映画館は空いているほうがいいに決まっているのであって、別に満員の観客といっしょに泣いたり笑ったりしなくたってかまわない。のだけども、映画の日が日曜日と重なったからとはいえ、李相日「フラガール」が朝から満員になるのは、やはり悪いもんじゃない。
いったい、この映画は決して完璧な出来というわけじゃなく、ことにクライマックスのダンスシーンは、各種のミュージカル映画をまったく研究していない跡がうかがわれて、とても残念。しかし、わたしの左隣のおばちゃんは何度も涙をぬぐっていたし、右隣の通路に座り込んでいたキモオタ男(笑い声から推定)は、たびたび下品な笑い声をあげていたから、たぶんヒットは間違いないところでしょう。
とにかく、タカビーなダンス教師を演じる松雪泰子には、一見の価値がある。考えてみたら旬の度合いでは蒼井優に大きく水をあけられているし、ひとによっては「いまごろ松雪?」と言いそうな気さえする。そうした連中を黙らせ、脱帽させるだけの芝居をしている。これぞ熱演。
ひとこと、おすすめです。
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気になった点。立ちションをしていた男が松雪に見つかり、あわててチャックを上げて男性器をはさんでしまう、というギャグ(?)がある。その際、当の本人があわてて「はさまった」というセリフを発するが、これは必要か否か。
また、劇中、松雪が、「あんたなんかにわたしのことなんて分からないのよ!」と言う場面がある。これは必要か否か。
わたしはこれらのセリフを不要と考える。はさまったのは見れば分かるし、「あんたなんかにわたしのことなんて分からない」のはいかなるときでも真実であるから、ことさら口にする必要はないのだ。
とは思うものの、待てよ。どんなにチンプなセリフでもそれなりに聞かせてしまうのが演技であり演出の面白みではないのか。するとさあ、どっちだ。
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いわゆる名セリフと呼ばれるもののうち、かなりのものは、聞き手がそれが発せられた状況を理解していること、に依存する。というか、依存しないものはことわざや格言と呼ばれるのかもしれない。だから、「事件は現場で起こっているんだ!」とか、俺たち終わったのかなバカ始まってもいねぇよ、などといったものは、わたしには何の意味も持たない。
「HEY!HEY!HEY!」を見ると思うこと。こいつらはダウンタウンが出てきた瞬間にすでに笑っているな。面白いかどうか、まだ分からないのに。
いかなる場面でも名言と呼ばれうるセリフは、たとえば石井輝男の「ならず者」で聞くことができる。半乳をさらして誘惑を試みる三原葉子に高倉健が言う、「おれは今朝、朝飯代わりにミルクを2杯飲んできたんだよ」。
なお、この三原葉子の乳はなかなかのヴォリュームがあるが、神代辰巳「地獄」で見ることのできる原田美枝子のそれにはかなわない。ただし、「地獄」の場合、映画自体がさほどおもしろくないため、記憶の中で乳が拡大されたかもしれないことは注記しておく必要がある。
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