カテゴリ:アンケート2004-2005( 34 )

アンケート2004-2005 34


①桃色トラック(○ない○もたろう)
②S43.5.10
③社員


会社って、いったいどんなことをしてるんだろ。仕事だよと言ったらそれまでだが、具体的に見てみたくていまの職場に潜入してみました。その社会科見学も2004年になり3年目を迎えもうすぐ丸3年、大詰めです。

以前いた会社(職場)はたいへん居心地がよかったのですが、所属していた部署が専門員を置かなくなり他部署へ異動になりました。

宿直のある仕事で、仕事中に本は読め、日勤の定時17時を過ぎたら横になるのも勝手、テレビだビデオだDVDだ、音楽聴いたりゲームをしたり、鍋をつつきながらの賭けトランプもあった。その頃チャットで知り合った人たちとはいまだに付き合いがある。チャットなんてそれきりだ。ダンスダンスレヴォリューションはこの職場でしかやったことがない。専用マットがあったのだ。数人が踊り終えるとマットの上には陰毛が落ちていたりする。

パンツが普及していなかった時代、鹿鳴館でダンパが終わり掃除をすると陰毛の山であったと聞いたことがある。ガセだったらごめんなさい。日本橋の白木屋が火事になった頃なんでしょうか。

米飯が嫌いでお菓子しか食べず余暇はひたすら腹筋運動に励む上司がいた。
夜中にお腹が空くとその上司のお菓子を盗み食いし、上司が出勤前に買い足しておくのを忘れ、俺のお菓子がない!と叱られた。残酷なドキュメンタリー映画やジム・キャリーや西原理恵子が好きな人だった。この人にはさまざまな逸話があるが、時間がないのでよしときます。

勤務時間中に訳あってキャバクラに行ける部署から他部署への異動をきらい、また、この職場(会社)にいたら駄目になるという、余裕のある危機感もあり転職したのでした。

通勤時間片道約2時間、ボーナスなし、先々週は徹夜4回。さすがにわりにあわないと思い始めたのでこの職をよすことにしようかと思う2005年の早春でございます。
明かるめの年になりますように。


邦楽約5枚 / 洋楽約60枚


前述のチャットで知己になった者から焼いてもらったベニーK。いちばん新しいやつ。通勤中ずっとずっと繰り返し聴いてました。週によっていちばん好きな曲が変わっていくのが楽しめた。こういう曲をやりこなすのは、どういう出自の人なんだろ、こういう曲を自分が作らざるを得なくなったら、まず何から始めなきゃならないんだろと考えても仕方ないことを想っていました。


おはぎ(つぶあん)のランキング

2位 草月(東十条)
ここのはお彼岸の時期の数日にしか売らない、上品な逸品でございます。この店でいちばん有名なのは「黒松」というどらやき風の食い物です。これもすごくおいしい。できたては特に。第何回かの、なんとかなんとか大賞を受賞してる和菓子です。黒松ね。ちなみに、近くに埼玉屋といういい飲み屋(ホルモン焼き)があるんですよ。十条・東十条の商店街は、東京の商店街の中でもとくに好きな商店街です。

1位 伊勢屋(大泉学園)
子供の頃から食べてるので、とにかく1位。説明するのがめんどくさい。ここのがあるから、よそでもたべようと思うんです。


ズルズルなとこ。(それでもお付き合いくださってる方には本当に感謝します。人によっては絶交もされてますから)


これっぽっちのことを書くのにぎりぎりアウトくらいまで引っぱってごめんなさい、お兄さん(主催者)。
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by soundofmusic | 2005-01-02 10:35 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 33


①アサイ ミネコ
②1976年8月1日
③システムエンジニア


2004年は、はじまりとおわりの年でした。でもどちらかというと、おわってなくしたものほうに手ひどくやられてしまって、わたくし的には、あまりよろしくない一年だったように思います。

それにひきづられて、音楽生活の方もさっぱり。年初の懐古趣味から始まって、ずるずると一年を過ごし、買ったのは10年来の旧譜がほとんど。唯一、収穫といえるのは、上野洋子の新譜を拾ってみたり、菅野洋子にはまってみたりしたことくらいで、あとはろくに何も聞いていなかった気がします。

若いころは、好きだの嫌いだのいいつつFM802のHeavy Rotationの影響をもろに受けてたのですが、最近は、とんと。J-Waveはセンスよくまとまっているのですが、音楽とは別の成分が多くて聞き流しづらく、あまり聞く気になれません。

逆に、そういったコンシュマー向けの放送とは異なる、もっとプライベートな放送、いわゆるネットラジオの類が、著作権などの諸問題はさておき、なかなかよい具合になってきたように思います。わたしの部屋には、音楽をただひたすら聴くために25連装のチェンジャーがあるのですが、それもネットラジオやitunesにその役を追われました。

2004年は、ラジオやテレビなどの既存メディアがこれまで以上にわたしの生活の中から消えたような気がします。逆に音楽は、わたしの生活に、なくてはならないものであるということを、再確認させられました。

では、今年、2005年はどんな年にするか。
そうですね。まずは、リスニングルームの整備が急務です。都合、アンプが3台(寝室は4ch、居室が5.1ch/2ch)の体制になってはいるのですが、スピーカーの数が足りていません。いや、数は足りているのですが、アンプが泣いちゃうようなスピーカーしかありません。これを何とかしなくてはなりません。

そして、次は、ソフト。こればっかりは、今までの方向性から大きく変わることはないと思います。たとえ退屈で眠い曲といわれようとも、アコースティックと声の力を重視して選択していきたいと思います。BookOffの他に、Amazonも気軽に使うようになった、というわたしの購買パターンの変化もあり、バラエティが多少は豊かになるのではないか、と期待しています。


2004年の音楽CD購入枚数は、うろおぼえで、新品は3枚、中古は10枚くらいではないかと思います。

新品も中古も、あまり新譜ではなかったりはします。音楽はある意味専門外なので、あまり追いかけていないからです。新品は主にAmazonで購入。わたしの活動時間帯にそもそもレコード屋さんがあいていないのです。中古は、BookOffに行くついでに帰りのドライブのためのBGMをピックアップして買っています。


新品で買った3枚は、"We Will Rock You"が聞きたくて買ったQUEENのベスト盤と、上野洋子の"SSS-Simply Sing Songs-"、"*1(アスタリスクワン)"。上野洋子は、ZABADAK時代からのファンです。高校のときに友達からもらって聞いたライブバージョンの"遠い音楽"にやられました。愛だの恋だのそんなのばっかりのJPOPに飽き飽きしているわたしの耳休めにはちょうど良い感じです。

中古で買ったものは、"もう一度聞きたいあの曲"だの、"あの人ってどう?"だの、キーワードで買っているので印象が薄いです。覚えているのは、 "To be with you"、"I love your smile"、The Boom、矢野顕子、菅野よう子、オスカー・ピーターソン、異国民謡、といったところ。

菅野よう子は、現在はアニメのサウンドトラックを中心に活躍しているアーティストで、2004年前半のわたしの徹夜の友でした。

真のお師匠、オスカー・ピーターソンはひさしぶりに帰郷した際にBookOffで見つけました。"Fly me to the moon"をかけていたところ、母に「どこが!?」といわれたのが新鮮でした。


2004年は、ランキングできるほどに同じジャンルのものを追いかける気力も色気もなかったなぁ、と思いかえしてみると、そもそもそこまでディープな趣味も気力も昔から持ち合わせていなかったことに気が付いて、ブルーだったりしますが、さて。かなり偏ったゲームランキングです。

2004年にプレイしただけで、2004年発売でないものも含まれますが、あしからずご了承ください。

10. ネオ魂斗羅/コナミ/シューティング
ビートのきいた音楽と心地よいSE、襲いくる敵、画面を覆い尽くす弾幕。これぞシューティング、という良作です。このジャンルは10年以上前に進化の袋小路に入ってしまった感がありますが、しかし、プレーヤーの操作がダイレクトに画面と音にシンクロする楽しさという、ゲームの原点の醍醐味を味わうために最良の素材です。個人的にはなくなってほしくないジャンルです。2004年もこういった作品に恵まれたことを感謝したいとおもいます。

なお、本作も素人お断りです(←だから廃れるんだ)。

9. プリンス・オブ・ペルシャ ~時間の砂~/SCEJ/3D謎解きアクション
よじのぼるアクションが印象的な名作アクションのリメイク、と思いきや名前を借りた別物のような気がする3Dアクションです。格闘は爽快、パズル要素も適当、ということでバランスよくまとまっていて、ゲームとしては申し分ありません。ですが、如何せん主人公の恋愛理論についていけません。

どうしてそうなるの?

8. ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君/スクウェアエニックス/3D勇者RPG
日本で知らない人はいないのではないかと思う"The Game of Games"なシリーズの最新作です。主人公が悟空にしか見えなくても、イベントの演出がどう考えてもスクウェアのノリになっても、ストーリーが中だるむわ、しまいそこねるわのしっちゃかめっちゃかになっていても、まぁ、ドラクエですから、の一言ですませてしまう、最早、伝統芸能の域に達したゲームですから、無事に新作が出たことを喜びたいと思います。

値段分、きっちり遊べます。

7. 戦国無双/光栄/3D格闘アクション
一騎当千を地で行く無双シリーズ。ばったばった敵をなぎ倒して行く様は、実に爽快。また、その姿が素直にカッコイイ、のだが、なにより、戦況を一人で変えて行く様は、感嘆よりも笑いを誘います。プレーヤーキャラクタも没個性になりがちな3Dのゲームにしてはよく立っていて、と、言いますか、今川義元。今回は、それが全てです。"まろ"にやられた日には、成仏したくても出来無さそうな、そんな破壊力を秘めたキャラに仕上がっています。

"まろ"と遊ぼう。

6. PHANTASY STAR ONLINE Blue Burst/セガ/3Dアクションシューティング
MMOの草分け的存在であるPSOのWindows PC版です。ドリームキャスト版ではローカルにセーブデータがあったため、データがいじり放題、という問題がありましたが、本作ではそういった問題も解消。より、オンラインにふさわしいシステムへと変更されています。弾を打つことの爽快感を思い出させてくれたゲームです。

チキチキとした近未来をイメージしたテクノ系のサウンドが、全編バックグラウンドで流れているため、かなりうるさいのですが、曲数が多いためかSEのせいか、不思議と飽きません。

でも、サウンドトラックのお気に入りはオーケストラアレンジ。

5. 鉄人28号/バンダイ/3Dロボット操縦アクション
2004年は鉄人28号がリメイクされたり、横山光輝先生がご逝去されたり、悲喜こもごもだった訳ですが、本作は非常によくできた作品でした。ゲーム内の正太郎を操作して鉄人を操作する、どこか倒錯した操作感がたまりません。また、前作、リモートコントロールダンディーでは、みんなが"あれだ"と思っていた"あれ"="鉄人"が、本作でやっと解禁になり、音楽も演出もキャラクタも全部鉄人です。そして、なにより正太郎の無邪気な悪っぷりが、実にいい味を出しています。

大塚署長「正太郎君、ビルをつかんで投げてみたまえ」
鉄人(ずずーん)
正太郎「わぁ、すごいぞぉ♪」

4. どろろ/セガ/3D格闘アクション
原作ものは、どうしても原作と比べがちで高い評価を下しにくいのですが、2004年はなかなかどうして、豊作でした。こちらはもちろん手塚治虫のマンガが原作です。アボカドとカリフォルニアロールを許す、という手塚プロダクションの意向に存分にこたえた力作です。その世界観の構築は見事。物語を盛り上げるサウンドやナレーションをはじめ、マップ構成、敵配置、ボス戦、やりこみ要素など、さすが、とうならされます。

でも、どろろの着物がピンクはないだろう、ピンクは。

3. 塊魂/ナムコ/3D塊アクション
ゲーム機が成熟してくると、渾身の力作も多くなる反面、いろんな意味で肩の力が抜けた良作が発売されるようになります。とはいえ、メガCDのスイッチしかり、PSのビブリボンしかり、一歩間違うと、この内容でこれだけ取るのかよ、と言うことになりかねません。

そんな一抹の不安を、オープニングからあっさり吹き飛ばす本作は、星を壊しまくっちゃった王様と、その王様のために星を作るべく塊を転がす小さな王子の物語です。

ルールは簡単。塊はいろんなものを巻き込める。そして、大きくなった塊はより大きなものを巻
き込める。ステージには大小さまざまのかわいい小物とナンセンスなキャラクター達が所狭しと並べられて、王子の塊に巻き込まれるのを待っているのです。犬や猫、人だって例外じゃありません。小さな王子は、そんな泣き喚き逃げ惑う町の人々を追いかけ、巻き込み、塊を大きくしていくのです。

と、文字にするとなんともサスペンスなゲームですが、実際にはなんともキュートな作品です。そのキュートさには音楽も一役買っている。サウンドトラックの"塊フォルテッシモ魂"は、ポップな色彩の弾ける素敵な内容の一枚だ。オープニングで流れてくる"ナナナン塊"は忘れようとしても忘れられない強烈な一曲。

王子、チッチャイ!

2. METAL GEAR SOLID 3 : SNAKE EATER/コナミ/3Dスニーキングアクション
ゲームといえば、敵を正面突破しばりばり闘うという常識に真っ向から逆らい、隠れる、避ける、逃げる、という新風を吹き込んだシリーズ最新作にして、総決算が本作です。前作、前々作も名作の誉れも高く、もし未プレイならば1から通してプレイすることをお勧めしたいと思います。それは、本作が、過去の作品に決着をつけるものだからです。ここまで種明かしをしてしまって、次回作はどうなるんだろう、とこちらが気をもんでしまうくらい、潔く整理しきった感があります。

今回の新味は、ソリトンレーダーの退化、捕食・食事システム、治療システム、カモフラージュ、さるげっちゅ、になります。なかでも、捕食・食事システムは力が入っています。

とにかく、マップ上に配置された果物やきのこだけでなく、蜘蛛やねずみからへび、魚、わに、鹿まで、ほぼ食べれると思しきモノはすべて食料になります。とってしばらくすると腐り始めたりするあたりも無用にリアル。また、主人公のスネークに食べさせると、いちいち大塚ボイスで感想を述べてくれます。アミメニシキヘビはおいしいらしいです。先へ進むのそっちのけで、ついつい何でも食べさせて見たくなります。それだけでも十二分に堪能できます。(←いいのか、それで。)

まっずっすっぎっるっ。@大塚 明夫

1. ACE COMBAT 5 The Unsung War/ナムコ/フライトシューティング
フライトシューティングでは一際高い完成度を誇るエースコンバットのシリーズ5作目。2004年のゲームはここにきわまれりと言える傑作です。

かりそめの平和にまどろむ世界と"ラーズグリースの悪魔"。プレーヤーは一新兵となり、訓練飛行にでるところから物語は始まります。第三者である写真記者の眼から見た、抑えた描写で派手さはないものの、リアルに世界が描かれています。30ミッション、1ミッションあたり20分強というボリュームで語られる物語の結末は……。

プレーヤーの選択で世界が変わるのではなく、時代の波に巻き込まれ翻弄される主人公たちと一体となってストーリーに没入することができる、映画風の手法を用い、成功しています。ゲームの難易度は少し高めで、ミッション時間が長いため集中力も要求されます。ハードルは高めですが、それに見合ったリターンもあります。

プレイしてみてください、としかいえません。


わたしは、もともと体力も人並み以下程度しかないので、とてもものぐさです。典型的ななまけもので、本来ならばころがしておけばずっと寝てる、おなかがすいても寝てる、寝るのがいやになっても寝てる、というほぼ、何のために生きているのかよくわからない生き物です。

でも、ひとりで生きていくためには、お金を稼がねばなりません。しかたがないので、普段は、ネクタイをしめて会社へと通っているのです。

といっても、所詮なまけものですから、仕事はできません。なんせなまけものですから。指も3本しかないわけですし。それに、ひきこもりのなまけものは人とお話しすることが苦手です。そんなこといっても、お話しないとお仕事がすすまないので、お話をするわけですが、なまけものなので要領を得ません。そのうち、寝てしまいます。そして、家に帰るのも面倒になりますが、そんなこというとニコニコした顔で怒られるので帰ります。

そんな自分を自覚しているにもかかわらず、なんの改善もなされないあたりが、本当に困ったことなのかもしれません。


最後に、2004年のよかったを少し。それは、リアルで知り合えた方、バーチャルで知り合えた方、に良い方がとても多かったこと。あなた方がいなければ、わたしは当の昔にくじけてしまっていたと思います。本当に、ありがとう。
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by soundofmusic | 2005-01-02 09:31 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 32


①森山弟(もりやま・おとうと)
②1975年9月24日 (29歳)
③弟


2004年はひどく長い冬のような一年でした。浮かれた気分になることもほとんどなく、なんだかいつも何かに追われて切羽詰まってた気がします。あれこれくだらない考え事に時間を取られてやるべきことが手につかなくなり、疲れることが多かったです。中期以降のフィッシュマンズを、楽しむためではなく求めるように聴く機会が多かったことを思うと、あまり調子のよい一年だったとは言えませんね。前回のアンケートにも同じようなことを書いた気がするので、もう少し肩の力を抜いていけたらいいなと思います。2005年のテーマは、王手飛車取り。

そんな中、(これも例年通りですが)周囲の人々にはたくさん助けてもらいました。まわりに生かされている実感をより強く感じ、自分自身の考えがあまり意味を持たなくなった一年でした。個人的には自分が何をどう考えているかはどうでもいいのですが、それだとそんなやつに付き合ってくれる人たちに対して失礼なので、自分のためではなく相対的な自分という存在のためにものを考え、それを伝えていきたいと思いました。

2004年最大の収穫は、三十路を目前にしてようやく「自分は思っていたより頭が悪い」ことを体感的に理解したことです(何を今さらなんですが)。それに気づいてからというもの、できないことやわからないことに対する罪悪感や負い目がなくなって寛容になった気がします。

飛べない鳥もいるってこと((C)アクマ「ピンポン」/96年)、僕らは空を飛べない形、ダラダラ歩く形((C)甲本ヒロト「バームクーヘン」/99年)であることを胸に刻んで、グズグズ歩いてまいります。大切なことはひとつだけです。


和33枚(すべてCD)
洋205枚(うちLP11枚)
合計238枚/221,712円

#1枚平均1000円以内という目標達成。1500円のCDを買った日には、そんなに欲しくもない500円のものも無理やり抱き合わせて買うという、日頃からの無意味な精進の成果。


・トラヴィス「12メモリーズ」 (03年/スコットランド)
通算4作目にして現段階での彼らの最高作。生々しい陰鬱さと美しさ(←音楽を選ぶ上で個人的にいちばん大事にしている要素。ニック・ドレイク参照)がこれ以上ないバランスで共存していて、名作の誉れ高いセカンドとサード(「ザ・マン・フー」00年/「インヴィジブル・バンド」01年)ですら、この作品の前では安っぽく聴こえてしまう瞬間もありました。

CDをセットし、再生ボタンを押した2秒後にはスコットランドのあの曇り空の下に連れていってくれる一枚。肌に感じるイギリスの空気とか匂いとか陽の光の射し込み方は(当たり前ですが)日本のそれとはまったく違います。今までいろんな国に行った中でもあそこは特別で、イギリス人が天気の話ばかりするのは他にフットボールしか話題がないからではなく、それが否応なく人を惹きつけるからじゃないかと思います。たいがいうんざりするような天気ですが、かわりに奇跡みたいに美しい表情も見せてくれます。空が青いから泣きたくなる(Ⓒポール・マッカートニー「ビコ―ズ」/69年)のはきっとこういう国で育ったからでしょう。晴ればかりでも雨ばかりでも頭おかしくなるでしょうね。

・キングス・オブ・コンビニエンス「クワイエット・イズ・ザ・ニュー・ラウド」(01年/ノルウェイ)
ごきげんなDJイベントPPFNPでその存在を知った、ノルウェイのサイモン&ガーファンクルことキングス・オブ・コンビニエンス。選曲したまさたか兄ちゃんの指摘のとおり、いい感じでゲイっぽい男性2人組ユニット。

音自体は、ノルウェイ出身という地理的な背景のせいか、米国のS&Gというよりもむしろ英国のヘロンなんかに近い雰囲気がしました。ヘロンの英国的な牧歌的雰囲気を北欧の冷たい空気と入れ替えるとこんな感じになるんでしょうか(←適当)。アルバム・タイトルが内容を言いえて妙な、静かにこころに突き刺さるような一枚。ある意味、衝撃的作品。

・ノラ・ジョーンズ「カム・アウェイ・ウィズ・ミー」(02年/米)
大好きなザ・バンドの面々が参加した小粋なカントリー・ロック・アルバム「フィールズ・ライク・ホーム」(04年)もなかなか渋い内容でしたが、いかんせん忌々しいCCCDなので却下(内容とは一切関係ないですが…)。

音楽誌を読まない上に耳が保守的なので、新しいものにはたいがい疎いです。まぁ古いものだけ聴いていても聴ききれないほど世界は名盤で溢れているので(一生かかっても聴ききれないでしょう。なんて幸福なことだろうと思います)それはそれで全然いいんですが、こうしてまた素晴らしい作品が新たに生まれてくることは大歓迎です。そんなぼくにとって、年末のフィッシュとの出会い(すでに解散してるみたいですが)と並んで、ノラとの出会いはうれしい驚きでした。なによりも、声と音が直接染み込んでくるような感じが素晴らしいと思います。

旬なアーティストなので、どうでもいいような細々したこと(前作に比べて今度のはどこがどうだとか、グラミー何個獲ったとか)を好き勝手に言ってるのをよく目にしましたが、他のアーティストとの比較はもちろんのこと、本人の過去の作品との比較にもあんまり興味がないので(だって2枚以上のレコードを同時に聴くことはできないですから。いつも聴くときは一枚ずつなんです)、今聴いている作品がいいかどうかがぼくにとってはすべてです。レコードを聴くことはとても個人的な作業だと思います。レコード対オレの一騎打ちです(笑)

・ポール・サイモン「ポール・サイモン・ソング・ブック」(65年/米)
奇跡の名盤ついにCD化!米国人による英国フォークの最高峰でしょう。5年前に購入したアナログ盤が擦り切れかかっていたのでたいへん助かりました。これで一生聴けます。感謝。2004年、新品で購入した唯一のCD。

素晴らしい米国音楽を作った英国の音楽家は山ほどいます(ぼくら兄弟が「イギリスのアメリカ」と呼んで愛でている類のもの)が、その逆は今までほとんどお目にかかったことがありません。英国フォーク界の鬼っ子バート・ヤンシュ(サイモンとは、神様デイヴィ・グレアムのアンジーつながり)が憑依したかのような生ギターが紡ぎだす孤独な男の繊細なリリックとメロディに、自然と涙腺も緩みました。静かに降り注ぐ冷たい雨のような一枚。

この後に個人的ポール・サイモン・ブームが訪れ、勢いよく「ポール・サイモン」(72年/ナイスなアノラック・ジャケ)と「ライヴ・ライミン」(74年/ダサいスーツ・ジャケ)を立て続けに購入しましたが、帰宅してみると両方とも5年以上も前に購入済みだったことが判明し、興ざめでした(←別にサイモンは悪くない)。ちなみに上記2作とも内容は素晴らしいです。とくに「ポール・サイモン」の方は文句なしの名盤なので、未聴の人はそこいらのCDを10枚買うより先にあわてて買いましょう。そして、さだまさしに世界一影響を与えたという彼の功績も日本人なら忘れるべきではないでしょう。

・チリ・ウィリ&ザ・レッド・ホット・ペッパーズ「ボンゴス・オーヴァー・バラム」(74年/イングランド)
12月に生まれて初めて足を踏み入れた稲田堤のディスクユニオンでは、各方面から聞かされていた噂どおり相当ボロい思いをさせていただきました。衝撃的な値付けが平気な顔で行われており、このド名盤がなんと720円!(他にもアレステッド・ディヴェロップメント210円などなど 日本のデフレもここまで進んだかと感慨深い)もはやユニオンというより、その辺のファミコンショップにおまけでついてるCD売り場のでっかい版といった佇まいで非常に好感が持てます。

高校時代からかれこれ10数年パブ・ロックを聴いていますが、今まで聴いた中で最もパブ・ロック的な作品で、一瞬パロディかとさえ思うくらいです。まさにパブ・ロックの鑑、教科書的一枚、非の打ち所ゼロ、「イギリスのアメリカ」ここに極まる!(ほめすぎ?)

ジャンプの帝王ルイ・ジョーダンのカヴァーで幕を明け、次々とごきげんなナンバーを連ねて最後まで突っ走る姿は感動的。確実なテクニックと米国音楽への純粋な愛情がひしひしと伝わり、聴く者の頬は緩みっぱなしです。

2005年(以降)の目標は、トロージャン・レコードから出ている、オーセンティック・スカ、ロック・ステディ、アーリー・レゲエ等をコンパイルした3枚組みBOXセットのシリーズを全部買うことです(残りあと37セット…)。
トロージャン・ボックス・セット・シリーズ一覧


なんにもない、なんにもない、まったくなんにもない…((C)かまやつひろし「やつらの足音のバラード」)
このコーナー、もう個人的に廃止いたします。毎回毎回、まったくなんにも思いつきません。思いついたら書きます。


頭が固い、腰が重い、優柔不断(結論を出すまでに時間がかかりすぎる/しかも年々悪化の傾向)、そのくせ断定したがる…等々、挙げ始めたらきりがないですが、兄弟で不思議な共通点がある気がすることを思うと一概に自分自身だけの問題でもないように思い始めました。

自分と向き合うことが手放しでよいことだとされているような風潮には、正直言って違和感をおぼえます。突き詰めたところでろくなものが出てきたためしがない。素晴らしい発見があるほどたいしたもんじゃないとも思います。表層的な自分の行動のパターンとか、好き嫌いの傾向だとかは知っておいたほうが生活するうえで便利だとは思いますが、返ってくるものとの対峙を迫られるリスクを冒してまでそれ以上踏み込む意味ってなんだろう、とか思います(設問者の意図と回答がずれてる気もしますが、それはとりあえず無視)。それよりも、より多くのものを見聞きし、より多くの人の話を聞いて対話することの方がおもしろそうな気がします。そもそも他人に不愉快な思いを強いてまで主張したいような立派な考えは持ち合わせていませんし、自分の存在は他者との相対的な位置関係でどんどん変わっていくわけですから。絶対的な自分が存在すると勘違いするほど自惚れないように気をつけたいと思います。

なによりも、こころと身体を健康に保つことの方が大切だと思うので、自然な感じでやっていけたらいいなと思います。その際、自然に生きてるってわかるなんて何て不自然なんだろう((C)よしだたくろう「イメージの詩」/71年)ということばは忘れないでおこうと思います。

*相対主義者は出世しない。(森山政崇)
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by soundofmusic | 2005-01-02 08:26 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 31


①(-_-)zzz
②1971/8/30
③ヘルプデスク@PUNKマニア


2004は「北斗の拳」「吉宗」等の大量獲得機の台頭が目立ったがもう少し遊べる機種(A400ストック無等)が流行ってくれることを願います。


PUNK68枚位+氣志團1枚


Artist: KOOL RODZ. Title: RADIO KOOL
CSRD-0896. CLUB THE STAR RECORDS
http://koolrodz.com

おそらくこれを読んでいる方の中でこのバンド名を聞いたことがある方はいないとは思いますが、敢えて紹介させていただきます。内容的にもストレートなロックでかなり良い出来です。プロデューサーにex,THE STAR CLUBのHIROを起用して基本的にパンクだがかなりポップな仕上がりになっています。青春パンクやメロコア、スカコアが流行っている今時に貴重なバンドではないでしょうか。

Artist: THE STAR CLUB. Title: 誰が世界を殺すのか
CSRD-2004 CLUB THE STAR RECORDS
http://www.thestarclub.com

現在では世界で現存する最古のパンクバンドとなってしまったが未だ1977年デビュー当時と変わらない姿勢でパンクし続けています。

Artist: 氣志團 Title: TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE

特に感想なし。インディーズ時代の独特な雰囲気を取り戻して欲しいです。このままだと普通のロックバンドになってしまう気が・・・


1位、新宿LOFT
2位、渋谷CLUB QUATTRO
3位、新宿DOM
4位、大塚RED ZONE
5位、渋谷CHELSEA HOTEL
2004年に行ったライブハウス上位5位。
2005年、30半ばに差し掛かってもライブでダイビングし続けるのだろうか・・・?


性格の問題点というならば文句なしで「やる気の無さ」でしょう。ダラダラと毎日を過ごし切羽詰らないと行動をしないという典型的ダメ人間の様です。たぶん、このアンケートも最終提出者でしょう・・・、申し訳ない。

*ところが、まだ後があるのですよ。(森山)
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by soundofmusic | 2005-01-02 07:23 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 30(その1)


①森山政崇(たいら・ひとし)
②1973年1月5日(丑年)
③「サウンド・オヴ・ミュージック」


04年の総括:
生活。03年末に就職して、04年は、サラリーマン状の者(リーマン・ジョー)としてすごす。当初は、就職したせいでやりたいことが何ひとつできなくなるのでは、と怯えつつ、1年間は、仕事以外のことはあまり考えずに一生懸命働こう、と殊勝な心がけでいた。正月には、自宅近くの和幸でとんかつを食べながら、「今後は収入も安定するだろうから、月に1回くらいはこうして肉にありつけるはずだ」と感慨にふける。実際は、職場のそばにやはり和幸があり、月いちといわず週いちくらいで、そこでお昼を食べるようになる。

仕事。仕事の内容自体にはあまり興味・関心はないが、それらをめぐる言葉のやりとりは新鮮だった。ことに、成文化されたマニュアルがない関係で、同じような事象に対する立ち向かい方が個々人によって異なっており、対応者が残す記録を読むのが面白かった。結局、言葉に対する興味に引きずられて仕事をしているのかも。やりたいことしかやっていないようだ。

身の周りのひとたち。職場の諸氏ほか、直接・間接の友人・知人にヒントをもらい、鼓舞される機会が多かった。映画の見方については、とくにいろいろなひとから刺激を受けた。深く感謝します。

この先、極力ひとりで生きていくにはどうしたらいいか、1年間そればかり考えていた。本も映画もレコードも、大いに役に立つはずだけど、そのために読み・見・聴きしているわけではない。よくあるアンケートの、「人生を変えた1冊は?」だとかの質問は、ひとが生きることを不自然に収斂させようとする点で、誤っている。たとえその問いが、魅力的に見えるとしても。

自分を絶対視することはユーモアとは対極にある態度なので、一種の芸として自己相対化する視点を身につけたいものだけど、ただ、とくに若いうちは、あまりこの芸に長けていると、覇気のない奴、またはしばしば、イヤミな奴、と見なされがちだから、加齢とともに徐々に身につけるのが望ましい。また、極度の自己相対化は、「どうせ何をやってもムダ」「主張するべき自己なんてない」との虚無主義にも結びつきやすいので、要注意。

とにかく、自分は自分以外の入れ物には入れず、一生自分として生きていく。しかし/そして、そんなことは他人にとっては、まったくどうでもいいことなのだ。

以上のようなことを考えていた。身の周りの現状を改善しようとする試みは何ひとつしなかったけれども、現状において可能なことはむりやり気味に実行した、要するに、いつもと同じ1年です。例によって長期的な見通しは立ちませんでしたが、まずまずでした。

05年への展望:
今もなお増量中のCDとレコードのせいで、現在の部屋では日々の暮らしが困難になっている。数千枚規模で処分して、まとまった金を作り、引っ越しを敢行したい。あと、2泊くらいで金沢に行きたい。テーマは、「人間らしくやりたいナ」。


CD462枚、レコード318枚の合計780枚。売ったのはCDとLPあわせて、50枚以下。


順位なし。並びは、だいたいのリリース順。単に出来のいいものよりも、なんらかの驚きをもたらしてくれたもの優先。選び終えて眺めると、どちらかというとリズムが気になった1年だったようです。

○デイヴィ・グレアム『ミッドナイト・マン』(DAVY GRAHAM“MIDNIGHT MAN”/ 66年)
まずは、こんな言葉を!「ロックが好きなのであればジャズは聴くのにブルースは聴かないとか、ソウルはかっこいいけどカントリーはダサイとか、黒人のほうが白人よりえらいであるとか(あるいはその逆)そういったことって全く的が外れてると思うし、こういうことを短絡的な一般化のひとことで片付けようとするのって理論武装家のエクスキューズに過ぎないと思うんです。」
書き写していて、これは自分が書いたものだ、と言いたい誘惑に強く駆られますが、ロックに対する最も本質的な指摘のひとつであるこの文章は、私ではなく、私の弟くんによるものです。

私自身はジャズは聴くのにブルースは聴かない理論武装家ですが、上記の発言には完全に賛同しますし、その流れで、デイヴィ・グレアムを知らない“ロック・ファン”なんてどうせロクなやつではないだろうとも感じますし、勢いついでに言うと、トマス・ピンチョンの「ヴァインランド」(新潮社)を読まずにカウンター・カルチャーとかヒッピーとかをしたり顔で語る“ロック評論家”もまったく信用する気になれないのですけど、それはまあ、勘弁してやってもいいです。ピンチョンを読むのがしんどかったら、せめてコーエン兄弟の「ビッグ・リボウスキ」くらいは見ておいて下さい。

この調子で続けると、ついつい高圧的になる(悪い癖)のでペース・ダウンしますけども、ビートルズも、ラロ・シフリンのエキゾチカも、ハービー・ハンコックのラテン・ジャズも、ジュニア・マンスのゴスペル・ジャズも、ルーファス・トーマスのソウルも、黒人も白人も、わけへだてなくギター1本でなぎ倒すイングランドの侍、グレアムこそ、英国の、と限定する必要なしに、ただの正しいロックのはずなのです。

大西洋の両岸を見渡せば、グレアムより達者にギターを弾くひとはいくらでもいるんでしょうが、彼の持つ強引さを獲得した者は、ふむ、ほかにいたかどうか。くっつかないはずのものをむりやり接着し、じっとしていればいいところをいやおうなしにはみ出し、といった意味でのロックを完全に自己責任において体現した彼は、たとえるなら大航海時代の探検家。彼が独自の足取りで開拓した未開の地へのルートは、のちに踏み固められ、舗装され、鉄道が敷かれ、イングリッシュ・セトゥルメントとなっていったわけです。

○ドナート『ア・バッド・ドナート』(DONATO“A BAD DONATO”/ 70年)
よく考えるととてもおそろしいことを、荒川洋治が書いている:「文章から立ち去る読者が何年かあとに舞い戻るとしたらそれは、文章の中身との再会を期するためではない。リズムにまみえるためだろう。この点からも文章には何も書かれていないことが望ましい。」

ハイ・テンションというよりテンションしか存在せず、中身には何も書かれていなくてリズムだけが燃える朝焼けの中の粗大ゴミみたいにごろりと投げ出されている(ジョアン・)ドナートのこのアルバムも、そう。かといって、ポスト・ロックとか、ジャム・バンドとか、そういった、新しいぞ私は、と強迫的に宣言するようなサウンドともまた違う。強いて言うなら、“曲のないポップス”。

○ハロルド・マクネア『フルート・アンド・ナット』(HAROLD McNAIR“FLUTE AND NUT”/ 70年)
若いうちから、それらに深くのめり込むというのではないにせよ、自分の生活の一部に確かな位置を占め・CDを集めもした、ドノヴァンやジョン・マーティンらの英国フォーク勢。そして、こちらは偏愛・執着といったやや異様な字面の形容が当てはまりそうな熱心さで愛好してきた、ブロッサム・ディアリーの英国録音。これらのレコードに参加していたジャマイカ生まれのサクソフォニスト/フルーティスト、マクネアの演奏に、ではとくに耳を惹かれたことがあったのかといえば実はそうではない。

アルバム『ザ・フェンス』では固形物に似た存在としてしっかりと立ち上がっている英国的なごった煮感覚は、この『フルート・アンド・ナット』ではやや希薄ではあるが、安易にブルーズに流れられない寄る辺なさを華麗なビッグ・バンド・サウンドで包み隠したポップな編曲は、いわゆる英国ジャズのパブリック・イメージとはまた別の意味で、英国的な様相を現出している。

文化における原語至上主義をむりやりに論破しようとは思わない。しかし、英・仏・独・露を始め、イタリア語のカルヴィーノ、チェコ語のチャペックやクンデラ、スペイン語からのマルケスやリョサ、こういったものをほぼすべて日本語への翻訳で読む経験が、いかに自分の重要な一部分を形作ってきたかを自覚している身としては、世界のあらゆる言語の文章が1冊の巨大な書物を構成していると考えることは容易だし、喜びでもある。

音楽についても同様。アメリカのジャズを一時放り出して、英国のジャズに数年間聴き惚れたとしても、両者が1枚の巨大なレコードの同じ溝の別の場所でしかないとすれば、それが何らかの取り返しのつかぬ事態を引き起こすことはありえない。

期せずして英国ジャズの山塊のふもとにたどり着いているらしい現在、マクネアのアルバムは経験豊富な案内人であり、詳細な地図であり性能の良いコンパスであり、また、疲労蓄積時にはもぎって食することの可能な果実であり木の実でもあり、そしてそのコーティング・ジャケは、露に濡れた草の上に座るときに敷くこともできるシーターポンである。

○ウィルソン・シモナル『シモーナ』(WILSON SIMONAL“SIMONA”/ 70年)
パンチの利いたホーンに導かれたサンバ・ファンクと、高速のボッサが入れ替わり立ち代わり登場する冒頭の「Sem essa」で即死。これは04年に出会った中でいちばんヒップな曲であるというだけでなく、その絶妙なリズム・チェンジに難なく対応していくシモナルの音楽的な運動神経の良さ、最近の言葉で言うならば“身体能力の高さ”を、たちどころに了解させられてしまう1曲でもあった。

スロー、ミドル、アップ・テンポとなんでもかんでも悠々と歌いこなしてしまう度量の大きいエンターテイナーぶりは、小憎らしささえ感じるほど。悠然としてはいても、若いうちに大金を稼いで引退→悠々自適、なヤッピー系のいやーな匂いはなく、まだまだこれから稼いじゃる、といった上昇志向が感じられます。シナトラ一家で言えば、シナトラやディノではなく、サミー・デイヴィス・ジュニア(顔が)。

音楽を聴いていて、白人とか黒人とか、無意識のうちに区別(差別でなく)しているときがあるわけですけど、それらと並ぶ大分類として「ブラジル人」というのがあるのではないか、と妄想をたくましくさせられました。

○エルザ・ソアリス『エルザ・ページ・パサージェン』(ELZA SOARES“ELZA PEDE PASSAGEM”/ 72年)
ブラジゥの和田アキ子、またはファンキーすぎるリンダ・ルイス。出がらしの番茶を思わせるその声から、当地の日系人たちの間では「ダミ声ダミ子」の愛称で親しまれているらしい。おそろしく表現力が豊かで、はしゃいだり、おどけたり、甘えたり、すねたり、タンカを切ったり、恫喝したりと、1曲の中でころころと表情が変わる。これはまったくの決まり文句として言うのだけど、こんな女性がそばにいたら、男はとても冷静ではいられないだろう。

炒飯を作るつもりでいたのに間違ってご飯を柔らかめに炊いてしまってどうしようと思っていたけどめちゃくちゃの強火で炒めたらべちゃっとした部分を残しながらも意外とカラッと仕上がりました、的な豪快なホーン・アレンジもたいへんよろしい。強烈なリズムに乗って地球の裏側から届いた歌謡曲。

○オリジナル・ラヴ『ムーンストーン』(02年)
リスナーなんて勝手なもので、柿の種かなんかをぼりぼりかじりながらぱっと聴いただけで、面白いだのつまんないだの昔は良かっただのと判定を下したりする。田島貴男のような人間の音楽的な興味の範囲は、私やあなたのそれをすべて覆って、なおかつさらに巨大なのだから、そういう人間の作るものを簡単につまんないなどと言ってはいけない。作り手に盲従せよ、とは言わない。もう少し謙虚になれというだけの話。

天才であり、なおかつ勉強家である田島の、全方位的なミュージシャンシップの高さがよく出た本作、今までの彼(ら)の作品のなかでいちばんよく聴いた。やりたいことをやる矜持と、分かりやすさとを両立させる達成度には脱帽。小技の利いたポップ・チューンも、ありったけのギミックを駆使したアヴァンギャルドも、大きなスケールを持ちながら冗漫さに陥っていないバラードも、簡素な編曲がメロディそのものの強度を最大限に引き出しているタイトル曲も、どれもこれもが基礎体力のおそるべきほどの充実を物語っている。

ところで、田島貴男はピチカート・ファイヴに在籍していたことがある。一時期、遠く離れた感のあった田島と小西康陽の距離は、90年代を通り過ぎた今、それほど隔たってもいないところまで再接近したようでもある。反対方向に歩いていたらばったり正面衝突しちゃったというか、電車の中で寝過ごしたら終点で折り返してまた乗った駅まで戻っちゃったというか。この10年間に、小西は体を鍛え、田島は頭脳に磨きをかけた、ということかも。もっとも、頭脳も肉体の一部だし、逆もまた然りではありますが。

○ジェイミー・カラム『トウェンティサムシング』(JAMIE CULLUM“TWENTYSOMETHING”/ 04年)
【“100万ポンドの声を持つ男”ジェイミー・キュラムが世界にはばたく!】
すばらしいセカンド・アルバムが本邦でも大好評のノラ・ジョーンズ、驚異の新人ネリー・マッケイなど、相変わらずの活況を呈するジャズ界に、またひとり、話題のニュー・タレントが登場しました。その名は、ジェイミー・キュラム。

流れの悪い水洗トイレと、手を洗うとべとべとする石鹸で有名な国、イギリスから、ジャズの本場アメリカに堂々と殴り込みをかけた彼、「ジーンズを履いたシナトラ」「スニーカーを履いたメル・トーメ」「顔を踏んづけられたディカプリオ」などなど、すでに全米の各紙誌で絶賛を浴びており、その勢いを買ってのこのたびの本邦登場となりました。

イギリス出身でまだ20代前半の彼は、歌をうたうだけではなくピアノもお手のもの、さらには自分で曲まで書いてしまうのですから、その大器ぶりは保証つき。しかもルックスもスウィートで、日本でも早耳の女の子たちの間ではすでにファン・クラブが結成されているとか、いないとか。ジャケット写真を見るところでは、跳躍力もかなりのものらしく、次回のオリンピック出場も囁かれているとの噂です。

市役所に勤めるお父さんと、スーパーマーケットのパートで働くお母さん、学校の先生をしているお兄さんとの4人家族。すっかり人気者になった今でも、近所のパブによく顔を出し、気が向けば演奏を披露することもあるそう。気取らない性格の持ち主のようです。

では、さっそく曲目の紹介をいたしましょう。

(中略)

聴き終わると、すぐにまた針を最初に戻したくなりますね。2005年もジェイミーの快進撃は続きそうです。今年はシンガポール、香港と続くアジア楽旅の一環として、日本公演も予定されているとか。相当激しい切符の争奪戦が繰り広げられそうですが、若きスタアのハツラツとした姿、ぜひ、みなさんの目で確かめてみて下さい。

○ザ・ダーティ・ダズン・ブラス・バンド『フューネラル・フォー・ア・フレンド』(THE DIRTY DOZEN BRASS BAND“FUNERAL FOR A FRIEND”/ 04年)
ルイジアナ州ニューオリンズのヴェテラン金管楽団が、バンドの設立メンバーに捧げた音楽的葬礼。うねるエレキ・ベースも、吠えるオルガンも、細かいギターのカッティングもなしで、どこまでファンキーになれるか実験しつつ、ストイックに楽しんでいる表情は、これぞブラス・バンドの原点、と言わんばかりに誇らしげで、頼もしい。

イアン・マシューズがプレインソング時代に歌っていた「アイル・フライ・アウェイ」、ライ・クーダーで耳なじみの「ジーザス・オン・ザ・メインライン」、ジミー・スミス(合掌)とウェス・モンゴメリーのあまりにもダイナミックな演奏が忘れられない「ダウン・バイ・ザ・リヴァーサイド」、みんな、ここで採り上げられている曲。どれもこれも、元はゴスペルだったのだな。こういう音楽で野辺送りしてもらえるのなら、元気を出して、何度でも死んでみたい。

○カエターノ・ヴェローゾ『ア・フォーリン・サウンド』(CAETANO VELOSO“A FOREIGN SOUND”/ 04年)
合州国産の曲ばかりで固めたカヴァー集。本作の魅力を分析してみると、そのキモは、エキゾティシズムにありそう。エキゾティシズムとは、(基本的に)欧米の人間がそれ以外の文化圏の事物に対して抱く屈折した感情で、相手に一定の価値を認めながらも、自分より優れていることは決して許さない、といったあたりが根本かと思う。しかるに、ここでのカエターノの、合州国に向き合う悠然たる姿勢は、古き良き亜米利加に対するエキゾティシズム以外の何物でもない。

何らかの批評がこもっていないカヴァーは、面白くもなんともないものだけど、このアルバム、ブラジル人のカエターノが合州国の曲を英語で歌っていることが最大の批評。幾重にも重なった複雑な構造を解きほぐすことだけでは、この音楽の魅力の秘密に迫ることはできそうにないから、これくらいにする。

いわゆるロック以前のスタンダード曲を聴く機会自体はよくあるのだけど、今回、カエターノの英語で聴き返してみて、よく練り上げられた歌詞の簡潔な美に惚れ直すことがしばしばだった。

アメリカ音楽に対して何らかの思いを持っているひとならば(それがどんなものであれ)、このアルバムからはいくらかの楽しみを引き出すことができるはずで、つまりこれは、カエターノにとって初めての、万人向けのアルバム。

○ロン・セクスミス『リトリーヴァー』(RON SEXSMITH“RETRIEVER”/ 04年)
なんだかんだで彼のメジャー・デビュー以降のアルバムはすべて耳にしているけれども、彼の進み行きと自分の歩いている道がこんなにも接近したのは、今回が初めて。傑作だから繰り返し聴くのか、繰り返し聴くうちに傑作と感じ出すのか、そのへんはよく分からないものの、飽きずに実に何度も聴いた。とはいっても、20回くらいのもんだろうか。

基本的に私は、音楽家の人格についてはどうでもよいと思っている。だから、女癖や酒癖が悪かろうが、時間にルーズだろうが、いいものを作れば、すべて帳消し。ただし、とくにシンガー・ソングライターは、威張ったらダメだと思う。一般化すべきではない、と言うのなら、よろしい、私は、威張るシンガー・ソングライターは嫌いだ。

ギター1本、ピアノ1台と自分の声で音楽を届けようという人間が威張っていたのでは、ロクなものはできっこない、との偏見が、たしかにある。自分の正しさを陰に陽に主張したり、ありのままの自分を愛してほしいなどと訴えるのも威張るうち。つまり、威張っていないやつは、実は非常に少ない。

そんななか、ロンセクは、みなさんご承知のとおり、間違っても威張らなそうな、威張ろうとしても威張れなそうな、少しは威張れよと励ましたくなるような、貴重な人材。そんな彼のマンパワーを生かすべく、バンドは、一歩一歩足元を確かめながら雪道を踏みしめて進むように演奏。たしか、トラヴィスの面々も一部参加していたはず。あの連中も、よく知らないが、あまり威張らなそうだね。

米の飯やマキノ雅弘の映画のように、これなしの生活はチトさびしいけれど、目新しさとは無縁の音楽なので、無人島行きのトランクには、たぶん入れ忘れてしまうだろう。あちらの暮らしも3年目に突入したあたりで、ふと思い出して、地団駄踏みそう。

【+1】
○オーネット・コールマン『ビューティ・イズ・ア・レア・シング』(ORNETTE COLEMAN“BEAUTY IS A RARE THING”/ 93年 / 59年~61年録音)
異端の巨人の最初の黄金期とも言うべきアトランティック時代の全録音をまとめた6枚組。半分くらいは既聴の音源だったため、通して聴いたのは1回だけだが、百科事典や電話帳のようなものだから、必ずしも通しで聴く必要はない。手元において、適宜参照するべき箱。小さなお子様をお持ちの方や、幼児教育に携わっている方は、できるだけたくさん、まんべんなく、聴かせてあげてほしいと思う。

ジャズ、ブルーズ、ゴスペル。ある意味、デューク・エリントンよりも巨大な存在。
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by soundofmusic | 2005-01-02 06:30 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 30(その2)


【映画】
スクリーンで見たものの中から。

○島津保次郎「隣りの八重ちゃん」(34年/日本語)
昭和9年の作。昭和80年の現在、ラヴ・コメとかホーム・ドラマといった単語から連想するもののすべてはすでにここにあって、しかも、この早い時期に、ほとんどあらゆるカードが出しつくされていることに驚きます。最初のひとがこれだけのものを作ってしまっていたら、後から来た人間は何をすればいいのか、と、もし自分が作り手だったら深く苦悩することでしょう。

この作品のすごいのは、何気ない日常のしぐさの中から映画的な興奮をこれでもかとばかりに掘り出しまくっているところ。なおかつそれが、来たるべき何か大きなものと対比されるべき予兆として存在するのではなく、徹底して何気なさだけを押し進めた結果、とんでもない地点までたどり着いてしまっているところ。

若いふたりがぶらぶらと一緒に風呂に向かう場面があるのですが、そこなど、なんてことのない話をしながらただ道を歩いているだけなのに、実際、さりげなさにため息が漏れます。このさりげなさの前では、大金の強奪作戦とか、さまざまな障害を乗り越える恋愛とか、国と国との威信をかけた戦いとか、そうした下品なものはすべてかすんでしまいます。その点、稀に見るラディカルさ。これを見たあとなら、この先の一生、戦前の日本映画しか見ちゃダメ、と言われたとしても、誰だって喜んで首を縦に振ってしまうはず……(次項に続く)。

○山中貞雄「丹下左膳余話 百万両の壷」(35年/日本語)
日本映画の中の最高傑作。ここでいう最高とは、よく使われるような、「悪くない」程度を意味する単なる決まり文句ではなく、最高裁判所の「最高」と同じく、絶対唯一で、それ以上のものは存在しない、ということ(*)。

と書くと、意気盛んな若い衆が、そんなの現代人のオレには関係ない、とか、理論武装家のエクスキューズ、とか、オレはオレというジャンルなんだ、とか、言うのは目に見えていますが、そういうオレオレ詐欺みたいなひとは、別にいいです。これを見て打ちのめされないような人間の作る芸術作品は、一生必要ありませんから、こちらから避けて通ります。

さて、日本映画を知らないひとでも、“偉大な監督”として、黒澤や小津や鈴木英夫の名は聞いたことがあるかもしれませんが、山中貞雄のことは知らない、でしょうか。だとしたらそれは、あなたの生き方が間違っているからです。今すぐ、修正してください。具体的には、この映画を見ることで、修正可能です。間違ってもトヨエツのリメイク版を見ないこと!

よく、人間の生命の尊さ、などと言いますが、少なくとも、森山とこの映画、どちらが価値があるかと言ったら、間違いなくこの映画です。さらに言えば、この映画よりも価値のある人間は、地球上に存在しません。

最後に、この作品に直接は関係ないことを。山中は、30歳にならずして、日中戦線で死亡しました。完全な形で現存する山中作品は3本だけで、幸いなことにどれも図抜けた傑作です(考えにくいことながら、駄作も撮っていたのかもしれませんが、確かめる術はありません)。こういう人間を地球上から完全に消滅させる行為が戦争であって、それが不毛なものであることは、それこそ、子供にだって分かること。

*「最高」のこの用法は宇内智太郎氏によります。

○伊丹万作「巨人伝」(38年/日本語)
前にも書いたとおり、映画監督の仕事とは、つまり時間の再構成のこと。だから、世間で言われるのとはまったく違った意味で、しかし同程度の重要性で、映画監督も、やはり“時間の観念のない奴はダメ”なのだ。

「レ・ミゼラブル」を翻案して2時間強にまとめた本作、あるときはリアルな戦闘描写、またあるときはのどかなラヴ・ロマンスと、まったくまとまりのない、幕の内弁当的なところが最大の魅力。この監督も現存作品があまりに少ないのだけど、才気煥発のアイディア・マンぶりがうかがえる。

たとえば、佐山亮と原節子の恋を描く、こんな場面。
原の家に英語を教えに来ている佐山、そばに大河内伝次郎がいるため、思いを伝え合うのもままならない。そこで伊丹万作は、ふたりに英語でしゃべらせる。「もうじき、お父上は居眠りを始めるでしょう」「そうしたら、ふたりでお庭を散歩しましょう」と。もちろんここには日本語字幕がつくのだけれども、この時期に、こんな字幕の使い方をしていたひとが、ほかにいただろうか!

はたして伝次郎は居眠り開始。ふたりは無事に庭に抜け出して英語のレッスンを続ける。この先がまた楽しい。ぜひ実際にご確認いただきたい。

自分がまず先に泣けば観客も泣くだろう、との重大な思い違いをしている作り手が跳梁跋扈すいる昨今、アイディア満載のサーヴィス・マン、伊丹万作の映画は文字通り、貴重品です。

○田坂具隆「土と兵隊」(39年/日本語)
今まさに進行中の日中戦争をロケーション撮影で再現した戦争映画。今まさに起こりつつある戦争だから、これから何が起ころうとしているのか誰にも分からず、当然、戦後に作られた戦争映画とは根本から違った作品。

戦争映画といいながら、全体のかなりの時間が徒歩での行軍。しかも、小雨だったり、ぬかるみだったりして、勇壮なところはあまりなく、こんなんで戦意昂揚できるのかしらん、と余計な心配をしてしまいます。

田坂監督の「五人の斥候兵」もそうでしたが、敵の姿がほとんど出てこない。出てきてもせいぜいシルエット程度で、表情が見える場面はほぼ皆無。同時期のジャン・ルノワール「大いなる幻影」に見られたような、敵とも人間的交流が可能だ、という発想はみじんもなし。黒澤明の「七人の侍」を見るとき、我々は、野武士が人間というよりはまるで台風かイナゴか何か、異物のような存在として描かれていると感じますが、「土と兵隊」は、敵を異物として認識する段階にすら到達していません。

たとえば、戦争映画という概念をまったく知らない宇宙人の映画技術者をむりやり拉致してきて日本軍に従軍させると、これに似たものができあがってしまうかもしれません。伊佐山三郎のカメラも、どこかしら地球人離れした迫力がありますので、地球の映画に飽きたみなさんにおすすめです。

○松林宗恵「世界大戦争」(61年/日本語)
中野武蔵野ホールの松林監督特集で鑑賞。そんなことをする映画館がほかに考えられないことを思うと、ここの閉館は04年、惜しまれる事件のひとつ。

タイトルだけだと、東宝お得意の、ゴジラやモスラやタタヤンといったオールスター怪獣総出演のものを想像する向きもあるいはあるでしょうが、残念、これは人間しか登場しない、きわめてシリアスな、正攻法の、最終戦争ものの娯楽大作です。

主演はフランキー堺。彼の主演の戦争関係映画では、今も昔も、「私は貝になりたい」が挙げられますが、私、アレ、橋本忍の被害妄想意識がいびつに拡大された、たいへんくだらない映画だと思っています。そのため、橋本忍研究には不可欠なわけですが。むしろ、徹底して生活者の立場から戦争のくだらなさを告発したこの作品をこそ、公式に名作として認定すべき。やってる芝居はフランキーの芝居なので、同じなんですけども。

フランキーと乙羽信子の夫婦(歳、釣り合ってなくなくないですか?)が子供たちと囲む最後の晩餐、離ればなれになった宝田明と星由里子がモールス信号で交わす愛の言葉、朴訥を通り越してほとんど棒読み寸前のセリフ回しで人類の愚考を諌める笠智衆、などなど、どれもこれも、これ以上ありえまいというくらい平易で、それでいて、おそろしく説得力のある演出。ホーム・ドラマと最終戦争を融合させるなんざ、さすがは日本映画。

特撮は円谷英二。どうやって撮っているのか今の目で見ても見当もつかないシーンがあって、そういうところがすごいのは当然。本当にすごいのは、どうやって撮っているのかが分かってしまうにも関わらず、なおかつ驚嘆させられる映像が満載されていること。

○蔵原惟繕「黒い太陽」(64年/日本語と英語)
日本が世界に誇るべき、ジャズ映画の一大傑作。ジャズ映画というのは、ジャズメンが出ているとか、役者がジャズ・ミュージシャンを演じているとか、BGMとしてジャズを使っているとか、そういったことで成立するのでなく、ときにそうしたことを必然的な要素として持ちながらも、さらに重要なこととして、画面そのものがジャズである映画のこと。たとえば、テックス・エイヴリーのアニメイション。

「黒い太陽」では全篇にわたってモダン・ジャズが炸裂。音楽はマックス・ローチ・クァルテット、そして黛敏郎。かっこよくないわけがない。さらに、岩波映画出身のカメラマン、金宇満司の撮影が、プログラム・ピクチュア的なものから大胆にはみ出そうとする監督の意志をがっちりと支えていて、非常にスリリング。

映画とモダン・ジャズのなじみのよさは、ジャンルとしてイキがよかった時代が似通っていたこともあるのでしょうが、それよりも、このふたつが、本質的な意味において、what(何を描くか)よりもhow(どう描くか)を重視している(あるいは、そうあるべき)からなのだな、と持論を再確認したのでした。

○森一生「ある殺し屋」(67年/日本語)
市川雷蔵(ィョコワケハンサム)主演の本作、映画の本に太字で書かれたり、誰かの人生を変えたりすることはまずないはず。そうした次元とはまったく別の場所で、脚本(増村保造)、演出、演技、カメラ、すべてが卓越していて、それゆえ、楽しい映画。みなきちんと自分のやるべき仕事をしていて、そのことに一片のおごりも感じていない。わたしたち観客は、言葉本来の意味で"有り難い"この作品を厳粛に受け止めつつ、楽しむべきでしょう。

話そのものは、小料理屋の主人である雷蔵が、実は超人的に腕の立つ殺し屋であるという、荒唐無稽で他愛ないもの。最近の犯罪映画だと、やたらにトラウマだとかサイコだとかが出てきて、動物園じゃないんだからサ、と文句を言いたくなってしまいますが、ここでの成田三樹夫や野川由美子(下品で素晴らしい)は、ただひたすら金目当てなのがすがすがしい。

カメラは、天才・宮川一夫。「映画の撮影監督は、宮川一夫だけいればよい」とは、これを見終わった直後の私の発言。それ自体はまったく誤りではないとはいえ、そんなこと言ったら映画監督もマキノ雅弘だけでいいじゃないか、となるのですが、重要なのは、それだけじゃもう足りないんだ、ということなのでしょう。

どの角度から見てもほとんどキズがなく、ごくごく控えめに見ても、世界のフィルム・ノワールのベスト50には間違いなく入ると思われる傑作。

○ジャック・タチ「プレイタイム」(67年/フランス語)
この「プレイタイム」、以前にどこかで見ている。のだけど、いつ、どこでだったか、ヴィデオだったか、映画館だったか、どうしても思い出せない。そのかわりに思い出せるのは、清水宏の映画との出会いのこと。

ぼくが初めて見た清水宏の映画は「小原庄助さん」。場所はエッフェル塔の近くのパリ日本文化会館、時はジョージ・ハリスンがカリフォルニアのどこかで今にも死線を越えようとしていた2001年11月の下旬。そのときは、あ、日本にも、ジャック・タチがいるんだ、とだけ感じたものだけど、はたしてその次の日あたりにジョージは昇天。数日後、興味本位でロンドンのアビー・ロード・スタジオを見に行った帰りに寄ったテムズ南岸の美術館、テイト・モダーンは、今にして思い返せば、「プレイタイム」でタチが妄想した巨大都市、“タチヴィル”を具現化したもののように見えなくもない。

通常、物語が進んでいくには、切ったり張ったり、惚れたり腫れたり、訳の分からないものをひとが信じたり、知りすぎることでひとが狂ったり、といった何らかのドライヴ(あるいは意味)が必要なはずなのに、「プレイタイム」にはそれがない。風力自動車みたいなもので、うまくいけば進むけど、たいていはぴくりとも動かない。しかし、タチが歩けば風が吹く。ほとんど何も起こらないまま延々と続くレストランでのパーティのシーンの、なんとまばゆいこと! そして、はてしない無意味の後の、すれ違い。淡い思いを伝えそこなうユロ氏に誰もが涙するはず。

冒頭で書いた印象を踏まえて、こう言い換える。「“フランスの清水宏”が発狂寸前の境地で作り上げた最高傑作」と。あるいは、「神経衰弱ぎりぎりの男、タチ」。

○神代辰巳「悶絶!! どんでん返し」(77年/日本語)
ロマンポルノではあるのですが、筒井康隆の名作「おれは裸だ」を彷彿とさせる、巻き込まれ型スラップスティック・コメディ。70分という短さもあって、強引な展開なのもたまらない。主人公のエリート・サラリーマンがキャバレーのホステスの家に転がり込んだはいいが彼女のヒモにサイコロで負けて犯されてしまい、その際、尻にマーガリンの塊を叩きつけられるという衝撃的な描写がある。で、BGMは矢野顕子の歌う、♪足柄山の金太郎/けだもの集めて相撲の稽古♪。翌朝、そのヒモが何食わぬ顔でマーガリンの残りをパンに塗って食べるのもすごい。“モッタイナイ”が世界共通語となった今こそ、振り返られるべき作品。

美人局をやっている男たちが出てきて、女をよく殴るが、女たちも負けじと殴り返し、蹴り返すのでまったくポルノにならない。谷ナオミが男を縛り、「私もこういうことされてたんだけどねえ」と述懐するあたりのセルフ・パロディ的色合い。

ポルノの制約のウラをかいた奇手、というよりも、単にバカバカしさの追求のようにも見えて、小気味良いのです。映画に限らず、恋愛とか音楽とか仕事とか人生とかは、ある程度のバカバカしさを必然的に含んでいるもので、それを見て見ぬふりをしたり否定したりするのは、どうかと思いますよ。ひととして。

うむ、性質上、やはりいろいろ性的描写はあるのですが、この作品に限らず、神代監督の偉大な作品群は、なるべく若いうちに、できるだけたくさん見ておいたほうがいいです。むしろ、義務教育で見せるべき。撮影は、こちらも忘れてはならない、姫田真佐久。

○小林正樹「東京裁判」(83年/日本語など)
第2次大戦の敗戦国である日本の戦争犯罪人を戦勝国がよってたかって裁いた極東軍事裁判を、膨大な量の映像資料によって再構成したドキュメンタリー。

小林はこの映画を、便宜上、20世紀の初頭あたりから語り起こしているが、それは逆に、そこで時間が断ち切れるものではない、と訴えているかのようだ。歴史を語ることは、それ自体は連続している時間の流れを、自分の立場に沿ってぶった切ってその前と後を分ける作業によって初めて可能になる、ということか。

裁判の映画とはいえ、法廷外の世相・風俗・政治状況などの資料映像もふんだんに織り込まれていて、さながら、目で見る現代史。ひとつだけ。戦後の日本人は、やたらとデモをしていたようだ。あるデモの記録映像で、ひとりの参加者が持っていたプラカードの文句が秀逸で、「イヤダ! 吉田内閣」。吉田茂なんて、小泉やブッシュに比べたら名宰相だろうと思うが、言いたいのはそこではなく、これほどまでに直接的で実体と真実味のある言葉をわたしたちはいつ失ったのだろうかということ……。

半世紀前の日本人が演じていた、あまりのバカバカしさに笑っちゃう悲劇の舞台裏。国家が、逃れようのない重苦しい存在として頭上に肩に背中に腰にのしかかり、客席全体をすっぽりと覆う時間。気軽に誰かに推薦する類のものではないが、やはり面白い。一生に一度くらいは、見るべし。長尺で、その点も腰に来る。

☆+3
個人的な能力の問題で、新しいものと古いものを同じ土俵で評価することができません。あまり見ていない新作から、3本。上記の10本がベスト10で、この3本が11位~13位、という意味ではありませんので、念のため。

○ベルナルド・ベルトルッチ「ドリーマーズ」(03年/フランス語など)
映画と政治とセックス。多少俗に流れているが、抵抗しがたい。実際は、名画座で娘と知り合って特殊な関係に陥る事態はほぼありえぬはずで、これはやはり“夢”。醜悪なボカシのせいもあって、セックスはいいから映画の話をしていてくれよ、と思ってもしまったけれど、これ、ひとは映画だけでは生きられない、との苦い教訓なのかも(もしかして、当たり前?)。後日、たまたま乗った飛行機で、無修正版を鑑賞。心臓に悪いよ。

○ウディ・アレン「ANYTHING ELSE」(03年/英語)
同じ機内で、英語版を見た。英語が分からぬ身にも実に楽しい。自分がいかにアレンの口調や身のこなしに慣れ親しんでいるかに気づかされた。顔や身のこなしも言葉のうち。古き良きウディ・アレンの復活。後期の寅さんにも通じる恋愛指南。

○森崎東「ニワトリはハダシだ」(04年/日本語など)
なにもかも手当たり次第にぶちこむ、闇鍋式の語り口。CGの発達とかそういうのとまったく別の次元で、映画が今もあらぬ方向に進化し続けているとはっきり分かる。森崎やケン・ローチを「社会派」と片付けて事足れりとするミルクマン斎藤は、信用できない輩だ。

【頭の良い本】
相変わらず、電車の中以外ではほとんど読書していない。それにしてはよく読んだ気もする。よく電車に乗った年? まさか! 編・著者名の、あかさたな順。

○江藤淳「文学と私・戦後と私」(新潮文庫)
タイトルの簡潔さが好ましい。飼い犬とか食い物の話から戦後社会の話題まで、全体としては硬軟とりとめないエッセイ集。もろもろの大問題を扱うときも、それらを矮小化するのではなくて個人レヴェルにぐぐっと引き寄せて・ずいっと持ち上げて考える、いわば、“知の寄せ上げブラ”的1冊。

いろいろと強烈な指摘がそこかしこに。たとえば、こんなくだり。
文学が「正義」を語り得ると錯覚したとき、作家は盲目になった。それがいわゆる「戦後文学」のおかした誤りである。作家は怖れずに私情を語り得なくなった。その上に世界の滅亡について語ることが家庭の崩壊について語ることより「本質的」だというこっけいな通念が根をはって、ジャーナリズムは「戦後派作家」を甘やかした。しかし「世界」とはいったいなんだろうか。それは作家の内にあるのか外にあるのか。またたとえば「家庭」とは一個の世界であり、そこで人は生き死にしないだろうか。
カントだか誰だかが、「真に個人的であることは、同時に普遍的であることだ」とか言っていたと記憶していますが、こういう、真の個人は昭和期をもって絶滅してしまったのでしょうか。このひと、石原慎太郎の友人だけあって、途中からおかしくなっていくらしいので、今後、よいところだけ見極めて、読んでいく予定。

○加藤典洋「テクストから遠く離れて」(講談社)
難しい本。このひとの書くものくらいはすんなり理解できないとお話にならないなあと思うのですが(このひとをおとしめているわけではなく)、あいにく、かなりの部分が理解を超えていました。

ただし、分かった部分については、目からウロコが落ちまくり。タイトルどおり、文芸批評におけるテクスト論の限界を指摘し、これでもかとばかりに粉砕。ざっとまとめると、文学作品には作者が不可欠であり、作者から遊離したテクストはありえない、たとえ実際には作者が不在だったとしても、読者はテクストの裏側に作者を読み取ってしまうのであり、それが文学作品とその他のテクストの違いである、と。

文学作品を読むことだけが持つ楽しみの正体について、このように分析された本は今までなかったのではないか、と思います。

○北川純子(編)「鳴り響く性―日本のポピュラー音楽とジェンダー」(勁草書房)
日本のポピュラー音楽史上例を見ないこの本、編者が告白しているとおり、テクストとコンテクストの間を行き来するような構造。それを中途半端と見るか、それとも、ポピュラー音楽の批評はそうした形でしかありえない、と見るか。微妙なところ。

今、さまざまなレヴェルで日本のポピュラー音楽界は女性の活躍が目覚しいわけですが、そのほとんどが、意識的・無意識的を問わず、女性であることを売り物にしています(こういうこと書くと怒るひとがいますが、事実なので仕方ない)。言わんとすることが分からないひとは、図書館か何かで、編者自身の“女の子バンド”体験から書かれた章だけでもご一読を。

女の音楽を考えることは、そのままの形で、じゃあ男のあんたはどーなのさ、と返ってくるわけで、やはりこの本、読むのにある程度の覚悟は必要。読み終えると、音楽を見つめる態度が今までとは多少なりとも違ってくることは請け合いです。
 
○佐藤忠男「映画で読み解く「世界の戦争」―昂揚、反戦から和解への道」(ベスト新書)
芸術家はどこか狂っていたほうが面白いのだけど、批評家はできればあまり狂っていないほうが望ましい。長いキャリアのうちで、一度たりとも血迷った時期がなかったってことはないだろうけど、佐藤忠男はぼくの中では"真っ当なひと"という位置付けで、この本も実に真っ当な感覚に貫かれている。単に論者の立場による偏りがない、という段階を超えており、真っ当すぎて逆にユーモラス。豊富な知識、明解な文章。批評たるもの、こうあるべし、という見本のような書物。

○四方田犬彦「ハイスクール1968」(新潮社)
最近注目を浴びる68年という年に、高校生だった著者の回想録。本、音楽、映画、政治、おそるべき量の情報が盛り込まれた緻密な描写、相当綿密な日記をつけていたのだろう、と思いながら読んでいた。しかし、たぶん、そうではないのだろう。これだけの細密さは、フィクションだからこそ可能になったはず。まあ、そのことはどうでもいい。

坪内祐三は歴史意識の転換点として1972年をあげている。それ以降に生まれた人間にとっては、自分の高校時代(でもなんでもいいが)をこういう風に振り返ることは不可能なのだ。それは、単に書き付けるべきドラマがない、といった理由ではなく、もっと本質的な、構造上の問題として。

ところで私は、70年代後半以降のレコードが高額で取り引きされているのを見ると、「60年代のものならともかく、そんな最近のものがどうしてそんなに高いの」と疑問を感じてしまう。実際は、ウッドストックからパンクまでの10年よりも、それから現在までの四半世紀のほうがはるかに長いはずなのに、どういうわけか私には、パンク以降は、すべて枝葉末節にしか見えません。

若いひとたち! スミスやU2やニューオーダーが本当にそんなに偉大ならば、それ以前のロックを語る文脈の中に併置して比較してください!

年寄ったひとたち! 先に走り出したことだけを理由に、自分たちの優位を既定のものとして語らないでください! それは、親が子供よりも年上なのと同じことでしかないのですから。

私が残念に感じるのは、新しい(=時間軸の上であとから登場してきた)音楽が古いものと比べてレヴェルが高いとか低いとかいうことではなく、“新しい”ひとたちが歴史を気にしていない、もしくは、歴史の必要性を認めていない、ということなのです。これから若いひとたちによって書かれる(かもしれない)歴史に、強く期待します。


小説もちょこちょこ読んだはずなのに、さほど印象に残っていない。小川洋子「博士の愛した数式」、小林信彦「夢の砦」、北杜夫「楡家の人びと」あたりは本来ならランク・インしてもよさそうなものだけど、この面白さは小説という形式によってのみもたらされうるものだろうか? と考えたとき、力強くうなづくことができなかった。読みたい文章があるとき、それが小説でなくてもかまわない、とまあ、それだけの話です。

エッセイ系では、高橋源一郎「私生活」、荒川洋治(複数)も印象深かったのですが、このへんのものが面白いのは、モンブランだとか、鶏皮とネギを炒めて醤油とみりんで味付けしたものだとか、が美味しいのと同じで、あまりにも自明なので、外しました。


「やる前から、どうせダメだと思っている」。
他人はともかく、自分についてはそう思っていて、この考え方が、ここ10年くらいの行動原理としてある。そのせいで、将来のための投資とか、貯蓄とか、勉強とか、苦労とか、人脈作りとか、自分探しとか、自分磨きとかができない。また、何か(女とかレコードとか)を本気で好きになることもできない。これは、現代の日本では欠陥人間を意味する。
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by soundofmusic | 2005-01-02 06:25 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 29


①(`⊇`)
②永遠の20代
③森山氏の同僚


バイオリズムのように音楽が聴きたくなる時期と、どうでもよくなる時期があるようで、昨年は約1年ぶりに聴きまくった年だった。幸いに2005年2月現在でまだ継続しているようだが、買ったまま聴くこともなく棚に眠っているCDが徐々に溜まって来たのも事実・・・。何かパワフルな新譜が発表されないことには、またしばらく音楽から遠ざかってしまうかもしれないっす。ちなみに聴いている音楽はハードロック系ばっかりです。ライブは9年近くご無沙汰だったけど、年明け早々にヨーロッパの来日公演に行ってきて痛く感動した。余韻が残っているうちに他のアーティストのライブにも出かけたいと思っている。多分次はジューダス・プリーストかな・・・。


90枚位(新譜10枚 中古70枚 DVD 10枚)


ラストオータムズ・ドリーム / Ⅱ(マーキー・インコーポレイティド・ビクター ASIN: B000666WWI)
2004年に購入したアルバムからこの作品一点にしぼって紹介しますね。アンディ・マレチェクとミカエル・アーランドソン、マルセル・ヤコブといった美旋律ハードロックの大家といっていい人達が集まって製作された2ndアルバム。前作に劣らず、憂いと哀愁たっぷりな美旋律ハードロックが満載です。日本人の感性に合いまくりんぐ。ただ、さほど気にならないけど今時の作品にしては音質が良くないかも・・・。収録曲が14曲とやや多めですが、誰が聴いても2~3曲は必ずツボにはまることでしょう。まずは先入観なしで聴いてもらいたいところ。待望の初来日の噂もチラホラありますよ。


専門用語を知らない俺が語る香水ランキング2004
1、ラッシュ フォー メン / グッチ
さっき調べたら武田真治愛用って紹介されていた。一番利用頻度が多いです。オリエンタル風というのか、甘さがなく、渋くて切れ味がある。でも切れ味の鋭さのわりに持続時間がかなり短い気がする。出勤前につけても夕方になると匂いなくなってますしね・・・。

2、ラッシュ2 / グッチ
男性で使っている人はあまりいないっぽいですね。同じラッシュでもラッシュ フォー メンとは全然違う。上品で優しく清涼感がある。仕事中に睡魔を誘うことが多いので、最近使っていない。

3、ドラッカー ノワール / ギラロッシュ
渡部篤郎、ISSAが愛用しているらしい。オサーン臭さ・・・いや、円熟味ある渋さが自分にぴったり。機会がなくしばらく購入していないが一番気に入っていたかもしれない。仕事にも夜
遊びにも使える。あまり香りが持続しないかも・・・。

4、サブティールプールオム / フェラガモ
もらい物で昨年から時々使っている。メンズ向け。辛めなようで、少し時間がたつと甘い石鹸のような香りになる。一生消えないのではないかと思うくらいに持続時間が長い気がする。

5、トミー / トミーヒルフィガー
これももらい物。中田英寿が愛用とか。果物っぽくて甘ったるくもなく、さっぱりしている。ただし、2004年中に使ったのは数回程度。今年中に使い切ろうかな・・・。


二度寝、睡眠障害
これはなかなか直らない。目覚ましは速攻で止め、携帯のアラームを数分おきに5回鳴らすようにセットしていても、無意識に電源を切ってしまっている。かといって眠りが深いわけでもなく、夜中にメールの着信音が鳴れば必ず目を覚まし、外の風や雨の音にも反応する。2時間寝て、ふと目覚めてしばらくネットしてまた3時間寝るとか。。とにかくこんな感じで睡眠全体が不健康になってから数年。寿命を縮めている気がする。
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by soundofmusic | 2005-01-02 06:06 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 28


①Satoshi Itoh
②1978.8.XX
③IT?系


2004年は占いで診ると12年に一度の好運気だったらしいのですがいまいちパッとせず年末にかけて慌ただしかったので2005年はゆっくり自分の好きなことに時間を使ってみたいです。


アルバム11枚 シングル3枚 DVD4枚


カウント・ベイシーの『ベイシーズ・ビートル・バッグ』
近所のレコード屋さんでジャズっぽいビートルズの曲が流れていたので何だろうと思い店員さんに教えてもらったレコード。オリジナルのビートルズも好きなのですが彼らのカバーも以前からすこしづつ集めていたのとジャズを聞きはじめるのもいいかもと思い購入しました。私のお気に入りはキャント・バイ・ミー・ラブ。


2004年に個人的にかっこいいと思った人ランキング
1.スティング(ポリス) ※日本公演がかっこよかったから
2.司馬遼太郎 ※「竜馬がゆく」を読んで感動したから
3.スマップ※E・クラプトンから曲を提供されたから
4.山口智充(DonDokoDon)※大河ドラマの演技とモノマネが好きだから
5.押尾コータロー※ライブアルバム「ボレロ」のギターがよかったから


どうでもいいことを考えこんでしまい取り越し苦労が人より多いのではと考え込んでしまうこと。


もりやまさんへ一言
アンケート締め切り大幅に遅れてスイマセン。 DJイベントいつも楽しませてもらってます。これからも面白い映画とか音楽とか教えてください。

*〆切を守らないひとはいっぱいいるので大丈夫です。むしろ、この企画は〆切を守らないひとたちによって支えられていると言っていいと思います。(森山)
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by soundofmusic | 2005-01-02 05:05 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 27


①ありー
②1976.7.7
③会社員
④東京都


2004年の総括
「あっ!」という間の1年。充実してました。満足してます。悲しい事よりも楽しい事の方が多かった1年。
○生活は音楽:映画:舞台が5:3:2の割合でまわってました。

音楽はフェスに行きまくる。
ベストアクト
フジロック→ ワタナベイビー
サマソニ→ グリーンディ
ライジングサン→ グループ魂
カウントダウンジャパン→ サンボマスター

映画はなぜか、邦画、アジア系多し。
殺人の追憶、オールドボーイ、インファナルアフェア、LOVERS、誰も知らない、ジョゼと虎と魚たち、花とアリス、ハウルの動く城、イノセンス、パーフェクトブルー

舞台は大人計画本公演が不覚にもチケット取れず、あきらめる……

○韓流ブームに微妙にのっかる。
ドラマ「天国の階段」「バリでの出来事」にハマる。

○高校生以来の自分的にマンガ、アニメーションブーム
今敏に興味を持つ。マンガ「20世紀少年」にはまる。飲みの席でマンガの話をよくした。
 
2005年への展望
精神的金銭的にゆとりをもって生活する。まわりにいてくれる人を大切にする。今年も音楽:映画:舞台 5:3:2でいく。

○今年もフェスに行きまくる。
○スピッツツアーは何ヶ所行けるか。
○スターウォーズ3の完成度はいかに?
○ブリジットジョーンズ2の共感度はいかに?
○ラーメンズ・宮藤官九郎の活躍はいかに?


CD新品20枚 
DVD新品1枚 ミスターチルドレン「シフクノオト」のみ


「LION」奥田民生
ソロ活動10周年オメデトウ!あんな大人になりたい代表。

「Mouth to Mouse」Syrup16g
落ち込んでいる時に聴くとますます落ち込む、その絶望感と虚無感はクセになりやめらんなくなる。音楽=「楽しい」という概念がない。そこが新鮮。

「フジファブリック」フジファブリック
まず文学的な詩が好き、と歌いまわしが好き。

「1000のタンバリン」ROSSO
ROSSOを聴くたびに「あーミッシェルはよかったな……」と思ってしまうのです。まったく別モノとして考えきれない今日この頃。だってそこにはチバの声があるから。ミッシェルが偉大すぎた。

「Hello Hello Hello」アナログフィッシュ
ふつうバンドの中にひとりいればいいような中心人物ってものがいない。てか、3人全員3様キャラ立ってます。歌うまい。CDよりも断然ライブ。2005年いちばんの注目だと思う。

「フォーク」スネオヘアー
前作「a watercolor」の方が好き。このアルバムは「フッきれた」って感じで前向きで元気がよい。でもこの人は後ろ向きでひねくれたところが魅力のような気がして、個人的な意見です。

「同じ月を見てた」GOING UNDER GROUND
なんなんでしょ、このセンチメンタルっぷりは。聴いていると若かりし頃とか思い出して胸キュンしてしまうバンドです。

「variandante」HUSKING BEE
3月で解散です。ここ数年は自分の好きなバンドベスト3にずっと入っていた、とっても思い入れのありすぎるバンドです。洋楽を聴かない私が全編英語詞で歌っていたこのバンドを好きになったのは7年前。VO磯部の勢いのあるしっかりした声がとても好きでした。「青春は終った」という感じです。

E 恋人ができたらしたい10の事
~妄想ははてしなく続くのです~
①目黒川に桜を見に行く。
「来年もまた来ようねー」なーんて、できるかわからない約束を一応かわす。

②観覧車に乗る。
夜、お台場あたり「てっぺんになったら何するの?」とドキドキしながら乗りこむが結局なんにもされず、がっかり、みたいな……

③動物園へ行く。
映画「ジョゼと虎と魚たち」の影響。

④相手の家へ行き、洗濯、清掃する。
一応女らしい事もしてみたい。意外とキライではない。出来ばえは別とする。

⑤温泉へ行く。(個室風呂付)
友達カップルが行った話を聞いて行きたくなった。ゆかたとか着る。なんかエロい。すごくエロい。

⑥酔っ払っておんぶされて帰宅。
酒が強いのでこんな事はまずないので。ただのおんぶだけでも可。

⑦「おまえ」呼ばわりされる。
「貴様」ってのもあり。

⑧ご飯をつくってもらう。
「つくってあげる」ではなく「もらう」。メニューは玉子焼程度でもOK。ちなみに最後に食べた男子料理は8年前ただの友達が作った「キムチチャーハン」。

⑨ドライブする。
海までとか。途中相手に「疲れたから運転代われ」などと言われ交代、高速の車線変更もなんなくこなし「けっこうウマいじゃん」などとほめられる。

⑩ディズニーランドに行く。
いまさらこんな事、はずかしくて自分から言えん。

以上。なんか考えてたら妄想だけで生きていける気がしてきた! VIVA現実逃避!


計算高い。悪くいえば腹黒い。良くいえば器用。
おまけに肉体面での問題点→ 脚が太い。美脚ブームなんてくそくらえーっ!
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by soundofmusic | 2005-01-02 04:01 | アンケート2004-2005 | Comments(0)

アンケート2004-2005 26


①マツウラ マサミ
②1968年4月17日
③おまけやの営業


2004年は自己新記録の達成や、この歳になってもなおの初体験等、大変騒々しい1年でした。2005年もこの調子でいきます!


2004年は中古盤をほとんど買いませんでしたね~。振り返ってみると・・・
洋楽CDを演奏時間でいうと1300分位。日本もののCDは650分位でしょうか。日本もののほとんどは惑星です。


グレン・ティルブルックのトランスアトランティック ピン ポン
ソロ名義でのセカンドアルバム。前作は少し物足りなかったから、もう帰ってきたスクィーズ節に完全にヤラレました!来日公演も大阪、東京と、両方観に行きました。私が待ち望んでいた音楽です!


今年の自己散財ランキングベスト3
1.ロンドンから帰る飛行機に乗り遅れた(エミレーツ航空)。でも日本でいう羽田(ガトウィック)でうろたえていても仕方がない、と、ソッコウ日本でいう成田(ヒースロー)へ移動して、エールフランスの最終便・キャンセル待ちで乗りこんで、当初の予定通りに帰国し、仕事しました。

2.そんなアクシデントに追い討ちをかけるかのように、その翌月行ったフジロック。チケット忘れてダフ屋さんから購入しました。あぁ、散財・・・。

3.2004年のベストアクト、グレンの来日公演にヤラレて、その後1泊3日のロンドンツアーを決行。目的はグレンとクリスの久々の共演を見るために。しかも、スクィーズ本発売記念のボーダーズでの無料インストアイベント。

散財、と、言っても、3は大満足しているので、自分では散財ではないんですけどね。


いちばんを決めかねます。でも敢えて順位付けするなら、「遅刻」かな。


2005年の目標:さらに強くなる!破壊力をUP!
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by soundofmusic | 2005-01-02 02:00 | アンケート2004-2005 | Comments(0)