残暑のニューオーリンズ→秋のバーミングハム→冬のシンシナティと移動して、南半球、チリの首都サンティアゴはこれから真夏に向かう時期で、朝晩は少し肌寒く、でも昼前から夕方にかけては半袖でも暑いくらい。そして夜は20時過ぎてようやく暗くなる。10人にひとりはマンガみたいな肥満体だったアメリカのひとと比べると、こちらの体型はだいぶまとも。美人が多い。大学と本屋も多い。そしてもっと多いのは寿司屋と甘いもの屋で、どちらも1ブロックにひとつはある。老若男女、道を歩きながらアイスやらなにやら、甘いものを食べてる。ぜんぜん違う国に来たな。街の真ん中を流れるマポチョ川は、都会の中の川とは思えないような勢いの濁流で、橋を渡るたびにまじまじと流れを眺めていたもんだけど、しばらく雨が降っていなかったのに毎日あの勢いで流れているのは、きっとアンデスの雪解け水なんだろうなとあとになって気付きました。
レコード屋は何軒か覗いて、すぐに見切りをつけた。エイティーズのどこにでも転がっているようなLPが1枚2000円とか普通にする。去年行ったメキシコ・シティーと比べても、あきらかに流通してるレコードの量が少ない。 そうすると途端にすることがなくなるので、街の中やショッピング・モールを歩き回っていた。そうでなくても歩くけど。看板、広告、商品名、TVのテロップ、気になったスペイン語を片っ端から翻訳にかける。疲れたらコーヒー飲んだり、甘いもの食べたり。 今年の夏から秋にかけての数か月、半ばやむを得ない事情で、スペイン語のウィキペディアを読む学習をしていた。もちろん、読むといっても読めはしないので、一段落ごと英語の自動翻訳にかけて、スペイン語と英語を見比べる感じ。それでも一応大量に眺めたことは確かで、その成果は着実に現れた。 たとえば、descargaという単語。最初に知ったのは、ラテン音楽のジャム・セッションを表す言葉として。辞書を引くと、エネルギーの放出、なんて載ってる。それはまずそれとして、携帯の充電はrecarga。電車に乗るスイカみたいなカードのチャージは、carga。そこまで知ると、つまりdescargaは英語のディスチャージ=放電か、とつながってくる。そして、わかった気になっていると、長距離バスのトイレで用を済ませたあとに押すべきボタンにも「descarga」と書いてある。なるほど。 寿司屋のメニューで見かけた、「Gohan Nikkei Acevichado」。セビーチェ風の日系ごはん??ってなんだよ、と写真を見ると、あきらかに海鮮丼。旅先で進んで日本食を食べてがっかりするほど酔狂じゃないけど、中華はだいたいいつも食べる。中華屋にはArroz chaufaがある。アロスは米、だからこれは炒飯のこと。 英語の勉強もこれからも続けるつもりではいますけど、こんなふうに素朴な、初学者ならではの驚きと喜びを感じることは、さすがにもうあんまりないだろうなあ。 チリに何度も来ることがあるとはあまり思えないので、せっかくだから地方も見てみたい、と思い、南部の港町、プエルト・モンに1泊で行ってきた。飛行機で2時間弱、1000kmくらい南下したので、だいぶ寒い。空港からの並木道は北欧か北海道みたいな印象。有名なアンヘルモの魚市場でセビーチェを食べて、海岸をうろうろしてると、岸から1メートルくらいのところの海面、黒い岩みたいなものが5つ6つ、突き出している。近付いてみると、アシカだかアザラシだかで、そいつらはしばらくそこでじっとしてたけど、あれはなんだったんだろう。観光客向けのサーヴィスか。3人組の女子グループがいて、お互いにその動物たちと写真を撮っていたので、それが一段落したあと、Chicas! と生まれて初めての呼び掛けをして、わたしも写真を撮ってもらいました。 プエルト・モンでの宿はAirbnbを使っての民泊。朝、隣の部屋から流れてくる音楽で目が覚める。ビクトル・ハラの「自由に生きる権利」。できすぎてるけど、ほんとの話。チリの有名人といえばこのひと、だけど、行く前も来てからも、名前を思い出すことなんてなかったのに。ちなみに、道端にゴザを広げて商売してる古本屋の品物のなかに、ホセ・ドノソが混じってたりはしました。 建物の門(鍵がないと出られない)までホストに送ってもらいながら、少しだけ話をする。……あのさ、さっき流れてたでしょ、音楽。El Derecho de Vivir en Paz。たぶんすごく有名な曲だよね。知り合いのジャズ・シンガーがあの曲に日本語の歌詞をつけて歌っていてさ……と、酒井俊さんのことを教えたけど、伝わってたかどうかわからない。 バスで30分くらいの湖畔の町、プエルト・バラスで半日過ごす。ここは19世紀後半にドイツ人が大量に入植したところで、小さな町のそこかしこにドイツ風の建物が残っている。そうそう、チリといえばドイツ人音楽家アトム・ハート(セニョール・ココナッツ)が住んでいた(いる?)国で、なんでそんなところに? と疑問に思ったけど、たぶんドイツ人にとってはなじみがないこともない国なんでしょうね。ちなみに甘いもの屋のメニューのひとつにはドイツ語名前のkuchen=ケーキがある。湖のほとりを歩きながらぼんやりいろいろ考えているうちに、異なる文化同士の混合や衝突を愛でる者は、ある程度は植民地主義を肯定せざるを得ないのではないか、と思い至ってぞっとした。自発的に移動する物・ひとが成し遂げる以上のことがそれによってもたらされたのは間違いないわけで……と、思いはシンシナティで見た奴隷の展示の衝撃へと帰っていく。あと、そういうことと関連して年に何回か思うんだけど、嫌韓・嫌中のひとって、カルビ丼とか炒飯とか餃子とか食べないんだろうか。素朴な話。もう日本食の伝統に組み込まれたって認識? あと、サンティアゴから日帰りで、バルパライソとビーニャ・デル・マールに遊びに行った。高速バスで2時間くらいのところの港町。バルパライソは天国の谷という意味で、海岸近くから見上げると、山の上のほうまでびっしりと家が並んでいる。急勾配の上と下は無数の階段や坂道で結ばれていて、それと、あちこちにアセンソール(ケーブルカー)がある。ケーブルカーといっても、ほぼ垂直に近い、要は籠がむき出しになったエレヴェイターみたいなものもあった。数時間歩いただけでもおそろしく見晴らしのいい箇所がいくつかあって、行った日は本当に雲ひとつない快晴だったのでさわやかなことこの上ない。家々はカラフルに塗られていて、壁には昔、地元の芸術学校の学生が描いたというウォール・ペインティングが残っている。そのほかにも普通に最近描かれたらしいグラフィティ的なものもあるので、「アートと芸術の境目がわからないな」などと頭の悪いフレーズを思い浮かべながら散歩していました。 ビーニャ・デル・マールはバルパライソから電車で30分ほどの、海辺のリゾート都市。おしゃれっぽいレコード屋の店主と話をしたり(例によって収穫なし、がっちり握手しただけ)、モールをうろついてから海岸に向かうと、ちょうど夕暮れどき、西側、バルパライソの向こうの丘に日が沈む時間。たくさんの若者や家族連れが浜辺でリラックスしている。ここで夕飯食べてから帰るのでもいいかもなあと思ったけど、夕暮れというのはつまり20時過ぎであって、またバスで2時間かけてサンティアゴまで戻らなくてはならないので、そのまま帰りました。 帰国する前の日、サン・クリストバルの丘に登りました。この丘は、数日前にも登ろうとしていて、麓にあるケーブルカーの乗り場に行ったら、「メンテナンスすることになったので今日は午後から運休です」みたいな貼り紙がしてあって、時間も遅めだったのでいまから歩いて登るのはしんどいな、と思って出直しにしたのでした。しかし、出直したその日もやはりケーブルカーは運転してなくて、貼り紙を見ると、どうもわたしが最初に行った日からメンテナンスに入ってしまったらしい。なにかよっぽど悪いところでも見つかったのか。 ということで、歩いて登ることにしましたが、真昼で陽射しが強いうえに、直前のランチでビールを飲んでしまったため、眠いわだるいわで散々でした。ちなみに飲んだのはチリのブランド、Escudo。エスクードと頼んだら「ああ、エクードね」と返されて、どうしてそこでsが脱落するのかよくわかんないけど。Muchas graciasも、たいていムーチャグラシャ、さらには単にグラシャ、と発音されてた。ブエナスなしの単にタルデ(ス)もよく耳にした。それと、チリ人独自のスペイン語として、わかった?と訊くときのCachai? というのがあると見かけて、そういうのがあることを一度知ると、たしかに、本当にしょっちゅう耳にする。 結局、1時間近くかけてひいひい言いながら丘の頂上に到着。麓から数百メートル高いところに来ただけあって、サンティアゴの街の中からも見ることができるアンデスの冠雪した山並みが、さらにくっきりと見える。みなさまご存知の通り、チリは南北に細長い国で、サンティアゴからは東に50kmくらい行くともうアルゼンチンとの国境のアンデス山脈。あとで地図で確認したところ、見ていた中のどれかひとつが、南米最高峰のアコンカグア山(6980m)だったようです。ということをわざわざ書くのは、最高峰という単語をオリジナルの意味で(比喩でなく)使うのは、もしかしたらこれが初めてかもしれないという、それだけの理由。 山から下りて、この旅で何度目かのショッピング・モールへ。レコ屋のことはすっかり忘れていましたが、家電コーナーの一角、ターンテーブル売り場に、CDセールのワゴンがあるのを発見。なんの気なしに手に取ったレッド・ツェッペリンのCDはメイド・イン・チリだった。南米諸国は同じスペイン語圏でも国ごとにプレス・流通してるんだろうか。だとしたら全部揃えなくちゃいけない性格のひとはたいへんだなあ。Seru Giranという、知らないひとたちのジャケがなんとなくよさそうだ。一度ワゴンに戻して、店内の別の場所、無料のWi-Fiがなんとなくつながるようなつながらないようなところに行って一瞬だけYouTubeで聴いてみたら、後期ビートルズっぽい浮遊感のあるプログレだろうと推測できたので、買ってみました。これがチリでの唯一の音盤購入。ちなみに、あとで聴いてみたらだいたい予想した感じの音。アルゼンチンのバンドだそうです。 夜、テアトロ・オリエンテで、マデリン・ペルーを見ました。ヴォーカル/コントラバス/ギターという編成でさまざまなジャンルの曲をカヴァーするなんていうと、そこらのカフェ・ミュージックで掃いて捨てるほどありそうですけど、あまりに予測不能な乱高下を繰り返すうたのフレーズは、のんびり聴き流すことを許してくれません。そして、いろんなことをやっているにもかかわらず、ヴォーカルの印象があまりにも強すぎるせいで、なんとなく単調に聞こえてしまうのは損してるところかも。「アイ・エイント・ガット・ノーバディ」を歌ったのには驚いた。1週間前にシンシナティで合唱した曲だよ。調べたら、まだ録音はしていないみたい。次のアルバムに入るのかな。 MCはほとんどがスペイン語で、その大半を聞き取れたのには驚いた。外人がゆっくりしゃべっているからなのは当然として、自分の自主練の成果はあったことにもしておきたい。そうそう、この日はスペイン語でも1曲歌われた。アルゼンチンのファクンド・カブラルの「ノ・ソイ・デ・アキ」。サビでは観客が自然発生的に合唱していました。マデリン・ペルーは何語で歌っても、ネイティヴじゃないみたいに聞こえる不思議なひとだなあとあらためて思いました。 最終日、日曜日の帰りのフライトは夜だったので、昼間はずっと歩いていた。日曜日は本当になにもすることがない。店は10軒に1軒くらいしかやってないし、あらかじめ番組を調べておいて映画館に行ったらそこも休みだった(シネコンはさすがにやってる)。旅のあいだ、食事についてはほぼ失敗続きで、具体的に言うと、 ・店がない ・あっても入りやすい店がない ・メニューが外に出てないので値段がわからない ・うろうろした末に気合い入れて入ると、さまざまな理由で思ったよりもお金がかかってしまう ・もやもやした気持ちで食べて終えて出ると、1分くらいのところに、いま出てきた店よりも総合的に良さそうな店がある 上記のうちひとつかふたつ、場合によってはみっつ以上が重なることが続いていて、そういうときばかりはやっぱり日本(もしくは台北)はいいよなあーと思うわけですが、この日、せっかくだから最後に、少し高くてもちょっとはちゃんとしたものを食べて帰ろう、と思っていたのですが結局それもかなわず。なんとなく適当に済ませて帰途につくこととなりました。 金の心配をしなくていいってことになればうまそうなところに入ればいいし、逆に節約を第一にするならば店には一切入らずにそこらで売ってるものとスーパーのもので済ませればいいわけであって、そのどっちもいやだからなるべく安くてそこそこうまいものを、とヘンな色気を出すのがいけないのはわかってます。今回、日本円→米ドルへの両替と、米ドル→チリペソへの両替、その両方で下調べしなかったせいで失敗して、あわせて2万円くらい損してしまい、旅行中ほぼずっと、そのことで自責の念にさいなまれていました。 妙なもので、そんなときに限って、持ってきて読んでいた吉田健一のエッセイ集に金の話が載っていて、金なんかなければ借金すればいい、みたいなことがあの独特の口調で書いてあって少しだけほっとしましたが、しかし待てよ、あいつの親父は総理大臣じゃん、食いっぱぐれて死ぬことなんてないからそんなことが言えるんだろう、とすぐ正気に戻りましたけど。ちなみに今回、日本→アメリカ→チリ→日本の飛行機代は13万8000円。もろもろ含めた総費用は約35万円でした。 (おしまい) ☆写真 ・海の生き物と記念撮影 ・プエルト・バラスで食べたクーヒェン ・バルパライソの教会。手前の柱には「天国DA」と書かれている ・バルパライソ ・段ボールの中で寝ている犬 ☆その他の研修 その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ その2:アラバマ州バーミングハム その3:オハイオ州シンシナティとその周辺 その4:ジョージア州アトランタへ
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| 2017-11-28 00:40
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