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カウントダウン・トゥ・エクスタシー

月並みなあいさつですが、今年も1年間、PPFNPへのご愛顧、および、「サウンド・オヴ・ミュージック」のご愛読、どうもありがとうございました。

今年は、PPFNPにとって、ライヴ演奏をフィーチュアしたり(3回とも出てくれた鉄井さんはじめ、南本さん、轟さん、平井さん、ほんとうにありがとう)、このブログを始めたり、夏には清水くんとチョロ子さんの結婚パーティとコラボレートしたり、いくつか新しい試みにチャレンジすることができて、わりあいと実りのある年だったのではないかと思います。

と同時に、オリジナル・メンバーのたひらさんの脱退なんてこともありました。この件は音楽的ないさかいなどではなく、個人的な問題なのですが、ともかく、ずっと森山とたひらさんとでやってきたので、一抹のさみしさはあります。しかし、ショウは続かねばなりません。

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すでに案内済みのとおり、新年からは森山弟くんが参加、兄弟で企画を進めていくことになりました。ライヴは引き続き2回に1回程度、フィーチュアしていきたいです。DJもいろいろおもしろい人材を招いていければと考えています。

3月4日には、松本の喫茶クラクラで、クラブクラクラ、ボンゴビートのボンゴさん、池袋つながりでエッジエンドつながりのsumireさん(Gentle Tuesday)などと共催のイヴェントもあります。とにかく、片手間でできる限りのことは、なるべく全部やるつもり。

97年にスタートしたPPFNPにとって、2006年は足かけ10年目。要するに、来年もご期待ください、ということです。

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年の瀬の音楽情報。

気づいていませんでしたが、ヴィヴィッドからデイヴィ・グレアムの国内盤が発売され(てい)るようです。

『ハット』はすでに発売中。そして1月に『ラージ・アズ・ライフ・アンド・トゥワイス・アズ・ナイス』、2月に『ミッドナイト・マン』がそれぞれ出るみたいです。輸入盤も安くないですから、コチラを買ったほうがお得かもしれません。

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それではみなさん、良いお年を。ごきげんよう。
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by soundofmusic | 2005-12-31 19:45 | 日記 | Comments(0)

不徹底/不経済

こうして毎年、暮れになると、仕事納めなんかはそっちのけで、見納め、聴き納め、読み納め、食べ納め、などなどなにかとあわただしい。思い返せば今年の映画の見初めは元日の初回、チャウ・シンチー「カンフーハッスル」。京浜東北線から見る荒川の河川敷は、雪で銀色に光っていて、たいそう美しかったのを覚えている。

で、見納めも大事、だよね? 先週の金曜日にラピュタ阿佐ヶ谷で石井輝男の「黄色い風土」を見て、おもしろかったのだけど、いくらなんでも1年の最後がこれじゃあ、ねぇ。なもんで、一昨日、むりやり時間を作って、シネマアートン下北沢に行ってきた。相米慎二「セーラー服と機関銃」。

スクリーンで見るのは、初めて。以前TVで録画したものを見たときの、あの興奮はなんだったんだ? という気分にさせられもするのだけど、大仏のあたりでたむろするところから暴走族と一緒にバイクで走るところへと続く、移動しながらの長回しだとか、やっぱり見ておいてよかった。

日本映画におけるヤクザ映画の影響とか。その他いろいろ。

ところで、黒沢清は、昔、「相米慎二にアンゲロプロスを見ろといったのはオレだ」、と主張していたのだとか。本当なのかウソなのか、あるいはすごく有名なエピソードなのかぜんぜん知らないのだけど、ともかく、話としてはすごくおもしろい。

とはいうものの。相米慎二の長回しは、アンゲロプロスのそれとは違って、ぴしりと決まった美的な緊迫感はなく、ずいぶんと不徹底な印象。言い換えれば、ユルい。それが効果を狙った意図的なものなのか、単なる予期せぬ不徹底なのか、そのへんはよく分からない。ただしそれは即座にキズを意味しはしない。

とある方が、やはり相米の「ションベン・ライダー」だったかの、貯木場での長々と続く追いつ追われつのシーンについて、カット割りによってスピード感をもたらす一般的な手法とは違っている、という意味で、“不経済なアクション”というようなうまい表現をされていたのを思い出す。

映画の、その不経済性(金が儲からないとかそういう意味でなく)については、もっと考えられてもいいと思う。与えられた時間をどう使うかが、映画にとってもっとも重要な問題のひとつなのだから。

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さっき(16時半過ぎ)松屋に食事に行ってきたら、今日の17時からもう正月休みに入ってしまうとの掲示があった。うーん、もうそういう時期なのですね。わたしは年末年始も仕事ですが、お休みのみなさんは、ぜひとも「サウンド・オヴ・ミュージック」のアンケートの執筆をお願いします。

ところで、話は全然かわるのですが、今年は、色紙投げ、ボール投げはないんだそうですね! あれがないなんて……ほんと残念。

(森山)
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by soundofmusic | 2005-12-29 17:27 | 日記 | Comments(0)

マスター・キーか何かのようなものではないかもしれない何か

こうして毎年、暮れになると、「サウンド・オヴ・ミュージック」のアンケートに入れるつもりでめぼしい本をあわてて読むのが常で、しかしながら、そういうこととは関係なく読むのを楽しみにしていた保坂和志「小説の自由」(新潮社)を、今、読んでいるところ。

小説の自由とはいうからには、当然、その不自由さについてもたっぷりと書かれていて、しかしそれは緻密な分析といったものではなくて、行きつ戻りつする、いかにも小説家的な発想に思える。だからといって説得力がないわけではもちろんなくて、この本は、少なくとも現時点では、ある種の決定打に近いものではないだろうか。

ただし、決定打という言葉を、マスター・キーか何かのようにとってしまってはいけない。

忘れないうちにここであわてて書いておくと、この間、やはり保坂の「書きあぐねている人のための小説入門」(草思社)を読んでいて、ふだん自分が考えていることと重なり合う部分があまりに多いので驚くのを通り越してあきれてしまったことがあった。というのは、ぼくは読んだものがすぐ自分の血や肉になってしまう、つまり、引用した瞬間にそれが自分の意見になりうるという、おそるべき能力を持っているのだ(別にえばれることじゃない)。

実際のところ、今のわたしは別に小説を書いているわけじゃなく、したがって書きあぐねているわけでもないのだけど、書くことがほとんど、立ち止まり、振り返り、呻吟し、停滞し、思考し、また最初からやり直すのと同義であることは知っている。つまり、技術的な困難がもたらす不自由さを。

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「小説の自由」も、まったくこうした余計なことどもを実にいろいろと思い出させてもくれて、たとえば、ぼくは自分が映画を見始めた理由のひとつについてごくひさしぶりに考えることになった。それは、視線の位置と動かし方とでもいうようなことで、ありきたりな比喩で言えば、自分の書くものに必要なのは優秀な撮影監督だ、とでもいうようなことだ。と書くとウソになる。その時点でそう考えていたはずはないのだから。

ともかく、そうして映画を見始めるとそっちのほうがすっかりおもしろくなり、“自分(のもの)を書く”ことなんてまったくどうでもよくなってきて、ここまでいくと自己を相対化しすぎのようでもあるけれど、と同時に、毎日毎晩のように映画のことや音楽のこと、そして本のことを考えていれば、それはそれで仕事のようなもので、それが自分の日々のあり方に反映するのであれば、わざわざ出来の悪い小説のようなものに押しこめる必要もない。

書くこと、に限らず、言葉を使うこと、が人間ならではの営みのひとつであるのはたしかだとしても、そこにはどこか異常なものが口を開けているのじゃないだろうか。昨日ネット上をぶらぶら流していて、ついうっかりブログの書き方かなんかのコラムを読んでしまって(「野良犬」の志村喬のように)あきれかえってしまい、どこにどうあきれたのかあとで考えようと思っていてすっかり忘れていたのだったが、今読み返すと、うむ、とくにおかしいところはない気もする。

しかしまあ、なんというか。ねぇ。ぼくのなんか、きっと悪いブログの見本みたいなもんだろう。コメントがつかないことからも、たぶんそれは証明済みだ。

(森山)
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by soundofmusic | 2005-12-22 08:46 | 日記 | Comments(0)

追憶のルート66

d0000025_1424950.jpg新宿の西口バスターミナルから高速パスに乗ると、松本までちょうど3時間くらいで着くことになっている。夕方着いて、駅前のバスターミナルのそばのホテルにチェックインして、部屋でコーヒー飲んでひと休みして、1Fのドトールでまたコーヒー飲んで、それからクラクラまで歩く。ゆっくり行っても10分かからない。

イヴェント自体は7時から10時半の予定だったけど、機材の確認がてら(殊勝にも)オープン前に行ったし、最初のDJ氏が遅れたもので始まったのは15分オシだったし、その後もずるずると延びていって最終的には25分オシになったし、終わったあともだらだらおしゃべりしたりして、結局11時半までクラクラにいた。

飲んだり食べたり、はてしなくくだらないおしゃべりしたり。ほかにすることがないってのがすばらしい。短い間だけでも家を離れるのは、いいもんだ。ふだんは、のんびりしたいとかまったく思わないほうなのだけど、ここ数か月はなにかとあわただしくって、温泉に行きたいなどとすら考えていたほど。終わってホテルに帰ると、するべきことはそんなにない。温泉じゃないけど、ともかくバスタブに湯を張って、体を伸ばした。

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翌日。ひんやりとした空気の中、散歩。ほんやらどおでモンゴ・サンタマリアと南佳孝を買ってから、ボンゴさんの車に拉致され、そばを食べに連れて行かれる。塩尻市西部、そばで有名らしい小曽部集落。車だと自分がどこをどういう風に進んでいるのか分からないので、不安。あとで確認すると、だいたいこのへん

平地でも風花が舞っていたけれど、川に沿って山に分け入っていくにつれて次第に強く降ってくる。目的地のかやのそばセンターは、その名に似合わず、ただの巨大な民家状。親戚ン家に来たみたい。だだっ広い畳敷き。ストーヴが焚かれていても、底冷えがする。そば、馬モツ、小鳥の丸焼き。ボンゴさん、そして同行の女子2名と、またしても天然な女は存在するか否かについての話。

外に出て、ひとしきり雪の中ではしゃぐ。軒先からは長いツララ。きゅっと締まった雪を踏みしめる。いつ以来だろう。ここにこのひとたちとこうしていることが、とてもいとおしく、同時に不思議に思える。

ふたたび、ボンゴさんの車で松本まで送ってもらう。途中、開けた畑の中をえんえんとまっすぐ続く道を通る。ボンゴさんいわく、「ここは自分の中ではアメリカってことになっている。ここはオレのルート66だ」と。西側に見える乗鞍や穂高はボンゴさんにとってのアパラチア山脈ということらしい。BGMはニール・カサール。憎らしいほどハマる。

そういえば、もうすぐ来日だったっけか。ニール。

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バスターミナルのそばまで送り届けてもらって、お土産を買っていると、すぐにバスの時間。ほとんど寝てすごし、目が覚めると新宿。コーヒーを飲んでから、ヨドバシカメラをうろうろ。ふわふわした気分のまま、家に戻る。

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クラブクラクラのことを書いていなかったね。ぼくにとっては、たいへん気持ちよく漂うことのできる時間、空間でした。前回の日記の全景写真を見てもらえば、なんとなく分かるでしょ。それは喫茶クラクラという場所の力なのか、そこに集まるひとたちの人徳なのか、きっと両方なんだろうな。森山なんかがおすそ分けにあずかるのはもったいなさすぎるんだけど、ありがたく受け取っておく。

近くで密に関わっているひとたちにとっては、閉鎖に至る経緯にはなかなか複雑なものもあったと聞く。たぶんわたしはあと一度、3月4日(土)の企画でお邪魔するだけになってしまうだろう。部外者は部外者らしく、へんにしんみりしないで楽しむつもり。14時から22時ころまでの長丁場になるとのこと。首都圏のみなさんも、ぜひ遊びに来てみてください。新宿行きの終バスは20時だから、なんなら日帰りも可能ですよン。

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さっきは、雪景色を思い出しながら、ゴールデン・サークルのオーネット・コールマンを聴いていた。

(森山)
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by soundofmusic | 2005-12-19 01:44 | 日記 | Comments(0)

会うは別れのハジメなり

d0000025_2271272.jpg昨日の金曜日、松本の喫茶クラクラでのイヴェント「クラブクラクラ」で回してきました。で、今日はボンゴさんに車を出してもらって塩尻の山ン中にあるそば屋でソバ食べてから帰ってきた。いやー、楽しかった。心から楽しんだ。

詳しいレポは、主催のナカジマさん(下の全景写真中央、かわいい緑の帽子の女性)がコチラで書いてくれています。

クラブクラクラは今回で最終回、そしてお店自体も来年3月まででクローズになるのだとか。この気持ちよい空間がなくなるのは部外者のぼくにとっても惜しいけど、最後にちょっとだけでも関わり合いになれたのは嬉しいこと。

そのほかいろいろ思うところは明日にでもなにか書くとして、とりあえず森山のセットリストは以下のとおり。

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1 JULIE ANDREWS AND CAROL BURNETT / NO MOZART TONIGHT
2 水森亜土 / 皆笑った
3 MOSE ALLISON / YOUR MOLECULAR STRUCTURE
4 バンバンバザール / プリーズ・ドント・トーク・アバウト・ミー
5 ART TATUM / HONEYSUCKLE ROSE
6 ANITA O'DAY / PICK YOURSELF UP
7 のっこ / 雨と太陽
8 中谷美紀 / 水族館の夜
9 BRIDGET ST. JOHN / LOVE MINUS ZERO/NO LIMIT
10 ROBERT WYATT / SHIPBUILDING
11 スケッチ・ショウ / OHOTZKA
12 THE RAMSEY LEWIS TRIO / WINTER WONDERLAND
13 DUKE PEARSON / SANTA CLAUS IS COMING TO TOWN
14 THE PETE JOLLY TRIO / SWEET SEPTEMBER
15 ムーンライダーズ / 卒業

☆とりあえず12と13は、クリスマスの存在すら忘れていたらしいボンゴさんにつつしんで捧げたいと思います。ラストはスカパラの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」にしたかったのだけど、引っ越しの後遺症でCDが発掘できなかったので……

(森山)

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by soundofmusic | 2005-12-17 21:57 | 日記 | Comments(0)

Pure Pop For Now People Volume52


2006年1月29日(日)18時~22時

渋谷エッジエンド(Tel:03-5458-6385)
地図。

800円(1ドリンク&おみやげ付き)

DJ:
Takao Igarashi
高嶋里美(SUPER SEEDER
森山弟(弟)
森山政崇(サウンド・オヴ・ミュージック)
LIVE:
宮原美絵(Vo) &金森基(B)

新年度から、PPFNPの企画は森山の兄弟によっておこなわれることになりました。ゲストDJには森山弟の高校時代の同級生、Igarashiくんがひさびさ(5年ぶりくらい?)に登場。わたしは楽しみです。ライヴは、鉄井さんのご紹介で、群馬から宮原さん、金森さんにお越しいただくことになりました。またしてもヴォーカルとベースのデュオですが、一味違った感じでお楽しみいただけるのではないかと思っています。ご期待下さい!
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by soundofmusic | 2005-12-11 12:53 | PPFNPイヴェント情報 | Comments(0)

アート・テイタムのピアノを聴きながら、天然な女が実在するかについて考える。

なんの気なしに買った、アート・テイタム「1940-1944」を聴きながら、目黒通りを凍えて歩く。原盤はSPだろう、ハイ・ファイなどという概念からは100万光年離れたところにある音像。

テイタムのピアノは音質とは関係のない場所で鳴っていて(なにしろ、ピアノだから)、でっかい玉っころがものすごいスピードで転がっていくような、軽快でなおかつ力強いタッチ。「サヴォイでストンプ」だとか「ハニーサックル・ローズ」だとか、本当にあっと息を呑むほど。

バカな話、「世界一のピアニストだ」「世界一のピアニストだ」「世界一のピアニストだ」とぶつぶつ心の中で繰り返しつぶやいていた。世界一なんてものは、原理的にはないのだけど、それでもたとえば、月光茶房のギネスだとか、ある種の恋人だとかについて、こりゃ世界一だわ、と感じることはあるので、それらがひらたく言えば錯覚なのだとしても、そのように錯覚させてくれる何物かに対しては、やっぱり何度でも感謝しなくてはいけない。

アート・テイタムとは、そういう音楽。

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同時に考えていたのが、ほとんどなじみのない、プリ・モダンのジャズならではの気持ち良さの正体についてで、なんとなく、モダン・ジャズ特有の自意識がなくてただ音楽と対峙しているだけのようなところが気持ちいいのかなと考えたりしていた。

思えばこれは失礼な話で、モダンだろうがプリ・モダンだろうがポスト・モダンだろうが、ミュージシャンが原則において、できるかぎり良い演奏をしようとするのは(おそらく)当然のことで、またある種のミュージシャンは自分のいる場所の全体像に飽き足らずに、その場所の地図自体を書きかえるような演奏を試みもするだろうし、その2種類の動きが同じひとりの人間の内部で起こったり起こらなかったりする、などと書くと、単純な話をわざわざ複雑に書こうとしていると感じるかもしれないが、それは非常に正しい。

要するに、昔も今も、すぐれた演奏家とそうでもない演奏家がいて、進歩的な演奏家とそうでもない演奏家がいて、このふたつの概念は重なったり重ならなかったりするのだろうということだ。簡単なこと。ぼくたちが世界を見るときに感じることと同じ。

とはいえ、プリ・モダンならではの、ロウ・ファイな、全部の楽器が分離せずに団子状になり、それでもすぐれたプレイヤーは無理やりにでも周りを押しのけてスピーカーのこちら側に飛び出してくる、そんな様子には興奮もさせられるのだけど、「おお、やっとるな」と目を細めたくもなる。

目を細めながら、ふと、「これって、都会の人間が休みの日に東北の田舎かどっかに行って、土地の娘たちが裸で川で泳いでいるのを見て、『このおぼこい娘たちを見よ! ここには失われた日本の美がまだ息づいているのだ!』などと嘆息するみたいなもんじゃなかろか」と反省(反省?)したりもする。

関連して、最近、「天然とか不思議ちゃんなんて、ない。それはバカか、作ってるか、どちらかだ」と主張しているひとと毎日のように言い争ったりしているのだけど、その手の、天真爛漫な、気の向くままに行動し、ときどきひどく魅力的な、しかしよく考えれば大体の時間は単に自分勝手なだけの、自意識にとらわれない(実は自意識の塊みたいな)、女の子ってのは男の(といっていいすぎならば、ぼくの)夢であって、実在しないのかもしれないけど、すると思いたいじゃないですか、ねぇ?

アート・テイタムとは、そういう(天然な)音楽。

といったら、泉下のアート・テイタムがいやーな顔をしそうだね。でも逆に言えば、芸術家なんて、天然の美じゃなかったらつまんないだろうし、さて、それでは、女の子は、どうなんだろう。

(森山)
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by soundofmusic | 2005-12-06 16:43 | 日記 | Comments(0)

彼らは女性にしか期待しない?

最近すっかり“愚鈍萌え”なわたしですが、今日はもっと強力な世界にひたってきました。それは“白痴萌え”。ラピュタ阿佐ヶ谷のモーニング・ショウの芦川いづみ特集、出し物は、蔵原惟繕の「硝子のジョニー 野獣のように見えて」。

以前見たときはピンと来なかったのですが、再見してみたら、まったく、日本の風土で成立したのが奇跡のような映画。とにかく芦川いづみ演じる白痴の娘、みふねが徹底的に美しい。映画的に白痴を美化することにおいてここまで成功した例も稀ではないでしょうか。神々しさではドライヤーのジャンヌ・ダルクを、あわれさではフェリーニのジェルソミーナを、はるかにしのいでおります。

実際の白痴はこんなもんじゃないとか、白痴を聖女に仕立て上げて都合良く利用しているとかってのは、ま、言いっこなしってことで。とにかくいい映画ですから。山田信夫(脚本)=蔵原コンピの女性に対する幻想の到達点でもある本作、女性はいったいどう見るのか、気になるところですが、大入り満員の客席はほぼすべてオヤジたちばかり。ざっと見たところ、客席には女性客は片手で足りるほどでした。

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ざっと事務関係の連絡。

先週のセットリスト、暫定版が公開中です。ご笑覧ください。→する

マリ・ウィルソンの13年ぶりの新譜が出ています。実はひそかにわくわくしているのだけど、他人にはどうでもいいことだろうから、これ以上は書かない。森山の思い入れとか聞かされたって、「ハァ?」って感じでしょ。別にあなたがぼくのことを好きなわけでもないだろうし。

すでに本人からアナウンスがあったとおり、たひらさんがPPFNPを脱退することになりました。そのうちまたDJで出てもらったりしたいのですが、とりあえずは休養ということです。毎週のように渋谷とか池袋とかにいるらしいので、そこいらの盛り場とかパルコのキッズ服の売り場とかで見かけたら、声をかけてあげてください。

(森山)
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by soundofmusic | 2005-12-03 21:36 | 日記 | Comments(0)