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ウルトラ黛ニューミュージック

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ユーロスペースで実相寺昭雄の特集上映があって、「ウルトラセブン」の「狙われた街」「第四惑星の悪夢」「円盤が来た」を見た。お客さん20人くらいのうち、たぶん自分以外は全員、わかって見に来ているひとだったと思うので、「狙われた街」の非常に有名な場面で、あっこれはこの話だったのか! と内心びっくりしてたのも、必然的に、わたしだけだったと思う。

とはいえ今回の本題はそれではなく、主題歌の話。格調高い金管のイントロに続いて、セブンセブンセブン……と歌われ、♪はるかな星が 郷里だ♪と歌詞が始まるところ、よく聴くとウォーキング・ベースのフレーズがなかなかかっこいい。かなり音量は小さいものの、ドラムスもけっこうハデなプレイをしているみたい。どういうひとが演奏してるとか、情報あるんだろうか(調べてない)。

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そんなこんなで翌日、発売になったばかりの、黛敏郎『日活ジャズセレクション』を聴く。タイトルの通り、黛敏郎が日活映画のために書いた大量の音楽の中から、ジャズっぽいものを集めたコンピ。なんの気なしに買ったけど、いざ聴いてみたら、あっこれこそが自分が欲しかったCDだわ、と気付いた。

そもそも日本映画では、作品単体のサントラをLPとして出して、売ろう、という発想は、欧米と比べるとずいぶんあとになってからでないと発生してこなくて、本格化したのは1970年代に入ってからではないかな(ちゃんと調べてない)。主題歌のシングルは昔からありましたけどね。黛の場合、『東京オリンピック』のLPはあって、ただしこのLPも、米盤と、たしかイタリア盤は確実に存在するけど、日本盤はあったんだっけかな?

ということでこのCDに入ってる音楽、ものによってはサントラCDが出てるのもあるし、既発のコンピに入ってる曲もあるけど、かなりの部分が初音盤化なはず。折に触れて現代音楽だったり、ラテンだったりの要素が混入してきてて、考えてみたらこうした、昔の日本映画を見てて耳に入ってくるマンボやチャチャチャって、最初は、レトロでキッチュな昭和の文化として、いわばかっこ付きで良いと思ってたけど、今回のこのCDを聴いたら、そうした気持ちはなくなってて、わりと自然に楽しめるようになっていた。

それで考えるのは、たとえばジョージ・ラッセルなんかについてどう思ってたんだろうなってこと。

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と、この話はここで終わるはずだったところ、ちょっと書き留めておきたい話題を見かけたので書いておきます。ライト・イン・ジ・アティックという再発レーベルがあって、近年、いい仕事をなさってますが、そこから、『Even A Tree Can Shed Tears』というコンピが10月(だいぶ先ですが……)に出る。

タイトル聞いてすぐピンとくるひとがどれくらいいるのか、わたしはわかんなかったけど、この一節は西岡たかし「満員の木」の歌詞から採られたもので、つまりこのコンピは、1969年から1973年の日本のロックとフォークの、欧米向けの初の本格的な紹介なのだそう。こちらの商品説明のページ、説明は英語だけど全曲試聴もできるので見てみてください。解説読むと、GSやカレッジフォークへの対抗馬として勃興してきた「New Music」を集めたものだとある。日本語には「ニューミュージック」という言葉がすでにあるからわたしたちは多少混乱しちゃうけど。

全曲試聴しながら、このコンピで初めて日本の音楽に接するリスナーのことを想像してみた。どこかの街には、Kenji Endoにニック・ドレイクを聴き取り、Sachiko Kanenobuにジョニ・ミッチェルを重ねてみる男の子がいるだろう。Dogenzakaという耳慣れない地名に、カーナビー・ストリートやヘイト・アシュベリーと共通するものがあるらしいと知り、そしてそれがあのShibuyaの一部だと気付いて驚く女の子もいるかもしれない。

丁寧に編集された1枚のコンピが、個人的にも、もっと大きなリスナー集団にとっても、すごく重大な意味を持つことがままあるわけで、もしかするとこの1枚の真価は、5年後、10年後にじわじわと明らかになってくるのかもしれないですね。

さらに! こちらを読むと、ライト・イン・ジ・アティックは本盤を皮切りに、日本の音楽アーカイヴ・シリーズをスタートさせるとある。『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1975-1985』や、『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』などが予定されているそうで、とくに前者は楽しみでならない。これでようやく、シティ・ポップやAORが正統な和製英語として、英語圏のリスナーの辞書に登録されることになるんだろうか(「Obi」以来?)。

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もっとも、個々人のレヴェルではすでにその動きはだいぶ前から始まっているようで、岸野雄一は、昔はどこにでも300円であったユーミン『ミスリム』やヤマタツ『スペイシー』は、台湾や韓国のDJがみんな買っていってしまうのでほんとに見かけなくなった、と書いていた。

その岸野氏が紹介してた台湾のアーティスト、雀斑(Freckles)の『不標準情人(Imperfect Lover)』を買ってみましたところ、実にすばらしかった。失敗しない生き方をバックに土岐麻子が歌ったようなといえばいいか、かわいさのツボと、高い(しかしイヤミでない)音楽性を兼ね備えたアルバム。ここ数年の日本のシティ・ポップと呼ばれる周辺のもの、噂を耳にしてよさそうな気がするものはぽつぽつとは試聴してるつもりでいるものの、積極的に買ったりしそうなものはいまのところほぼゼロなんですが、これはぽーんと超えてきた感があります。試聴してみてください

とはいえ、欲しくなったとして、これ、タワレコのワールド・コーナーとかで買えるのかな。アジアものの専門店に行けば買えそうだし、そのうち日本盤が出そうな気もしますけど。ご希望の方はわたしが次回(たぶん来年だと思うけど)台湾に行ったときに買ってきますので、お申し付けくださいませね。(追記:iTunesだと買えるみたいです)
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by soundofmusic | 2017-04-22 15:00 | 日記 | Comments(0)

土台

d0000025_1532744.jpg1月の下旬に網膜剥離で入院して、手術をして5泊くらいで退院して術後の経過は良好なんですが、とはいえ、ふだんあまり病気しないので意識してなかったけど、退院して日常生活を送れる、イコール、以前と寸分たがわぬ自分に戻った、という意味ではなくて、やはりなにかが決定的に変質してしまった感は否めません。

具体的には、剥離を起こした右目の視力がぐんと下がってしまって、しかし徐々に戻りつつある段階なので、いまはまだメガネを作り直すわけにはいかない。となると、真剣に目を使う娯楽は避けた方がいい、というかそれ以前に、万全には楽しめないので、映画もなに見てもおもしろくねえなあ状態で、気分的にはルパンの太宰座りでもして不貞腐れたいところで、そして、これも初めて気付いたことなんだけど、レコ屋で棚を見るのも、意外と目を酷使する娯楽なんですね。そういえば90年代後半からゼロ年代前半、ロンドンに買い出しに行っていた時期は、1日中レコ屋を回っていると目が疲れるので目薬を持って行ったりしてた。

そんなこんなでユニオン詣での回数も明らかに減ってますが、昨日、10分くらいの空き時間にささっと飛び込んだユニオンで買ったレコードについてちょっと書いておきたい。

ブラジルのコーラス・グループ、ゴールデン・ボーイズの68年度作『Na Linha de Frente(最前線)』。このアルバムは未CD化なのかな。「君の瞳に恋してる」、「イエロー・バルーン」、ビートルズ「ハロー・グッバイ」など英米の曲のカヴァーもちょこちょこ入った、そこそこ楽しいアルバムですが。

いつごろからいつごろまでなのかは調べてませんが、60年代あたりのブラジルのLPって、全部じゃないかもしれませんが、いわゆる厚紙製のジャケットを使ってないものがよくある。じゃあどういうふうになっているのかってぇと、現物をご存じない方に言葉で説明するのが難しいんですが、表ジャケと裏ジャケが印刷された薄い紙があって、それぞれが厚手のヴィニールで覆われていて、そのふたつの3方向がくっついてて、それがいわゆるジャケットになっているわけです。だもんで、盤を出すと、へにゃってなる。盤を保護する力も、いわゆるジャケットには劣りますね。

というわけで、買ったひとが、ヴィニールを切って薄いジャケット部分を取り出し、それを、自分で調達してきた無地のジャケットに貼り付けた状態にすることが、ときどきあります。わたしが今回買ったものも、購入時にはよく確認しなかったので、四辺にテープが貼ってあるなーとは思ったんだけど、ボロくなった部分を補修しているんだろうとしか思わなかった。家に帰ってきてから何の気なしに見ていると、裏ジャケの印刷の下に、なにか透けて見える。背の部分を見て驚いた。ポール&リンダ・マッカートニー『ラム』のジャケを、貼り付ける土台として使っているのだった。
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by soundofmusic | 2017-03-09 01:55 | 日記 | Comments(0)

2016年のグッド音楽

d0000025_9483513.jpg遅ればせながら、みなさまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さっそくですが2016年のグッド音楽です。前年と比べると購入枚数の合計は60枚くらい減りましたが、減ったのはCDで、アナログ(シングルは買わないので、LP)は逆に微増しました。世間で言われているレコード復権とやらはいよいよ本物なのか、と思うかもしれませんが、わたしの場合、CD出てれば基本的にはそっちを買います(とくに新譜については)。とはいえ、世間の動向と自分とがまったく無関係ということもないので、なんかアナログ買うのが気分、みたいな空気はたしかにあったんじゃないかなあ。

ジャンルとしてよく聴いていたのはR&B~ソウルと、ラテン。とはいうものの、ラテンにはいくらか飽きてきた感もあります。サルサなんかはたしかに高度に発展した音楽ですが、それでもやっぱり最終的には、実用音楽ってことになっちゃうような気が、現時点ではしています。ラテン音楽のレコードで、曲名のあとに括弧してマンボとかルンバとかチャチャチャとか書いてありますけど、あれはそういうことでしょ。ま、この問題については数年以内程度に結論を出したいです。で、それにともなって、しばらく離れていたブラジル音楽に戻りそうな予感もあり、ってのが2016年の年末~2017年の年頭のモードです。

前置きはこのくらいにして、グッド・アルバムを12枚。すべてCDです。LPでもいいのがいろいろありましたが、引っ張り出して聴き直して精査するのが億劫なので割愛。並びは買った日付順。

◇:Swan Silvertones『My Rock / Love Lifted Me』(rec. early 50s/1991)
●:Marvin Gaye『In Our Lifetime』(1981)
▽:Etta James『Rocks the House』(1964)
☆:V.A.『Rumba DooWop』(rec. 1933-1956/2012)
+:Joan Shelley『Over and Even』(2015)
■:柴田聡子『柴田聡子』(2015)
@:寺尾紗穂『わたしの好きなわらべうた』(2016)
≠:Andy Shauf『The Party』(2016)
∵:V.A.『Light Mellow - ONE DAY』(rec. 1976-1991/2016)
§:折坂悠太『あけぼの』(2015)
>:Anamaria & Mauricio『Vol.2』(1972)
#:渡辺貞夫『パストラル』(1969)

コメント。

◇:ゴスペル。ブックレット見ても録音年の記載がないのですが、50年代前半の録音が70年代に2枚のLPにまとめられて出たもの?で、わたしが買ったのはそれを2イン1したCD。5、6人による声が主で、加わるのはせいぜいピアノとドラムスくらい。普通に考えたら素朴な音楽とみなされることが多そうですが、しかしこれは、人間の声でやってるからゴスペルとかコーラスに分類されているだけであって、宗教活動の側面をとりあえず措いといて(そこ措いといていいのかという問題はともかく)音楽としての側面だけを見るならば、むしろ後述の▽なんかと同じ、ガレージ・ソウルみたいなもんだと思います。一糸乱れぬハーモニーなどとは程遠いエネルギーのぶつかり合い、猛烈なドライヴ感、各自が勝手に自分のパートを歌っているような奔放さ。いままで聴いたゴスペルのなかで、とはいってもたいして聴いてませんが、これがベスト。

●:2015年のベストには『離婚伝説』を選んでいたわけですが、これはその次の作品で、モータウンに残した最後のアルバム。まあとにかくベースが動く動く。ベースラインを追っているだけで楽しくて仕方がない。ひじかたさんは「ただのブラコンじゃねえか、こんなもん」と(ここ、桑田佳祐の口調で)おっしゃってましたけど、そういわれてもやむをえないメロウで明朗な名盤。ちなみに、岡本まな監督の映画「ディスタンス」には、マーヴィンが非常に重要な役で出てくるので(本人は出てこない)要チェック。

▽:やたら客が盛り上がって、それに呼応するようにして演者もノってくる、ってぇのは古今東西を問わずしばしばある現象。それが幸運にも記録に残ってるっていうとダニー・ハサウェイ『ライヴ』とか、サム・クック『ワン・ナイト・スタンド』とかが思い出されます。このアルバムはそれらと並ぶといってもよい熱量なんですが、これ本当にライヴ録音なのかな。ガヤのかぶせかたがなんか擬似っぽく聞こえる気もするんだけど。

ところで、ちょこっと蓮っ葉な雰囲気を漂わせている女性歌手について、しばしば「姐御」という形容詞が冠されますが、そんなにそんじょそこらのライヴ・ハウスに普段使いな感じで姐御がいてはたまらない。そうした呼び名はこのエタにこそふさわしいのです。もしくは、姐御のインフレ的氾濫を許すことにして、エタを「極妻」に格上げするか。

ジャケット写真の、白い衣装の彼女のドスの利いた感じがまた最高で、そしてなぜか、かなり目立つ感じで右手に白い包帯が巻かれている。そのことについて、「恋人をぶん殴ってケガしたに違いない」みたいに書いてるブログを見つけたときには笑いました。文字どおりというかダブル・ミーニング的に、パンチの利いた音楽。聴いてたら、なぜかしら初期のビートルズのことを思い出しました。

☆:ざっくり言ってここ5年くらいでしょうか(もっと前からかも)、黒人音楽史をさまざまな角度から再検証する良コンピがどんどん出てきたなと感じてます。これは、アメリカ合衆国の黒人音楽がラテン音楽から受けた影響についてまとめた2枚組。名コーラス・グループであるコースターズが歌う「ブラジル」が入ってるんですが、これ、スチャダラパー「ドゥビドゥWhat?」の元ネタでした。とくに一度も探したことなかったけど20年後に出会えた。

聴いて連想したのは、篠田一士が「二十世紀の十大小説」で、いずれ北米文学と中南米文学は必然的に融合・統一されて、ひとつの大きなアメリカ文学になるだろう、と予言していたことでした。読んだときにはなんて気宇壮大な、とあきれつつ感激したものですが、その後、大和田俊之の講座を聞きに行ったら、北米音楽と中南米音楽との関わりについて、まったく同じ予言をしていて驚きました。大和田氏は篠田の予言については知らないと言ってました。

個人的にも、2016年2月、メキシコシティで何日か過ごしたあとニューオリンズを訪れたら、ふたつの都市が明らかにメキシコ湾を囲んで同じ文化圏に属しているのだと体感しました。スペイン語がわかるようになってから、また中南米のどこかには行ってみたい。

+:アマゾン(南米のではなく、日本の)で買い物をしていると、これ買ったひとはこんなものも買ってますよ、として余計な品物が画面に出てくることがあります。試聴はタダなので、そう言われたら一応知らないものは片っ端から試聴すべきだと考えており、基本的にはそうしてまして、このひともそういう過程を経て知りました。というか、あとになって気付きましたが、彼女はダニエル・マーティン・ムーアとの連名でアルバムを出していて、すでにそれを持ってました。

そのダニエル・マーティン・ムーアや、ルーク・ウィンスロウ=キング、ロバート・エリスといった、声を荒げることのなさそうなシンガー・ソングライターたち(うつむく青年系の現代版ともいえるかも)が、ここ3~4年の確固たるお気に入りの傾向としてありまして、シェリーも同じムードを持ったひと。フリー・フォークの幽玄とも、ルーツ志向の土くささとも違う。ニューヨークやLAといった大都会の洗練とは距離を置いた、地方都市出身者らしい堅実さみたいなものに惹かれて、よく聴きました。

堅実といえば、ことCDとなると普段の緊縮財政などすぐにどこかに吹き飛んでしまうわたしですが、試聴してよかったからといってすぐには買わないくらいの生活の知恵は備えています(安ければ買います)。そうして名前を覚えて、頭の中の潜在的購入希望リスト(数百枚くらいある)に追加しておくのです。堅実。これも実際に買ったのは、後日、ディスクユニオンで300円くらいで売ってたときでした。●のマーヴィン・ゲイもそのくらいの値段で購入。2016年のベスト・コスト・パフォーマンス賞はこの2枚に授与されます。

なにが言いたいかというと、2016年の時点では、ユニオンのひとにも知られてないくらいの存在だぞと言いたいわけです。2017年の春にはニュー・アルバムの発売が予定されていて、それと前後して、3月にはウィルコと、4月にはリチャード・トンプソンと一緒にトゥアーを回るそうなので、もしかしたら日本でも多少は注目されるようになるかもしれません。

ところで、この項の最初に戻りますと、Eコマース・サイトのアマゾンのことを「密林」と呼ぶのは死ぬほどダサいと思っています。ほかに嫌いな言葉づかいは、「つらみ」「ねむみ」「~したい人生だった」「最&高」「最the高」あたり。ま、ま、中年特有の気難しさだと思って見逃がしてください。

■:中年といえばですけど。歳をとるにしたがって、なんであのころはこんなものがそんなに好きだったんだろう、と不思議に思うことはよくありますね。ここ10年くらい、欲しいものが手に入れられなくて悔しがるとかがめっきりなくなり、CD買いそこねても映画を見逃しても、わりとすぐ、まあいいか、とあきらめてしまいます。それと直接的には関係ない話題ではあるんですが、若いころは、軽くメンヘラ気味だったり、ちょっと不思議な感じだったり、サブカルっぽい雰囲気だったり、そうした女性を好きになることが多かったです(そのみっつ、微妙に重なってないだろ、というのはそのとおり)。正確には、自分はそういった女性が好きな人間である、と規定していただけかもしれませんが。

以上の話は、いま現在現実世界でわたしの妻であるところの女性とはなんの関係もないものとして聞いていただきたいんですが、数年前にふと、ああ、そうした好みの傾向は自分のなかからすっかり消えてしまったなあ、と思い至りました。もっとも、わたしが若かったころとテン年代のいまとでは、わたしの内部でも、世間的にも、サブカルチャー的なものと生活との距離もだいぶ異なってますし(長くなるので中略)つまり柴田聡子は、おそらくわたしが好きになるであろう最後の不思議系女子シンガー・ソングライターと位置付けられるでしょう。

いまのわたしは人間を見る目も音楽を聴く耳も多少は養われていますし、女子の不思議さのありようが様々であることもいくらかは理解しています。一見普通に会社勤めしてたりする、服装や言動もとくに変わってるわけでもない女子に内在する本質的な(話がズレるので中略)たぶん数年後にはあまり聴かなくなるであろうこのアルバムに言及せずには、わたしの2016年は終わらないのです。そして、ここでこの話を出すのは柴田さんに失礼だとは承知してますが、訊かれたことがあるので書いておくと、わたしは大森靖子の音楽にはこれといって興味が持てずにいます(試聴は折に触れて複数回、しました)。

@:そんな話題の次に寺尾紗穂が来たのでは、まるで彼女がサブカル好きの不思議系シンガー・ソングライターであるかのような誤解を与えるかもしれませんが、最初に書いたとおり、並びはCDの購入日付順であり、他意はないです。

このアルバム、および寺尾紗穂については、すでに充分書いたので、これこれをお読みいただければと思います。

関連して、ひとつだけ。いま日本のインディ・シーンで同時多発的に起き始めているネオ民謡ムーヴメントは、もしかしたら、日本のポピュラー音楽史上最大のフォーク・リヴァイヴァルになる可能性があるのではないかと考えています。ひとことで言うと、ずっと長いこと別々のものとしてとらえられてきた民謡とフォークが、初めて自然な形で統合されうるときが来るのではないか。§の折坂悠太あたりも、それと関わってくるでしょう。2017年は、そんなことを考えながら、アラゲホンジや民謡クルセイダーズなんかも見たり聴いたりしてみたいです。

≠:カナダ出身のシンガー・ソングライターらしいです。これ以前にも作品があるようですが、本格的に流通したのはこのアルバムが初めてなのでしょう。エリオット・スミスなんかが引き合いに出されていましたが、もっと新しい感じ。井手健介あたりと対バンしてほしい。

ぱっと聴くと、さりげないオーケストレイションがいい味だなと思いましたが、聴き込んでいくと、弦も管も別にそれほど使われていない。基本的構造としては弾き語りとか、ともかくギター中心の音楽のようです。ライヴで見ても、「あ、CDと違ってしょぼい……」とがっかりしなくてすみそう。で、気持ちいい音楽に必ずしも名前をつけなくてもいいんでしょうけど、しばらく頭をひねっていたら「ベッドルーム・プログレ」というキャッチフレーズが浮かんできました(あまりうまいコピーではない)。

ついでに、去年、小西康陽がレコードを素材にして自伝を語るっていうトークに行ったときに聞いた話を思い出しました(そのときの感想)。氏は、ピンク・フロイドの『原子心母』について、最初はありがたがっていたけど、そのうち、ブルースにオーケストレイションをつけただけだと気付いた、のだそうです。なお、ここでこの話題を出したのは単なる話の行きがかりで、、小西氏、シャウフ氏、そしてピンク・フロイドのみなさんを誹謗中傷する意図はないと申し上げておきます。

∵:AOR40周年(ボズ・スキャッグス『シルク・ディグリーズ』を起点にしている?)を記念して、2016年、ソニーからAORの名盤が1000円で大量に出ました。いちいち全部買ってられないひとのために、3枚組、57曲入り、税込み3000円で出たのがこのコンピです。本来こういった安易な企画ものを年間ベストに入れると沽券にかかわるので、やめたほうがいいのでしょうが、たくさん聴いたので選出。

未知のジャンルに飛び込むにあたり、こうしたところを入口にして、気に入ったアーティストのアルバムを買い揃えていくことを四半世紀くらい続けてきました。しかし今回のAORについてはなぜか不思議とそうなっていなくて、買ったのは2枚くらいでしょうか。忙しくていちいちチェックできなかったのもありますし、たとえばボズ・スキャッグスの「ロウダウン」やケニー・ロギンズの「ウェイト・ア・リトル・ホワイル」はめちゃくちゃかっこいい曲だと思ったものの、それらが入っている『シルク・ディグリーズ』や『ナイトウォッチ』は、全曲試聴したらそれほどでもないかな、と……。まあそのうち、気が変わることはありえます。

§:2016年の10月、ほとんど予備知識のないままライヴで聴いて、衝撃を受けたシンガー・ソングライター。そのときの感想。あまりにびっくりしたもんで、この『あけぼの』と、続いて出たフル・アルバム『たむけ』(2016年)を、割合すみやかに購入。どちらも、英国フォークとアメリカのフォーク、そして日本のフォーク/民謡を絶妙かつ強引にブレンドした作風で、言葉のセンスも面白い。短歌とか現代詩をやらせてもいいんじゃないかと思います。

>:11月に京都、ワークショップ・レコーズで入手したブラジリアン・グルーヴィ・ソフト・ロック。関東のディスクユニオンでもたまに出くわすのですが、いつも高くて見送っていました。このときも、普段なら買わないような値段だったものの、ほかに買うものもなかったし、内容がいいのはわかっているので、旅の記念にと購入。ワークショップ・レコーズも移転しての開店早々でもあったため、ご祝儀の気持ちもありました(恩着せがましい)。キレのよいリズム、高揚感あふれるオーケストレイション、そして、ときおり空気を読まずに割り込んでくるエルメート・パスコアールの狂気のフルート。いい味を出してます。

#:渡辺貞夫は宇都宮出身なので、なんとなく親近感を持っています(宇都宮の街自体には、ない)。アルバムは5枚くらいしか持ってないですが、年末にたまたま買ったこれはよく聴いた。ジョン・サーマンだとか、ドン・レンデル=イアン・カーだとかの英国ジャズにも通じる雰囲気がありますね。増尾好秋のギターがガボール・サボに似てるのも興味深い。ナベサダは米国滞在時、ゲイリー・マクファーランドのバンドでガボールと一緒でしたよね。

ところで、わたしは1995年に大学を出てから1年弱、実家に戻ってぶらぶらしてたんですが、その期間に、栃木県立図書館でおこなわれていたジャズを聴く会みたいのに一度だけ行ったことがありました。もはや記憶もおぼろですが、図書館の中にでかいスピーカーを備えた小さな試聴室(10席か20席くらい)があって、そこで毎月だか隔月だか、ジャズの名アーティストの作品を図書館所蔵のアナログで聴くというもの。その、一度だけ行った回が渡辺貞夫特集でした。ナベサダの親族のひとが来ていたり、モッズ好きの野中くんとたまたま現地で会ったりしました。どんな曲がかかったかはほとんど覚えてません。ただ、終わったあと、野中くんと、「なんかトラフィック(*)みたいな曲があったな」と感想を言ったことは記憶に残っています。いまにして思うと、それがこのタイトル曲「パストラル」だったんじゃないかという気がします。

*→スティーヴ・ウィンウッドらが在籍した英国のロック・バンド。『ホウェン・ジ・イーグル・フライズ』は鳥ジャケ。

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曲単位でよく聴いたのは、松田聖子「風立ちぬ」。同曲の入ったアルバムも買いました(聖子ちゃんの音源を買ったのは生まれて初めて)。この曲はほんとすごい。もう何万回も言及、称賛されているとは思いますが、それでもあえて。「さよなら、さよなら、さよな・ら」の繰り返しで見せるおそるべき表情の変化。いや、3人の女が別々の角度で目の前を通り過ぎていく!(そしてそれが2回やってくる!)
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by soundofmusic | 2017-01-18 09:53 | 日記 | Comments(0)

声の密度

d0000025_2124231.jpg加川良のCD『みらい』を聴いた。1曲目はブルーハーツ「青空」のカヴァー。ギターと、深くエコーがかかったドラムに乗って、声が響いてくる。歌詞の最初は、こんな風だ。

ブラウン管の向こう側
カッコつけた騎兵隊が
インディアンを打ち倒した


ところが、実際に聞こえてくる音をそのまま文字に起こしてみると……

ブゥラウゥン管の向ぅこう側ぁ
カァッコつけぇた騎兵隊がぁ
インんディぃアぁンんをぉ打ちぃ倒ぉしぃたぁ


となる。いやいや、いくらなんでも誇張しすぎだろうと思われるだろう。たしかに多少は盛っていることは否定しないが、なにかしら普通でないものがあるのは事実だ。声の密度が異様に濃いというか。

しかし待てよ、そもそも加川良は昔から、こうしてこんこんと説いて聞かせるような、無理やりにでもお前の耳に言葉を届けてやるぞという決意に満ちた、そんな歌い方をしていたんじゃなかったっけ。そこで棚から『教訓』と『アウト・オブ・マインド』をひさしぶりに取り出してみた。

いまさら40年以上前の話をされても本人はイヤかもしれないけど、『教訓』に収録されている「教訓Ⅰ」が加川良の代表曲のひとつであることは間違いない。で、その「教訓Ⅰ」、たしかに母音を重ねて引き延ばすようなフレーズがたくさんあるにはあって、でもニュアンスは決して均一ではない。怒り、諦念、ユーモア、軽妙さ、皮肉、いろんなものが溶け込んでいる。たぶん、歌詞の「女々しさ」の印象に引っ張られて、こんこんと説いて聞かせるような歌だったと単純化して思い込んでしまったのだろう。アルバム2曲目の「できることなら」もある意味セットになったような曲なので、それもある。

ところでこういう話題になるとどうしても、日本語の歌の歌詞の情報量について考えてしまう。便宜上英語と比べると、日本語は、同じ時間(ひとつの音符=音節、と言ってもいい)に入れることのできる情報量が少なすぎる。

たとえば「君が代」の最初の歌詞をわたしたちは、「きーみーがーあーよーおーはー」と7音で歌いますが、英語の7音節でどんな文章が作れるだろう、と「英語 短歌 作り方」で検索してみたら、「We feel good thing will happen」というのが出てきた。たしかに、「君が代」の冒頭にこの歌詞を乗せて歌うことができる。

データ伝達の効率の観点からしたら、これではまったく勝負にならない。わりとみんなそう考えたのでしょう、70年代のフォーク時代から現代の日本語ラップまで、いろんな試みがなされてきた。たとえば吉田拓郎の「ペニーレインでバーボン」をYouTubeででも聴いてみていただきたい。とにかく笑っちゃうくらい言葉が詰め込まれていて、これはこれでかっこいい。「ペニーレインでバーボンを」のフレーズの繰り返しはともかく、「腹を立てたり怒ったり」という歌詞はどうなんだと思っちゃうけど、全体の言葉の量が多ければ、こうしてムダも織り込むことができる。

どうやったら歌がより力を持つことができるのか、その方法は別にひとつじゃない。限られた時間の中にできるだけ多くの言葉を詰め込めるか工夫を凝らすものもいれば、その同じ時間を呪術的に引き延ばそうとする者もいる。

またしてもYouTubeの話で恐縮ですが、ブルーハーツがNHKに出て「青空」を歌ったときの動画を見てみたら、曲のテンポは加川良のヴァージョンとそんなに変わらなくて、ヒロトはわりと素直に棒歌いしている。おもしろいことに、曲の速さと体内のリズムが一致しないからなのか、体で刻んでいるリズムが歌のテンポとぜんぜん違うのだ(マーシーの作った曲だから?)。

その同じ「青空」を、ここでの加川良は、音を引っ張るときただ普通に延ばすのではなく、濃さを倍にするみたいに母音を重ねる。よく、坂本九の「上を向いて歩こう」の物真似で、♪うぅえをむぅいひぃて、あぁるこほぉおぅ♪みたいなフレージングがある。隙間をどう埋めるかという意味では同じ発想にもとづいているのかもしれないが、しかし加川はフェイクしない。坂本なら軽く流すであろうところにも、愚直に、ひとつひとつ音を置いていく。

歌われ方によって、字面で見たときの歌詞の意味が増幅したり変容したりすることがある。ある女優はレストランのメニューを朗読して居合わせた者たちを泣かせたという。矢野顕子は読売ジャイアンツの打順を歌にした。いつだって大切なのはwhat―なにを歌うか―ではなくて、how―どう歌うか―なのだ。いや、正確に言えば、自分が聴いているものがwhatだと思っていたら、それがhowだったのだと気付く瞬間。そのスリル。

「青空」のことにばかり字数を費やしてしまったが、『みらい』にはほかにも、かまやつひろし「どうにかなるさ」や泉谷しげる「春夏秋冬」といった、よく知られた歌が入っている。加川が歌にもたらす問答無用の説得力は、もはやどんな歌でもゴスペル化することができそうだ。

さらに、ついつい不埒な想像の翼が広がる。加川良がこの歌い方で、バカバカしい歌、無内容な歌を解釈したらどうなるだろうかと。2016~2017年現在だったら、たとえば加川良ヴァージョンの「PPAP」。原曲よりぐっとテンポを落として、一音一音をかみしめるように、大地を一歩一歩踏みしめるみたいに。そしたらたぶん、「前前前世」どころではないほどのエモさが生まれるんじゃないかと思う。

☆加川良『みらい』はおもに通販で買うことになっているようです。2000円+送料300円。今後お店でも扱うようになるかも。詳しくはこちら
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by soundofmusic | 2017-01-03 02:13 | 日記 | Comments(0)

何も変えてはならない

d0000025_1329315.jpg12月17日、ジョー長岡が企画する毎年恒例の寺尾紗穂ライヴ「ソノリウムラヂオ」がおこなわれました。今年はデビュー10周年ということで、「sahoten」と題された記念の小冊子が配られました。いままで寺尾紗穂がかかわってきたたくさんのひとたちによるお祝いコメントが並ぶ中、わたしも顔を出しております。

寺尾さんとは直接のかかわりはほぼないので、書いたのはジョーさんの依頼によるものです。頼まれた際は、7、8人くらいが比較的まとまった文章を書くようなものだとばかり勝手に思い込んでしまい、だもんで長々と書いたのですが、冊子の現物を手にしてみると、慶事の寄せ書きみたいなものでした。

したがってわたしの文章は明らかに場違いで悪目立ちしているのですが、ジョーさんとデザイナーの阪本正義さんには悪いなとは思ったものの、だからといってとくに顔から火が出るとかそういうことは、ないです。

ジョーさんの許可を得て、自分の書いたものを以下に掲載します。以前このブログに載せた「アフロ・ヘアーでありうる女」の発展型とも言えるでしょう。

*****

何も変えてはならない

池袋を歩いていたら、窪塚洋介がロケットみたいに水面から飛び出してきた。よく見るとパルコのリニューアルのポスターで、「変わってねえし、変わったよ。」というコピーがくっついてる。だったら、高いところから飛び降りようとしている瞬間の窪塚くんが見たいんだけどな。

尾崎豊は昔、ライヴ中に7メートルの照明台から飛んで左足を折った。客席との一体感が欲しくて、もどかしさのあまり、じゃなかったっけ。そんなに高いところからではなくても、ライヴ・ハウスでは日々、ダイヴ行為がおこなわれている。もどかしいのかどうかはわからないけど。

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で、寺尾紗穂はいつ、どこで、どのくらいの高さから飛んだのかって話だけど、少し寄り道。音楽家が化ける、ブレイクする。「苦節○年」。ある一定期間活動を続けていると、実力がたくわえられたり、周囲や環境に助けられたりして、跳躍が訪れる(訪れない場合もある)。

個人の飛躍が、歴史自体の針飛びに見える瞬間も、稀にある。古くはセックス・ピストルズ。やや最近ならニルヴァーナ。誰それ以前/以後、として語られる、大きな断絶の象徴。

しかし正直な話、ぼくがピストルズを初めて聴いたときには、衝撃もスピードも感じられなかった。しばらくして気付いた。登場時には歴史の切断面に見えたものが、時間がたつと、「以前」と「以後」をつなぐ糊として機能してくるんだ。

ニルヴァーナも、そう。『ネヴァーマインド』が最初に出たときの国内盤の解説には、本来は水と油であるふたつの要素――メタル/ハードロック的なものと、パンク的なもの――の融合に初めて成功した、と書かれていた気がする。筆者は伊藤政則。断絶や革新ではなく、融合。この本質をズバリ見抜く目、さすがである。

たまたまだけど、彼らは死の刃で切断されて、真っ赤な断面がむき出しになっている。ひとは死ぬ。とはいえ、簡単には死なない。外からの力がやって来ないのならば、なんとか自力で、死んだり再生したりし続けなくてはならない。生きるために。それをデヴィッド・ボウイ式と呼んでもいいんだけど、そろそろ本題に入ろうか。

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わたしが寺尾紗穂をきちんと聴いたのは、2012年ごろ。初めてのソノリウムラヂオに足を運び、それから後追いで、途中からはリアル・タイムで、CDを買っていった。

ひときわ刺激を受けたのが、2015年の『楕円の夢』。ここで彼女は大きく跳躍し、上品なピアノ弾き語りのイメージを軽やかにひっくり返してみせた。レーベル移籍が吉と出たよい例だと思った。

続くは2016年の『わたしの好きなわらべうた』。意外な素材が色とりどりの編曲で、すっかり現代の音楽になっている。驚いたわたしはブログ記事を書いた。題して「アフロ・ヘアーでありうる女」。この音楽の奔放さにはむしろ、アフロ・ヘアーと原色のドレスが似合う、との主旨。

たぶん、もどかしかったんだ。寺尾紗穂はぐいぐい速度をあげて、先に進んでいる。それなのに世間の大半はまだ、「ピアノ弾き語りのひと」で片付けてしまっているのではないか、と。

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アマゾンの『御身』(2007年)の「商品の説明」欄には、「声が大貫妙子、歌い方が吉田美奈子、ピアノが矢野顕子と言われ」との一文がいまもある。当時、金延幸子も引き合いに出されていたっけ。

ほんとにそれだけ? あらためて『愛し、日々』(2006年)から聴き直してみる。たしかに最近2作のヴァラエティの豊かさはめざましい。のだけど、エレクトロニカ風の試みも、大胆なリズムの冒険も、時間をかけて少しずつ準備されていた。

一度それがわかると、『楕円の夢』を境にした前後の断層は、ふっと消滅する。そしてたとえば、『楕円の夢』冒頭、北杜夫の詩に寺尾が曲を付けた「停電哀歌」が、『わたしの好きなわらべうた』の予告篇のようにも響いてくる。振り返ると、踏みしめてきた足跡で、いま・ここへと通じる一本道がくっきりとできているのだ。

件のブログで書いた、鍵盤弾き語りのイメージにとらわれているひと云々の話も、なんのことはない。わたし自身が、そうだった。

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つまりこの10年間の歩みは、まさに「変わってねえし、変わったよ。」なんだけど、作風のゆるやかな広がりと着実な深化にもかかわらず、彼女のパブリック・イメージがリミテッドしちゃってて更新されないとしたら、なぜか。髪型の印象の強さが、理由のひとつなのではないか。

寺尾紗穂と共振しそうな70年代前半の中分け長髪シンガー(・ソングライター)たちを、いくつかのジャケットとともに、思い出してみる。

五輪真弓『少女』『冬ざれた街』。荒井由実『ミスリム』。吉田美奈子『扉の冬』。大貫妙子『グレイ・スカイズ』(いまは前髪のひとだけど)。金延幸子『み空』。ジョニ・ミッチェル『バラにおくる』。リタ・クーリッジ『リタ・クーリッジ』『ナイス・フィーリン』。カレン・ダルトン『イン・マイ・オウン・タイム』。ジュディ・シル『ジュディ・シル』。

外見も音楽のうちだから、これら「中分け長髪派」を引き合いに出すのは、理にかなってはいる。だけど、それだけじゃもう、足りないんだ。かといって、彼女が歌い方やピアノの弾き方を変える必要はない。いやむしろ、何も変えてはならない。

何も変えずに何かを変えるため、音楽をあらたな宛先に届けるために、こんな妄想をしてみる。彼女がもし、エスペランサ・スポールディングやリンダ・ルイスのようなアフロ・ヘアーだったら。それだけできっと、思わぬ方向からも視線が向けられ、たくさんの耳がそばだてられるだろう。(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター界隈からの注目も得られそうだ。個人的には必要性を感じないけど)

余計なお世話なのは、百も承知。「口の角」で♪なきたいときも/苦しいときも/口の角くいっとあげてごらん♪と歌っていた彼女ならば、ごく小さな変化で、自分の気持ちも周りの反応も、がらりと刷新されることをご存知のはず、と信じての提案です。あ、ウィッグでいいと思います。
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by soundofmusic | 2016-12-24 13:29 | 日記 | Comments(0)

アフロ・ヘアーで盆踊り

d0000025_1955342.jpg代官山の晴れたら空に豆まいての10周年イヴェント「あいおい」を見ました。出演は寺尾紗穂、長谷川健一、折坂悠太。

トップは折坂悠太。まずしょっぱなのギターの音の良さにびっくり。PAがいいのか、楽器そのものがいいのか、弾き方なのか。ギターってこんなに気持ちいい音が出る楽器だったっけ? ギター演奏の形容として、つま弾く、という言葉があるけれど、弦を持ち上げてバチンと元の位置に戻しているような図(琵琶、ウード系のイメージ)が思い浮かぶ音。

ヴォーカル・スタイルがまたユニークで。野太い音の塊をなるべく減衰させずに遠くまで届かせるための発声というか。そこに独自のねじりが加わり、はっきりとした音なのに歌詞が聞き取りづらい。耳をそばだてて聞いていると、現代短歌、現代俳句にも通じる世界のような。歌詞カードを読んでみたい。

ギターは英国フォークに通じる音を出していて、声もスコットランドかアイルランドの谷間あたりで響いていそうな感じ。強い風にも負けず、山の向こうまで流れていくうた。1曲、無伴奏でうたっていて、これもア・カペラなんてしゃれたもんじゃなく、たとえばイワン・マッコールの労働歌というか、あるいは、パンとウィスキーを買うためになけなしのギターも質に入れてしまった奴がそれでも歌っている、そんな風情。

そして同時に、日本語の民謡のようにも聞こえるところがおもしろいと思った。日本語だと民謡とフォークはなぜかまったく別のものとしてとらえられることが比較的多いと思うけど、彼の歌はその両方の意味でのfolkだなと感じた。

セット・チェンジのあいだにジョー長岡さんが隣の席に座ってきた。「いまの聴いた?」「いいねぇ」。そんな会話を交わす。

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次は長谷川健一。結果的に、今日の3人の中だとこのひとがいちばん正統派に聞こえてしまう。このひとの歌を生で聴くのは通算3回目。前回、何年か前に聴いたとき、このひとのならではのあの節回しって、意外と民謡とか小唄に近い世界なんじゃないか、と感じたことを思い出す。リズムはドドンパとかああいうのが合いそう。

新曲が多めだったようだけど、最後のほうにやった「空の色」、単に歌っている回数が多いからなのかどうか、それにしても堂々たる名曲の貫録。

長谷川健一を初めて聴いたのは、2007年12月15日。ミニ・アルバムが2枚当時に出た、そのレコ発のライヴ。そのときの感想。2007年のこの日は、長谷川健一(+船戸博史のベース)と、ジョー長岡のツーマンだった。長谷川の歌には、たしかに、なんかすげぇのが京都から来たな、みたいなインパクトがあったんだけど、その日の感触としては、ジョーさんもぜんぜん負けてなかったんだよ。それから10年近くたって、ここまで音楽家としてのキャリアの差が開くとは思わなかったけど……(というオチ)。

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寺尾紗穂、アフロ・ヘアーになってなかった。衣装も黒っぽい地味なドレスだったかな。しかし見かけに騙されてはいけない。「いか採り舟の歌」のピアノの強烈なスウィング、ドキドキさせられた。かと思うと、「指」にはフランス映画の香りが漂う。

ラストは折坂、長谷川を加えた3人で、折坂の「きゅびずむ」を歌う。わたしの近くにいたお客さんが、ステージ上の3人を見て小さな声で「家族みたい」と言っていた。3人はお互い全員、この日が初対面だったそうだけど、折坂いわく、いとこに会ったみたいに気軽に話ができたそう。わたしには両親と息子(折坂)のように見えたな。あ、もちろん、そんなに歳は離れてないけども。

それにしても、3人の声質の合わないこと合わないこと。これほどごつごつした、違和感の塊みたいなセッションにはひさしぶりに出会った気がする。

たぶんこの日のライヴはお店の企画だったと思うんだけど、テーマはおそらく民謡だろう。いま売ってるミュージック・マガジンでも、「ニッポンの新しいローカル・ミュージック」なる特集が組まれている(未読)。そこに載ってるらしいアラゲホンジは何年か前に見てぶっ飛んだ。民謡クルセイダーズもなるべく近いうちに見てみたい。来年か再来年あたり、民謡はブレイクするんじゃないかと思うんですよね。

それともいくらか関係して、東南アジアの盆踊りシーンのことが最近気になっている。数万人規模が集まって、民謡とかJポップとかで踊るらしく、和太鼓と現地の打楽器のコラボなんかもあるとか。来年あたり、クアラ・ルンプールかジャカルタに見に行ってみたいな。

ところで、ちょっと前、ライヴのチケットの転売の話題が盛り上がってましたね。あまり興味が持てずにいたんですが、というのは、チケット取れないやつを無理して定価以上で買って行くよりも、家でCD聴いてたほうがいいんじゃないのーって自分としては思うんですよね。とくに東京の場合、普通にチケット買えるライヴ、いろいろあるじゃないですか。「あいおい」も、自分はあわてて予約しましたけど、結局当日券でも入れたみたいでしたからね。

とか書くと、そんな、誰でもいいわけじゃなくて、わたしは何万円出してもこれが見たいんだ、という反論をしてくるひとがいるかもしれない。そういうひとは音楽に関するお金の使い方がわたしとは違うんだなあと思うだけです。
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by soundofmusic | 2016-10-21 19:56 | 日記 | Comments(0)

アフロ・ヘアーでありうる女

d0000025_0201946.jpg寺尾紗穂の新作『わたしの好きなわらべうた』。なんと、日本各地のいろんなわらべうたに大胆かつ斬新なアレンジをほどこして歌ったものなんですよ、だなんて言われても、ふぅーんと思うくらいでこれといって食指が動かなかったんだけど、とはいえ出てすぐ買って聴いてみたら、もしかしていままでのこのひとの活動はこのアルバムをつくるために積み重ねられてきたんじゃないの? だなんて、ちょっと(どころか、かなり)失礼な感想がすぐに浮かんできたし、いったん聴いてしまうと、いやいや、寺尾紗穂の声とピアノでわらべうただよ? いいに決まってなくなくない? などと、ついさっきまでの自分の全存在すらをも平然と否定することすらやぶさかでない。

そもそもの素材に自由に創造力を展開させる余地が含まれていたのか、それともその素材を見出した寺尾の慧眼なのか、まあたぶん両方なんでしょうけど、録音されて円盤に焼き付けられたうたは、いままでの彼女の音楽の延長線上に確かにあって、それでいてまったく新しいもののようにも聞こえる。

寺尾紗穂っていうと、最初話題になりだしたころの、かちっとしたスタイルでピアノを弾き語る上品なシンガー・ソングライター、みたいなイメージがいまもまだ強いのかもしれないけど、いつごろからかはわからないけど、いつのまにか、ただそれだけじゃなくなってる、ということに気付いてもいいかもしれない。おそらく、P-VINEへの移籍のときにでも、服装や髪型を大胆に変えておいたらわかりやすかったと思うんですけどね。いま現在の彼女の音楽には、たとえば原色のワンピースにアフロ・ヘアー、みたいないでたちのほうがむしろしっくりくるかもしれない。

ピアノには凶暴なスウィング感もあるし、そもそもピアノを弾いてなくてエレクトロニカ風の編曲のものもある。サックスがフリーキーに暴れたりもする。まぎれもなく、いま現在日本と呼ばれている国のあちこちから集められたうたばかりでありながら、これみよがしな和のテイストはない。というか寺尾はたぶん、朝鮮半島や大陸のわらべうたについても調べたんじゃないかという気がするんだけど。

アレンジとか音の質感とかはまったく似てないのに、何度か聴いているうちに、60年代のイギリスの、フェアポート・コンヴェンションとかペンタングルだとかのことを思い出していた。彼らの活動は直接的には、アメリカのフォーク・リヴァイヴァルやブルーズの再発見に触発されて、それを自分とこの民謡をネタにしてやってみたらどうなるべぇか、って動機からスタートしたものだったと思う。日本にも民謡のポピュラー化の試みは昔から断続的にいろいろあったはずで、でも、今回の寺尾紗穂の冒険の、耳が洗われる感じっていうのはなかなかないんじゃないかな。昔のイギリス人がフェアポートとか聴いてびっくりしたっていうのはこんな感覚だったのかも、と勝手に追体験していました。

最初は音が入ってきて、だいぶあとから言葉が届いてくる感じだったので、数回聴いてしばらくして、あっこれってラヴ・ソングでもあるんじゃん、って気が付くなんてこともあった。そういう意味で言うと、わたしが赤子のころに聞かされていた中国地方の子守歌があって、その別ヴァージョンがこのアルバムにも収められてるんだけど、わたしがなじんでいる歌詞は、広く知られているやつで、♪ねんねこしゃっしゃりませ/寝た子のかわいさ/起きて泣く子の/ねんころろ/つらにくさ♪というもの。まあ、寝ない子は困りますよね。ツラも憎く見えてこようというものだよ。ってことは、自分自身が我が子の夜泣きに悩まされるようになって、ようやく心から理解できるようになった真実であり。

それにしてもどうして民謡、わらべうたに惹かれるのか? ってことは難しい。とくに結論を出さなくてはならないものでもないのだろうけど。寺尾紗穂の今後については期待しかなくて、心配があるとすれば、うっかり矢野顕子になったりしないよう気を付けてほしい、ってことだけ(矢野顕子も好きですヨ)。
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by soundofmusic | 2016-08-25 00:21 | 日記 | Comments(0)

1994年のフレッシュネスバーガー

d0000025_12133421.jpgさすがにこれだけはチェックしておきたい、と遅ればせながらミュージックマガジンの特集「90年代の邦楽アルバムベスト100」をざっと立ち読みして、結果としてはあーなんかそういう感じね、と思いながら帰ってくると、うちのかみさんが「CINRAでかせきさいだぁが『偽物のせいでシティポップは終わった』って言ってるよ」と教えてくれた。

MM誌の100選は、1位がオザケン『ライフ』で、あと『空中キャンプ』とかサニーデイなんかが上のほうに来ていたような。たぶん100枚の中でまったく知らないものって数枚だった気がするし、上位25枚はほぼ全部自分で持ってる(持ってた)か、聴いたことがあるか、要はなんとなく内容を把握してるもののはず。きっとゼロ年代ではこうはいかない。

これは、自分がいまよりもリスナーとして同時代のものに注意を払っていたことを示すと同時に、言い方は悪いけどこの100選が「その程度のもの」であることも示していると思う。もちろん雑誌ごとの傾向ってあるからさ、別に文句は言わないけど、いや、だってさ、もっとこういろいろ、知らないものもあるはずじゃないの? もっとも、集計して順番をつけるからつまらなくなるってことはあって、各人の個別の投票内容(うしろのほうに小さい字で載ってた)をざざっと見たら、こっちはさすがにヴァラエティに富んでたけど。

てことで、自分でもなんとなく選んでみましたが……これは90年代私的ベスト10でもなんでもないです。95~96年がなんとなくひとつのピークだったんでしょうね。

ピチカート・ファイヴ『月面軟着陸』(90年)
グルーヴァーズ『ロゼッタ・ストーン』(95年)
ザ・チャン『デイ・オフ』(95年)
マイ・リトル・ラヴァー『エヴァーグリーン』(95年)
サザンオールスターズ『ヤング・ラヴ』(96年)
フリーボ『すきまから』(96年)
高橋徹也『夜に生きるもの』(97年)
のっこ『ベランダの岸辺』(98年)
田辺マモル『田辺マモルのヤング・アメリカン』(98年)
ハリー&マック『ロード・トゥ・ルイジアナ』(99年)

今朝、グルーヴァーズのTシャツを着てママチャリに乗ったひととすれ違ったよ。ザ・チャンやフリーボが入るならマグースイムとかbenzoはどうなるんだ、って? マイラバのこのアルバムは中古盤で買った。メンバー3人のサインが入った野球ボール風のカードがはさみこまれてたけど自分が買ったやつにはそれが入ってなくて、あとでエル・アールのアルバムを中古で買ったらなぜかそこにはさまっていた。サザンのこのアルバムはみんな好きだったよね。桑田のソロ『孤独の太陽』ともども、よく聴いた。のっこのこのアルバムはいつか必ず再評価されると思っている。田辺マモルしかり。90年代からするといまみたいに気軽にうたもののライヴをやる細野さんが見られるなんてまったく想像できなかった。華原朋美『LOVE BRACE』に収録の名曲「サマー・ヴィジット」、『深海』で辛気くさくなる前のミスチル、SPEED『RISE』に収録の名曲「Too Young」、『キング・オブ・ロック』から『グッド・タイムス』までの真心ブラザーズ、ありがとう。と、ザ・ブーム「敬称略」っぽくいったん〆てみよう。

ところで最初に書いたCINRAの記事は、SATORI(このひとたち知らない)とかせきさいだぁとの対談で、そこでかせき氏は「渋谷系はレコード会社が偽物の渋谷系を大量に投入して、それで終わったんです」と言っている。

自分のイメージとしては渋谷系って92~93年頃のもの、というイメージというか思い込みがあるんだけど、実際にその手の音がいちばんあふれていたのってもう少しあとの90年代半ばだったんでしょう。渋谷系/非渋谷系問わず、信藤三雄/C.T.P.P.のデザインものが多く出回っていて、なんとなくよさそうと思って聴いてみるとたいして面白くない、そんなCDがたくさんあった時代。かせき氏の発言は、たしかにわたしも実感として、ある。

かせき氏はいまのシティポップについてもニセモノ、ダサいほうのやつが多いんじゃないの、と苦言を呈していて、それは自分もなんとなく考えていることなんです。一応、話題になってるやつとかをちょこちょこ試聴してみても、まあそこそこいいよねくらいで、そこから先になかなか進めない。これは当の作り手のひとたちの力量と、わたし自身のリスナーとしての蓄積そして感覚の鈍化と、両方の要因があるわけで、そうそう簡単になんでもかんでも面白がれるわけがないのだ。たぶんいま活躍してるシティポップと言われるもので、わたしが積極的に買いたい(文字通りの意味でも比喩的な意味でも)のって、まだないもんなあ。

それはそれとして、次々にその系の若手が出てきてるいまこそ大々的に打って出るべき/プッシュされるべき、カンバスや失敗しない生き方はいまどこで何をぼやぼやしているのか?(マジメに活動されていたらすみません) TOKYOに何を求めたのか? 何をコミュニケイトしたいのか? と、笠井紀美子っぽく〆てみよう。

そういえば完全に蛇足なんだけど、オザケン『ライフ』については、リリースからたしか4、5年(もっとかも)たったある日、ブックレットを見ていて、スペシャルサンクス的な欄にフレッシュネスバーガーと書いてあるのを見つけた。当時埼玉県南部に住んでいたわたしは、そのころようやくフレッシュネスバーガーというものを認識し始めた時期なので、94年にこれ食ってたなんてさすがオザケン、と感心したのでした。
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by soundofmusic | 2016-07-08 12:15 | 日記 | Comments(0)

私事

d0000025_12324093.jpg私事。わたくしごと。あらかじめなにかの言い訳をするときに使われることが多い言葉のような気がしますが、いろんなひとのわたくしごとを聞いてみたい欲求が、強いのか弱いのかわかんないけど、わたしにはあるみたいだ。

神宮前の建築家会館でおこなわれた小西康陽のトーク「公開ディスクジョッキー:わたくしの二十世紀、二十世紀の音楽」に行ってきた。自分が生まれた年の音楽から、時系列に沿って自分が聴いてきたレコードをかけて、それにまつわったりまつわらなかったりする思い出話をするというもので、言ってみれば究極のわたくしごとだった。または、本人も「小西康陽物語」と言っていたように、他人のレコードを使って書いた自伝。

まずは生まれた1959年、チャック・ベリー「オールモスト・グロウン」と、水原弘「黒い花びら」。こういうふうに並べてみると、「黒い花びら」を同時代のアメリカのソウル・ミュージックと重ねて聴くこともできるな、とさっそく耳が活発に動き出す。

札幌生まれの小西氏は、3歳のころから、両親とは離れて東京の親戚の家で暮らすようになった。そのことは何度も氏の文章で読んで知っていたけれども、理由が書かれているのを目にした記憶はない。そのことについて、家庭の事情的な何かだと思うけど、怖くていまだに訊けていない、と。

子供のころに聴いていたのはTVやアニメの音楽。冨田勲作曲の「リボンの騎士」をかけながら、「シェルブールの雨傘」と「ロシュフォールの恋人たち」のあいだに作られた音楽、と言っていて、なるほどたしかにルグランを感じるアレンジだった(忘れていた)。こういう実例を挙げられると、「自分が子供のころには豊かな音楽が身の周りにたくさんあって……」との回想にも素直にうなづける。

小学生になるとGS。オックスの「オックス・クライ」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)の、♪僕が一人で寂しいときは ロック踊って泣き真似するの♪という歌詞に衝撃を受けたこと。ゾンビーズ「ふたりのシーズン」やドアーズといった、エレキ・ギター主体でないサウンドにロック観をかたちづくられたこと。

ピンク・フロイドの『原子心母』について、当時はありがたがって聴いていたけどブルースにオーケストレイションをつけただけであることはあとになって気付いた、とのコメントも地味におかしい。

ビートルズを好きになって、両親に電話をして「ぼくはビートルズのことが好きになった」と言ったら、そのときすでに実家には当時出ていたビートルズのレコードが全部そろっていて、カセットテープに録音して送ってくれたとか。どういうふうに感想を伝えようかと思いながらいろいろ聴いているうちにいちばん好きになったのが『サージェント・ペパーズ』だそうなんだけど、これなんか、両親と離れて暮らす小西少年の心細さみたいなものが伝わってきて、なんか切なかった。

ポインター・シスターズ「イエス・ウィ・キャン・キャン」のことを中学校の教室で話していたら、友人の大塚くんが「こんなのはイミテーションだ、本物を聴け」と、ランバート,ヘンドリックス&ロスを教えてくれたエピソード。この話は小西氏の書いたLH&Rのライナーに載っているのでもちろん知っていたけど、すっかり忘れていた。これを生で聞けたのがこのイヴェントの私的ハイライトだったかもしれない。この大塚くんというひとは、中学生のクセにめちゃくちゃ早熟なジャズ・マニアだったそうだ。

この日のトークは、時間の関係で、小西少年が高校を卒業して上京し、ロジャニコのレコードを買ったところで終わってしまう。いわば「小西康陽物語」の第一部に過ぎないわけで、いつかぜひ続きが聞きたい、と思う。

ところでここから先はわたしのわたくしごとになる。この日の昼間、わたしの家の近所の新文芸坐で、前田満州夫「殺人者を追え」という映画を見たら、小西氏も見に来ていた。ここ数年、小西氏はものすごい勢いで旧作日本映画を見ているので、そのこと自体は驚くには及ばない。わたし自身もしばしば、小西氏を目撃している。

昔の映画やドラマだとちょくちょくあるパターンとして、劇中にこれ見よがしになにかの製品が出てきたり、俳優がその製品のことについてしゃべったりするというのがある。「殺人者を追え」という映画はやたらとチキンラーメン推しで、張込み中の刑事が朝からチキンラーメンを食べて「乙なもんだな」と言ったり、刑事がチキンラーメンの営業車に乗り込んでバスを追跡したりする。(ところで黒沢清の「クリーピー」で、プレミアム・モルツのラベルがこっちを向いた感じで映る場面があったが、あれもそれか?)

そんな映画を見た日の夜に聞いたトークで、小西氏がチキンラーメンの話を無理矢理気味にしていたのは、単なる偶然ではない気がする。ちなみに「殺人者を追え」の音楽は宮内国郎だが、トークでは、彼が作曲した「ウルトラマンの歌」(♪胸につけてる/マークは流星~)もプレイされた。

この、ウルトラマンの曲もそうなんだけど、あらためて聴いてみると、自分は音楽を記憶するときにほんとにアレンジとか演奏の細部、音響といったことを覚えていないなあ、と痛感させられたのがこのトークの収穫だった。「ウルトラマンの歌」の、歌に入る直前の短いリフなんか、おそらく「プリティ・ウーマン」とか「ナイト・トレイン」あたりを参照してる気がするんだけど、それもようやく昨日気付いた始末だ。

小西氏がかけた曲は、とくに過度にマニアックなものではなく、当時の英米のヒット曲、日本の歌謡曲やロック、あとは、さほどヒットはしていなくても多少音楽好きであれば耳にしているようなものばかり。だもんでわたしも、完全に初聴きだったものは2、3曲だったんだけど、こういう場合、知っているつもりのものに出会いなおす衝撃のほうが大きかったりする。シュガーベイブ「ショウ」の凝りまくったコーラスや、高田渡「アイスクリーム」のギターのヒップさなんて、どうやったらこれを忘れることができるのか、と驚いてしまうんだけど、でも、やっぱり、すっかり忘れてしまっている。

細野晴臣「チャタヌガ・チューチュー」(鈴木茂「100ワットの恋人」とのカップリングの、プロモ用シングル!にてプレイされた)をかけながらの、細野が参照したカルメン・ミランダノレコードを探しに行った話。あるレコードを聴いて、その源泉になったレコードを探し、そしてまた……といったやり方はわたしにとって基本中の基本だし、森山弟くんにとってもそうだと思う。そして同時にまた、もうそういう時代でもないのかもなあともときどき思う。でもまあ当分、自分はそのやり方の末席を汚し続けるんだろうな。
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by soundofmusic | 2016-06-30 12:34 | 日記 | Comments(0)

個展

d0000025_3123477.jpgどこで情報を仕入れたかぜんぜん覚えてないんだけど、先日、「黛敏郎個展」というコンサートがあったので行ってきました。10代後半から20代半ばにかけて書かれた6曲の生演奏と、30代の作品2曲(音源再生による)。

オープニングは、暗い中で再生される、電子音楽「オリンピック・カンパノロジー」。さまざまなところの鐘の音を採集してきて、電気的に変調させたり加工したりして作ったものらしいけど、ぱっと聴いただけだと、そんな大層な処理をしているようには思えない。単にテープ・コラージュだと言われてもわからない。数十種の鐘の音を聞き分けることができるこのひとなら、わかるだろうか。

で、この曲が終わると客席からは拍手が起きる。自分はちょっとためらってしまった。もちろん、DJが再生するレコードの音楽に拍手をすることはあるし、映画に対しても拍手をすることはときどきある(関係者などが列席していない場合でも)。しかし、純粋な再生音楽に対してそれをするってのは、なんかもどかしい。思えば、このときも同じような思いを抱いたのではなかったか?

生演奏の6曲は、編成も作風もいろいろバラバラで、前述したとおりの当時の黛の歳を考えると、まあ舌を巻くというほかない。この日、演奏されたうちでいちばん初期の作品「オールデゥーブル」(1947)は、黛は1929年生まれだから、18歳かそこらのときのもの。この日はピアノとドラムスで演奏されていて、第1楽章はブギウギ、第2楽章はルンバ。ジャズ・ファンの耳からすると明らかにスウィング感が不足していて物足りないけど、この曲、東京音楽学校(いまの東京藝大)の課題かなんかで提出されたものらしく、みんなびっくりしただろうな。ちなみに「東京ブギウギ」のレコードが出たのは翌1948年の1月だそうです。

「十個の独奏楽器のための喜遊曲」(1948)は、東京音楽学校の卒業作品。違ってたら申し訳ないですが、フランス風の開放感がある、風通しのよい曲に聞こえた。どこだかの海外のコンクールに出品したものの落選したそうで、それは純粋な出来の問題というよりは別の要因だったのではないか。

で、黛のすごいところは、まったく方向性の違った「スフェノグラム」(1950)を翌年のISCM国際音楽祭に出して、見事入選してしまうところ。この曲は、東南アジア~東アジア的な複数のモティーフを1曲の中にぶち込み、さらには日本民謡風のフレーズや西洋の作曲家っぽいところも顔を出し……といった具合の、キメラなんですが、はたちそこそこでそれを戦略的にやってしまう、できてしまうってのは驚き。この曲には、マーティン・デニーやアーサー・ライマンなんかのエキゾものとも並列にプレイ可能な瞬間があるし、思想的にはそれらを逆照射する細野晴臣らの先駆者でもあると思いました。

1953年には女優の桂木洋子と結婚。結婚式のために書き下ろした曲が、おそらく公共の場では世界初演だろうということで演奏されたんだけど、冒頭が、およそ結婚式にふさわしくないライトな不協和音で、まあ自分のパブリック・イメージをよくわかってる。曲が進むうちにウェディング・マーチかなんかの一節が織り込まれたり、後半は急に快活なテンポになって、指揮者は飛び上がるような動きでタクトを振る。この後半の急速調部分は、たぶん黛が手がけたなにかの映画音楽と共通するモティーフを使ってたと思う。

不協和音といえば、音源再生で披露されたもうひとつが、「0系新幹線車内メロディ」。発車時のジングルです。普通なら、あまり不穏な響きではマズいと思うんだけど、これは若干、旅への不安感をかきたてるような音響だった気がする。

セット・チェンジのあいだには企画者のひとが出てきて解説をはさんでくれて、門外漢の身にはそういうのもありがたかった。黛の音楽について、鋼鉄のロボットのようなかっこよさ、オシャレ、ユーモア、リミックス感覚、みたいなキーワードで説明していた。自分は主に映画音楽の作曲家としての興味から黛が気になってるんだけど、この日の個展は彼の純音楽側に焦点をあてたものとはいえ、自分にも充分楽しいものだった。来年は没後20年なので、たとえば武満と比べるとあきらかにワリを食っている感のある黛が少しでも注目されたらいいと思う。

ところで、ふだんクラシックのことなど完全に忘れて生活しているので、こういうコンサートに行くともらえる大量のチラシは貴重な情報源です。この日も、サントリーホールのサマーフェスティバルの案内が入っていて、おおそうだ、自分は夏フェスのたぐいにはまったく足を運ばないけどこれにはわりと行ってるんだったわ、と思い出し、今年のもブーレーズやメシアンの日に行くことにして、チケットを予約しました。
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by soundofmusic | 2016-06-13 03:16 | 日記 | Comments(0)