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音楽の方向

d0000025_210224.jpg台風が日本列島を直撃したこのあいだの日曜日(22日)、新高円寺スタックスフレッドでおこなわれた、ジョー長岡のホワスト・アルバム『猫背』のリリースパーティに行ってきました。

こちらでも書いたように、行きがかり上、録音が終わったあとの段階で少しお手伝いしておりまして、だからといって無理して褒めるわけではなく、いいライヴでした。録音に参加したうのしょうじ、樋口裕志、松村拓海が勢揃い。あそこのステージで4人編成はぎゅうぎゅうづめでした。樋口さんはステージの端っこ、ご自身のペダルスタチールとジョーさんのエレピで囲まれた空間に幽閉されてた。

その前の週、14日のPPFNP(みなさまありがとうございました)では、ジョー長岡+うのしょうじという編成で出ていただいていて、そのとき聴きながら、60年代のイギリスで活動していた、モーガン=ジェイムズ・デュオのことを思い出していた。セミアコとウッドベースのふたり組で、ジャズやらポップスやらの曲を、スウィンギーに歌うひとたち。

でもジョーさんが弾いてるのはアコギだしなあ(もちろんそれが悪いとかではない)と思っていたら、22日の「キャラメル」とか「波止場」では、樋口裕志のジャジィなエレキギターがまさにそういうムードで、そうそうこれだよ、と。バックの演奏に呼応してジョーさんのうたにも変化がもたらされてた。まあこれは完全にわたしの好みの問題なんですが、聴いていてときどき、もう少し力を抜いてもよいのではないかとちょっとしたもどかしさを感じることがあって、そういう意味では、信頼のおける仲間の熟練の演奏に身をゆだねてリラックスしてる(ように見える)この日の姿は、とても新鮮でした。

目の前でおこなわれている演奏を見聞きしながら、いろいろ考えてしまうのはよいことなのか悪いことなのか、一概には言えないでしょうけど、この日はとにかくあれこれ思いを巡らせてました。「素晴らしき日曜日」は、初めて聴いたときにはランディ・ニューマンが乗り移ったように聞こえたものでしたが、この日は、ホーギー・カーマイケルのヴァージョンも聴いてみたいと思い、頭の中でそれを再生したりしてた。山口百恵の「I CAME FROM 横須賀」を、『女たち』のころのストーンズがカヴァーしたのがあったら聴いてみたい、と常々夢想してるんですが、それと似たような感じで。

ジョーさんと樋口さんのデュオで演奏された「乳房」は、イントロのふたりのギターのリフに、あっこれ、サイモン&ガーファンクル「フィーリン・グルーヴィ」か、と気付かされたりして。ハモりで歌われてたら最高だったろうな。「乳房」の作曲は阪本正義さんですけど、阪本さんは『猫背』のことを、『ホソノ・ハウス』ならぬ『ジョー・ハウス』だ、と評してた(ジョー・サウスみたい)。自分は去年くらいから、阪本さんにはポール・サイモンの『ひとりごと』と細野晴臣のトロピカル三部作がまざったようなアルバムを作ってほしいと思ってる。阪本さんはそのアイディアに、「お兄ちゃん、ベタすぎない~?」って言ってたけど。

14日も22日も、終わったあとにみなさんと感想を交わし合ったのも楽しく、有意義でした。「波止場」をスウィンギーなアレンジにしちゃったことで、これはわたしの「波止場」じゃない、と怒った長年のファンが何人もいたとか、そういう話。ちなみにうちの兄弟はふたりとも、「これでよい」派。心地よく歌うこの日のジョーさんに、自分は何度か、ジョーさんもう、別にギター弾き語りじゃなくてもいいんじゃないかな、とすら思った。ビッグ・バンドをバックにうたに専念したアルバムなんかも聴いてみたい。もちろんいろんな意見もあるわけで、「なにカッコつけてんの、ヤダ」みたいな感想も耳にした。たぶんジョーさんのフィンガー・スナッピングとか、フランス語のun, deux, troisってカウントとかが、キザったらしくて耐えられなかったんでしょうね。

ところで、バックはビッグ・バンドでっていうのは、まったく実現の可能性がないことを言ってるわけじゃないつもり。演奏はどこかの大学のバンドにお願いして、何曲かピリッとした編曲を挾間美帆に頼んで。それをライヴで録音すれば、予算的にもなんとかなるんじゃない? つまりは山下達郎の『イッツ・ア・ポッピン・タイム』と同じ発想で……と、ここまで書いて思い出したけど、以前、二階堂和美 with ジェントル・フォレスト・ジャズ・バンドを一緒に見に行ったとき、ジョーさん、いま考えてることのヒントが得られた、みたいなこと言ってたじゃん。あれはそういう、いわばナット・キング・コールとかグレゴリー・ポーターみたいなアルバムができる伏線に違いない。

写真は22日のスタックスフレッドの、終演後のもの。左から、うの、松村、ジョー、樋口。みんなバラバラの方向を向いてるけど、たぶんこの日、杉並区で演奏してたバンドの中では間違いなくこの4人が最強だったはず。
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by soundofmusic | 2017-10-28 02:12 | 日記 | Comments(0)

小松菜奈はいなかった

d0000025_23404125.jpgジョー長岡さんと知り合ったのはたぶん10年くらい前で、彼が湯治直樹さんとちちぼうろというデュオをやってた頃。そのうちPPFNPに出てもらいたい、と思っていたら、もう活動停止するんですよ、と言われ、じゃあその前に、とあわてて出てもらったのが2007年の9月。そのあたりの経緯はここに書いてある。

2010年からは、毎年7月のPPFNPにはジョーさんが出て歌う、というのが恒例となって、7年間続きました。今年(今月)は歌はなかったけど、司会をやってくださったのはご存知の通り。

知り合って最初のうちはおずおずと、そしてしだいにずけずけと、さらに年月が流れるうちにあきらめ半分に単なる習慣として、わたしがジョーさんに言ってたのが、「アルバム作ってよ」というお願いでした。聴いてみたいから、というのがもちろん最大の理由ですが、それ以上に、音楽やってるんだったら折々の記録(レコード)を残しておくべきだろう、親が子供の写真を成長に応じて撮っておくみたいに、と思っているからってのもある。成長した子ども自身や、大人になってからその子供と出会う恋人が、小さいころの写真を見たがるに決まってるのだし。

年末になるとジョーさんや阪本正義さんは、高円寺の古本酒場コクテイル(食べ物とお酒がおいしい)で歌うのがこれもまた恒例となっていて、わたしも2回か3回に一度は足を運んでは、1年を振り返ります。「ジョーさん、来年こそはアルバム作ってよ」「うん、作る、作るよ」みたいな不毛な会話(酔っ払っての口約束)を何度か繰り返した記憶があります。

もうさすがにバカバカしくなってきて、自分がなにか言ってもなんの影響も及ぼすことはないなと気付いたので、ここ3年くらいはそういう話は口に出さないことにしてました。そしたら昨年あたり、ウッドベースのうのしょうじと再会したのを機に急にやる気が出たらしく、あれよあれよという間に録音が進んで、アルバムができちゃった。まあ実際はそんな簡単なもんでもなく、いろいろ紆余曲折があったには違いないんでしょうが、できるときにはできるもんなんだなあ。

4月に寺尾紗穂の武蔵野公会堂のライヴに行ったらジョーさんもいて、ライヴのあと、わたしと妻とジョーさんとでバーミヤンで夕飯を食べました。吉祥寺、ほかにもいい店いっぱいあるだろうになぜバーミヤンかというのにも一応理由があって、しかしこの話には関係ないので割愛しますが、そのときに、アルバムの帯のコピーを考えてくれないか、と頼まれました。何年か前、もしアルバムが出るとしたら、という仮定で、「ギターを持ったランディ・ニューマン」というコピーを勝手に考えたことはあったので、ふたつ返事で引き受けて、さっそくその日、ごはんを食べ終えて吉祥寺駅に向かう道すがら(たしか雨が降ってた)、「女々しくってごめんなさい」はどうだ、と提案してみたところ、「まだ音源なにも聴いてないじゃん!」と却下されました。

で、音源が届いたのは6月。ちょうど旅行中だったので、四条河原町のネットカフェでひとまずダウンロードして、一度通しで聴きました。それから数日間は、実際に音を聴くことはせずに、関西各地をぶらぶらしながら、どんな言葉がふさわしいだろうかと考えてた。小豆島では原付を借りて島をほぼ1周。「海ー!」「山ー!」と「溺れるナイフ」ごっこ(なぜか小松菜奈はいなかった)しているうちに思い浮かんできたのは、「海から来た流れ者」とか「霧笛が俺を呼んでいる」とかで、ほんとに日活映画のタイトルのセンスはすごいなと。

東京に戻ってきてからは、松本隆のエッセイ集「微熱少年」を読んだり、ユーミンの『ミスリム』を聴いたりしながらマジメに取り組んでたんですが、そしたら行きがかり上、帯の裏(っていうのは、かぶさって見えなくなっている側のことじゃなくて、裏ジャケ側に来る部分のこと)の文章も担当することになりました。

私事ですが、わたしは帯については一家言あるほうでして、ただかぶさっているだけでなにも書いてない帯はとにかく許せない。せっかくつけるのならば、できる限り文字情報を載せるべきだ、と主張して、小さな字でいろいろ書いてあるCDの帯の写真を送りつけたりしました(って書くとちょっと行動が帯オタクっぽくてキモいな)。

そんなわけですので、間もなくリリースされる男一匹ジョー長岡のホワスト・アルバム『猫背』を手に取られた方は、帯のあたりにびっしり載ってる文字を見たら、ああこいつが書いたのか、と思いながらご一読いただけるとありがたい。

今年に入っていちばん聴いたアルバムはたぶん斉藤由貴(そういやこのひとも猫背だ!)のベストで、これは50回くらいリピートしてますが(とくに好きな曲は「初戀」と「MAY」)、ジョーさんのも30回くらいは聴いたはず。わたしにとって『猫背』のほぼ唯一の物足りない点は、新曲がない=知っている曲しか入っていない、ということなんですが、とはいえしかし、いままでほとんどの場合、それらを弾き語りで聴いてきたのであって、今回はそこにうのしょうじのウッドベース、樋口裕志のペダル・スチール、松村拓海のフルートが加わって、新たな驚きがもたらされている。しかもそれは、半端なモンではない。

樋口、松村は数曲ずつに参加して、ここぞってポイントでおいしいところを持ってってますが、ほぼ全曲で聴けるうのしょうじのベースの推進力、ぴったりフィット感、それでいて意外性満載のフレージングには感嘆感嘆また感嘆。なんど聴いても、気付いてないおもしろみが次々に見えてくる。アルバム全体の名義をふたりの連名にすればよかったんじゃないかと、それくらいの貢献度です。

オーネット・コールマンとやっていたころの若き日のチャーリー・ヘイデンだとか、ビル・エヴァンス・トリオのスコット・ラファロ、と比べたらいくらなんでもほめすぎでしょうけど、でも言いたいのはいかにジョーさんがインスパイアされたかということなので、そのたとえで間違ってない。

あとはみなさんご自身の耳と目でお確かめください。PVは「鯰」で、へぇーこの曲をリード・トラックにしたのか、と思ったんだけど、どれにしたらいいのか自分で決められなくて、監督のスッパマイクロパンチョップさんが選んだのだそうです。『猫背』というアルバム自体、いかにも長い歳月かかってようやくできたホワスト・アルバムらしく、やりたいことぎゅうぎゅう詰めのイキった感じがむわっと立ち上ってきてるんですけど、リード・トラックを自分で決められないというエピソードが、これまたいいじゃないの、と思うわけです。
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by soundofmusic | 2017-07-16 23:41 | 日記 | Comments(0)

無粋

d0000025_153979.jpg土曜日のPPFNP20周年パーティにお越しくださったみなさま、DJおよびライヴ・アクトのみなさま、そして司会を務めてくれたジョー長岡さん、どうもありがとうございました。当日のことや思い出したもろもろを書くシリーズの最終回です。

今回特別に、いつもの渋谷エッジエンドから、三軒茶屋のOrbitへと場所を移しての開催でした。スペース広めの、靴を脱いで上がってくつろげるお店なので、本来はもっとゆったり過ごしていただけるはずでしたが、次から次へのお客様ご来場で、完全にキャパ・オーヴァーの状態でした。落ち着けなかった、よく見えなかったなどありましたらすみません。

カウンターのドリンク待ちの列がいつまでたっても途切れないのを見ながら、すげーなーとひとごとのように感心しておりました。ちなみにお店もスタッフおふたり体制で臨む予定だったところ急にひとりお休みになってしまったそうで、たいへんだったと思います。ありがとうございました。

終盤、司会のジョーさんが、われわれ兄弟には内緒でとってきた、森山の父母のコメントを発表する一幕がありました。母は当日来場しましたので、本人がじきじきにコメントを読み上げておりまして、こちらはほぼ内容に誤りはなかったのですが、病床の父からのコメント(兄弟の子供のころのエピソード)は、長年の時間の経過によって多少記憶が変形し、わたし側で把握している事実と異なっている部分が見受けられたため、無粋ではありますが、訂正と補足をおこないたいと思います。弟としてもなにか言いたいことはあるかもしれませんが、それは各自で。

まず、わたしが中学校のときに生徒会長に立候補して、演説の内容を事前に先生にチェックされて修正を求められ、それに抗議して当日、無言で通したというエピソード。

これは明確に誤りです。事前にチェックはあった気がしますが、覚えてない。しかしなにかしゃべったはずです。というのは、規定時間をオーヴァーして舞台袖で鈴が鳴らされたのを覚えているからです。ちなみに落選後、執行部入りを求められて断ったのは事実。

思い返せば中学や高校で、生徒たちが体育館に集められてなにかの議題について話し合ったりする集会的なものがありました。大人になってから否応なしに経験することになる、民主主義の練習的なものだったのでしょう。もちろん学校の体制というものに対しての不満は常にありましたが、同時に、こんな場所で革命は起こりっこない、とも感じていました。

次に、ご質問をいただいた「いいとも旅行」について。これは、小学生のときにわたしが主催していた、日帰り旅行サークルです。栃木県宇都宮市から、電車で東京や横浜にまで行ったりしてました。クラスの約40人のうち、いちばん多いときで20人くらい参加したんだっけな。付き添いはうちの母など大人2、3人で、母はガールスカウトのリーダーなので、慣れてるからいいとして、よく事故が起きなかったなと思います。担任の先生も、そういう余計なことをするガキがいると大変ですよね。もちろん学校とは関係ない活動であるとはいえ、もしなにか起きたら「知りませんでした」では済まないことは目に見えている。自分自身が子を持つような年齢になると、強くそう感じます。

小学生から高校生くらいにかけて、休みのたびにひとりで1泊から数泊の小旅行に出かけていました。大学に入ってからと20代にかけては、1年か2年に1回くらい外国にレコード買い付けに行くくらいで、出かける頻度は下がりまして、30代半ばからまた旅行熱が再燃していろいろ出かけるようになっています。

これも当日披露されたエピソードですが、小学生のころ、たしか東海道線のどこかで、電車の中で大学生に声をかけられました。彼は当時、鉄道旅行のサークルみたいなものをやっていて、小学生がひとり旅をしているのを見かけて、興味を持ったようでした。その後、文通をするようになり、東京の彼の家に遊びに行ったりしたのですが、その何度目かに、性的いたずらをされれかかりました。ベッドの脇の絨毯の上に並んで寝て、ズボンの上から股間を触られたのだったか。直接触られたりはしていません。そういうことがあって驚きましたが、あわてたり取り乱したりはしなかったし、普通に栃木県まで帰ってきました。なにが起きたのかよくわかってなかったのだろうか。親にも話さなかったはずですし、いままで誰かに告白した記憶もありません。ちなみに数年前、彼と同姓同名の男が、男児への準強制わいせつ容疑で逮捕されています。年齢も同じくらいのはずですし、住所も当時わたしが訪ねて行ったのとほぼ同じ地域です。おそらく彼本人なのだろうと思っています。

話変わって、当日も説明しましたとおり、PPFNPは20年間ずっと兄弟主催のイヴェントだったわけではありません。最初はわたしとたひらさんで主催してました。というか先日、1997年7月当時の日記を読み返したら、たひらさんのイヴェントの第1回に出る、みたいに記述されてました。PPFNPという名前を考えたのはたぶんわたしな気がするのですが、このへんのことはもうよくわからない。

それに先立って、95~96年ごろ、たしか埼玉県朝霞の渡辺浩二くんのアパートに集まってCDを聴いたりする会(名前はなんだったかな)というのをやってました。そういうときに、自分でイヴェントをやるとしたらどういう名前にするか、と考えたりしていた記憶があり、コウジくんが「ロック・フォー・ビギナーズ」はどうだ、と提案してきたのをいまでも覚えています。当時、かなりダサいネーミングだとあきれましたが、もしかするとグレアム・ナッシュの『ソングス・フォー・ビギナーズ』からヒントを得たのでしょうか? だとしたらあなどれない。『デジャ・ヴ』っていうタイトルがかっこいい、みたいな中学生っぽい話もしてたね、当時。あと、なんでワーナーから出てた『デジャ・ヴ』の国内盤CDって、解説がついてなかったんですかね。いまだに腹立たしい。

ところで、まだ知らないひとも多いと思うので説明すると、Pure Pop for Now Peopleの名前の由来は、ニック・ロウのホワスト・アルバム『ジーザス・オヴ・クール』がアメリカでリリースされたときのタイトルです。同地での発売元であるコロムビア・レコーズ(言わずと知れた大メジャー・レーベル)が、このタイトルはヤバいんじゃないか、と勝手に忖度して改題したのです。

わたしとしては一応、タイトル流用の許諾を本人から得ようと試みたことは少なくとも2回あって、一度はいつごろだか忘れましたが、イギリスのどこかにあててエアメールを出しました。そして20周年を迎える今年には、ニック・ロウのマネージメントをしている会社にメールしました。どちらに対しても、返事は来ておりません。

さて、スタートした1997年から2005年までは、わたしとたひらさんがレギュラーで、森山弟は東京周辺にいるときには準レギュラーとして参加、という態勢でした。とはいえ、森山弟は留学や仕事で遠隔地に住んでいる時期も長かったので、まあおおむね、たひらさんが脱退して森山弟が正式加入した2005年を境に、第1期、第2期と言えるのかもしれません。

いや待てよ。

土曜日、太田さんに、20年もやっていると終了の危機もあったのではないか、と問われました。わたしは当日最後のあいさつで、こういう晴れがましいことは極めて特別であり、もう2度とない、と断言しました。そこまで言わなくても、あっというまに25年目を迎えそうな気もするのですが、しかしそしたら、そのときわたしは49歳ですよ。なんというか、まあ……。

たしか100回を迎えたあたりで、わたしから弟に、脱退したい旨を伝え、慰留された経緯があります。いつごろからかわたしはまったく集客のための宣伝活動をしなくなっていますし、DJやライヴ・アクトのブッキングもここ数年、一切していません。(BLUEHOURさんにお願いしかけたことはあります。あと出てほしいのは、わっこさん。折坂悠太さんにもお願いしたいけど、もはや難しいだろうな)

当初はそうしたありように心苦しさを感じていたものの、最近ではなにも感じなくなっています。いまや実質的には、森山弟主催のイヴェントに、慣習ないしは付け合わせとして森山兄が付属してくる、第3期に入っているとみなしてよいでしょう。

ですから、というのはヘンですが、土曜日にお越しくださったみなさまも、わたしの存じ上げない方が大半でした。まったく存じ上げない方がたくさんいらして楽しんでくださってるのは別にいいというか、とてもありがたいんですよ。ちょっとだけ困ってしまうのは、わたしとしてもお顔にはたしかに見覚えがあって、あちらからはわたしが森山兄だと(当然)わかっていて話し掛けてこられるみなさまのお名前やご身分を、わたしがあまり覚えていないということなのです。そういう事情ですから、もし当日、わたしに失礼な態度をとられたとお感じの方がいられましたら、お詫びします。(ちなみに少なくとも1名様、その事実に気付いておられる方がいらっしゃいました)

さて、だいぶとりとめなくなってしまいました。そろそろこの文章も終わりに近付いています。最後にちょっとだけ、当日の話に戻って、檸檬葉にゲストとして参加してくれた萩原信義さんのことを。

ほかの出場者のみなさんはわりと何度か拝見してるひとたちで、萩原さんだけ初体験でした。隙間を生かしたフレージング、とてもわたしたちの知っているギターという楽器と同じものとは思えない音、とにかくなにもかもびっくりで、そしてなおかつ、まったくそんなすごいミュージジャンには見えない、そこらのおっさん的な風情(すみません)とのギャップ。落差という点でいうならば、予備校の先生みたいな生の鈴木茂を初めて見たときに近い衝撃がありました。

わたしがカウンターのあたりにいると、萩原さんが、すごい盛り上がってるね~、なにも薬やってないのにハイになっちゃったよ、と楽しそうに話しかけてきました。そこでわたしがなんとなく「昔はよくやってらしたんですか? ドラッグ」と訊いてみたところ、なにもお答えにならず、プイっと体の向きを変えて、ドリンクを買いに行ってしまわれました。

次回は10月です。またいつものエッジエンドでお会いしましょう。

(写真はリハーサル中の檸檬葉と萩原さん、それを見ている鈴木わみさん&音璃さん、左下で写真を撮っているジョーさん、右側は森山弟)
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by soundofmusic | 2017-07-13 01:09 | 日記 | Comments(0)

Twenty years ago today...Again!

d0000025_1359726.jpgヒット作の続篇っぽいタイトル(実際はキャストも話も前作と関係なかったりするやつ)でもって、前回の続きっていうか補足を少し。

気がつくとなんとなく、自分のやっている(やってきた)こと、ものの考え方、現在の状態、そういったあれこれの説明を迫られる機会ってのが意外と多い。他人や世間っていうのはたいてい、「で、ひとことで言うとどういうアレなの?」ってのを求めてくるもので、自分も初対面のひとに対してそういう態度をとることは普通にあるわけです。

理想としては、そんなふうに訊かれたとき、押し黙ったり不機嫌になったり「ひとことでは言いづらいンですよね……」とお茶を濁したりはせずに、自分はこれこれこういう人間で、いまやっているこれはこうした発想で始めていて、将来的にはこっちの方向に進んでいくつもりです、とはきはき答えられるのが自分としては望ましいと思っています。

とはいえまあ、なかなかそううまくいくわけもなくて、たとえば、どんな音楽が好きなんですか? と訊ねられたりすると、ありがちな返事は「いろいろ聴きますね~」で、もうちょっと話が進むと「ここ数年はソウルとラテンにややウェイトを置いています」みたいなことも言うときがある。でもこの答え方ね、話題が広がんないんですよね。いろいろ聴きます、というのは気持ちとしてはウソじゃないけど、実際は好き嫌いが激しくていいと思ったやつしか聴かないし、ソウルとラテンが好き、って答えたら、そう返事されたほうは、あ、ソウルとかラテンが好きなひとなのか、って思うかもしれないけど、そしてそれはウソじゃないんだけど、だからってそういうもんじゃない。

ほら、やっぱり説明が難しいんだよ。極端に言うと、1回1回の選曲なんてのにはあんまり重要性はなくて、連続体のなかの一瞬としては意味があるというか……でもそれって、長年ずっとそばに張り付いて見ててくれよってことでもあって、いくらなんでもそれはおこがましい。みなさん忙しいでしょうし。まあ要するに歴史には転換点なんてのはそうめったには存在しなくて、便宜上そうしたものがあるかのようにふるまってるってだけのこと、なのかもしれない。関係ないけど細野さんもさぁ、「あのときは学生服着てましたよね?」とか「あんときはJBのカヴァーしてたじゃないですか!」とか詰め寄られても困ると思うんですよ。「そのときはそういう気分だったから……」としか言いようがない。って、自分の心象を勝手に細野さんに代弁させてスミマセン。

ところで、弊イヴェントのセットリスト、こちらで2002年ごろの分から参照できます。自分のものに限っていうと、えっなにそれ全然覚えてない、みたいなのは数十曲に1曲くらいかな。意外と変わり映えしませんね。

で、こっからが前回書き漏らした話。CDが売れなくなった、的な話は世間ではさんざんされてきてますし、うちの兄弟についていえば別に関係ない話なので割愛するとして、DJイヴェントをめぐる状況みたいなものは変ったよなーとは感じます。弊イヴェントがスタートした1997年当時、PPFNPのようなノンジャンルうたものイヴェントは目につく範囲では存在してなくて、同じようなことをやってるやつがいたらぜひ友達になりたい、と渇望していましたが、その当時からいまに至るまでの20年間のどこかで、まっそんなことはどうでもいいか、と考えが変わりました。ある時点で変ったのではなくて、時間をかけて徐々に、そうなっていた。まったく同じでなくても面白いことをしているひとたちがいろいろいるのがわかってきたのと、あとはありきたりですが、自分の成長ないしは加齢による気持ちの変化です。

それはそれとして、業界関係者とか、バンドやってるひととかだけじゃなくて、なんでもないただの音楽好きが何人か集まって、どっか場所を借りて、好きな曲をかけるっていうの、いまなら昔よりも簡単にできるし、アナログじゃないとダメとかもう誰も言わなくなったし、それどころか盤なんて持ってなくてもiPhoneでできちゃうし、みんなどんどんやればいいと思う。90年代はみんなそうしてたよ、と書くと歴史の捏造になるから書かないけど。

とはいえ、特定のアーティストしばり(「ザ・スミスnight」)とか、ひとつのジャンル・オンリーのイヴェントは、わたしはあんまり行く気がしないから、好きなひとだけで勝手に盛り上がってください。そのかわり、なにか関係ない同士をくっつけてやれとか、どうしても決まった枠からはみだしてしまって困ったな、みたいなDJは聴いてみたいので、イヴェントやるときは教えてほしいです。

最後に。ここ数年、海外編集のコンピレイション盤を見ていて、これって弊イヴェントのおまけCDと同じ発想だよなあ、と僭越にも感じることがちょくちょくあります。たとえば『君の名を叫びたい~浮かれ男子の妄想ガールズ・ネーム・ソングブック』は、女性の名前を織り込んで歌われたヒット曲を集めたものだし、『男子たち、これが答よ!~女子たちのアンサー・ソング』は、男性が女性に語りかけたヒット曲にあやかって作られた女性からのアンサー・ソングを集めた1枚。他人が作ったとは思えない。どっちも解説、安田謙一だし。

手持ちの中からなにを選ぶか、そして次になにをかけるか、は、それだけでそのひとの個性だし、批評の萌芽でもあるってことはずっと言い続けてるわけですが、せっかくなので違う言い方を考えてみよう。これは、毎日のように新しく考えられては発表される、レシピみたいなものなのかも。どこの家の冷蔵庫にも転がってるこれこれに、あれをかけてこれと混ぜると、あっと驚く意外なおいしさが! みたいな。

レアな食材だとか高級な輸入物、本格的なスパイスも、たまには必要でしょう。でもそういうのは、プロにまかせて、もっぱら外食で味わえばいい。日々の生活を楽しくするのに重要なのは、よしんば毎日でなくても日常的に接するものに対して、自分だったらなにができるか、そしてどうやるか、それを考えて、試して、工夫してみることなんじゃないかな。それやってると、20年くらいは、あっというまにたっちゃうみたいです。

とりとめなくなりましたが、今度の土曜日7月8日は、三軒茶屋Orbitで、PPFNP20周年の記念回です。DJ、ライヴ・アクトともども大増量。それに呼応して入場料やや値上げ。となっておりますが、いずれも今回のみの特別措置となっております。夕方から夜までたっぷりお楽しみいただけますので、ぜひ遊びに来て、音楽の話をしてください。詳しくはこちら
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by soundofmusic | 2017-07-02 14:02 | 日記 | Comments(0)

It was twenty years ago today...

d0000025_23564551.jpgペパー軍曹があの楽隊に演奏を教えたのは、いまから20年前のことなんだってね。流行り廃りを乗り越えて、みんなをにこにこさせ続けてきた。

というわけで、7/8にPPFNPが20周年を迎えるのを記念して、当時の様子を振り返ってみます。20年、114回っていうと客観的に見てもまあまあすごいなと思いますが、なんといっても足を運んでくださっているみなさんのおかげであり、リーズナブルな料金で場所を提供し続けてくださっているエッジエンドのおかげであり、そして精力的に運営してくれている弟くんのおかげでありまして、わたしはほとんどお飾りに過ぎないのであります。

20年はさすがに長いねーと感じるのは、最初の5~6年は自分のセットリストとかおぼろげながら覚えてた気がするんだけど、いまとなっては完全にどこかに消え失せたってこと。時の流れと自分の老化との相乗効果。覚えていると思ってもいずれ忘れるので、写真なり記録なりは残しておいたほうがいい。土本典明は「記録なくして事実なし」と言ってますがこれは本当です。

毎度毎度の話で、PPFNPが始まった1997年7月は、第1回フジロックの年で、わたしは当時も今も、行ったこともないのに野外のロック・フェスなんてものには懐疑的ですから、台風で2日目が中止になった話を聞いても、それ見たことか、みたいに思ったんじゃなかったかな。翌年、翌々年と開催地を転々をしていた時期のよるべない感じは、いまからでは想像もできないんじゃないかと思います。

この20年のあいだに、ロック・フェスはすっかり日本の風土になじんだように見えます。それと反比例して、PPFNPのような、ノンジャンルうたものDJイヴェントはすっかり姿を消してしまったように見えますけどそうでもないんですかね? 逆にむしろいまのほうが、ごく普通に受け入れられているんでしょうか? 最初の何年かはずっとイライラしていたような気がします。いや、もっとかもしれない。ようやくいくらか落ち着いた気分で日々を過ごせるようになったのはここ5年くらいのものでしょう。いまから24歳に戻ってすべてをやり直せるとしたら……という仮定は意味がないので、今後とも、続けられそうなら続ける、無理そうならやめる、という方針で進めるしかないんでしょうね。

いろいろ変化はあったものの、変わらず続けているのは、比較的安いCDを買うことによって20世紀のポピュラー音楽史の一部を自分の中に根付かせようとする作業でして、そんなわけで以下、PPFNPが始まった、1997年7月にわたしが買った音盤のリスト(購入場所と値段付き)です。特記なきものは中古CD。英語表記のものは輸入盤、日本語表記のものは国内盤。

☆7月6日
○ディスクユニオン北浦和店
イアン・マシューズ『もう話したくない』1260円
Ace『The Best of Ace』1050円

○ディスクマップ大宮アルシェ店
Milt Jackson『Sunflower』924円
Barney Kessel with Shelly Manne & Ray Brown『The Poll Winners Ride Again!』1050円(新品)
Joe Henderson feat. Alice Coltrane『The Elements』1050円(新品)

☆7月12日
○レア中野店
Stevie Wonder『Fulfillingness' First Finale』1050円

○中野厚生会館掘り出し市
デビッド・キャシディー『チェリッシュ』300円(LP)
エルヴィス・コステロ・アンド・ジ・アトラクションズ『トラスト』300円(LP)

☆7月13日
○桃太郎前川店
吉田美奈子『ミナコⅡ』672円
Stevie Wonder『Love Songs』672円

☆7月14日
○リバティ御徒町店
真心ブラザーズ『B.A.D.』1344円
Steve Winwood『Steve Winwood』714円

○ハンター銀座ソニー店
ジョージ・ベンソン『アビイ・ロード』630円

☆7月19日
○ミヤコ(蕨・西口)
ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ『ユタ・ヒップ・ウィズ・ズート・シムズ』1000円

☆7月20日
○ディスクユニオン新宿店
ザ・スズキ『エヴリバディズ・イン・ワーキング・クラス』3150円(新品)
Marmalade『The Very Best of Marmalade』1050円
Richard Thompson『Hand of Kindness』1050円
Ronnie Lane & Slim Chance『Anymore for Anymore...Plus』1050円
Material Issue『Destination Universe』315円
Steeleye Span『Below the Salt』1470円(LP)
Stackridge『Pinafore Days』1050円(LP)
Ace『Five-A-Side』840円(LP)

○ディスクユニオン新宿ジャズ館
ケニー・バレル『ミッドナイト・ブルー』1260円
Miles Davis『Porgy and Bess』735円

○ピュアサウンド新宿店
Spirogyra『St. Radiguns』924円

☆7月24日
○ディスクマップ渋谷109店
Jonathan Richman『Surrender to Jonathan』714円

○ディスクユニオン渋谷店
Richard Thompson『Rumor and Sigh』1050円
Spice Girls『Spice』525円

☆7月26日
○ディスクマップ渋谷109店
スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』1029円
Tommy Keene『The Real Underground』714円

○弟から
ピチカート・ファイヴ『ハッピー・エンド・オヴ・ザ・ワールド』1900円
J.J.ジョンソン『ダイヤルJ.J.5』900円
ブルー・ミッチェル『ブルース・ムーズ』900円
ボビー・ティモンズ『ジス・ヒア』900円
ジョニー・グリフィン『ザ・リトル・ジャイアント』900円
ザ・ポール・ウィナーズ『ザ・ポール・ウィナーズ』900円

☆7月27日
○三国志芝中田店
スピード『スターティング・オーヴァー』1619円
ローリング・ストーンズ「ハイワイアー」73円(CDシングル)

○桃太郎前川店
ビリー・プレストン『キッズ・アンド・ミー』1008円
トゥーツ・シールマンス『ザ・ベスト!』840円

○ゲオ川口芝下店
ニック・ロウ『レイバー・オブ・ラスト』399円

☆7月29日
○ディスクユニオン新宿店
メロウ・キャンドル『抱擁の歌』1470円
フリートウッド・マック『枯木』1050円
Bee Gees『Idea』945円
Happy Mondays『Pills'N'Thrills and Bellyaches』420円

○ディスクユニオン新宿ジャズ館
Jimmy Smith『I'm Movin' On』945円
Bobby Hutcherson『San Fransisco』735円

このころはまだディスクユニオン一辺倒じゃないね。至る所で中古CDが買えた時代だったんだ。桃太郎とか三国志とか耳慣れない店名が並んでますがこのへんは当時、わたしが埼玉県の深南部(駅は京浜東北線の蕨)に住んでいたことに由来するものです。そうそう、思い出してみると中古のゲームソフトとか古本とかを細かい扱う店が近所に何軒かあって、定期的に見回ってたんだった。夢の中でサニーデイ・サービスのCDを売ってるのを見て、その店に行ったらほぼ夢で見た値段で買えたこともあった。

この月には買い物はしてないですが、蕨西口のレア盤屋、ディスクヘルツにはずいぶんお世話になりました。ディスクマップ渋谷109店はこの年の5月くらいにできた店だったみたい。いつごろまであったんだろう。どんな感じだったかまったく覚えてない。ピュアサウンド新宿店ってのはアルタの裏側あたりの地下の店。あのへん何軒かあったよね。そしてリバティ。どこの店舗にいちばんよく行ったんだっけかな。池袋かな。レジを通ると警報タグを無効化するために丸いシールを貼ってくれて、それがやたらと剥がしにくかったんじゃなかったっけ?

内容で言うと、アメリカン・ロックへの興味はまだまったく芽生えていないことがわかる。ソウルには関心があったみたいだけど、それが本格化するのはここから15年後くらいのこと。ラテンもまだ。ジャズを聴き出したのは1996年の正月だから、まだ名盤を手当たり次第に買っていくのに必死な時期。そんな20年前。
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by soundofmusic | 2017-06-24 23:57 | 日記 | Comments(0)

ウルトラ黛ニューミュージック

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ユーロスペースで実相寺昭雄の特集上映があって、「ウルトラセブン」の「狙われた街」「第四惑星の悪夢」「円盤が来た」を見た。お客さん20人くらいのうち、たぶん自分以外は全員、わかって見に来ているひとだったと思うので、「狙われた街」の非常に有名な場面で、あっこれはこの話だったのか! と内心びっくりしてたのも、必然的に、わたしだけだったと思う。

とはいえ今回の本題はそれではなく、主題歌の話。格調高い金管のイントロに続いて、セブンセブンセブン……と歌われ、♪はるかな星が 郷里だ♪と歌詞が始まるところ、よく聴くとウォーキング・ベースのフレーズがなかなかかっこいい。かなり音量は小さいものの、ドラムスもけっこうハデなプレイをしているみたい。どういうひとが演奏してるとか、情報あるんだろうか(調べてない)。

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そんなこんなで翌日、発売になったばかりの、黛敏郎『日活ジャズセレクション』を聴く。タイトルの通り、黛敏郎が日活映画のために書いた大量の音楽の中から、ジャズっぽいものを集めたコンピ。なんの気なしに買ったけど、いざ聴いてみたら、あっこれこそが自分が欲しかったCDだわ、と気付いた。

そもそも日本映画では、作品単体のサントラをLPとして出して、売ろう、という発想は、欧米と比べるとずいぶんあとになってからでないと発生してこなくて、本格化したのは1970年代に入ってからではないかな(ちゃんと調べてない)。主題歌のシングルは昔からありましたけどね。黛の場合、『東京オリンピック』のLPはあって、ただしこのLPも、米盤と、たしかイタリア盤は確実に存在するけど、日本盤はあったんだっけかな?

ということでこのCDに入ってる音楽、ものによってはサントラCDが出てるのもあるし、既発のコンピに入ってる曲もあるけど、かなりの部分が初音盤化なはず。折に触れて現代音楽だったり、ラテンだったりの要素が混入してきてて、考えてみたらこうした、昔の日本映画を見てて耳に入ってくるマンボやチャチャチャって、最初は、レトロでキッチュな昭和の文化として、いわばかっこ付きで良いと思ってたけど、今回のこのCDを聴いたら、そうした気持ちはなくなってて、わりと自然に楽しめるようになっていた。

それで考えるのは、たとえばジョージ・ラッセルなんかについてどう思ってたんだろうなってこと。

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と、この話はここで終わるはずだったところ、ちょっと書き留めておきたい話題を見かけたので書いておきます。ライト・イン・ジ・アティックという再発レーベルがあって、近年、いい仕事をなさってますが、そこから、『Even A Tree Can Shed Tears』というコンピが10月(だいぶ先ですが……)に出る。

タイトル聞いてすぐピンとくるひとがどれくらいいるのか、わたしはわかんなかったけど、この一節は西岡たかし「満員の木」の歌詞から採られたもので、つまりこのコンピは、1969年から1973年の日本のロックとフォークの、欧米向けの初の本格的な紹介なのだそう。こちらの商品説明のページ、説明は英語だけど全曲試聴もできるので見てみてください。解説読むと、GSやカレッジフォークへの対抗馬として勃興してきた「New Music」を集めたものだとある。日本語には「ニューミュージック」という言葉がすでにあるからわたしたちは多少混乱しちゃうけど。

全曲試聴しながら、このコンピで初めて日本の音楽に接するリスナーのことを想像してみた。どこかの街には、Kenji Endoにニック・ドレイクを聴き取り、Sachiko Kanenobuにジョニ・ミッチェルを重ねてみる男の子がいるだろう。Dogenzakaという耳慣れない地名に、カーナビー・ストリートやヘイト・アシュベリーと共通するものがあるらしいと知り、そしてそれがあのShibuyaの一部だと気付いて驚く女の子もいるかもしれない。

丁寧に編集された1枚のコンピが、個人的にも、もっと大きなリスナー集団にとっても、すごく重大な意味を持つことがままあるわけで、もしかするとこの1枚の真価は、5年後、10年後にじわじわと明らかになってくるのかもしれないですね。

さらに! こちらを読むと、ライト・イン・ジ・アティックは本盤を皮切りに、日本の音楽アーカイヴ・シリーズをスタートさせるとある。『Pacific Breeze: Japanese City Pop, AOR & Boogie 1975-1985』や、『Kankyo Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』などが予定されているそうで、とくに前者は楽しみでならない。これでようやく、シティ・ポップやAORが正統な和製英語として、英語圏のリスナーの辞書に登録されることになるんだろうか(「Obi」以来?)。

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もっとも、個々人のレヴェルではすでにその動きはだいぶ前から始まっているようで、岸野雄一は、昔はどこにでも300円であったユーミン『ミスリム』やヤマタツ『スペイシー』は、台湾や韓国のDJがみんな買っていってしまうのでほんとに見かけなくなった、と書いていた。

その岸野氏が紹介してた台湾のアーティスト、雀斑(Freckles)の『不標準情人(Imperfect Lover)』を買ってみましたところ、実にすばらしかった。失敗しない生き方をバックに土岐麻子が歌ったようなといえばいいか、かわいさのツボと、高い(しかしイヤミでない)音楽性を兼ね備えたアルバム。ここ数年の日本のシティ・ポップと呼ばれる周辺のもの、噂を耳にしてよさそうな気がするものはぽつぽつとは試聴してるつもりでいるものの、積極的に買ったりしそうなものはいまのところほぼゼロなんですが、これはぽーんと超えてきた感があります。試聴してみてください

とはいえ、欲しくなったとして、これ、タワレコのワールド・コーナーとかで買えるのかな。アジアものの専門店に行けば買えそうだし、そのうち日本盤が出そうな気もしますけど。ご希望の方はわたしが次回(たぶん来年だと思うけど)台湾に行ったときに買ってきますので、お申し付けくださいませね。(追記:iTunesだと買えるみたいです)
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by soundofmusic | 2017-04-22 15:00 | 日記 | Comments(0)

土台

d0000025_1532744.jpg1月の下旬に網膜剥離で入院して、手術をして5泊くらいで退院して術後の経過は良好なんですが、とはいえ、ふだんあまり病気しないので意識してなかったけど、退院して日常生活を送れる、イコール、以前と寸分たがわぬ自分に戻った、という意味ではなくて、やはりなにかが決定的に変質してしまった感は否めません。

具体的には、剥離を起こした右目の視力がぐんと下がってしまって、しかし徐々に戻りつつある段階なので、いまはまだメガネを作り直すわけにはいかない。となると、真剣に目を使う娯楽は避けた方がいい、というかそれ以前に、万全には楽しめないので、映画もなに見てもおもしろくねえなあ状態で、気分的にはルパンの太宰座りでもして不貞腐れたいところで、そして、これも初めて気付いたことなんだけど、レコ屋で棚を見るのも、意外と目を酷使する娯楽なんですね。そういえば90年代後半からゼロ年代前半、ロンドンに買い出しに行っていた時期は、1日中レコ屋を回っていると目が疲れるので目薬を持って行ったりしてた。

そんなこんなでユニオン詣での回数も明らかに減ってますが、昨日、10分くらいの空き時間にささっと飛び込んだユニオンで買ったレコードについてちょっと書いておきたい。

ブラジルのコーラス・グループ、ゴールデン・ボーイズの68年度作『Na Linha de Frente(最前線)』。このアルバムは未CD化なのかな。「君の瞳に恋してる」、「イエロー・バルーン」、ビートルズ「ハロー・グッバイ」など英米の曲のカヴァーもちょこちょこ入った、そこそこ楽しいアルバムですが。

いつごろからいつごろまでなのかは調べてませんが、60年代あたりのブラジルのLPって、全部じゃないかもしれませんが、いわゆる厚紙製のジャケットを使ってないものがよくある。じゃあどういうふうになっているのかってぇと、現物をご存じない方に言葉で説明するのが難しいんですが、表ジャケと裏ジャケが印刷された薄い紙があって、それぞれが厚手のヴィニールで覆われていて、そのふたつの3方向がくっついてて、それがいわゆるジャケットになっているわけです。だもんで、盤を出すと、へにゃってなる。盤を保護する力も、いわゆるジャケットには劣りますね。

というわけで、買ったひとが、ヴィニールを切って薄いジャケット部分を取り出し、それを、自分で調達してきた無地のジャケットに貼り付けた状態にすることが、ときどきあります。わたしが今回買ったものも、購入時にはよく確認しなかったので、四辺にテープが貼ってあるなーとは思ったんだけど、ボロくなった部分を補修しているんだろうとしか思わなかった。家に帰ってきてから何の気なしに見ていると、裏ジャケの印刷の下に、なにか透けて見える。背の部分を見て驚いた。ポール&リンダ・マッカートニー『ラム』のジャケを、貼り付ける土台として使っているのだった。
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by soundofmusic | 2017-03-09 01:55 | 日記 | Comments(0)

2016年のグッド音楽

d0000025_9483513.jpg遅ればせながら、みなさまあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さっそくですが2016年のグッド音楽です。前年と比べると購入枚数の合計は60枚くらい減りましたが、減ったのはCDで、アナログ(シングルは買わないので、LP)は逆に微増しました。世間で言われているレコード復権とやらはいよいよ本物なのか、と思うかもしれませんが、わたしの場合、CD出てれば基本的にはそっちを買います(とくに新譜については)。とはいえ、世間の動向と自分とがまったく無関係ということもないので、なんかアナログ買うのが気分、みたいな空気はたしかにあったんじゃないかなあ。

ジャンルとしてよく聴いていたのはR&B~ソウルと、ラテン。とはいうものの、ラテンにはいくらか飽きてきた感もあります。サルサなんかはたしかに高度に発展した音楽ですが、それでもやっぱり最終的には、実用音楽ってことになっちゃうような気が、現時点ではしています。ラテン音楽のレコードで、曲名のあとに括弧してマンボとかルンバとかチャチャチャとか書いてありますけど、あれはそういうことでしょ。ま、この問題については数年以内程度に結論を出したいです。で、それにともなって、しばらく離れていたブラジル音楽に戻りそうな予感もあり、ってのが2016年の年末~2017年の年頭のモードです。

前置きはこのくらいにして、グッド・アルバムを12枚。すべてCDです。LPでもいいのがいろいろありましたが、引っ張り出して聴き直して精査するのが億劫なので割愛。並びは買った日付順。

◇:Swan Silvertones『My Rock / Love Lifted Me』(rec. early 50s/1991)
●:Marvin Gaye『In Our Lifetime』(1981)
▽:Etta James『Rocks the House』(1964)
☆:V.A.『Rumba DooWop』(rec. 1933-1956/2012)
+:Joan Shelley『Over and Even』(2015)
■:柴田聡子『柴田聡子』(2015)
@:寺尾紗穂『わたしの好きなわらべうた』(2016)
≠:Andy Shauf『The Party』(2016)
∵:V.A.『Light Mellow - ONE DAY』(rec. 1976-1991/2016)
§:折坂悠太『あけぼの』(2015)
>:Anamaria & Mauricio『Vol.2』(1972)
#:渡辺貞夫『パストラル』(1969)

コメント。

◇:ゴスペル。ブックレット見ても録音年の記載がないのですが、50年代前半の録音が70年代に2枚のLPにまとめられて出たもの?で、わたしが買ったのはそれを2イン1したCD。5、6人による声が主で、加わるのはせいぜいピアノとドラムスくらい。普通に考えたら素朴な音楽とみなされることが多そうですが、しかしこれは、人間の声でやってるからゴスペルとかコーラスに分類されているだけであって、宗教活動の側面をとりあえず措いといて(そこ措いといていいのかという問題はともかく)音楽としての側面だけを見るならば、むしろ後述の▽なんかと同じ、ガレージ・ソウルみたいなもんだと思います。一糸乱れぬハーモニーなどとは程遠いエネルギーのぶつかり合い、猛烈なドライヴ感、各自が勝手に自分のパートを歌っているような奔放さ。いままで聴いたゴスペルのなかで、とはいってもたいして聴いてませんが、これがベスト。

●:2015年のベストには『離婚伝説』を選んでいたわけですが、これはその次の作品で、モータウンに残した最後のアルバム。まあとにかくベースが動く動く。ベースラインを追っているだけで楽しくて仕方がない。ひじかたさんは「ただのブラコンじゃねえか、こんなもん」と(ここ、桑田佳祐の口調で)おっしゃってましたけど、そういわれてもやむをえないメロウで明朗な名盤。ちなみに、岡本まな監督の映画「ディスタンス」には、マーヴィンが非常に重要な役で出てくるので(本人は出てこない)要チェック。

▽:やたら客が盛り上がって、それに呼応するようにして演者もノってくる、ってぇのは古今東西を問わずしばしばある現象。それが幸運にも記録に残ってるっていうとダニー・ハサウェイ『ライヴ』とか、サム・クック『ワン・ナイト・スタンド』とかが思い出されます。このアルバムはそれらと並ぶといってもよい熱量なんですが、これ本当にライヴ録音なのかな。ガヤのかぶせかたがなんか擬似っぽく聞こえる気もするんだけど。

ところで、ちょこっと蓮っ葉な雰囲気を漂わせている女性歌手について、しばしば「姐御」という形容詞が冠されますが、そんなにそんじょそこらのライヴ・ハウスに普段使いな感じで姐御がいてはたまらない。そうした呼び名はこのエタにこそふさわしいのです。もしくは、姐御のインフレ的氾濫を許すことにして、エタを「極妻」に格上げするか。

ジャケット写真の、白い衣装の彼女のドスの利いた感じがまた最高で、そしてなぜか、かなり目立つ感じで右手に白い包帯が巻かれている。そのことについて、「恋人をぶん殴ってケガしたに違いない」みたいに書いてるブログを見つけたときには笑いました。文字どおりというかダブル・ミーニング的に、パンチの利いた音楽。聴いてたら、なぜかしら初期のビートルズのことを思い出しました。

☆:ざっくり言ってここ5年くらいでしょうか(もっと前からかも)、黒人音楽史をさまざまな角度から再検証する良コンピがどんどん出てきたなと感じてます。これは、アメリカ合衆国の黒人音楽がラテン音楽から受けた影響についてまとめた2枚組。名コーラス・グループであるコースターズが歌う「ブラジル」が入ってるんですが、これ、スチャダラパー「ドゥビドゥWhat?」の元ネタでした。とくに一度も探したことなかったけど20年後に出会えた。

聴いて連想したのは、篠田一士が「二十世紀の十大小説」で、いずれ北米文学と中南米文学は必然的に融合・統一されて、ひとつの大きなアメリカ文学になるだろう、と予言していたことでした。読んだときにはなんて気宇壮大な、とあきれつつ感激したものですが、その後、大和田俊之の講座を聞きに行ったら、北米音楽と中南米音楽との関わりについて、まったく同じ予言をしていて驚きました。大和田氏は篠田の予言については知らないと言ってました。

個人的にも、2016年2月、メキシコシティで何日か過ごしたあとニューオリンズを訪れたら、ふたつの都市が明らかにメキシコ湾を囲んで同じ文化圏に属しているのだと体感しました。スペイン語がわかるようになってから、また中南米のどこかには行ってみたい。

+:アマゾン(南米のではなく、日本の)で買い物をしていると、これ買ったひとはこんなものも買ってますよ、として余計な品物が画面に出てくることがあります。試聴はタダなので、そう言われたら一応知らないものは片っ端から試聴すべきだと考えており、基本的にはそうしてまして、このひともそういう過程を経て知りました。というか、あとになって気付きましたが、彼女はダニエル・マーティン・ムーアとの連名でアルバムを出していて、すでにそれを持ってました。

そのダニエル・マーティン・ムーアや、ルーク・ウィンスロウ=キング、ロバート・エリスといった、声を荒げることのなさそうなシンガー・ソングライターたち(うつむく青年系の現代版ともいえるかも)が、ここ3~4年の確固たるお気に入りの傾向としてありまして、シェリーも同じムードを持ったひと。フリー・フォークの幽玄とも、ルーツ志向の土くささとも違う。ニューヨークやLAといった大都会の洗練とは距離を置いた、地方都市出身者らしい堅実さみたいなものに惹かれて、よく聴きました。

堅実といえば、ことCDとなると普段の緊縮財政などすぐにどこかに吹き飛んでしまうわたしですが、試聴してよかったからといってすぐには買わないくらいの生活の知恵は備えています(安ければ買います)。そうして名前を覚えて、頭の中の潜在的購入希望リスト(数百枚くらいある)に追加しておくのです。堅実。これも実際に買ったのは、後日、ディスクユニオンで300円くらいで売ってたときでした。●のマーヴィン・ゲイもそのくらいの値段で購入。2016年のベスト・コスト・パフォーマンス賞はこの2枚に授与されます。

なにが言いたいかというと、2016年の時点では、ユニオンのひとにも知られてないくらいの存在だぞと言いたいわけです。2017年の春にはニュー・アルバムの発売が予定されていて、それと前後して、3月にはウィルコと、4月にはリチャード・トンプソンと一緒にトゥアーを回るそうなので、もしかしたら日本でも多少は注目されるようになるかもしれません。

ところで、この項の最初に戻りますと、Eコマース・サイトのアマゾンのことを「密林」と呼ぶのは死ぬほどダサいと思っています。ほかに嫌いな言葉づかいは、「つらみ」「ねむみ」「~したい人生だった」「最&高」「最the高」あたり。ま、ま、中年特有の気難しさだと思って見逃がしてください。

■:中年といえばですけど。歳をとるにしたがって、なんであのころはこんなものがそんなに好きだったんだろう、と不思議に思うことはよくありますね。ここ10年くらい、欲しいものが手に入れられなくて悔しがるとかがめっきりなくなり、CD買いそこねても映画を見逃しても、わりとすぐ、まあいいか、とあきらめてしまいます。それと直接的には関係ない話題ではあるんですが、若いころは、軽くメンヘラ気味だったり、ちょっと不思議な感じだったり、サブカルっぽい雰囲気だったり、そうした女性を好きになることが多かったです(そのみっつ、微妙に重なってないだろ、というのはそのとおり)。正確には、自分はそういった女性が好きな人間である、と規定していただけかもしれませんが。

以上の話は、いま現在現実世界でわたしの妻であるところの女性とはなんの関係もないものとして聞いていただきたいんですが、数年前にふと、ああ、そうした好みの傾向は自分のなかからすっかり消えてしまったなあ、と思い至りました。もっとも、わたしが若かったころとテン年代のいまとでは、わたしの内部でも、世間的にも、サブカルチャー的なものと生活との距離もだいぶ異なってますし(長くなるので中略)つまり柴田聡子は、おそらくわたしが好きになるであろう最後の不思議系女子シンガー・ソングライターと位置付けられるでしょう。

いまのわたしは人間を見る目も音楽を聴く耳も多少は養われていますし、女子の不思議さのありようが様々であることもいくらかは理解しています。一見普通に会社勤めしてたりする、服装や言動もとくに変わってるわけでもない女子に内在する本質的な(話がズレるので中略)たぶん数年後にはあまり聴かなくなるであろうこのアルバムに言及せずには、わたしの2016年は終わらないのです。そして、ここでこの話を出すのは柴田さんに失礼だとは承知してますが、訊かれたことがあるので書いておくと、わたしは大森靖子の音楽にはこれといって興味が持てずにいます(試聴は折に触れて複数回、しました)。

@:そんな話題の次に寺尾紗穂が来たのでは、まるで彼女がサブカル好きの不思議系シンガー・ソングライターであるかのような誤解を与えるかもしれませんが、最初に書いたとおり、並びはCDの購入日付順であり、他意はないです。

このアルバム、および寺尾紗穂については、すでに充分書いたので、これこれをお読みいただければと思います。

関連して、ひとつだけ。いま日本のインディ・シーンで同時多発的に起き始めているネオ民謡ムーヴメントは、もしかしたら、日本のポピュラー音楽史上最大のフォーク・リヴァイヴァルになる可能性があるのではないかと考えています。ひとことで言うと、ずっと長いこと別々のものとしてとらえられてきた民謡とフォークが、初めて自然な形で統合されうるときが来るのではないか。§の折坂悠太あたりも、それと関わってくるでしょう。2017年は、そんなことを考えながら、アラゲホンジや民謡クルセイダーズなんかも見たり聴いたりしてみたいです。

≠:カナダ出身のシンガー・ソングライターらしいです。これ以前にも作品があるようですが、本格的に流通したのはこのアルバムが初めてなのでしょう。エリオット・スミスなんかが引き合いに出されていましたが、もっと新しい感じ。井手健介あたりと対バンしてほしい。

ぱっと聴くと、さりげないオーケストレイションがいい味だなと思いましたが、聴き込んでいくと、弦も管も別にそれほど使われていない。基本的構造としては弾き語りとか、ともかくギター中心の音楽のようです。ライヴで見ても、「あ、CDと違ってしょぼい……」とがっかりしなくてすみそう。で、気持ちいい音楽に必ずしも名前をつけなくてもいいんでしょうけど、しばらく頭をひねっていたら「ベッドルーム・プログレ」というキャッチフレーズが浮かんできました(あまりうまいコピーではない)。

ついでに、去年、小西康陽がレコードを素材にして自伝を語るっていうトークに行ったときに聞いた話を思い出しました(そのときの感想)。氏は、ピンク・フロイドの『原子心母』について、最初はありがたがっていたけど、そのうち、ブルースにオーケストレイションをつけただけだと気付いた、のだそうです。なお、ここでこの話題を出したのは単なる話の行きがかりで、、小西氏、シャウフ氏、そしてピンク・フロイドのみなさんを誹謗中傷する意図はないと申し上げておきます。

∵:AOR40周年(ボズ・スキャッグス『シルク・ディグリーズ』を起点にしている?)を記念して、2016年、ソニーからAORの名盤が1000円で大量に出ました。いちいち全部買ってられないひとのために、3枚組、57曲入り、税込み3000円で出たのがこのコンピです。本来こういった安易な企画ものを年間ベストに入れると沽券にかかわるので、やめたほうがいいのでしょうが、たくさん聴いたので選出。

未知のジャンルに飛び込むにあたり、こうしたところを入口にして、気に入ったアーティストのアルバムを買い揃えていくことを四半世紀くらい続けてきました。しかし今回のAORについてはなぜか不思議とそうなっていなくて、買ったのは2枚くらいでしょうか。忙しくていちいちチェックできなかったのもありますし、たとえばボズ・スキャッグスの「ロウダウン」やケニー・ロギンズの「ウェイト・ア・リトル・ホワイル」はめちゃくちゃかっこいい曲だと思ったものの、それらが入っている『シルク・ディグリーズ』や『ナイトウォッチ』は、全曲試聴したらそれほどでもないかな、と……。まあそのうち、気が変わることはありえます。

§:2016年の10月、ほとんど予備知識のないままライヴで聴いて、衝撃を受けたシンガー・ソングライター。そのときの感想。あまりにびっくりしたもんで、この『あけぼの』と、続いて出たフル・アルバム『たむけ』(2016年)を、割合すみやかに購入。どちらも、英国フォークとアメリカのフォーク、そして日本のフォーク/民謡を絶妙かつ強引にブレンドした作風で、言葉のセンスも面白い。短歌とか現代詩をやらせてもいいんじゃないかと思います。

>:11月に京都、ワークショップ・レコーズで入手したブラジリアン・グルーヴィ・ソフト・ロック。関東のディスクユニオンでもたまに出くわすのですが、いつも高くて見送っていました。このときも、普段なら買わないような値段だったものの、ほかに買うものもなかったし、内容がいいのはわかっているので、旅の記念にと購入。ワークショップ・レコーズも移転しての開店早々でもあったため、ご祝儀の気持ちもありました(恩着せがましい)。キレのよいリズム、高揚感あふれるオーケストレイション、そして、ときおり空気を読まずに割り込んでくるエルメート・パスコアールの狂気のフルート。いい味を出してます。

#:渡辺貞夫は宇都宮出身なので、なんとなく親近感を持っています(宇都宮の街自体には、ない)。アルバムは5枚くらいしか持ってないですが、年末にたまたま買ったこれはよく聴いた。ジョン・サーマンだとか、ドン・レンデル=イアン・カーだとかの英国ジャズにも通じる雰囲気がありますね。増尾好秋のギターがガボール・サボに似てるのも興味深い。ナベサダは米国滞在時、ゲイリー・マクファーランドのバンドでガボールと一緒でしたよね。

ところで、わたしは1995年に大学を出てから1年弱、実家に戻ってぶらぶらしてたんですが、その期間に、栃木県立図書館でおこなわれていたジャズを聴く会みたいのに一度だけ行ったことがありました。もはや記憶もおぼろですが、図書館の中にでかいスピーカーを備えた小さな試聴室(10席か20席くらい)があって、そこで毎月だか隔月だか、ジャズの名アーティストの作品を図書館所蔵のアナログで聴くというもの。その、一度だけ行った回が渡辺貞夫特集でした。ナベサダの親族のひとが来ていたり、モッズ好きの野中くんとたまたま現地で会ったりしました。どんな曲がかかったかはほとんど覚えてません。ただ、終わったあと、野中くんと、「なんかトラフィック(*)みたいな曲があったな」と感想を言ったことは記憶に残っています。いまにして思うと、それがこのタイトル曲「パストラル」だったんじゃないかという気がします。

*→スティーヴ・ウィンウッドらが在籍した英国のロック・バンド。『ホウェン・ジ・イーグル・フライズ』は鳥ジャケ。

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曲単位でよく聴いたのは、松田聖子「風立ちぬ」。同曲の入ったアルバムも買いました(聖子ちゃんの音源を買ったのは生まれて初めて)。この曲はほんとすごい。もう何万回も言及、称賛されているとは思いますが、それでもあえて。「さよなら、さよなら、さよな・ら」の繰り返しで見せるおそるべき表情の変化。いや、3人の女が別々の角度で目の前を通り過ぎていく!(そしてそれが2回やってくる!)
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by soundofmusic | 2017-01-18 09:53 | 日記 | Comments(0)

声の密度

d0000025_2124231.jpg加川良のCD『みらい』を聴いた。1曲目はブルーハーツ「青空」のカヴァー。ギターと、深くエコーがかかったドラムに乗って、声が響いてくる。歌詞の最初は、こんな風だ。

ブラウン管の向こう側
カッコつけた騎兵隊が
インディアンを打ち倒した


ところが、実際に聞こえてくる音をそのまま文字に起こしてみると……

ブゥラウゥン管の向ぅこう側ぁ
カァッコつけぇた騎兵隊がぁ
インんディぃアぁンんをぉ打ちぃ倒ぉしぃたぁ


となる。いやいや、いくらなんでも誇張しすぎだろうと思われるだろう。たしかに多少は盛っていることは否定しないが、なにかしら普通でないものがあるのは事実だ。声の密度が異様に濃いというか。

しかし待てよ、そもそも加川良は昔から、こうしてこんこんと説いて聞かせるような、無理やりにでもお前の耳に言葉を届けてやるぞという決意に満ちた、そんな歌い方をしていたんじゃなかったっけ。そこで棚から『教訓』と『アウト・オブ・マインド』をひさしぶりに取り出してみた。

いまさら40年以上前の話をされても本人はイヤかもしれないけど、『教訓』に収録されている「教訓Ⅰ」が加川良の代表曲のひとつであることは間違いない。で、その「教訓Ⅰ」、たしかに母音を重ねて引き延ばすようなフレーズがたくさんあるにはあって、でもニュアンスは決して均一ではない。怒り、諦念、ユーモア、軽妙さ、皮肉、いろんなものが溶け込んでいる。たぶん、歌詞の「女々しさ」の印象に引っ張られて、こんこんと説いて聞かせるような歌だったと単純化して思い込んでしまったのだろう。アルバム2曲目の「できることなら」もある意味セットになったような曲なので、それもある。

ところでこういう話題になるとどうしても、日本語の歌の歌詞の情報量について考えてしまう。便宜上英語と比べると、日本語は、同じ時間(ひとつの音符=音節、と言ってもいい)に入れることのできる情報量が少なすぎる。

たとえば「君が代」の最初の歌詞をわたしたちは、「きーみーがーあーよーおーはー」と7音で歌いますが、英語の7音節でどんな文章が作れるだろう、と「英語 短歌 作り方」で検索してみたら、「We feel good thing will happen」というのが出てきた。たしかに、「君が代」の冒頭にこの歌詞を乗せて歌うことができる。

データ伝達の効率の観点からしたら、これではまったく勝負にならない。わりとみんなそう考えたのでしょう、70年代のフォーク時代から現代の日本語ラップまで、いろんな試みがなされてきた。たとえば吉田拓郎の「ペニーレインでバーボン」をYouTubeででも聴いてみていただきたい。とにかく笑っちゃうくらい言葉が詰め込まれていて、これはこれでかっこいい。「ペニーレインでバーボンを」のフレーズの繰り返しはともかく、「腹を立てたり怒ったり」という歌詞はどうなんだと思っちゃうけど、全体の言葉の量が多ければ、こうしてムダも織り込むことができる。

どうやったら歌がより力を持つことができるのか、その方法は別にひとつじゃない。限られた時間の中にできるだけ多くの言葉を詰め込めるか工夫を凝らすものもいれば、その同じ時間を呪術的に引き延ばそうとする者もいる。

またしてもYouTubeの話で恐縮ですが、ブルーハーツがNHKに出て「青空」を歌ったときの動画を見てみたら、曲のテンポは加川良のヴァージョンとそんなに変わらなくて、ヒロトはわりと素直に棒歌いしている。おもしろいことに、曲の速さと体内のリズムが一致しないからなのか、体で刻んでいるリズムが歌のテンポとぜんぜん違うのだ(マーシーの作った曲だから?)。

その同じ「青空」を、ここでの加川良は、音を引っ張るときただ普通に延ばすのではなく、濃さを倍にするみたいに母音を重ねる。よく、坂本九の「上を向いて歩こう」の物真似で、♪うぅえをむぅいひぃて、あぁるこほぉおぅ♪みたいなフレージングがある。隙間をどう埋めるかという意味では同じ発想にもとづいているのかもしれないが、しかし加川はフェイクしない。坂本なら軽く流すであろうところにも、愚直に、ひとつひとつ音を置いていく。

歌われ方によって、字面で見たときの歌詞の意味が増幅したり変容したりすることがある。ある女優はレストランのメニューを朗読して居合わせた者たちを泣かせたという。矢野顕子は読売ジャイアンツの打順を歌にした。いつだって大切なのはwhat―なにを歌うか―ではなくて、how―どう歌うか―なのだ。いや、正確に言えば、自分が聴いているものがwhatだと思っていたら、それがhowだったのだと気付く瞬間。そのスリル。

「青空」のことにばかり字数を費やしてしまったが、『みらい』にはほかにも、かまやつひろし「どうにかなるさ」や泉谷しげる「春夏秋冬」といった、よく知られた歌が入っている。加川が歌にもたらす問答無用の説得力は、もはやどんな歌でもゴスペル化することができそうだ。

さらに、ついつい不埒な想像の翼が広がる。加川良がこの歌い方で、バカバカしい歌、無内容な歌を解釈したらどうなるだろうかと。2016~2017年現在だったら、たとえば加川良ヴァージョンの「PPAP」。原曲よりぐっとテンポを落として、一音一音をかみしめるように、大地を一歩一歩踏みしめるみたいに。そしたらたぶん、「前前前世」どころではないほどのエモさが生まれるんじゃないかと思う。

☆加川良『みらい』はおもに通販で買うことになっているようです。2000円+送料300円。今後お店でも扱うようになるかも。詳しくはこちら
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by soundofmusic | 2017-01-03 02:13 | 日記 | Comments(0)

何も変えてはならない

d0000025_1329315.jpg12月17日、ジョー長岡が企画する毎年恒例の寺尾紗穂ライヴ「ソノリウムラヂオ」がおこなわれました。今年はデビュー10周年ということで、「sahoten」と題された記念の小冊子が配られました。いままで寺尾紗穂がかかわってきたたくさんのひとたちによるお祝いコメントが並ぶ中、わたしも顔を出しております。

寺尾さんとは直接のかかわりはほぼないので、書いたのはジョーさんの依頼によるものです。頼まれた際は、7、8人くらいが比較的まとまった文章を書くようなものだとばかり勝手に思い込んでしまい、だもんで長々と書いたのですが、冊子の現物を手にしてみると、慶事の寄せ書きみたいなものでした。

したがってわたしの文章は明らかに場違いで悪目立ちしているのですが、ジョーさんとデザイナーの阪本正義さんには悪いなとは思ったものの、だからといってとくに顔から火が出るとかそういうことは、ないです。

ジョーさんの許可を得て、自分の書いたものを以下に掲載します。以前このブログに載せた「アフロ・ヘアーでありうる女」の発展型とも言えるでしょう。

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何も変えてはならない

池袋を歩いていたら、窪塚洋介がロケットみたいに水面から飛び出してきた。よく見るとパルコのリニューアルのポスターで、「変わってねえし、変わったよ。」というコピーがくっついてる。だったら、高いところから飛び降りようとしている瞬間の窪塚くんが見たいんだけどな。

尾崎豊は昔、ライヴ中に7メートルの照明台から飛んで左足を折った。客席との一体感が欲しくて、もどかしさのあまり、じゃなかったっけ。そんなに高いところからではなくても、ライヴ・ハウスでは日々、ダイヴ行為がおこなわれている。もどかしいのかどうかはわからないけど。

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で、寺尾紗穂はいつ、どこで、どのくらいの高さから飛んだのかって話だけど、少し寄り道。音楽家が化ける、ブレイクする。「苦節○年」。ある一定期間活動を続けていると、実力がたくわえられたり、周囲や環境に助けられたりして、跳躍が訪れる(訪れない場合もある)。

個人の飛躍が、歴史自体の針飛びに見える瞬間も、稀にある。古くはセックス・ピストルズ。やや最近ならニルヴァーナ。誰それ以前/以後、として語られる、大きな断絶の象徴。

しかし正直な話、ぼくがピストルズを初めて聴いたときには、衝撃もスピードも感じられなかった。しばらくして気付いた。登場時には歴史の切断面に見えたものが、時間がたつと、「以前」と「以後」をつなぐ糊として機能してくるんだ。

ニルヴァーナも、そう。『ネヴァーマインド』が最初に出たときの国内盤の解説には、本来は水と油であるふたつの要素――メタル/ハードロック的なものと、パンク的なもの――の融合に初めて成功した、と書かれていた気がする。筆者は伊藤政則。断絶や革新ではなく、融合。この本質をズバリ見抜く目、さすがである。

たまたまだけど、彼らは死の刃で切断されて、真っ赤な断面がむき出しになっている。ひとは死ぬ。とはいえ、簡単には死なない。外からの力がやって来ないのならば、なんとか自力で、死んだり再生したりし続けなくてはならない。生きるために。それをデヴィッド・ボウイ式と呼んでもいいんだけど、そろそろ本題に入ろうか。

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わたしが寺尾紗穂をきちんと聴いたのは、2012年ごろ。初めてのソノリウムラヂオに足を運び、それから後追いで、途中からはリアル・タイムで、CDを買っていった。

ひときわ刺激を受けたのが、2015年の『楕円の夢』。ここで彼女は大きく跳躍し、上品なピアノ弾き語りのイメージを軽やかにひっくり返してみせた。レーベル移籍が吉と出たよい例だと思った。

続くは2016年の『わたしの好きなわらべうた』。意外な素材が色とりどりの編曲で、すっかり現代の音楽になっている。驚いたわたしはブログ記事を書いた。題して「アフロ・ヘアーでありうる女」。この音楽の奔放さにはむしろ、アフロ・ヘアーと原色のドレスが似合う、との主旨。

たぶん、もどかしかったんだ。寺尾紗穂はぐいぐい速度をあげて、先に進んでいる。それなのに世間の大半はまだ、「ピアノ弾き語りのひと」で片付けてしまっているのではないか、と。

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アマゾンの『御身』(2007年)の「商品の説明」欄には、「声が大貫妙子、歌い方が吉田美奈子、ピアノが矢野顕子と言われ」との一文がいまもある。当時、金延幸子も引き合いに出されていたっけ。

ほんとにそれだけ? あらためて『愛し、日々』(2006年)から聴き直してみる。たしかに最近2作のヴァラエティの豊かさはめざましい。のだけど、エレクトロニカ風の試みも、大胆なリズムの冒険も、時間をかけて少しずつ準備されていた。

一度それがわかると、『楕円の夢』を境にした前後の断層は、ふっと消滅する。そしてたとえば、『楕円の夢』冒頭、北杜夫の詩に寺尾が曲を付けた「停電哀歌」が、『わたしの好きなわらべうた』の予告篇のようにも響いてくる。振り返ると、踏みしめてきた足跡で、いま・ここへと通じる一本道がくっきりとできているのだ。

件のブログで書いた、鍵盤弾き語りのイメージにとらわれているひと云々の話も、なんのことはない。わたし自身が、そうだった。

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つまりこの10年間の歩みは、まさに「変わってねえし、変わったよ。」なんだけど、作風のゆるやかな広がりと着実な深化にもかかわらず、彼女のパブリック・イメージがリミテッドしちゃってて更新されないとしたら、なぜか。髪型の印象の強さが、理由のひとつなのではないか。

寺尾紗穂と共振しそうな70年代前半の中分け長髪シンガー(・ソングライター)たちを、いくつかのジャケットとともに、思い出してみる。

五輪真弓『少女』『冬ざれた街』。荒井由実『ミスリム』。吉田美奈子『扉の冬』。大貫妙子『グレイ・スカイズ』(いまは前髪のひとだけど)。金延幸子『み空』。ジョニ・ミッチェル『バラにおくる』。リタ・クーリッジ『リタ・クーリッジ』『ナイス・フィーリン』。カレン・ダルトン『イン・マイ・オウン・タイム』。ジュディ・シル『ジュディ・シル』。

外見も音楽のうちだから、これら「中分け長髪派」を引き合いに出すのは、理にかなってはいる。だけど、それだけじゃもう、足りないんだ。かといって、彼女が歌い方やピアノの弾き方を変える必要はない。いやむしろ、何も変えてはならない。

何も変えずに何かを変えるため、音楽をあらたな宛先に届けるために、こんな妄想をしてみる。彼女がもし、エスペランサ・スポールディングやリンダ・ルイスのようなアフロ・ヘアーだったら。それだけできっと、思わぬ方向からも視線が向けられ、たくさんの耳がそばだてられるだろう。(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター界隈からの注目も得られそうだ。個人的には必要性を感じないけど)

余計なお世話なのは、百も承知。「口の角」で♪なきたいときも/苦しいときも/口の角くいっとあげてごらん♪と歌っていた彼女ならば、ごく小さな変化で、自分の気持ちも周りの反応も、がらりと刷新されることをご存知のはず、と信じての提案です。あ、ウィッグでいいと思います。
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by soundofmusic | 2016-12-24 13:29 | 日記 | Comments(0)