内定をもらっていたのに1単位足りずに卒業できず留年、内定取り消しになった経緯があるとのこと。レポートを規定の枚数の3倍書いて頼み込んだが教授のハンコがもらえなかったそうです。それに対して雨宮が、「年収何千万もある教授が岩淵の人生をめちゃくちゃにする権利があるのか」と怒っていました。なんかむちゃくちゃだけど、正しい論理のような気もしてくる。

岩淵本人は独特の浮遊感、脱力感があって、「映画を作りたい」とやや力強く言っていました。「遭難フリーター」、かなり土屋=雨宮の引力圏に支配されている作品、という印象を持ちましたので、今後彼がどんなものを撮るようになるのか、忘れずに注視したいと思いました。勤勉な若者である監督に向けてわたしがアドヴァイスすべきことはありませんが、ひとつ、「社会派」のひとたちに都合よく利用されないように気をつけろよ、とだけ言っておきます。

ところで、10年近く前、以前の場所にあったころのユーロスペースで、土屋豊が監督、雨宮処凛が主演した「新しい神様」を、ふたりのトークつきで見たんですが、このふたりを生で見たのはそのとき以来でした。ミニスカ右翼とか言われてて、「新しい神様」ではヒリヒリするようなトンガリ少女だった雨宮が、ゴスの残り香を漂わせつつも、頼れる姉貴といった風情になっていて、感慨深かったです。

21世紀に入ってからの雨宮のいろいろな活動は、ちらっと横目で見て「ああ元気でやってるんだな」と思うだけでしたが、もうほんとね、左傾化しただけでもよかったと思います。右翼とかほんと意味わかんないし!

この日記は恥ずかしいな。
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by soundofmusic | 2009-03-11 13:58 | 日記 | Comments(2)
Commented by 桜井晴也 at 2009-03-13 06:46 x
「遭難フリーター」は見ていないくせにずっとひっかかっています。
「大人のカタリバ Special」というイベントで岩淵監督が話してたんですけど、「映画をつくるために派遣じゃなくて正社員になりたい」とことを言っていたのがものすごい印象的でした。普通「映画をつくるためにフリーターとかの立場でいたい」と言うんじゃないかと思って。だからそこが逆にものすごいリアルでした。

こんな映画が公開されてしまった以上岩淵監督は成功者になってしまった。けれど、たとえば壁側の人間であるとも見ることができる村上春樹ですら「壁と卵」の話をしているんだから、なんでもしゃべってなんでも撮っていいのかもしれないと思いました。

>なんとなく出版社で働きたいとか言ってみたりする岩淵クンにハートを撃ち抜かれる学生さんなんかも多いんじゃないスか?

ずっきゅん。
Commented by soundofmusic at 2009-03-13 09:47
トークを聴いたら、そもそも岩淵監督は土屋、雨宮両氏ともともと知り合いだったそうで、そもそもこの作品自体ふたりの後押しがあって作るに至った感じでした。また、「遭難フリーター」を作っている時点からテレビに出たりしていて、たぶんわたしが20代前半のころ見たら、もう、そういうひとたちと知り合いだったり、テレビに出たりしているというだけで岩淵監督を特別なひと、特権階級、とみなしていただろうなと思いました。本人がそのへんの自分の立場とか影響力をどう自覚しているのかわからないけど。

この映画、エンディング曲が曽我部恵一で、そのあたりも、「なんかうまいことやったな」って思う若者は多いんじゃないだろうか。

わたしはそういった特権(わたしのいうところの)には敏感なもんで、有名人とかが、親がロックが好きでレコードが家にいっぱいあったとか、親の仕事の関係で外国暮らしをしていたとか、そんな話をしていると、すぐに、ああ特殊な生育環境だったんだな、オレとは違うんだな、と思ってしまう。

わたしはズッキュンされないけど、一緒に行った、4月から就職する知り合い(岩淵監督と同世代)はズッキュンされてたみたい。


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