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アンケート2007-2008 さくいん

森山が編集、発行、その他もろもろしているフリーペーパー「サウンド・オヴ・ミュージック」では毎年、いろんな方に1年間を振り返ってもらう特大号を発行しています。

これは、通称「アンケート」と呼ばれるその冊子の、今年度分の、オンライン版です。内容はほぼ紙版に準拠していますが、一部異なっています。参照用にお使い下さい。

アンケートの項目は、以下のとおりです。

A 回答者の、①名前、②生年月日、③職業/肩書き
B 2007年の総括、2008年への展望
C なんでもランキング(なんでも勝手にランキングする)
D 理想の食事
E 2007年の総入手枚数(任意)
F そのうちで印象に残ったもの、およびコメント(任意)
G 回答者によって追加された項目(A~Fで書ききれないことについて。任意)

以下の索引から、お好きなところにすぐ飛べるようになっています。全体をずるずるっと読みたい方は、コチラからどうぞ(提出の新しいもの→古いものの順で並んでいます)。

さくいん(あかさたな順)


有馬ゆえ
板橋泰明
一条寺みやじ
宇内藤山智太郎   ←このひとはまだ公開準備中。
太田健一
岡村義秋
笠井峰生
木崎晴石
kinomi
♪Clear Day♪
stein
SEI
チバちゃん
鉄井孝司
ナカジマ
中嶋由紀子

にむにむ
早川くん

ぺぱみん 
マア・チャン
マジック
森山兄
森山弟
ルリの祭り

なお、紙版が欲しいかたは森山まで連絡下さい。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:59 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 森山兄

 
①森山兄(もりやま・あに)
②1973年1月5日
③本紙


<2007年の総括>
○映画を見た。2割が傑作、駄作が1割。残りの7割はあってもなくてもいいもので、それを愛せるのが映画が好きなひと。わたしはそうでなかったみたい。
○いつの間にか気さくになっていた。そのうち元に戻ると思う。

<2008年への展望>
○秋ごろにニューヨークに行きたい。それまでのあいだは、えんえんと棚上げにしているいくつかの事項を、細かい空き時間を使って、少しずつつぶしていきたい。

 
<映画10+1>
スクリーンで見た、初見の作品の中から、自分の趣味のよさを最大限にアピールする10+1本。順位なし。並びは制作年度順。

Ⓐ D・W・グリフィス「スージーの真心」(1919年/英語/サイレント)
Ⓑ F・W・ムルナウ「サンライズ」(1927年/英語/サイレント)
Ⓒ マキノ雅弘「次郎長三国志・殴込み甲州路」(1953年/日本語)
Ⓓ ヘルムート・コイトナー「最後の橋」(1954年/ドイツ語ほか)
Ⓔ 沢島忠「股旅 三人やくざ」(1965年/日本語)
Ⓕ 小川紳介「ニッポン国 古屋敷村」(1982年/日本語)
Ⓖ 押井守「機動警察パトレイバー2 the Movie」(1993年/日本語)
Ⓗ 青山真治「AA」(2005年/日本語)
Ⓘ 阪本順治「魂萌え!」(2006年/日本語)
Ⓙ クエンティン・タランティーノ「デス・プルーフ in グラインドハウス」(2007年/英語)
*番外
Ⓚ 黒木和雄「恋の羊が海いっぱい」(1961年/日本語)

<コメント>
Ⓐ このリリアン・ギッシュは、はっきり言って、「天然」です。「天然な女がひとりいると、映画が1本できる」との法則は、グリフィス=ギッシュによって生み出され、たとえば、キャメロン・クロウ「エリザベスタウン」(2005年)に至るまで、着実に引き継がれていると思います。キス・シーンで見せるためらいのしぐさなど、1世紀近く前の作品であることを忘れさせますが、というか、わたしたちはグリフィスの作った文法に沿ってしゃべっているので、「昔の作品だがそれを意識せずに楽しめる」などと評するのは順番が逆というものです。

Ⓑ 豚はワインで酔っ払ってそこいらじゅうをかけまわり、大嵐で船は転覆し、市電は走り、犬は不吉な予感をかぎつけて水に飛び込み、妻は殺されかかり、殺しかかった夫は改心し、と、なにがなんだか分からぬほど、喜怒哀楽さまざまな要素が全部一緒くたの90分。1本で世の中のすべてをまかなう、「完全映画」の筆頭、世界映画史上の最高傑作。これを見たあとだと、あらゆる「ジャンル映画」(「芸術映画」も含む)は、世界を真正面から見つめるには体力と精神力が不足している映画作家の処世術に過ぎないのではないか、とすら思えてきます。

Ⓒ 東宝版「次郎長三国志」全9作では、わたしはこの第5作がいちばん好きです。あの次郎長とお蝶のノロケを見ずしてどうしますか。あのノロケが世界映画史上に残るかどうかは問題ではありません。自分が生きていて、あれを越えるものを見ることがあるかどうか。つまり、人生の問題。人生の問題といえば、ここで猿屋の勘助一家に片目を切られる石松(森繁久弥)や、斬り殺されてしまう豚松(加東大介)。我が身を切られるようだ、とのたとえがありますが、彼らが斬られるのは、まるで友達が斬られるのを見る思いがして、とても冷静ではいられません。たいまつを持った男たち10人くらいが森の中をぐるぐると輪を描いて走る、魔術的で意味不明なカットが最高。

Ⓓ ヘルムート・コイトナーは、デイヴィッド・リーンと同年同日の1908年3月25日生まれ。テックス・エイヴリー、沢村貞子、長谷川一夫、マキノ雅弘、伴淳三郎、亀井文夫、マノエル・ド・オリヴェイラらと同じ、「1908年会」のメムバーです。

第2次大戦末期、マリア・シェル演じるドイツ人看護婦がユーゴスラヴィア領内でパルチザンに誘拐され、職業的意識から、(一般的な概念では「敵」であるところの)目の前の病人やケガ人の治療を続けていくのですが、劇中、監督自身によるナレーションで、何度か橋を渡っているうちに彼女は自分が川のどちら側にいるのか分からなくなった、と語られます。時間の経過と状況の変化によって自他の境界線が消滅していくさまは、ほとんど恋愛映画にも似ているのではないでしょうか。着眼点がよく、真摯に作られ、マリア・シェルの模範的な名演に支えられた戦争映画の名品。日本の戦争映画業界はぼやぼやしている場合じゃないですよ。

Ⓔ 仲代達矢、松方弘樹、中村錦之助の3人が活躍するオムニバス時代劇。なんといっても最後の錦之助がすべてをかっさらっていきます。沢島監督と錦之助の無敵の組み合わせによる無上の幸福感。佐藤勝の音楽も、ところどころおそろしくモダンな響きが織り込まれていて、耳に楽しい1本。まさか時代劇で「ピーター・ガン」風のリフを聴くことになるとは予想だにしませんでした。しかし、それを言うなら、まさに「まさか時代劇で……」という心地よい驚きの連続が、沢島映画なのだとも言えます。

Ⓕ 小川紳介一座が山形県に腰を落ち着けて、数々の(地酒ならぬ)“地映画”を撮っていく年月の末に誕生した傑作。ある村で米が採れなくなったと聞きつけた小川隊長率いる科学特捜隊が取材に乗り出し、天気予報で調べた気温の変化を折れ線グラフにして説明しているところから始まります。まさに紆余曲折しながら進んでいくグラフと、気温の上下に一喜一憂する語り手(小川自身?)の様子にいきなり説明不可能な涙が出てしまいます。村のすべてを見渡す小川の目!

わたしは映画監督のいちばんの仕事とは時間の再構成(=何をどれだけ映すか)だと思っていて、つまり映画は編集だとの立場をとる者でもありますが、同時に、作り手の世界観や倫理観に自分が共振できるかどうかに比べたらほかのことはうっちゃっておいてもいいとも考えていて、とにかく、「ニッポン国 古屋敷村」は、ほかのどんな映画でも見られぬ時間と言葉の使われ方がされていますから、見る機会があったら、どんどん見るといいです。

Ⓖ 1945年以降の日本の戦争映画の中で、もっとも誠実で優れた1本ではないでしょうか。作られるまでにいくらなんでも50年弱とは時間がかかりすぎですが、わたしがこれに出会うまでの15年という時間も、あきれるほど長すぎでした。戦争論であると同時に東京論でもあり、1本で2度美味しい。今後、日本で戦争映画を撮るひとも、戦争をするひとも、これ、見といたほうがいいです。

Ⓗ 夭折した音楽評論家、間章(あいだ・あきら)をめぐる証言集、全6章、7時間半。ある者は間の思い出を語り、またある者は間という強力な磁場から逃れようともがき、あるいはまったく関係ない話題に終始し、という具合で、結果、敷き詰められた言葉の隙間から、フロッタージュのように間の輪郭が浮かび上がる。ディジタル撮影によるハードコアな音楽トークがはたして「映画」たりうるのか、との危惧はあったものの、見終わってみると、これは映画以外の何物でもなかったです。個人的には2007年は、「ラザロ」や「童貞をプロデュース。」などによって、ディジタル撮影による映画の可能性について考えさせられることが多かったですが、それら2作よりもはるかに重要な1本。

Ⓘ こうしたベストテン的リストの難点は、見たけれどもあえて選に入れなかったよ、というメッセージが盛り込みにくいところ。ここで「魂萌え!」を入れたのは、アルモドバルの「ボルベール<帰郷>」の代理、といっちゃあアレなんですが、そっちはほっといてもみんな見るだろうから(見てください)、同じくらいいいけどより埋もれやすそうなこっちを陽にあててやろう、との親心です。

世間vs女、あるいは日常生活の冒険。掃いて捨てるほどある「変わった女映画」とビルドゥングスロマンを掛け合わせたところに妙味があります。成長しないはずの変わった女が成長するあたりの喜びと驚き。

Ⓙ リマスタリングをほどこしたらまったく別の音楽のようになってしまったヴァーチャルな70年代ソウルみたいな映画。後半はいいけれど前半がタルい、という意見を実にいろんなところで目にしましたが、まったく理解できません。たぶん、映画のアクションというものを表層的にしかとらえられないひとが多いのでしょうね。成瀬巳喜男のアクション映画「流れる」を何度も見直して、コツをつかんでいただきたい。そして、映画から切り離されたらたちどころに意味を失うであろう言葉の応酬! この映画からなにかを引用して日々の教訓にしたりすることはできません。その言葉たちを操る女子たちの魅力たちについては言わずもがなですが、マンガだったら目がギラリと輝く描写がなされるであろう表情を見せる瞬間が何度もあったことは、特筆しておきます。

*番外
Ⓚ 短篇なので番外にしましたが、黒木和雄のベスト作でしょう。目に突き刺さるような色づかいのセットの中で、色とりどりのボディ・スーツを着た女たちが踊り、ペギー葉山は男性コーラス陣を従えて歌い、お針子たちは異様に狭い空間にぎゅうぎゅう詰めになって仕事し、食事し、おしゃべり。羊はざくざくと威勢よく毛を刈り取られ、挙句の果てにはペギーさんが、♪いままでしてきたお話は全部ウソ~♪みたいな身も蓋もない歌詞をうたい、あっけにとられて、幕。一瞬たりとも目を離すのが惜しく、まばたきすらも悪徳な気にさせられる、わずか20分の小宇宙。

<本>
2007年に読んだ本の中から、こんな書物があるというのに何故みんなノウノウと惰眠をむさぼっていられるのか、とわけもない怒りと疾走への衝動をかき立ててくれる3冊。

○ 佐藤忠男「アメリカ映画」(第三文明社/1990年)
○ 高橋源一郎「ニッポンの小説-百年の孤独」(文藝春秋/2007年)
○ 渡辺裕「考える耳 記憶の場、批評の眼」(春秋社/2007年)

佐藤の本は、古典や基礎教養たるべきアメリカ映画をスクリーンで見ることのできない日本の貧困(そしてそれを貧困とも思わなくなっている貧困)を痛感させてくれました。いままで気付かなかった飢えや渇きにまで気付くようになってしまう、危険な本です。佐藤先生のアメリカ(映画)へのアンビヴァレントな思いが満載。

高橋源一郎本は、やはり、日本の小説の中のひとには完全に黙殺されたようです。この本を見て見ぬふりをできるひとたちの書く小説など、わたしにとっては、必要ない。絶望と希望がないまぜになったこんな本のあと、高橋源一郎はどんな小説を書くのでしょうか。「小説よりも評論のほうが面白い3大作家」などと(わたしに)揶揄されないよう、期待しています。

渡辺本は毎日新聞のコラムをまとめたもの。「音楽そのもの」がどこかに純粋な形で存在していてそれに近付くことが正義(あるいは正道、美、オシャレ)、とのイデオロギーに冷水を浴びせかけてくれるので、汗っかきなわたしは汗も流せて一石二鳥、毎回楽しみにしています。渡辺の思考は柔軟かつ鋭利、感性に流されがちなリスナーのみなさんはあっけにとられるかも。2007年の私的音楽本ベスト。


この問いに対する回答は、できるだけ具体的な状況を挙げた方がおもしろい気がするね。ということで、ふたつ。

その1:東京篇
夜、宇内さんと待ち合わせる。どこでもいいが、新宿か池袋あたり。わたしは約束の時間の5分遅れで到着。さらに20分遅れて、宇内さん来る。うまい店に連れて行ってもらうことになっているが、宇内さんも来るのは10年ぶりとのことで、道を忘れかかっている。ようやく発見すると、定休日(もしくは、別の店になっている)。

そこで仕方なく、「こっちはだいぶ落ちるんですけど」と言いながら、宇内さん、脳のデータベースで代打の店を検索しつつ、早くも歩き出す。「そういうエネルギーをほかに使えばいいんですけどねえ」と失礼な軽口を叩きながら、わたし、ついていく。代打の店も、なかなか悪くない。軽く酔う。宇内さんのおごりであることが望ましい。

その2:ロンドン篇
4泊6日くらいでロンドンに来ている。手持ちのポンドもさびしくなってきて、最終日。夜、ピカデリー・サーカスに出て、「何度来ても道が覚えられないな」などとひとりごちつつ、中華街へ。麗都(Lido)でいちばん安いコース(ひとりあたま£10くらい?)、単品で北京ダック、それと安いドイツワイン。3、4人で行けば、ひとり£15くらいで収まるはず。本格的かどうか知らないが、充分美味しいし、接客が適度にぞんざいなところもよい。酔いざましに、歩いてホテルに帰る。


CD417枚(日本人72枚、外人345枚)
レコード35枚(たぶん9割くらい外人)


順位なし。並びはだいたいの録音/発表年度順。

Ⓐ V.A.『ザ・ゴールデン・イヤーズ・オヴ・ジャズ 1917-1939』(V.A. / The Golden Years of Jazz 1917-1939)(1917年~1939年録音/2006年)
Ⓑ ミード・ルクス・ルイス『キャット・ハウス・ピアノ』(Meade "Lux" Lewis / Cat House Piano)(1954年~1955年録音/1998年)
Ⓒ O.S.T.『黒い太陽/狂熱の季節』(1960年~1964年録音/2007年)
Ⓓ ザ・デイヴ・ブルーベック・クァルテット『カウントダウン:タイム・イン・アウター・スペース』(The Dave Brubeck Quartet / Countdown: Time in Outer Space)(1962年)
Ⓔ ライオネル・ハンプトン『ユー・ベター・ノウ・イット!!!』(Lionel Hampton / You Better Know It!!!)(1964年)
Ⓕ ハービー・マン=チック・コリア『ザ・コンプリート・ラテン・バンド・セッションズ』(Herbie Mann - Chick Corea / The Complete Latin Band Sessions)(1965年録音/2007年)
Ⓖ V.A.『ザ・サンディニスタ!プロジェクト』(V.A. / The Sandinista! Project)(2007年)
Ⓗ ウィルコ『ブルー・スカイ・ブルー』(Wilco / Sky Blue Sky)(2007年)
Ⓘ 浅川太平『浅川太平』(2007年)
Ⓙ 細野晴臣&ザ・ワールド・シャイネス『フライング・ソーサー1947』(2007年)

<コメント>
Ⓐ 戦前のジャズをまとめ聴きしたいとの願望は2年くらい前からあったのになかなか手が出なかった。未知のものに手を出すときはなベスト盤は不可、オリジナル・アルバムから入るべし、というロック・イデオロギーのせいだ。その心理的くびきをうっちゃって、8枚組のこのボックス・セットを買う。たしか3000円しなかったはず。

ほとんどロックンロールな音楽が30年代末期には登場していたことが分かって興味深い。しかしいちばんなにが嬉しいって、いまでいうところのロックはまだなかったので、ジャズからロックに対する対抗意識や優越感などあるべくもないということ。そうか、それが「ジャズの黄金時代」なのか。

Ⓑ 映画や小説については、内容が大事だだの、いーや形式だよだのとの議論が戦わされることがあるのに、音楽についてはあまりそういうことが言われる気配がないのは、なぜなのでしょう。

ブギウギ・ピアノの2枚のLPをカップリングしたこのCDを聴いていて思い浮かぶキャッチフレーズは、「内容のない音楽会」。曲は速いか遅いかの2パターンしかなく、喜怒哀楽から「怒」と「哀」を抜いて「喜楽」(ラーメン屋みたいですが)になったかのような、ピアノが服を着て踊り出したかような、単純かつ痛快な1枚。もうただひたすら、ピアノなだけ。

Ⓒ 日活ヌーヴェル・ヴァーグの奇才、蔵原惟繕が残した2本の傑作ジャズ映画、「狂熱の季節」(1960年)と「黒い太陽」(1964年)のサントラ、まさかのCD化。両作品とも、音楽のクレジットは黛敏郎。

『狂熱の季節』では、ラウンジっぽい曲の途中でいきなりアルト・サックスがドルフィー風にアウトし始める荒業が楽しめたりしますが、まずは通常の軽快なシネ・ジャズ。

『黒い太陽』は、わざわざこの録音のためにマックス・ローチのグループを招聘しています。ここでは黛はスーパーヴァイザー的立場だったのでしょうか、ほとんど出る幕がないといった感じです。もはやサントラうんぬんは忘れて、嵐の如く吹き荒れるローチの黒いうねりを堪能すべきでしょう。

なお、とんでもなく貴重なこのCD、初回プレスはたったの600枚。追加プレスがかかって、最終的にはようやく1000枚近くさばけたとのこと。

Ⓓ ジャズ初心者時代に名盤ガイドを読んでデイヴ・ブルーベック・クォーテット『タイム・アウト』を買うと、たいていはポール・デスモンドのワンフーになり、そのまま聴き続けていると、じきに、このジョー・モレロというドラマーはバケモノではないのか、とふと思い当たる日が来ます。そうなるとすっかりツウ気取りで、ブル君のピアノはスウィングしないからね……などと軽く顔をしかめてみたりするものですが、こちとら、そのへんの段階はもろもろ通過済み。

たとえばこのアルバムやなんかでは、開巻早々、ジョー・モレロによる(のでしょうか)豪快なティンパニと掛け合うピアノはいかにもブルーベックらしい大仰な硬さを持っていますが、モレロがティンパニからドラム・セットへと移動する間(なのでしょうか)に、いつのまにかピアノはブギウギ調に変わっていて、そこでおっ、と思わせた他のもつかの間、すぐにモレロの切れ味のよいドラムスが入ってくるので耳はそっちに奪われる、といった仕掛けです。

売れているのをいいことにけっこうヘンなことをやりまくっていたこのころのブル君一味を、ジャズの枠をはずして、たとえば超ヒップな現代音楽のつもりで聴いてやるのも面白いかもしれませんよ。

Ⓔ ……うん、一時期イムパルス・レーベルのアナログ盤集めに凝っていたことがあってさ、アメ盤でもコーティングだし、棚に並べたときにちょっと見栄えがいいもんだから。で、レコ屋に行っても真っ先にイムパルスの棚、見てたの。そうするとさ、ジャマなのが多いじゃん、イムパルスって(笑)、クラーク・テリーとか、ピー・ウィー・ラッセルとかさ、ジジイがいるのよ、違う、えっ、違う、ピー・ウィー・エリスじゃなくて。それはJBのアレでさ、ピー・ウィー・ラッセルって、クラリネットのひと。それも違う、それはウディ・ハーマン。ピー・ウィー・ハーマンは別のひと。違うって! ピー・ウィー・ハーマンはCGじゃなくて人間だって、そりゃあれだろ、お前のいってんのはマックス・ヘッドルームだろ!! ハンプトンもそういうさ、イムパルスから出してたジジイ・ジャズなんだよ見ろよほら、面構えがいい感じだろ、根本敬が喜んじゃう顔だよ、違うよ、山口瞳じゃないって、めちゃくちゃ似てるけど、なにがいいって、30年代から40年代のリラックスしたスタイルを60年代のハイファイな録音で楽しめるとこなんだよ、ともかくこれは、中間派っていうのかね、違うのかね、ジジイが温泉入ってリラックスしてる音楽だよ、いまこういうの、どこ行ったら聴けるんだろか、上海あたりに行かないと、ないのかもしれないゃね。

Ⓕ 温厚な禿頭中年なのに、上下ひっくり返すと烈火の如く怒っている男になる、そんなだまし絵をごらんになったことのある方も多いはず。以前の職場に客として来たのが、その禿頭中年にそっくりのひとで、そのひとが場を去るや否や、同僚と顔を見合わせて「ひっくり返すとおっかないひとだ!」「ひっくり返すとおっかないひとだ!」と驚きあったものでした。

ハービー・マンが何者かといえば、ふだんは温厚な禿頭中年で、ひっくり返すと炎のようにフルートを吹き始めるひとです。で、彼はしょっちゅうひっくり返ってばかりいますし、それはこちらも望むところです。この2枚組CDは、タイトルが示すとおり、コリア在籍時のマンの録音(LP3枚半相当)を全部まとめたもの。ラテンとジャズが融合しているのだから、ラテン・ジャズがこの世で最も美しい音楽だ、と断言したのはほかならぬこのわたしですが、がんばればがんばるほど、テンションが上がれば上がるほど滑稽に聞こえるという、ジャズ・フルートの運命ともいえる特性を存分に生かした、エレガントなマヌケ美に満ちた好編集盤。

Ⓖ クラッシュの『サンディニスタ!』は、LP3枚にわたって、京野菜からそこらの石ころまで、ダブからモーズ・アリスンまでをぶち込んだポピュラー音楽の闇鍋で、この『ザ・サンディニスタ!プロジェクト』は、その全曲をカヴァーしたオムニバス。注文して、さて届いてみると、CDのパッケージに4こまマンガが載っていて、そこにある「It was an explosion of possibility. Punk could include anything.」との一言が泣かせるのでした。

Ⓗ なにをうたってるのかよく分からないのに、なぜだかとても大事なことをぼくにだけ向けて歌ってくれているように思えてならず、「ユー・アー・マイ・フェイス」の、♪I trust no emotion / I believe in locomotion♪との一節にさしかかるたびに、そうだイエスこれは映画のことなんだ、と感極まりそうになる。なんだか理想のタイプの話をしているみたいだけど、実はそのとおり。いま、目の前にこのウィルコのアルバムみたいな女の子が現れたなら、たちどころに恋に落ちてしまうだろう。なにしろ、フォルムが圧倒的に美しく、気が利いていて頭もよさそうで、そしてガッツもちょっぴり、あるんだもの。

Ⓘ このアルバムについては、鉄井さんが書いてくれています。鉄井さんは森山の職場の同僚であるため、その関係でサムプル盤のCD-R(盤のみ)が回ってきました(回転しながらやって来たわけではない)。いざ聴いてみると、流麗なストラクチュア、ブルース引力圏からの離脱、ヨーロッパ風の美的進化、フォービートへの批評意識、などなどを軽やかに着こなした、激スタイリッシュな音楽でした。自分の知っているジャズとは明らかに違うのに、それでもまぎれもないジャズであることはひしひしと感じられ、たぶん、イチローに接したアメリカ人が彼らの既存の野球観をひっくり返されたときも、こんな心地よさがあったのではないかと想像してしまうほどでした。

わたしは、新人ジャズ・ミュージシャンは基本的には自分で曲を書く必要はないと考えるものですが、浅川のこのアルバムは、全曲自作であることが大いに意味を持つ、稀有なデビュー作です。強力にオススメ。

Ⓙ つい何日か前のこと、新聞の勧誘が来ました。夜勤に出かける前のあわただしい時間、ドアチャイムが鳴り、てっきりアマゾンからの荷物だと思ってドアを開けたら、それだったのです。
彼(田中)は話し始めます。いわく、いま毎日新聞を取ってもらっていると思うが、読売をとってくれないか。わたし(森山)は彼をさえぎり、すいません、なにを言っているのか分からない、いまわたしは毎日をとっているし、もう出かけなくてはいけないので(それは本当でした)明日また話をしに来てくれないか、と。

「いや、明日ではダメなのんす。今日が〆日で、今日まではいくらでも景品を出していいことに本部からなっているのんす。明日ではまったくダメなのんす」と彼。

つまり、なにがいいたいのかというと、近未来に3か月、読売を取りその間、毎日は一時的に解約してほしいと。この申し出は毎日さんにも喜ばれるはずだ、との彼の論旨はよく分かりませんでした、聞くと、継続の契約よりも、一度よそに行った客を取り戻したほうが本部にほめられるということで、つまり、2009年の7月から9月の3か月間、わたし(森山)が読売新聞を取るとみんながうれしい。

結局森山は7、8、9の3箇所に捺印して、ビッグエッグの巨人戦のチケットと洗剤とシャンプーセットと精米1kgを景品でもらいました。釈然としないのは、田中がいきなり、何の心がまえもないわたしに対して自分(彼、田中)の職務の話を始めたことです。もちろん自分(彼、田中)の身分などのあいさつはしましたが、それによってわたし(森山)が彼(田中)の話を聞く体勢に入れるのかといえば、それはそうではないわけですし、そうではないのがそれなわけです。

彼(細野)の新譜がそれ(カントゥリー)であったことで、もしかすると同じように釈然としなかったひとたちがいたのだろうか、と想像してみることは、わたし(森山)にとって、楽しいです。そういえば1週間くらい前にも、家の近所を歩いていたら困ったひと(わたし、森山を困惑させる類のひとではなく、そのひとが困っているひと)に話しかけられたことがあり、しばらく話を聞かないとその困りの詳細が分からなかったこともありました。困りもの(困り物? 困り者?)です。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:30 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 鉄井孝司


①鉄井孝司(てついこうじ)
②1974/5/18
③ジャズベース弾き / サポセン


2007年は、待望のリーダーライブを行うことができ、大きな収穫であったと同時に、興行的には成功とは程遠いので、そのあたりを考えていかないと、と思う。
また自分がリーダーではないが、メジャー経路で流通するジャズのCDに参加できたことは大きい。

2008年、今年こそはCDを作りたい…なぁ。


昔食べられなかったが、食べられるようになってよかったなぁ、と思う食べ物ベスト5

第5位:ホルモン系の肉
最近のお気に入りは小腸(コプチャン/マルチャン)の焼肉。

第4位:塩ラーメン
以前は意味がわからなかった。今はちょーわかる。

第3位:梅干
カリカリより肉厚派。

第2位:納豆
あのヴィジュアルとアロマにやられてましたが、今では貴重なタンパク源。

第1位:茄子
あの紫は食べ物の色じゃな~~~い!と思ってましたが、油との相性の良さに気づいてしまいました。


よく、「一粒飲めばおなかも膨れて、栄養も取れるようなカプセルがあればそれでいい」という人がいますが、僕にはちょっと考えられませんな。
とはいえ、食事自体はきっとある程度まできたら、それ以上の価値は好みの世界なので、ある程度のレベルをクリアしていたら、あとは自分の好きなものであればOK。
あとは気の合う仲間と、食事にあうお酒と、予定のない翌日をもって夕食を楽しむのが、僕にとっての理想の食事なのでしょう。


2007年はあまりCDを買わなかったかも。主にNY旅行時にジャズ系の物を数枚。


Taihei Asakawa / 浅川太平 (2007, Roving Spirits)
手前味噌ですが、僕の参加している、ジャズピアニスト浅川太平君のデビューCDです。
全編オリジナルのジャズ。作曲はもちろん浅川君本人。スタンダードは一切なし。なぜスタンダードがないかは、きっと聴いていただければわかると思いますが、彼のテクニックだけに流されていない音楽性・独創性を表現するのには、やはり自身のオリジナルが最良のツールだったということでしょう。


来年はもっと早く準備します。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:28 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 太田健一


①太田健一(おおたけんいち)
②1968年7月17日
③会社員

B~G
最近めっきり音楽を聴かなくなってしまいました。アンケートも、これと行って何を書けばいいのかよく分からなかったので、最近感じたことなどをエッセイ風にまとめてみました。面白くないので読み飛ばしてください(笑)ごめんなさい。

<忙しすぎたから>

もう10年ほど前のこと、当時通販雑誌の撮影に係わるアルバイトをしていた僕は、ある日撮影に使う小道具やら商品やらをスタジオへ運ぶために、赤帽のお兄さんと二人でトラックに乗り込むことになった。初対面の人間二人が過ごすには決して短いとはいえない道程だったと思うが、車を走らせて間もなくしてそのお兄さんは、僕のパツキンの頭を見て思ったのか、「音楽とかやってるんですか」と話しかけてきた。やや自嘲気味にうなずく僕に、お兄さんは自分自身もかつてバンド少年であったことをしゃべり始めた。

聞けば、お兄さんはRCサクセションの熱烈なファンであったらしく、特に人気がブレイクする直前、彼らのライブを見に今はなき渋谷屋根裏というライブハウスに足繁く通っていたのだという。そしておそらく、RCサクセションのコピーバンドをやったのは、自分たちが日本で最初だろうということを自慢げに話していた。(ライブハウスに通ううちにそのことが事務所関係者の知るところとなり、ちょっとしたイベントなんかに前座で出してもらったことなんかもあったそうだ)。だけどRCの人気が全国区になって、彼らがビッグになっていくにしたがって、お兄さんはどんどん興味をなくしていったらしい。お気に入りのバンドが売れれば売れるほど自分にとっては魅力がなくなってしまうのはよくある話だけど、RCサクセションは僕も大好きだったから、この話はすごく興味深かった。

その日の終わりにお兄さんからは名刺をもらって別れたが、結局二度と会うことはなかった。やがてそんな出来事も忘れ、僕自身RCを聴くこともあまりなくなっていった。

今年(2008年)の初め、会社のIさんからコンサートに誘われた。「忌野清志郎完全復活ライブ」だった。あまり期待もせずに出向いた武道館だったけど、とても心温まるライブで、なんだかもう長い間味わうことなく忘れていた感情を思い出させてくれたようなコンサートだった。それ以来再びRCのCDを家のCD棚の奥から引っ張り出しては聴くようになった僕は、勢い余って、少し前に発売された「RHAPSODY NAKED」というアルバムまで買ってしまった。このアルバムは、まさにあの赤帽のお兄さんが夢中になっていた頃の、その活躍の場をライブハウスから一気にメジャーシーンに移そうとしていた時期のRCの姿を生々しく捉えたライブアルバムで、最新の技術によって掘り起こされた幻の音源によるRCは、すごく粗雑で、無邪気で、荒々しくて、そして素朴で真面目で一所懸命だった。それは僕が今まで聴いてきたRCとは幾分違った印象を与えるものであり、このとき初めて、なんとなくあの赤帽のお兄さんの言っていたことが判った気がした。

「RHAPSODY NAKED」の中のMCで清志郎は、長い不遇の時代を経て急速に人気が出始めたことへの戸惑いなのか、熱狂する観客に向かってこう呟いていた。
「アキれた奴らだ。イカれた奴らだ。」

あの赤帽のお兄さんは、このライブ盤が録音されたとき、アキれた奴らの一人として客席にいたのだろうか。そしてまだトラックに乗っているのだろうか。

しかし武道館に行ったときも感じたことだけど、清志郎のファンの人たちって、なんかみんないい人そうに見える・・・気のせいか・・・
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:27 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 i


①i
②1978.夏
③電話オペレーター


2007年はあまりCDを購入しなかったように思う。
2008年は念願のipodを入手してこれまで集めたCDをライブラリ化したいと思う。
自分の所有している音源・映像を出来る限り入れたいと思うので、記憶容量の大きなipod classic(HDD)が第一候補だが、今後メインになって行きそうなipod touchも良さそうだと悩むところ。


今年ポリスが再結成され、日本公演も無事行われたということで今回は私の好きなポリスの曲ベスト5にしてみました。
【1】ロクサーヌ・・・もの悲しい歌詞とスティングの声がせつなくて第1位。
【2】シンクロニシティー・・・イントロから畳み掛けてくるような勢いが好き。
【3】ソー・ロンリー・・・プロモーションビデオに昔の地下鉄 三田駅が使われており興味深い。
【4】ウォーキング・オン・ザ・ムーン・・・レゲエっぽいリズムと曲終盤のスティングの掛け声が好き。
【5】De Do Do Do, De Da Da Da・・・オリジナルは当然英語ですが、日本語バージョンが存在し、母国語以外で歌うスティングが微笑ましい。今回の来日公演では残念(?)ながら日本語バージョンではなかったようです。


食通ではない自分が理想の食事とはなにかと考えてみると出てくる内容が乏しいことに気づきちょっと悲しい。
時折、付き合いで自分にとって高級なお店に行くと、お店の雰囲気にのまれてしまい、肝心の食事を十分味わうことができず残念な思いをすることが多い。
自分にとっては、気負うことなくリラックスして食べることができる雰囲気も、食事にとって大きな要素をしめているのだと思う。
だから理想のシチュエーションとしては、一番リラックスできる自宅で、気持ち的に余裕のある休日の前の夕食としたい。
肝心のメニューは、ごくごく一般的な和食が理想。
炊きたてのご飯に、鰹だしのタマネギとジャガイモの入った味噌汁、塩鮭の切り身、暖かいお茶。これが理想です。


CD15枚(洋12、邦3)DVD3枚


SHM-CD版『いとしのレイラ / デレク・アンド・ドミノス』
CD素材に、液晶パネル用の素材を使い従来より透明度が向上し、CDプレイヤーがより正確なビットを読み込むことが出来るとのSHM-CD。
レコード会社の宣伝文句にまんまとのせられ既に持っているこのアルバムを買いました。
私の個人的な感想は、格段に音質が向上したというわけではないのですがそれぞれのトラック・楽器の音がより際立ち、粒がたった印象に聞こえました。
特にこれまで埋もれがちで聞こえづらかったドラムやパーカッションが聞こえるようになっており、録音状況が発展途上であった頃のアルバムをSHM-CDで再発すればかなりの需要があるのではないかと感じた1枚でした。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:24 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 ぺぱみん


①ぺぱみん
②1976.06.19
③週末はあみぐるまー。いつもは医療事務。


2007年の総括
中越沖地震で被災した。
自宅は半壊。5日断水。25日断ガス。真夏の風呂なしアトピーライフ。
家中メチャメチャ、町中メチャメチャ。
途方にくれる暇もなく、無我夢中で生きました。
 
2008年への展望
平穏無事の幸せを願うばかり。

 大地震の時にあると便利なもの
第1位 現金 支援物資に頼るよりも確実なのは現金。
第2位 飲料水 一人あたりペットボトル2本くらい常備しておくのが望ましい。
第3位 生活用水 トイレやお掃除などに。風呂水はできるだけ落とさないように。
第4位 ウェットティッシュ 手や身体を拭いたり、何かと便利。
第5位 乾電池式のラジオ コンポなどのラジオは停電時に使えません。


少し噛み応えのある雑穀が混ざっているご飯
香りの良い季節の野菜が入った、冷たい小鉢料理
温かくカリカリとした歯ごたえもある、鶏肉料理
海のものが入った小鉢料理
きれいな色合いの練り物が入った椀物
季節の果物
ほうじ茶
など、少しずつたくさんの種類のものを、利害関係のない、気の置けない人たちと楽しいおしゃべりをしながら、時間の制限なくのんびりと頂く。
お皿はお料理を引き立てる色合いの陶器で、薄いものが使ってあり、テーブル、椅子は少し低め(畳に座布団は嫌)。
窓の外の景色は雄大な自然、もしくは高層ビルから見下ろす大都会。
贅沢なのか地味なのか良くわかりませんが、こんなところです。実現は結構簡単そうな気がします。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:23 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 森山弟


①森山弟 (もりやま・おとうと)
②9月24日 (ファッツ・ナヴァロといっしょ) 32歳
③弟


なにかとどうでもいい方向にエクストリームな感じがして(ゴネ得、過剰反応、過保護の蔓延)、あまり気持ちのよい雰囲気じゃないなと思います。
王様が裸なのはみんな知っていますから、わざわざ言わなくてよいと思います。

2008年への展望は、展望を持てるようになること。現実的なところでは、例年通り世界地図の塗り替え作業。できるだけ個人として生きること。

 
巨匠イングマール・ベルイマン監督(2007/7/30没)を偲んで、ベルイマン作品ベスト3

第3位「秋のソナタ」(78年)
芸術家としての仕事と引き換えに娘を捨てた母親と、その母親から求めていた愛情を得ることができなかった長女の、まったく救いのない壮絶な親子げんかの物語。娘は自らの子を授かり深い愛情を注ぎますが、その子を事故で失ったときに(ここがいかにもベルイマン的な容赦のなさ)母親に対する積年の思いを吐露します。母娘がそれぞれの事情、苦悩、憎しみをぶつけ合うその恐ろしい感情の衝突が、映画の舞台である北欧の静謐な自然と美しい対比をなして不思議な緊張感を生み出しています。

泥仕合のようなコミュニケーションの末にわかりあえたかに見えた母娘。しかし翌朝男とともに帰路についた車中のラスト・シーンで、うんざり顔の母親(イングリッド・バーグマンです-この作品が遺作となりました)が重い障害を持つ二女について吐き捨てるように言うセリフ「死ねばいいのに」(”Why can't she just die?”)を聞いたとき、たとえそれが親子だろうといくら話してもわかりあえない関係もあるんだ、という当たり前の事実を目の前に突きつけられるわけです。ぐったりします。

第2位「叫びとささやき」(72年)
三者三様の三姉妹の物語。ベルイマン作品に出てくる女はたいていみんな怖いですが、それが3人もいたら怖さも3倍です。姉妹全員怖い。これはもう恐怖映画です。

生きることの騒がしさと虚しさ、生と死の境界線の曖昧さを異常なまでの洞察力でえぐり出しています。思い出すと背筋が寒くなるのであまりこれ以上はあれですが、その辺はあれしてください。すいません。

体調のいい日を選んで鑑賞していただくことをおすすめします。

第1位「野いちご」(57年)
社会的にも地位がありこれといった不満もなく穏やかな人生を送ってきたある老人が、ひょんなきっかけで人生を振り返った時に根源的な孤独と自らの愛情の欠落に(気づかなきゃいいのに)気づいてしまい、愕然とするという話。

あらゆる無駄をそぎ落とした後に残ったものだけを丁寧にすくい上げたような、とても美しい作品です。ベルイマン作品には逃げ道としてのやさしさが一切ありません。とにかく容赦がない。人間の感情を徹底した客観性でただ見つめる鳥のような視線が「楢山節考」っぽいです。観終わった直後に口があんぐり開いてしばらく動けなくなるところもよく似てる。

イメージの断片をつなぎ合わせたような美しいシーンの連続で、モノクロ映画の魅力が最大限に発揮されています。真実に救いがないこと、空虚ってやっぱりきれいなものだということを再認識しました。


シチュエーション問わず、仙豆。


CD441枚(邦:洋=89:352)/¥367,309
ディスクユニオン各店で331枚
その他で110枚


○アート・テイタム / ジ・アート・テイタム・トリオ
○レイ・ブライアント・トリオ / レイ・ブライアント・トリオ
○アイク・ケベック / ボサ・ノヴァ・ソウル・サンバ
○ボビー・ハッチャーソン / ハプニングス
○ジュディ・シル / ジュディ・シル
○シャーベット / セキララ
○エスパーズ / Ⅱ
○トラヴィス / ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム

◇アート・テイタム「ジ・アート・テイタム・トリオ」 (The Art Tatum Group Masterpiece “Art Tatum – Red Callender – Jo Jones”/56年/米/パブロ/スウィングともモダンともつかないジャズ)
いやぁ、すごい。心躍る作品です。聴いて「うれしい気分」になれる音楽というのはめったに出会うことができません。いつの頃からジャズが下世話でユーモラスな音楽から難解で高尚な(とっつきにくい)音楽に変わってしまったのか、それは少し哀しく残念なことだと思わせてくれる珠玉の一枚です。

演奏技術はおそらく超人。ちょこちょこ神の領域に達しているものと思われます。ただし、クリント・イーストウッド監督「ピアノ・ブルース」(03年/劇場未公開)での記録映像では、なんかにやにや笑いながら楽しそうに演奏していました。

◇レイ・ブライアント・トリオ「レイ・ブライアント・トリオ」 (Ray Bryant Trio “Ray Bryant Trio”/57年/米/プレスティッジ/ピアノ)
ピアノ・トリオというのは僕のような素人にも聴きやすくていいです。日本での異常なビル・エヴァンス(・トリオ)人気も案外それが理由なのかもしれません。ピアノ・トリオの名盤は他にもたくさんあるんでしょうが、このくらいの小作品も小粋でいいじゃないですか。名曲「ジャンゴ」(結構好き)や「ザ・スリル・イズ・ゴーン」(好き)を、軽くなりすぎる一歩手前で見事な寸止めを決めています。つつましい!

とにかくたくさんの量を摂取したいので重たい名盤より聴きやすい佳作に好みがシフトしている気がします。食べ物の好みが肉から魚や野菜になってくるような感じで。ツェッペリンやクイーンよりニルソンのが断然好きです。

◇アイク・ケベック「ボサ・ノヴァ・ソウル・サンバ」 (Ike Quebec “Bossa Nova Soul Samba”/62年/米/ブルーノート/テナー・サックス)
一度聴いたらすぐにそれとわかるケベックのテナーは、とても柔らかくアーシーで、濃厚なのにしつこくないという、ナイスなさじ加減がうれしいです。ボサノヴァを取り上げたこのアルバムでは、妙な色気も加わって魅力倍増になっております。

ジャズ・ボサ作品ベスト10枚とか、やってみると愉しいかもしれません。デクスター・ゴードンの「ゲッティン・アラウンド」(65年)やポール・デスモンドの「ボッサ・アンティグア」(64年)、「キャノンボール・アダレイズ・ボサノヴァ」(62年)、ジェリー・マリガン「ナイト・ライツ」(63年)などなど、とても愛らしいラインナップになると思われます。

◇ボビー・ハッチャーソン「ハプニングス」 (Bobby Hutcherson “Happenings”/67年/米/ブルーノート/ヴィブラフォン/新主流派)
ヴァイブ奏者はミルト・ジャクソンくらいしか知りませんが、これはうっとり聴き惚れますねえ。他のアルバムもいくつか買ってみましたが、モード?フリー?あんまり楽しくなかったです。「ボビハチ」っていうあだ名は楽しいです。

ヴィブラフォンって要するに鉄琴のくせに、洗練された大人の雰囲気が味わえる魅力的な楽器ですね。最初にこれをジャズに持ち込んだ人はいい仕事したなと思います。同様にフルートを(競争相手が少なそうだから、というゆるい理由で)持ち込んで世に広めたハービー・マンも、絶対にえらいです。

◇ジュディ・シル「ジュディ・シル」 (Judee Sill “Judee Sill”/71年/米/SSW/夭逝系フォーキー)
これは素晴らしい。内省的なキャロル・キングか女流ニック・ドレイクかといった佇まいの、曇天フォークの名作。これだけ憂いや哀しみをたたえた湿っぽい音楽が、アメリカに存在していたことに驚きました。やさしく響いて少しだけ心が動かされるような、素朴でとても美しい作品です。

2005~06年にライノ社による気合の入った音源発掘が続いたことで、音楽ファン(ディスクユニオンとかにいるハイレベルなオタク)の間で静かなブームを呼んだ気がしたので、ミーハー感覚で飛びついてみたのが功を奏しました。尻馬も捨てたもんじゃありません、乗ってみるもんです。

◇シャーベット「セキララ」 (96年/日本/ロック)
名盤以外のなにものでもありません。奇形のフォーク・ロックとも解釈できるかも。

ものすごく透き通っているので極端に美しいかわりに、代償としてやっぱり少し危うい感じがありますが、そこが最大の魅力だろうと思います。きれいでやさしいものは弱くて儚く見えるので大切にしようと思いがちですけど、案外そういうものの方が強くて確かなんじゃないか、という幻想を信じたい気分にさせてくれる一枚。

ベンジーがこの作品を超えるものを作る日がいつか来ることを祈りつつ、期待しないで待ちたいと思います。

◇エスパーズ「Ⅱ」 (Espers “II”/06年/米/フリー・フォーク)
70年代前半に奇跡的な輝きを放っていた英国フォークのリヴァイヴァルが、なにやら意表をついて米国で盛り上がってる模様。フリー・フォーク?知りませんでしたよ。

このエスパーズは、インクレディブル・ストリング・バンドにアン・ブリッグスが加入してペンタングルを演奏したような21世紀のアシッド・フォークで、要するに、かなりきてます。こういう若者たちが出てくると未来も明るく感じ始めますね(作品自体は暗いです、当然)。本作をしのぐと評判のファーストも早急に聴いてみたいです。

◇トラヴィス「ザ・ボーイ・ウィズ・ノー・ネーム」 (Travis “The Boy With No Name”/07年/英/ロック)
あらためて言うまでもなく、2000年以降の英国における最高のロック・バンド。とにかく作品の完成度が圧倒的です。これまでの5枚のアルバムで英国ロック史にその名を残すことはすでに約束されていますが、今後も末永く活動してもらいたいです。

この4年振りの新作にも安心しながらびっくりさせられました。期待通りに予想を超えてるといいますか。もう余裕ですね、貫禄充分。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:22 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 ナカジマ


①ナカジマ
②4月18日
③プリン評論家

 
2007年は「音楽を聴く」ということについて考えさせられる出来事が2つあった。ひとつは2007年、11月11日に地元高松であった矢野絢子のライヴ。「歌」と「ピアノ」がせめぎ合っている。対等にぶつかりあい、はじけ合い、そして溶け合う。その瞬間瞬間に立ち会える幸せ。「弾き語り」が好きなことに関しては人後に落ちない当方だが、このライヴは衝撃的だった。矢野は高知を拠点に音楽活動をしているが、同じ四国ということで高松でも定期的にライヴを行っている。今後も追いかけられる限り追いかけてゆきたいと思った。

もうひとつは、同じく2007年、11月24日に東京で行われた「Pure Pop for Now People」。森山さんと知り合いになってから、何度となくこのイベントが行われては終わっていったのだが、今回運よくその時期に東京へ出る用事があって、参加することができた。

正直に言ってしまうと、目の前でDJがレコードを回すようなイベントに参加するのはこれが初めてだったのだが、DJが目の前のレコードと格闘しつつ、自分なりのグルーヴを生み出そうとしている姿はなかなかスリリングだった。曲を「選ぶ」以上に「つなぐ」ことも重要なのだということがよくわかった。そのイベントで主宰である森山さんがかけて下さった「Castilian Blues」という曲の、軽やかに宙を舞うようなポール・デズモンドのアルト・サックスは忘れられない。

ところでこの曲はデズモンドの盟友(疫病神?)であるデイヴ・ブルーベック名義のアルバム『Countdown』(Columbia,1962)に収められているが、いまだ単体でCD化されていない(2004年頃に米盤で出ていた気配もあるのだが、確認できず)。ただ、この10年ぐらいの間に紙ジャケで出るのではないかなあ、と考えていて、その時にはまたこの「Pure Pop for Now People」の「熱さ」と「クールさ」を思い出せるのではないかなあ、と楽しみにしている。


日本人が英語で歌った曲、というのは文字通り星の数ほどあるが、外国人が日本語で歌った曲、というのはどうだろう。まあそこそこあるにはあるだろうし、またやケイ・ウンスク(逮捕)や最近ならリア・ディゾンなど、実質日本を活動の拠点にしている歌手もいれるとかなりの数になるのだろうが、今回は日本以外の場所を拠点とし、なおかつ日本語で歌っているシンガー/曲を紹介したい。本当はコンピ1枚作れるぐらい集めたいのだが、とりあえず5曲。

(1)ベン・フォールズ・ファイヴ / 金返せ
この冊子の主宰である森山さんにご紹介いただいた、今回の問題を考えるきっかけとなった曲。あれこれ貢いだ挙句に捨てられた男の恨み節が日本語で雄雄しく歌われているのだが、途中「ビッチ(bitch)!」という言葉が入るのが興味深い。やはり人間、罵倒するときは母国語で、ということか。逆に言えば、ある国の言葉で人を罵倒できるようになったら、その言語についてかなりマスターできた、ということになるのかもしれない。『罵倒するための英語』というような本があれば、海外オークションでこちらが落札して連絡してもナシのつぶてだったりする出品者には使えるかもしれない。

(2)シックスペンス・ノン・ザ・リッチャー / キス・ミー(日本語ヴァージョン)
このバンド唯一(?)のヒット曲を日本語でセルフ・カヴァーしたもの。シングルは入手困難だが、最新のベスト盤で聴ける。作詞者が誰だったか、思い出せず残念だが、けっこうまともというか、乙女チックな歌詞で、ヴォーカルのリー・ナッシュも真剣に取り組んでおり、好感のもてる仕上がり。バンド自体は消滅してしまったが、ナッシュは2006年にソロ・アルバムを出している。伸びやかな声の魅力は捨てがたく、今後の活躍を期待せずにはいられない。

(3)アストラッド・ジルベルト / マシュケナダ
日本をこよなく愛するボサノヴァの女王が、日本のファンのためにレコーディングした『ゴールデン・ジャパニーズ・アルバム』(1970年、日本のみでの発売)からの1曲。アルバム同様、CDも日本のみでの発売となっている。いろんな意味で聴きどころ満載の1枚だが、日本語のギクシャク感を味わうなら2曲目の「愛した愛が好き」、有名曲がこんなになってしまうのか~、という脱力感を味わうならこの「マシュケナダ」かな。ただし、山本幸三郎によるアレンジのバックはつねに素晴らしく、さながら軽やかな風のようにアストラッドをサポート。近年この時期のいわゆる「和ジャズ」が注目されるのがよくわかる。

(4)Die Arzte / Kujira O Sukue
外国人が歌った日本語の曲ばかりを集めたコンピを作ってみたい、という野望はすでに書いたが、そういうコンピがすでにドイツで、しかも頼まれもせんのに出ていたのだから驚きだ。というわけでこれは、ドイツの新進バンド14組が、すべて日本語で歌ったアルバム『ポップスタチック・コンバセーション』(原文表記のまま)の冒頭を飾る1曲。パンク調の曲調だが、「クジラ救済、ウォウウォウ~」というサビを聴かされると、「クール・ジャパン」から始まった日本語の浸透もここまで来たのかとある種の感慨すら覚えてしまう。

しかし待てよ、よく考えてみると「クジラ救済」ってこれはあきらかに「反日」ではないか。それに、CD全体を通して聴くと必ず最後のほうで頭が痛くなってくるのはどうしたことだろう。日本人のヘタな英語によるレポートを毎回読まされる、ネイティヴスピーカー英語教師の悲哀が少しだけわかったような気がした。ついでに書くとこのコンピCDは2枚組みで、もう1枚はドイツ人のための、日本語教則CDとなっている。律儀なドイツ人らしい作りかな、と思う。さらに日本語を上達させてから、第2弾を制作していただければ幸いである。

(5)シルヴァー・サン / T・O・K・Y・O・ヘ・イ・キ・タ・イ
熱烈なファンも少なくないパワーポップバンドのシルヴァー・サンも日本語によるレコーディングを残している。この曲はシングル「Lava」のカップリングとして発表され、後に『B・イズ・フォー・シルヴァー・サン』という日本編集盤に収められたが、今ではいずれも入手困難。というわけで、じつはこのナカジマもまだこの曲を聴けていない。しかし、自分でもし「外国人が歌った日本語曲コンピ」を編集するとしたら、この曲こそトップにふさわしいのではないか、と勝手に考えており、ゆえに今回紹介させていただいた次第だ。


森博嗣の短編集『少し変わった子、あります』に、一言も話さず、ため息が出るほど美しい作法で食事をする若い女性と同席した中年男性の話があって、これを読んで以来、そういうシチュエーションにあこがれている。自分に欠落しているためよけいにそう思うのだろうけど、美しい作法の方(場合によっては女性でなくても良いので)と食事をしてみたいものだ、と思う。何を食べるか、はなかなかむずかしいが、とりあえず「オムライス」なんかどうだろう。「オムライス」をシンプルに、かつ美しく食する方を目の当たりにすれば、人生まだまだ捨てたものではないよと思えるかもしれない。


枚数は2006年に続いて省略。ただ、2008年は購入するCDの数が、ぐっと減るように思える。先述の矢野絢子のライヴで「CDを聴く」ことだけが「音楽を聴く」ことではないと痛感させられたし、森山さんのイヴェントPure Pop for Now Peopleからは、「自分の買ったCDを聴く」ことだけが「音楽を聴く」ことではないと思い知らされたので。

で、さっそくこのアンケートを書いている2008年1・2月はCDをほとんど買わずにいるのだが、ま〜あ生活のラクなこと。CD買わないと、これだけゆとりをもって暮らせるんだなあ、こういう暮らしもある時期悪くないなあ、と思ったりしていると、ますますCD買わなくなるかも。


2007年によく聴いたガール・ポップのCDを3枚。

● Lucky Soul / The Great Unwanted
60年代テイストのバンドが跋扈する昨今だが、その中でもピカイチだと思う。このバンドを単純に60年代のアーティスト(キャロル・キングとか)と比較して、60年代の勝ち!と結論づけているレヴューを数多く目にしたが、事態はもう少し複雑なはずだ。彼らのルーツは60年代ダイレクトではなく、60年代の音楽を聴いて育った、その後の世代のアーティストにこそあるのではないか、と今は考えている。「遅っ!」というタイミングで日本盤も出たが、ジャケットの改変にはガッカリ。

● Priscilla Ahn / Priscilla Ahn
タワーレコード渋谷店のジャズフロアでかかっていた1枚。ポップスなので、当然そのフロアにはなく、フロアを移動しても見当たらず、けっきょく後から行った新宿店にて入手。アコースティックながらドラマを感じさせるサウンドと、ほんのり憂いを帯びた伸びやかな歌声の組み合わせが忘れがたい印象を残す、珠玉の5曲入りミニアルバム。
ネットで新しい「音」に出会うのが普通になってきた昨今、このような音楽に店頭で出会えたことを幸運に思う。名門ブルーノートからの国際デビューが決まっているとかで、彼女の歌声が誰の耳にも届くようになるのは時間の問題だろう。

● Sunshine State / Sunshine State
カナダの男女ユニット。Everything but the Girlを屈託のない感じにしたと言えば伝わるだろうか、とにかく曲と女声ヴォーカルの声が良い。男性のアコースティック・ギターもかなりの腕前で聴き応えあり。ヴィジュアル的にはちょっと自分の好みから遠いため、このアルバムも店頭でかかっていなかったら手を出すことはなかっただろう。出会いに感謝。2008年になって出た日本盤は、彼ら(とくに女性)のヴィジュアル面での弱さをうまく補ったアートワークになっている。ボーナス・トラックもあるので、2008年以降の今からは日本盤で聴かれることをおすすめしたい。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:21 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 中嶋由紀子


①中嶋由紀子(ナカジマユキコ)
②1977年2月27日(日)
③コンタクトレンズの検査・販売


2007年の2月26日、時刻23時45分にケータイが鳴り、見ると2年前に転勤した元上司からの着信でした。
久しぶり~と思って、出てみると、出張先のホテルらしき所から、相当酔っ払っているらしき雰囲気で、一気にまくし立てられるかのごとく、十八番の駄洒落攻撃と、仕事の話に関しては説教に近い話を聞かされる羽目になりました。
気付くと日付線を超え、私はめでたく30歳への扉を開いたのでございます。
「そういえば、今日って中嶋君の誕生日じゃなかったっけ?(笑)いくつになった?30かぁ~(笑)」的な発言をする元上司。
なんとも、ありがためいわくな誕生日を迎えた2007年です。(多少誇張しているかも。)

こんなスタートを切った2007年ですが、この出来事に象徴されるかのごとく、仕事に追われる日々でした。
今の仕事は30歳になったら辞めて、日本中を転々と移り住む旅人にでもなろうかと夢見ていましたが、現実は真逆で、嫌な言い方をすれば、今の現場に縛られる状況になってしまい、ストレスでよくありがちな形で体調が不調になり、どうにもスキっとしない一年だったと言えますね。
とはいえ、「日本中を旅する」妄想を抱えながら、基本、インドア派で、部屋でダラダラしているのが好きです。

ダラダラしがてら、あまりにも悩み事が多かった為か、「自問自答帳」というものを作った。いわゆる、日記です。
2007年7月から12月まで、20ページ程書いてある。
今、読み返してみると、この時期は最高潮に絶不調で、良く覚えていないが、3日に一度は泣きながら仕事していたらしい。「オーラの泉」と「時をかける少女」と「NHK日曜美術館」などの番組に影響を受けた感のある記述がある。
何故か「芸術とは何ぞや?」というテーマの自問自答が日記の大部分を占めている。
自分は、芸術に興味があるのかもしれないけれど、この数ヶ月のテーマは仕事ではなく、芸術でした。
そんな私を見かねて、友人が陶芸教室に誘い出してくれました。自宅アパートから徒歩10分ほどの場所にある教室は、80歳になるオジィが一人で切り盛りしていました。
陶芸の前後に30分~1時間程のお茶の時間があって、最初はこれが、ただオジィの話相手になるために設けられた時間だと思っていたら違って、陶芸を始める前に、心を落ち着けるために必要な時間だったのです!
何だか気持ちがザワザワしている状態でろくろを回しても全く上手く行かず、集中できないときは、全然形になりません。
これほど自分の心境や性格が現れてしまうとは、恐るべし陶芸!

更に陶芸教室の先生であるオジィは、私の心の金八先生でもあります。
ホワイトボードに自作の詩を書くような先生で、たまに格言的な言葉も教えてもらって、ほぉ~っとなっています。
心の金八オジィ先生は、自分で造れるものは自分で作ります。
教室の棚とか、蛍光灯の取り付けとか。
こんなDIY心の金八オジィ先生の話を聞くのが楽しみの一つとなり、教室にはかれこれ5ヶ月近く通っています。
ただし、こちらの体調がかんばしくない時に聞く、戦争体験談は体にこたえました・・・。

年末、別の友人から貰った養命酒が、驚くほど効いて、今はだいぶ体調が回復したしだいです。

2008年の展望は、サセツカフェオーケストラ本格始動!&ものづくりに励む年になりそうです。「サセツカフェオーケストラ」とは、挫折経験のある、音楽初心者が集まってバンド活動をするグループです。音楽以外でも個々に持っている趣味や特技をそれぞれに伸ばしていき、それぞれの個性を際立たせつつ、バンドとしても成り立たせるという、矛盾しているような、いないような。
引き続き、陶芸も。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:20 | アンケート2007-2008 | Comments(0)

アンケート2007-2008 笠井峰生


①笠井 峰生(かさい みねお)
②1976年8月1日
③システムエンジニア・主任


2007年は、色々と沈滞した一年であり、また、絶望の縁でかろうじて踏みとどまった一年でもあった。
沈滞した中にあっても、半導体のプロセス技術については、漏れ電流の制御や液浸露光などのブレイクスルーを経て、今後10年程度は微細化を進める目処が付いたのは喜ばしいニュースだった。とはいえ、半導体の微細化が進めば、電力密度が再び上昇する。引き続き、熱の問題がコンピュータの性能向上の足を引っ張り続けるだろう。
x86アーキテクチャも例外ではなく、性能向上にかつての勢いを取り戻すことはないだろう。現在のフォームファクターのパソコンは、陳腐化が避けられない。ただ、折良く、メモリメーカの過剰な設備投資があり、メモリ価格が大暴落した。並列化の進展と併せて、64ビット化、仮想化が一気に進展しそうな気配を匂わせている。
同時に、混載やSoCにより多くの機能を小さなスペースに押し込むことが出来るようになった。ヘッドフォンステレオや携帯といった小型機器に、2008年は、なにか素敵なことを期待してもよさそうだ。ただ、小型機器については、やはり小型化の限界にきているバッテリーのブレイクスルーなしに革新はあり得ない。
ちょっとした爆発物並のエネルギー密度を持つに至ってしまったバッテリーに変わる、一風変わった電力供給の手段が模索されるだろう。
個人的に、2007年は、まったく何もない一年だった。正確には、何もする気にならなかった、というのが正しい。かろうじて夏に、同人ゲームの制作に参加したことがめぼしいところだ。あまりにも情けない。
2008年は、ひとりでもなにかしよう、を目標とすることにする。


とりあえず、高額お買い物ランキングということにしておこうと思う。そもそも通年でなにかをした、ということが皆無であり、ランキングになりそうなのはかろうじてお買い物くらい、という体たらく。まあ、来年もおなじことをぼやいていそうな気もするのだけれど、お付き合いいただければと思う。

1. AMD Phenom9600一式 16万円くらい
2007年、一番のお買い物は、なんのことはないコンピュータ一式である。PhenomというAMDのCPUが発売された直後にわざわざ秋葉原まで行って購入した。完全なる衝動買いだ。一般の人には、なぜそれを衝動買いするのか、理解に苦しむところだろう。以下、そういったラインナップが並んでいる様にも見えるが、委細を気にしても詮無いことである。
一式の内容は、クァッドコアCPUのPhenomを中心に、メモリ8GB、ディスクは1.5TBほどというそこそこな構成。現在、回線の事情がありどうにも使いきらない状態で、ファンヒーターと化している。その後、Phenomにはバグが見つかり性能10%ダウンなどというトホホな事に。

2. EIZO HD2441W 13万円くらい
二番目は、これまた秋葉原で購入した液晶ディスプレイ。別のメーカーのディスプレイを見に行って、発売翌日だったこれを購入した。24インチワイドという大きさがなかなかだが、廉価品を今買えば半値以下である。利用用途と利用頻度、それからDAWを使っているとまだまだ横幅が足りず、いろいろ考えあわせると、かなりトホホな感じ。

3. Adobe Flash8 Professional 8万円くらい
有名どころのソフトを1本。ゲーム制作中に興がのって購入した。Adobeになる以前から、使いにくいなあ、と思ってはいたものの、やっぱり本当に使いづらくて、インストールしたもののほとんど起動していない。トホホ。

4. Yamaha RTX1100 6万円くらい
自宅用途にはいささかヘヴィなルータ。どちらかといえば、業務用、といわれる類の代物である。Bフレッツに切り替えたら、今まで利用していたYamaha RT58iで一部のサイトにつながらないことに、腹を立てて購入した。業務用だけに、取っつきが悪く、店晒しに。やっぱりトホホ。

5. Sony PSP一式 3万円くらい
年末、なんとなく一気に買い揃えてみた携帯ゲーム機。やるゲームやるゲーム、趣味に合わず、放置状態に。ただ、「勇者のくせに生意気だ」は良いゲームであると思う。クリアできないけれど。ここまでくると、嘆く気も失せてくる。トホホ。

ここから下はだいたいひとつ2万円弱。

6. m-audio FastTrack PRO
同人ゲーム制作時に購入したPC用のUSB1.1音源。ノートパソコンの内蔵音源が、ノイズは拾うわMIDIはよれるわで、ろくに使えなかったため購入した一品。
ブルーのマットな筐体は、なかなか上品な仕上がり。PCからみると2in 2out+MIDIのシンプルな構成。入力はマイクへのファンタム給電もできる。だが、無駄に豊富な出力端子の使い道がいまいちピンとこない。また、USB1.1の制限が色々と設定を複雑にしている。さらに悪いことに、この音源をしても、わたしのノートパソコンではテンポが揺れまくるという事態に頭を抱えることになった。この音源が悪いのではないと思っても、そこはかとなく漂う残念感が悩ましい。
自宅ではYamaha UW10とE-MU0404 PCIで事足りるため、最近は活躍の場がない。M-Powered ProToolsでも買ってみるべきだろうか、とさらなるお買い物に思いを馳せる今日この頃だ。

7. 玄人志向 玄箱/HG
プロジェクトルーム設置用のNAS。実際には、Linuxがインストールされた小型PCであり、これがなかなか重宝する一品。特にNetVolanteとの相性はなかなか良い。さりげなく常時起動しておけるところがポイントだ。また、玄箱/HGは初代玄箱と比較して、メモリや接続性に余裕がある。少々値が張っても玄箱/HGを選ぶのは良い選択肢だといえる。

8. Canon EF50mm F1.8 II
一眼レフカメラの交換用標準レンズ。組み合わせるボディーがAPS-CのEOS 20dであるため、焦点距離は1.6倍の80mmとなり、若干望遠気味になる。室内でポートレートを撮影するための明るいレンズとして購入した一品。
このレンズの特徴はとにかく安いこととその値段不相応な描写をすること。聞くところによると、Canonが単焦点レンズへの入門用としてラインナップしてあるとのこと。ズームレンズと異なり画角を変更できない単焦点レンズは、カメラ初心者には手を出しにくい。しかし、光学系がシンプルな分、明るい素直なレンズが設計しやすい。明るいレンズは、活躍の場が広いし、多彩な表現が可能になる。そのままレンズ地獄へ踏み出すためにうってつけの一本だといえる。

9. Bosh バッテリー
車用のシールドバッテリー。ディーラーで交換すると同じ価格でひとつランク下のメンテナンスフリーのバッテリーになるとのことだったので、自前で交換した一品。インターネットでバッテリーを捜してみると3千円からある。メーカー名が入る分、1文字あたり3千円くらい高くなるらしい。

10.Fuji FinePix 40fd
コンパクトとは言いがたいPowerShot S1 ISを嫁に出して購入したコンパクトデジタルカメラ。PowerShot S1 ISは、単体では使い勝手はよいカメラだったのだが、EOS 20dと一緒に持ち歩くと役割がかぶってしまうことが多くなった。そこで安い小さい軽いを合い言葉に探した一品。ただ、ケータイのカメラで駄目かといわれると、だいたいOKだったりもする……。

以上、人生の大半が後悔でできている人の昨今お買い物事情でございました。


大切なあなたとあーだこーだ言いながら囲む食卓があれば、それが良いです。
これ、なかなか機会に恵まれない。主にわたしが出不精なせいだろう。


新品 7枚、中古 3枚
CDを買った記憶がほとんどない。


管野由弘,「天使のたまご 音楽編」,徳間ジャパンコミュニケーションズ,2000
ゲーム音楽の制作にあたり、Amazonで資料を漁っている際に引っかかった一枚。まさか、入手できるとは思っていなかった。
OVAのサウンドトラックである。この作品とはじめてであったのは、劇場版パトレイバーで押井守にかぶれた中学生の頃。父親と近所のレンタルショップに行ったときに見つけ、はじめてお願いして借りてもらったのがこの”天使のたまご”だ。当時、不協和音が心地よい、ということに衝撃を受けた。これはわたしの音楽人生において、ヤマハ音楽教室で習ったシンコペーションの次に大きな出来事であった。

岩城宏之,「黛敏郎:曼荼羅交響曲/舞楽」,コロムビアミュージックエンタテインメント,2003
同じく、資料あさりの際に購入したうちの一枚。宇宙ジャーナリストの松浦氏が推奨するのを見かけ、なんとなく気になっていたもの。そしてこのCDは、今やわたしの究極のドライビングミュージックであると信じて止まない。
純粋な音楽体験を求める(西洋)音楽と環境音との合一をもって良しとする民族音楽との対比において、これを音楽とすることには大いに躊躇いがある。しかし、それは純粋な民族音楽でもない。音楽として聞かせようとする意志がそこに感じられるからだ。
ただ、その極端に不安定な旋律は、大いに不安を喚起させるらしく、同乗者の不興を買うのが悩みの種である。一人静かに嗜むくらいで、ちょうど良いようだ。


年末にアンケート用紙をいただいて、記入をはじめると、あぁ、年末だなあ、という実感が湧きます。そして、怒濤のごとく押し寄せるクリスマスと正月の企画倒れでだいたいアンケートのことを忘れるのが、毎年のパターン。今年こそはと書きはじめたのは年末、仕上げているのは二月、見直しているのは三月、とまさに今年もまた。毎年の事なんだから、とのお言葉が心に沁みます。
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by soundofmusic | 2008-01-01 00:19 | アンケート2007-2008 | Comments(0)