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リストVol.115 2017.10.14 ゲスト:かいまさし&ODAMARI ライヴ:ジョー長岡+うのしょうじ

***森山兄***

01 The Sweetback Sisters / Gotta Get A-Goin'
02 The Pilgrim Travelers / Troubled in Mind
03 The Five Keys / My Pigeon's Gone
04 B. Bumble & The Stingers / Boogie Woogie (Pinetop's Boogie Woogie)
05 Valerie June / Shakedown
06 Jack Jones / I'll Never Fall in Love Again
07 The World's Greatest Jazzband of Yank Lawson and Bob Haggart / What the World Needs Now is Love
08 Danny Davis & The Nashville Brass / Caribbean
09 Herb Alpert and The T.J.B / Alone Again (Naturally)
10 Iron & Wine / The Truest Stars We Know

〈コメント〉
♪01 現代のウェスタン・スウィング。バンドの公式サイトを見ると「A modern take on the golden age of country music」というキャッチフレーズがついてます。最新作『キング・オヴ・キリング・タイム』より。(Amazon)

♪02 ゴスペル。ジャイヴっぽさもありますね。(YouTube)

♪03 こちらはだいぶ世俗的なコーラス。ロックンロールにも近い。(YouTube)

♪04 とりあえず有名な曲をいろいろワンパターンなブギウギで演奏して1960年頃に一瞬話題になったひとたちのようです。この曲のオリジナルは1920年代に活躍したピアニスト、パイントップ・スミス。(YouTube)

♪05 バラク・オバマをも魅了したってどこかに書かれてた気がするネオ・ヴィンテージ・ソウル歌手。最新作『ジ・オーダー・オヴ・タイム』より。(YouTube)

♪06 1963年にサミー・デイヴィス・ジュニアが来日したとき、最近いちばん将来性のある歌手は誰だと思うかと問われてこのひとの名前を挙げたそうです。『ア・タイム・フォー・アス』より。バカラックのカヴァー。(YouTube)

♪07 1960年代末から10年間くらい活動してそれなりの枚数のアルバムを出してるはずですがすべて未復刻? 『エクストラ!』より、バカラックのカヴァー。試聴は見つかりませんでした、すみません。(discogs)

♪08 カントリー版のハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスみたいなひとたち。『カリビアン・クルーズ』より。(YouTube)

♪09 ギルバート・オサリバンのカヴァー。『ユー・スマイル-ザ・ソング・ビギンズ』より。(YouTube)

♪10 最新作『ビースト・エピック』より。(YouTube)

***森山弟***

01 Beirut / Perth
02 Black Heat / Zimba Ku
03 Quantic presents The Western Transient / Nordeste
04 The Jive Turkeys / B.A.
05 Lucinda Williams / Metal Firecracker
06 Calexico / Splitter
07 Gregory & The Hawk / Leaves
08 Guru / Loungin'

***かいまさし***

01 GRAPEVINE / SPF
02 OCEANLANE / Everlasting scene
03 真心ブラザーズ / 拝啓、ジョン・レノン
04 ともこ一角 / アンダースロー
05 Spangle call Lilli line / nano - TK kaleidoscope Remix
06 きのこ帝国 / クロノスタシス
07 Last Days Of April / If You
08 Autor de Lucie / Noyes Dans La Masse
09 INORAN / FAITH
10 中谷美紀 / いばらの冠

〈コメント〉
01 世界で一番のバンドだと思っているGRAPEVINEの前作BABEL, BABELに収録されている曲です。
GRAPEVINEは歌詞が良いことで有名ですが、この曲は歌いだしが「迂闊なぼくらは紫外線集めた」となっており、タイトルのSPFっていうのはおそらく日焼け止めの指標となるSPF(Sun Protection Factor)のことを指している、もしくは何らかのたとえとして使っているのかな、と思ったのですがそれを踏まえて読んでもほとんど意味がわからないですがとにかくいい曲です。

02 以前所属していたバンドで全国ツアーを回っている時によく聞いていたのがこのOCEANLNAE。
エモなひとたちに人気の_HOWLING BULLというレーベルから鳴り物入り、と言っていいと思うくらいには華々しくデビューした方々です。
実家にサインいりCDがあったのですが紛失してしまっており今回iTunesで買い直したのですがどうもITunesStore上では曲名が「Evarlasting Scence」となっており、スペルが間違っているように思えます。

03 1曲目ですでに逸脱してしまっているのですが、今回の選曲は「音楽をあんまり聴かないわたくしに友達が教えてくれたこと」という感じのテーマがありました。真心ブラザーズはもともとボーカルの声やうたい方が非常に苦手で、敬遠していたのですが、お友達が、ちゃんと聴いてみ?と諭してくれたので聴いていたらむしろこのボーカルだからいいんだなぁっていうことに気が付きました。

04 4年前にも当イベントに出させていただいたときにかけた大好きなトルネード竜巻のリーダー、曽我さんが今現在リーダーとしてやっているバンドです。
パッと聞いた感じまんまトルネード竜巻じゃん、という方もいるのでしょうが今のほうが少しストレートになったな、という感じがします。ボーカルは違う人ですがまっすぐなうたい方はトルネード竜巻を踏襲していてだいぶ好きな感じです。
トルネード竜巻は真心ブラザーズを教えてくれた友達が教えてくれました。

05 こちらも実は前回もかけたSpangle~なのですが、今回はどっちかというとTK from凛として時雨という意味合いで選曲しました。
もともといい曲なのですがTK氏のアレンジでより私のような大げさなアレンジを好むバンドマンの心に刺さる感じになっているように思えます。凛として時雨はボーカルの声が高すぎて敬遠していたのですが飲んだらすぐオチるギタリストで広告マンの友達がライブに誘ってくれて、それにあたって音源聴いたりライブみてむしろこのボーカルだからいいんだろうなっていうことに気が付きました。Spangle~はトルネード竜巻と真心ブラザーズを教えてくれた友達が教えてくれました。

06 アニメ好きを集めてアニメ部っていう活動を昔していたのですがそのアニメ部員から教えてもらったのがきのこ帝国です。
アニメの主題歌に使われている曲があるのかどうかはわかりません。
わたくし、切ない感じのストレートな声の女性ボーカルだともうすぐ好きになります。
バンドマンとして学ばなければいけないのはこの音数の少ないアレンジですね。

07 このバンドは以前一緒にバンドをやっていたエモ好きな先輩が教えてくれたのですが、とにかくこの音数の少ないアレンジがすごい。
ギターほとんど単音しか弾いていないのです。バンドマンとして学ばなければいけないのはこの音数の少ないその。

08 フランス語っていうこと以外一切なにもしらないのですがあんまりいいのでよく聴いています。ほんとに何もしりません。
誰なんでしょうね。Autor de LucieはSpangle~とトルネード竜巻と真心ブラザーズを教えてくれた友達が教えてくれました。

09 LUNA SEAのギタリスト、INORANのソロ曲です。
学生時代にLUNA SEAは好きだったのですがINORANはソロデビュー曲の彼の歌があまりぐっと来なかったので聴かなかったのですが
友人に1stアルバムはほとんどINORANはうたってないよ、ちゃんと聴いてみ?と言われて買ってみたところこれがものすごく良いアルバムでした。確か10曲中1曲しかINORANはうたっていません。アルバム2枚目以降はほとんど自分でうたっているようなのでやっぱりちゃんと聴いていませんが教えてくれた彼はバンドマンなのですが、INORANのファン過ぎて、作曲をするたびにINORAONの新曲か?と人に勘違いさせるほどの力があります。

10 INORANを教えてくれた友人が教えてくれました。
中谷美紀の曲がいいのは知っていたのですがいばらの冠は地味だなぁって思っていたのですがちゃんと聴いてみ?って言われて聴いて見たところなんと良いメロディと展開なのか。ここまで文章を書いて気が付きましたが友達が4人くらいしかいかなったような気がするのですが友達がいるのはいいことですね。あと音楽はちゃんと聴くべきですね。

***ODAMARI***

☆お待ちください

***ライヴ:ジョー長岡+うのしょうじ***

01 波止場
02 わたしは海女
03 夏が終わる(オリジナル:小室等)
04 心配
05 ジャム
06 闇の雲
(アンコール)
07 キャラメル


***森山弟***

01 サニーデイ・サービス / セツナ
02 Myron & E / Do It Do It Disco
03 Ananda Shankar / Jumpin' Jack Flash
04 Bibio / À tout à l'heure
05 Beck / Lost Cause
06 サニーデイ・サービス / One Day

***森山兄***

01 風 / ふっと気がつきゃ
02 デュークエイセス / ホッファイホー(北海道)
03 The Milk Carton Kids / High Hopes
04 吉澤嘉代子 / ねえ中学生 feat.私立恵比寿中学
05 Los Mensajeros de la Alegria / Santa Claus Muy Pronto Llegara (Santa Claus is Coming to Town)
06 Sounds Orchestral / Downtown

〈コメント〉
♪01 かぐや姫の伊勢正三と、猫の大久保一久が1975年に結成したフォークデュオ。スティーリー・ダンあたりの影響でメロウ化し始めたサード・アルバム『ウィンドレス・ブルー』より。イントロのドラム・パターンはポール・サイモン「恋人と別れる50の方法」からヒントを得てますか? あとすみません、ターンテーブルのピッチがだいぶマイナスになっていたのに気づかずプレイしてしまい、ちょっと寝ぼけた感じに聞こえてたかもしれません。(Amazon)

♪02 作詞:永六輔、作曲:いずみたくによるご当地ソング集シリーズ「にほんのうた」の1曲。この日の出演者が1名を除いて北海道にゆかりのあるひとたちであったことを記念してプレイ。森山兄弟は北海道関係ないんじゃねーの、と思うかもしれませんが、父方の祖父(父の父)が旭川出身なのでクウォーター道民なんです。(Amazon)

♪03 現代のサイモン&ガーファンクルものとしては最良のデュオ。日本ではなかなか話題になりませんね。『モントレー』より。(YouTube)

♪04 カーネーションの新譜に参加してると聞いて、どんなひとなんだろうと思って買ってみたコラボミニアルバム『吉澤嘉代子とうつくしい人たち』より。エビ中のコーラスかわいいですね。(YouTube)

♪05 スペイン語でクリスマスソングを歌う子供たち。演奏もしてると書いてある。グループ名からは企画ものグループなのかどうか判断できませんが、ほかのアルバムが出てるかどうかは確認できなかった。LPには東方の三賢人の切り抜き紙人形つき。(discogs)

♪06 1960年代のイギリスのイージーリスニング集団? めっちゃおしゃれなカラオケという感じ。この曲は試聴発見できず。

***おまけCD『The Cat's Hideout』曲目***

01 Elvis Costello / Leave My Kitten Alone
02 Squirrel Nut Zippers / Fat Cat Keeps Getting Fatter
03 Zoot Money's Big Roll Band / The Cat
04 スランキーサイド / 大きいけど ちいさな猫
05 カーネーション / 車の上のホーリー・キャット
06 Isobel Campbell / The Cat's Pyjamas
07 Cab Calloway / Hep Cat's Love Song
08 Mountain Mocha Kilimanjaro / Black Dog, Black Cat, Black Bird
09 ORIGINAL LOVE / 黒猫
10 小島麻由美 / 黒猫のチャチャチャ
12 Pixinguinha / O Gato e O Canario
12 寺尾紗穂 / 猫まちがい
13 Ametsub / 2 Cats
14 Tunng / Woodcat
15 The Ghost of a Saber Tooth Tiger / Shroedinger's Cat
16 二階堂和美 / ネコとアタシの門出のブルース
17 浅川マキ / ふしあわせという名の猫
18 山下毅雄 / 黒猫
19 加藤和彦 / 猫を抱いてるマドモアゼル
20 Squeeze / Cool for Cats

☆猫好きのジョー長岡さんに敬意を表して、猫っぽい曲を集めました。やってそうで意外とやってなかったテーマ。
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by soundofmusic | 2017-11-28 02:17 | PPFNPセットリスト | Comments(0)

研修その5:チリ

d0000025_0393386.jpg残暑のニューオーリンズ→秋のバーミングハム→冬のシンシナティと移動して、南半球、チリの首都サンティアゴはこれから真夏に向かう時期で、朝晩は少し肌寒く、でも昼前から夕方にかけては半袖でも暑いくらい。そして夜は20時過ぎてようやく暗くなる。10人にひとりはマンガみたいな肥満体だったアメリカのひとと比べると、こちらの体型はだいぶまとも。美人が多い。大学と本屋も多い。そしてもっと多いのは寿司屋と甘いもの屋で、どちらも1ブロックにひとつはある。老若男女、道を歩きながらアイスやらなにやら、甘いものを食べてる。ぜんぜん違う国に来たな。街の真ん中を流れるマポチョ川は、都会の中の川とは思えないような勢いの濁流で、橋を渡るたびにまじまじと流れを眺めていたもんだけど、しばらく雨が降っていなかったのに毎日あの勢いで流れているのは、きっとアンデスの雪解け水なんだろうなとあとになって気付きました。

レコード屋は何軒か覗いて、すぐに見切りをつけた。エイティーズのどこにでも転がっているようなLPが1枚2000円とか普通にする。去年行ったメキシコ・シティーと比べても、あきらかに流通してるレコードの量が少ない。

そうすると途端にすることがなくなるので、街の中やショッピング・モールを歩き回っていた。そうでなくても歩くけど。看板、広告、商品名、TVのテロップ、気になったスペイン語を片っ端から翻訳にかける。疲れたらコーヒー飲んだり、甘いもの食べたり。

今年の夏から秋にかけての数か月、半ばやむを得ない事情で、スペイン語のウィキペディアを読む学習をしていた。もちろん、読むといっても読めはしないので、一段落ごと英語の自動翻訳にかけて、スペイン語と英語を見比べる感じ。それでも一応大量に眺めたことは確かで、その成果は着実に現れた。

たとえば、descargaという単語。最初に知ったのは、ラテン音楽のジャム・セッションを表す言葉として。辞書を引くと、エネルギーの放出、なんて載ってる。それはまずそれとして、携帯の充電はrecarga。電車に乗るスイカみたいなカードのチャージは、carga。そこまで知ると、つまりdescargaは英語のディスチャージ=放電か、とつながってくる。そして、わかった気になっていると、長距離バスのトイレで用を済ませたあとに押すべきボタンにも「descarga」と書いてある。なるほど。

寿司屋のメニューで見かけた、「Gohan Nikkei Acevichado」。セビーチェ風の日系ごはん??ってなんだよ、と写真を見ると、あきらかに海鮮丼。旅先で進んで日本食を食べてがっかりするほど酔狂じゃないけど、中華はだいたいいつも食べる。中華屋にはArroz chaufaがある。アロスは米、だからこれは炒飯のこと。

英語の勉強もこれからも続けるつもりではいますけど、こんなふうに素朴な、初学者ならではの驚きと喜びを感じることは、さすがにもうあんまりないだろうなあ。

チリに何度も来ることがあるとはあまり思えないので、せっかくだから地方も見てみたい、と思い、南部の港町、プエルト・モンに1泊で行ってきた。飛行機で2時間弱、1000kmくらい南下したので、だいぶ寒い。空港からの並木道は北欧か北海道みたいな印象。有名なアンヘルモの魚市場でセビーチェを食べて、海岸をうろうろしてると、岸から1メートルくらいのところの海面、黒い岩みたいなものが5つ6つ、突き出している。近付いてみると、アシカだかアザラシだかで、そいつらはしばらくそこでじっとしてたけど、あれはなんだったんだろう。観光客向けのサーヴィスか。3人組の女子グループがいて、お互いにその動物たちと写真を撮っていたので、それが一段落したあと、Chicas! と生まれて初めての呼び掛けをして、わたしも写真を撮ってもらいました。

プエルト・モンでの宿はAirbnbを使っての民泊。朝、隣の部屋から流れてくる音楽で目が覚める。ビクトル・ハラの「自由に生きる権利」。できすぎてるけど、ほんとの話。チリの有名人といえばこのひと、だけど、行く前も来てからも、名前を思い出すことなんてなかったのに。ちなみに、道端にゴザを広げて商売してる古本屋の品物のなかに、ホセ・ドノソが混じってたりはしました。

建物の門(鍵がないと出られない)までホストに送ってもらいながら、少しだけ話をする。……あのさ、さっき流れてたでしょ、音楽。El Derecho de Vivir en Paz。たぶんすごく有名な曲だよね。知り合いのジャズ・シンガーがあの曲に日本語の歌詞をつけて歌っていてさ……と、酒井俊さんのことを教えたけど、伝わってたかどうかわからない。

バスで30分くらいの湖畔の町、プエルト・バラスで半日過ごす。ここは19世紀後半にドイツ人が大量に入植したところで、小さな町のそこかしこにドイツ風の建物が残っている。そうそう、チリといえばドイツ人音楽家アトム・ハート(セニョール・ココナッツ)が住んでいた(いる?)国で、なんでそんなところに? と疑問に思ったけど、たぶんドイツ人にとってはなじみがないこともない国なんでしょうね。ちなみに甘いもの屋のメニューのひとつにはドイツ語名前のkuchen=ケーキがある。湖のほとりを歩きながらぼんやりいろいろ考えているうちに、異なる文化同士の混合や衝突を愛でる者は、ある程度は植民地主義を肯定せざるを得ないのではないか、と思い至ってぞっとした。自発的に移動する物・ひとが成し遂げる以上のことがそれによってもたらされたのは間違いないわけで……と、思いはシンシナティで見た奴隷の展示の衝撃へと帰っていく。あと、そういうことと関連して年に何回か思うんだけど、嫌韓・嫌中のひとって、カルビ丼とか炒飯とか餃子とか食べないんだろうか。素朴な話。もう日本食の伝統に組み込まれたって認識?

あと、サンティアゴから日帰りで、バルパライソとビーニャ・デル・マールに遊びに行った。高速バスで2時間くらいのところの港町。バルパライソは天国の谷という意味で、海岸近くから見上げると、山の上のほうまでびっしりと家が並んでいる。急勾配の上と下は無数の階段や坂道で結ばれていて、それと、あちこちにアセンソール(ケーブルカー)がある。ケーブルカーといっても、ほぼ垂直に近い、要は籠がむき出しになったエレヴェイターみたいなものもあった。数時間歩いただけでもおそろしく見晴らしのいい箇所がいくつかあって、行った日は本当に雲ひとつない快晴だったのでさわやかなことこの上ない。家々はカラフルに塗られていて、壁には昔、地元の芸術学校の学生が描いたというウォール・ペインティングが残っている。そのほかにも普通に最近描かれたらしいグラフィティ的なものもあるので、「アートと芸術の境目がわからないな」などと頭の悪いフレーズを思い浮かべながら散歩していました。

ビーニャ・デル・マールはバルパライソから電車で30分ほどの、海辺のリゾート都市。おしゃれっぽいレコード屋の店主と話をしたり(例によって収穫なし、がっちり握手しただけ)、モールをうろついてから海岸に向かうと、ちょうど夕暮れどき、西側、バルパライソの向こうの丘に日が沈む時間。たくさんの若者や家族連れが浜辺でリラックスしている。ここで夕飯食べてから帰るのでもいいかもなあと思ったけど、夕暮れというのはつまり20時過ぎであって、またバスで2時間かけてサンティアゴまで戻らなくてはならないので、そのまま帰りました。

帰国する前の日、サン・クリストバルの丘に登りました。この丘は、数日前にも登ろうとしていて、麓にあるケーブルカーの乗り場に行ったら、「メンテナンスすることになったので今日は午後から運休です」みたいな貼り紙がしてあって、時間も遅めだったのでいまから歩いて登るのはしんどいな、と思って出直しにしたのでした。しかし、出直したその日もやはりケーブルカーは運転してなくて、貼り紙を見ると、どうもわたしが最初に行った日からメンテナンスに入ってしまったらしい。なにかよっぽど悪いところでも見つかったのか。

ということで、歩いて登ることにしましたが、真昼で陽射しが強いうえに、直前のランチでビールを飲んでしまったため、眠いわだるいわで散々でした。ちなみに飲んだのはチリのブランド、Escudo。エスクードと頼んだら「ああ、エクードね」と返されて、どうしてそこでsが脱落するのかよくわかんないけど。Muchas graciasも、たいていムーチャグラシャ、さらには単にグラシャ、と発音されてた。ブエナスなしの単にタルデ(ス)もよく耳にした。それと、チリ人独自のスペイン語として、わかった?と訊くときのCachai? というのがあると見かけて、そういうのがあることを一度知ると、たしかに、本当にしょっちゅう耳にする。

結局、1時間近くかけてひいひい言いながら丘の頂上に到着。麓から数百メートル高いところに来ただけあって、サンティアゴの街の中からも見ることができるアンデスの冠雪した山並みが、さらにくっきりと見える。みなさまご存知の通り、チリは南北に細長い国で、サンティアゴからは東に50kmくらい行くともうアルゼンチンとの国境のアンデス山脈。あとで地図で確認したところ、見ていた中のどれかひとつが、南米最高峰のアコンカグア山(6980m)だったようです。ということをわざわざ書くのは、最高峰という単語をオリジナルの意味で(比喩でなく)使うのは、もしかしたらこれが初めてかもしれないという、それだけの理由。

山から下りて、この旅で何度目かのショッピング・モールへ。レコ屋のことはすっかり忘れていましたが、家電コーナーの一角、ターンテーブル売り場に、CDセールのワゴンがあるのを発見。なんの気なしに手に取ったレッド・ツェッペリンのCDはメイド・イン・チリだった。南米諸国は同じスペイン語圏でも国ごとにプレス・流通してるんだろうか。だとしたら全部揃えなくちゃいけない性格のひとはたいへんだなあ。Seru Giranという、知らないひとたちのジャケがなんとなくよさそうだ。一度ワゴンに戻して、店内の別の場所、無料のWi-Fiがなんとなくつながるようなつながらないようなところに行って一瞬だけYouTubeで聴いてみたら、後期ビートルズっぽい浮遊感のあるプログレだろうと推測できたので、買ってみました。これがチリでの唯一の音盤購入。ちなみに、あとで聴いてみたらだいたい予想した感じの音。アルゼンチンのバンドだそうです。

夜、テアトロ・オリエンテで、マデリン・ペルーを見ました。ヴォーカル/コントラバス/ギターという編成でさまざまなジャンルの曲をカヴァーするなんていうと、そこらのカフェ・ミュージックで掃いて捨てるほどありそうですけど、あまりに予測不能な乱高下を繰り返すうたのフレーズは、のんびり聴き流すことを許してくれません。そして、いろんなことをやっているにもかかわらず、ヴォーカルの印象があまりにも強すぎるせいで、なんとなく単調に聞こえてしまうのは損してるところかも。「アイ・エイント・ガット・ノーバディ」を歌ったのには驚いた。1週間前にシンシナティで合唱した曲だよ。調べたら、まだ録音はしていないみたい。次のアルバムに入るのかな。

MCはほとんどがスペイン語で、その大半を聞き取れたのには驚いた。外人がゆっくりしゃべっているからなのは当然として、自分の自主練の成果はあったことにもしておきたい。そうそう、この日はスペイン語でも1曲歌われた。アルゼンチンのファクンド・カブラルの「ノ・ソイ・デ・アキ」。サビでは観客が自然発生的に合唱していました。マデリン・ペルーは何語で歌っても、ネイティヴじゃないみたいに聞こえる不思議なひとだなあとあらためて思いました。

最終日、日曜日の帰りのフライトは夜だったので、昼間はずっと歩いていた。日曜日は本当になにもすることがない。店は10軒に1軒くらいしかやってないし、あらかじめ番組を調べておいて映画館に行ったらそこも休みだった(シネコンはさすがにやってる)。旅のあいだ、食事についてはほぼ失敗続きで、具体的に言うと、
・店がない
・あっても入りやすい店がない
・メニューが外に出てないので値段がわからない
・うろうろした末に気合い入れて入ると、さまざまな理由で思ったよりもお金がかかってしまう
・もやもやした気持ちで食べて終えて出ると、1分くらいのところに、いま出てきた店よりも総合的に良さそうな店がある
上記のうちひとつかふたつ、場合によってはみっつ以上が重なることが続いていて、そういうときばかりはやっぱり日本(もしくは台北)はいいよなあーと思うわけですが、この日、せっかくだから最後に、少し高くてもちょっとはちゃんとしたものを食べて帰ろう、と思っていたのですが結局それもかなわず。なんとなく適当に済ませて帰途につくこととなりました。

金の心配をしなくていいってことになればうまそうなところに入ればいいし、逆に節約を第一にするならば店には一切入らずにそこらで売ってるものとスーパーのもので済ませればいいわけであって、そのどっちもいやだからなるべく安くてそこそこうまいものを、とヘンな色気を出すのがいけないのはわかってます。今回、日本円→米ドルへの両替と、米ドル→チリペソへの両替、その両方で下調べしなかったせいで失敗して、あわせて2万円くらい損してしまい、旅行中ほぼずっと、そのことで自責の念にさいなまれていました。

妙なもので、そんなときに限って、持ってきて読んでいた吉田健一のエッセイ集に金の話が載っていて、金なんかなければ借金すればいい、みたいなことがあの独特の口調で書いてあって少しだけほっとしましたが、しかし待てよ、あいつの親父は総理大臣じゃん、食いっぱぐれて死ぬことなんてないからそんなことが言えるんだろう、とすぐ正気に戻りましたけど。ちなみに今回、日本→アメリカ→チリ→日本の飛行機代は13万8000円。もろもろ含めた総費用は約35万円でした。

(おしまい)

☆写真
・海の生き物と記念撮影
・プエルト・バラスで食べたクーヒェン
・バルパライソの教会。手前の柱には「天国DA」と書かれている
・バルパライソ
・段ボールの中で寝ている犬

☆その他の研修
その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ
その2:アラバマ州バーミングハム
その3:オハイオ州シンシナティとその周辺
その4:ジョージア州アトランタへ
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by soundofmusic | 2017-11-28 00:40 | 日記 | Comments(0)

研修その4:ジョージア州アトランタへ

d0000025_0374612.jpg23時過ぎにターミナルに着いて、バスの出発予定は24時45分。ターミナルには電光掲示板のようなものはなくて、係員のアナウンスを聞いてないといけないのですが、普通なら10分前とか30分前には到着しているはずのバスが来る気配がない。ヘンだぞと思っていると、発車予定時刻あたりになったところで、3時間くらい遅れているのでお詫びの食券配ります、とのアナウンスがなされ、とりあえず食券ゲット。$7.50分。お釣りは出ないようなので、$7.49のセットを注文。ハンバーガー、ポテトチップスの袋、例によって巨大なソフトドリンク。

アメリカの食事についてはあまりなにも言いたくありませんが、何度か食べたハンバーガーについては、これは「料理」なのだなと毎回思わされました。それはこんな場所、こんな状況、底冷えのするこんな午前1時であっても同じことで、黒人女性がちゃんと冷凍肉を焼いてくれる。食券もらった数十人の客が一斉に同じ行動をとって注文しに来るので、あきらかにふてくされてはいましたけど。

バスは結局午前4時とかに出たのだったか。理由のアナウンスはとくになし(たぶん)。車内には蛍光ヴェストを着たグレイハウンドの女性社員が同乗していて、突発的に「わたしは悪くない!」「運転手がいないものは仕方ないでしょ!」「わたしにだって子供がいるんだから!」との怒号のような声が聞こえてくる。

朝9時頃、途中のテネシー州ノックスヴィルで、しばらく停車すると告げられる。「ここで終点っていうんじゃないだろうな?」と不安げな男、座席ふたつにすっぽり埋まるように眠る巨体、なくしたiPhoneを這いつくばって探し続ける若者。

結局、蛍光ヴェストの女性が誰かと電話した末、「わたしが運転するから!」と言って、それがどのくらいイレギュラーな事態であるかはわからないのですがとにもかくにもそういうことになり、バスは先に進みます。ところで今回観察したかぎりでは、ジャームッシュの「パターソン」みたいな内省的なバス・ドライヴァーはひとりもいませんでした。みんな客と冗談の言い合いをしたり、一度などは、客席後部で延々と口論をしている男女に向かって「なに、そこ、痴話喧嘩みたいなことやってんだよ!」と仲裁(?)に入る。運転手の仕事はまずはもちろんバスの運転ですけど、道路交通法とはまた別に、公共空間ではこうふるまうべしというルールが確固としてあって、それにしたがうと運転手はエンターテイナーの役割も兼ねざるを得ないのでしょう。

アトランタの街の中心部に近付いたころ、後ろの席のギャル(かどうかはわからないけど、そんな口調の)が、どこかと電話しているのが聞こえてきます。……そうそう、もうすぐアトランタ、ア・トラーンタ、ジョ~ジア、ジョォ~ジア~の。すごい、いままで見たことないくらいの都会! ビルなんてめっちゃ高くて、上のほうが雲の中に隠れちゃっててね……

バスがまともに走れば、ここアトランタで半日の空きができるはずだったので、レコード屋に寄れるな、と算段していたのですが、遅れた分を取り返すこともなく4時間遅れのままの到着だったので、食事だけして空港に向かう時間しか残っていません。ここはグレイハウンドのターミナルと地下鉄駅がほぼ直結していて、あまり遠出すると戻ってくるのがめんどくさい。到着直前に、バスはターミナルのあるブロックをぐるりと回るように走ったので、そのときに見かけたフライド・チキン屋に行くことにしました。

ターミナルから店まで歩く数分間、グレイハウンドの客以外には黒人しか見かけない。小さな店に入ってカウンターに行くと、前で待っていた黒人のあんちゃんが「なあ、会ったことあったっけ?」と話しかけてきました。「ないよ! いまさっきバスで初めてアトランタ着いて、ここでチキン食べてこれから空港行くんだよ」「おおそうか、どっから来た?」「日本だよ」

そこであんちゃん、カウンターの中の女性に向かって「すげえなぁおい、日本からケルズ・キッチンにチキン食いに来たってよぉー」と言い残して出ていきました。カウンターの奥の厨房では、黒人のコックがでっかい声で歌いながら料理しています。出てきたチキンは見かけの量のわりにはするっとお腹に入ってしまって、食べてるあいだにも次々とお客さんがやって来る。ほとんどがテイク・アウトの客で、全員黒人。食べ終えて、「The chicken was great.」と言いながら外に出ましたが、ちゃんと伝わったかどうかはわからない。

(つづく)

☆写真
・お詫びの食券
・朝、どっかで停車中のバス
・ケルズ・キッチンのチキン

☆その他の研修
その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ
その2:アラバマ州バーミングハム
その3:オハイオ州シンシナティとその周辺
その5:チリ
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by soundofmusic | 2017-11-28 00:38 | 日記 | Comments(0)

研修その3:オハイオ州シンシナティとその周辺

d0000025_0334114.jpgバーミングハムから600km、ニューオーリンズからは直線距離にして1000km以上北上したシンシナティは、すでに晩秋~初冬の空気。着いた朝は冷たい雨で、重いスーツケースを転がしつつ、宿まで休み休み歩く30分はキツかった。

2日目以降はずっと晴れで、寒いのにはどうにも閉口したものの(毎日最低気温は0度前後。道端で氷が張ってる日もあった)、何日か過ごしているうちにこの街の独特の歴史と文化を知り、親しみを覚えるようになりました。立派な(建物が、というだけではなくて、きちんと機能している感じの)図書館には、オーデュボン「アメリカの鳥類」の大判の4巻本が展示されています。そう、ニューオーリンズのオーデュボン・パークの、オーデュボン。

そもそもアメリカの都市はだいたい全部、呼ばれもしないのにやってきたヨーロッパ人がつくったもので、何年にできたとかわかってて記録も残ってるわけです。この街の特色としては、
・ドイツ移民が多く、その文化が色濃い
・オハイオ川沿いの交易の要衝として発展し、西部への玄関口となった
・南部から北部へと逃亡する奴隷の重要な通過点
といったあたりでしょうか。西部の入口とは言っても、地図を見るとぜんぜん東寄りで、これなら西東京市のほうがまだ西だと思えます。ちなみにシンシナティという名前は、ローマかなんかの言葉に由来してたと思います。都市も人造ならば地名も人造。もちろん先住民の言葉に由来した地名も多いですが。ちなみに、地図見てると、だいたいどの州にもAthens=アテネ、という名前の街がありまして、このアシンズについては後述。

オハイオ川の北側がオハイオ州シンシナティ、南側はケンタッキー州。どちらにも何軒かずつ、よいレコード屋があります。シンシナティのシェイク・イット・レコーズがいちばん大きかったかな。1階がCD、地下が同じ広さのアナログ。全部見たら5時間くらいかかりそう。

ケンタッキー州側は、歩いて回れる範囲を一度探検して、ベルヴューのトーン・ライト・レコーズが品揃えの的確さとそのわりには値段がリーズナブルなのでお薦めです。歩けるとはいってもシンシナティの中心部から小1時間はかかるので、行きか帰りはバスがいいでしょうね。とはいえぶらぶら歩くのは楽しくて、コヴィントンでは英語とドイツ語がちゃんぽんになったMainstrasseという名前の通りがあったかと思うと、ドイツ語で名前が彫られたMutter Gottes Kircheなる教会もある。そして民家の窓には「IF YOU CAN READ THIS, THANK A TEACHER/If You Can Read This In English, (ここにライフルのイラスト)THANK YOUR MILITARY」と、英語の構文としては正しいと思われるものの、どうにも意味をとりかねる掲示が出ていたりする。

街から離れた場所にもレコ屋はあって、しかしあんまり遠くまで行くと、収穫がなかったときの徒労感が激しいので当初は行くつもりなかったんですが、シンシナティに丸5日滞在しているとさすがにすることなくなったので、シンシナティから南に7kmくらい行ったところの、ラトニアという町にある、フィルズ・ミュージックにも足を伸ばしました。なんてことない田舎町の街道沿いに、店の数と比べて不釣り合いなほどに広大な駐車場を持ったショッピング・モールがあって、その向かいに突っ立ってる店です。

まあ田舎のそんな店に行ったところで、ロクに買うものもないだろうというのが日本の感覚ですが、しっかりとした品揃えで、気が付くと5、6枚かかえているので試聴して減らさなくてはいけなくなりました。こういうことを繰り返していると、20世紀の半ばから後半にかけて、レコードという音の入った円盤が、信じられないくらいに大量に出回っていた時代があったんだなあということが体で実感できます。わたしたちが普段ユニオンなどで見ているレコード棚は、時代的・経済的・嗜好的なフィルターを何重にも通過した状態のそれであって、どっちがいいとか悪いとかではなく、明らかに景色が違う。

そういうことともまったく関係がなくはないと思うんですけど、シンシナティには、ナショナル・アンダーグラウンド・レイルロード・フリーダム・センターという博物館があります。アンダーグラウンド・レイルロードとは地下鉄のことではなくて、まあシンシナティの地下鉄っていうとそれはそれでめっちゃ興味深いので各自検索してほしいんですけど、この「レイルロード」は、黒人奴隷を南部から北部に逃亡させるための、匿ったり移動させたりする人的システムで、実際に線路があるわけではないです。

この博物館はつまりそのことが学べる施設で、入場料$15には一瞬、ひるみますが、わたしにとっては価値のある出費でした。奴隷制度が、世界の拡大化にともなう経済構造の変化にかかわる問題でもあったこと。奴隷制度を描いた大きな油絵は少なく、それはそうしたものを買いたがるパトロンがいなかったからであること。アフリカにおいては、アフリカ人という統一された意識がなかったため、沿岸の部族が内陸の部族をつかまえてきてヨーロッパ人に売り付けていたこと。インディアンの一部の部族は逃亡奴隷を助けていたこと。メキシコでは黒人差別がなかったのでそちらに逃れた者もいたこと。みんな目からウロコでした。見終わってひと息ついてフロアの反対側に行くと、現代における奴隷制度、として、低賃金による搾取、児童労働、強制売春、などなどの展示がなされています。現代においては国際的な人身取り引きの犯罪ネットワークはあるのにアンダーグラウンド・レイルロードはない、とか、奴隷解放以前の奴隷ひとりの値段はいまの貨幣価値換算で400万円くらいだけど現代の奴隷的労働者の値段は$10だか$100だかだとか。打ちのめされました。

話変わって、アメリカには、ニューヨークにもサンフランシスコにも、いわゆる日本の文化系女子みたいな見た目(顔および服装)のひとはほとんどいない、というのがわたしの認識でした(内面的なことは知らない)。シンシナティでは、座席数35くらいのミニシアターで、デレク・ジャーマンの「ヴィトゲンシュタイン」を見まして、そういうとこ行くと、若干、いらっしゃるようですね。勉強になりました。映画は、英語ほとんど聞き取れなくて勉強になりませんでしたが。

英語といえば、旅行の前、10月下旬にTOEICを受験しました。たぶん13年ぶりくらい2回目。前回はわりといい点数で、だもんで今回は目標満点! とか言ってたんですがいざ受けてみると時間足りなくて答えきれなくて、旅行中に点数出てたので確認してみると、100点近くスコア下げてました。予習とかしなくて、つまりナメてたからですけど、それにしてもまったくお話にならない。旅行してて、言葉の問題で本当に困ることあるかなってのはいつも考えてますが、住むなら別ですけど、旅行中は突き詰めれば金を出して物やサーヴィスを買えればよいので、だから喋れなくてもそんな困らないのでは? と思ってます。

ただし知らないひとと話す機会は日本より多いです。金をせびるのが目的のひとに対しては無視すればよいでしょう。そうでないケースというのは、すれ違いざまに「I like your jacket!」と言われて、だからといってそれ以上なにかあるわけでなくそのまますれ違ったり。バスの中でおばあさんに、いいスーツケースねと言われたり。すれ違ったひとと目をあわせてうんうんとうなづきあったり、ときには小さくHiと声に出したり、わたしもしてましたけど、あれ、なんだったんだろう。

ニューオーリンズでは何度も、How ya doing, bro! と声をかけられました。お店のレジのひとも、Hi, how are you doing today? と言ってきます。つまり単なるあいさつであって、いちいち自分のその日の健康状態やこれからの予定を述べなくてもよいわけですが、みんなこれに対してどうしてるんだろう。ほかのひとの返事を盗み聞きすればよかったな。fine. とかgreat. とかで問題なさそうですけど。一度、言われる前にこちらからHi, how are you doing today? って言ったらどうなるか試してみたら、お店のひとも同じこと言ってきました。なんだかWho's on first? みたい……といっても昔のお笑いですから若いひとはご存知ないでしょうけど。(YouTube)

シンシナティでは3回、ライヴに行きました。ミルク・カートン・キッズ、ジャスティン・タウンズ・アール、シンシナティ・ポップス・オーケストラ。

ミルク・カートン・キッズを見ることが、シンシナティに来た目的でした。ニューオーリンズから入国、アトランタから出国と決めて航空券だけ先に買っていて、米国内の日程をいろいろ考えているところで彼らのトゥアー日程が発表になり、もともとはもっと南の、メンフィスとかナッシュヴィル滞在を予定してたところを変更して、シンシナティまで北上することにしました。数百km余計に移動するわけなので、ついでに寄るって距離じゃないんですが、バスでひと晩ならまあそんな遠くもないか……と感覚が麻痺してくるわけです。地図見てると、バス乗り継いで大陸横断してもせいぜい3日か4日のように思えてきて、だったら全然行けるよね? とか余裕かましてたところ、バスでひどい目に遭ったんだけどそれは後述。

ともあれミルク・カートン・キッズです。開演前にジョーイ・ライアンのあいさつがひとしきり。……何年間もずっとトゥアーをしてたけど今年はオフにしてほとんどライヴしなかった、そのあいだに僕にはふたり目の子供ができまして。妻とのティーム・ワークの賜物なんだけど、正確に言えば妻の功績。自分の仕事は最初のほうに、ちょっとだけ。(ここで客席から笑い)あ、あと、相方のケネスは禁煙しました。(ここで客席から拍手)

前座はサミー・ミラー&ザ・コングリゲイション。キーボード、ベース、ドラムス(リーダー)、サックス、トランペット、トロンボーン。最初はカレッジ・フォークのジャズ版みたいなこざっぱりした雰囲気だな、と思っていましたが、クレイジー・キャッツも顔負けの、笑いと音楽が批評的に融合した連中でした。2曲目くらいでいきなり、メンバーの半分くらいが客席におりてあいさつ回りを始めたり。演奏は達者で、しかしどことなくジャズの定型に対して斜にかまえてる。かと思うと、唐突に舞台上に椅子と観葉植物が持ち出され、ジョーイ・ライアンとメンバー3人によるトークのコーナーになる。そこでミラーが、オペラを見てインスパイアされてジャズ+オペラの「ジョペラ」を書いた、ジャズのひともステージで恋したりしてもいいじゃないか、と思って、と。

そのジョペラ、ホーン隊がオペラ風に「アントーニオ!」と声を高く歌ったり、ウィッグをつけたヒロインになったり、甲冑の騎士になったり(サックスの朝顔のところに馬の首の飾りつき)、それぞれの楽器でコール&レスポンス的なことをしたり。オペラのお約束として舞台上でみんなバタバタと死に、キーボードは鍵盤の上につっぷしたままで弾き続ける。その後、歌でみんなが生き返る。歌の内容は逆に、誰かが死んだ、みたいなもののようですが。それにしてもアイディアの豊富さ、演奏の確かさ、ホーン隊の振り付けの楽しさ。度肝を抜かれたし、よくもまあここまで、と思うほど笑わせてくれた。

さて、そんなド派手な前座をたっぷり1時間ほど楽しんだあとのご本尊ミルク・カートン・キッズは、まったく対照的なステージ。舞台の真ん中にマイクが1本。そこにふたりが近付いたり遠ざかったりしながら歌うだけ。滋味かつ地味なことこの上なくて、それでも圧倒的自信がみなぎっている。楽器の持ち換えもなくて、最初から最後まで同じギターを弾いてる。そのギターも、ピックアップやコードといった電気っぽいものが一切見えなくて、まさかギターも声と同じマイクで拾ってんのか? と思ったけどさすがにそうではなかったはず。今度ライヴのDVDで確認してみよう。

ミルク~はいつか日本でも見られると信じたいけど(日本盤たぶん出てないけど、ビルボード・ライヴとかで……)、彼らのトゥアーが発表される前、こっちを見ておきたい、と思っていたライヴがあって、それはジョアン・シェリーでした。ここ数作、ほんとに充実しているSSWで、今年はリチャード・トンプソンのトゥアーで前座をしたり、ウィルコのジェフ・トゥイーディのプロデュースで新作を出したりと、ブレイクの気配満々ですが、日本に来ることはたぶんないだろうから。

テネシー州の小さな町、アシンズで彼女のライヴがあることは把握していて、もともとその期間にあわせての訪米でした。テネシー州? アシンズといえばジョージア州じゃないの? と、R.E.M.やB-52'sのファンのみなさまはお思いでしょうが、テネシー州にもアラバマ州にもアシンズがあるんです。で、テネシー州のアシンズへはグレイハウンドで行けるものの、グレイハウンドのバス停からライヴ会場まで5kmくらいあって、しかも公共交通機関がない。町の中心部にはホテルもない。いや、現地に行けばなにがしかはあるんでしょうけど。もう帰ってきたいまとなっては、アメリカの田舎町の夜道を1時間歩いてもまあめったなことはあるまいと思えますが、最終的にこの計画は断念。またの機会を窺うことにします。

見なかったものの話をもうひとつ。シンシナティ滞在中、60kmくらい離れた町の街道沿いのコンヴェンション・センターで、サザン・オハイオ・インドア・ミュージック・フェスティヴァルなるものがありました。ドイル・ローソン&クイックシルヴァーや、リッキー・スクラッグスが出る、昼間から夜までのフェスで、ランチ・ブレイクをはさんですべての出演バンドが午前と午後にそれぞれ一度ずつ演奏する。つまり、半日いれば全バンド楽しめるわけで、これには食指が動きましたが、毎度毎度、例によって交通機関がない。ないというのはバス便が少ないとかでなくて、物理的に存在しないのです。フェスのページの、会場までの交通欄を見ると、車での道順が記載されているのみ。終わったあとは、シンシナティに帰るひといるだろうから駐車場でヒッチハイクすればいいとして、そもそも会場まで行けなくてはどうしようもない。したがって断念。

シンシナティ最終日の夜は、シンシナティ・ポップス・オーケストラに行きました。このオケがやってるライヴ録音の連続シリーズ「アメリカン・オリジナルズ」の第2弾です。フォスターの曲をやった第1弾(Amazon)に続いて、今回は、第1次大戦が終わり、ジャズ、ブルース、カントリーとさまざまなアメリカ音楽が輪郭をくっきりと見せ始めた1918年をテーマに、その前後の曲を演奏するというもの。

オケによる演奏だけでなく、多くの曲ではヴォーカリストがフィーチュアされてまして、その面子がリアノン・ギデンズ、ポーキー・ラファージ、スティープ・キャニオン・レンジャーズ。指揮者兼司会のジョン・モリス・ラッセルの見事な場づくり、ヴォーカリストが出てきて無駄な間がなくすぐに始まる演奏、そしてなによりもオケとゲストのパフォーマンスの質の高さに感心しました。

たまにクラシックのオケや現代音楽を聴きに行ってだいたい毎回思うことは「音が小さい……」なんですけど、このオケは音がでかい! PAを使ってるからという以外にも、名前が如実に示すとおり彼らはポップスのオーケストラであって、ポップスやロックに味付けとして加わるタイプの管・弦とは、コンセプトが違うんです。ジャズやブルース表現も巧みにやりますし、その気になればロックも余裕でできるだろう、そんなオケ。

リアノン・ギデンズを生で聴くのを楽しみにしてましたけど、彼女の2枚のソロ作はどうも優等生っぽい印象で、キャロライナ・チョコレイト・ドロップス『ジェニュイン・ニグロ・ジグ』で受けた衝撃には遠く及ばないなと思ってました。実際聴いてみてもやはりそうで、もちろん今後も音源は追っかけますけど。そして、休憩時間にパンフレットを読んでたら、彼女の曲に、バーミングハムでの爆弾事件を題材にしたまさに「バーミングハム・サンデイ」というタイトルのものがあると書いてあり、そうだ、そういえばそうだった、と思い出しました。

アメリカ音楽の豊穣さそのもののようなコンサートは、観客に合唱させての「アイ・エイント・ガット・ノーバディ」で幕を閉じ、わたしはクロークに預けていたスーツケースを引き取ると、暗い夜道をグレイハウンドのターミナルへと向かいました。

(つづく)

☆写真
・アマゾンの実店舗。なにか売ってるわけではなく、買ったものの受け取りや返品のためのステーション
・ミルク・カートン・キッズ
・路面電車
・ケンタッキー側から望むシンシナティ
・ケンタッキー州ラトニアのフィルズ・レコーズ

☆その他の研修
その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ
その2:アラバマ州バーミングハム
その4:ジョージア州アトランタへ
その5:チリ
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by soundofmusic | 2017-11-28 00:35 | 日記 | Comments(0)

研修その2:アラバマ州バーミングハム

d0000025_0304668.jpgニューオーリンズ出発は朝7時のアムトラック、クレッセント号。アメリカ国内を公共交通機関で長距離移動しようとすると、鉄道っていう選択肢はあんまりありえなくて、遠ければ飛行機、それほどでもなければグレイハウンド・バスになると思います。

アイアン&ワインを見た翌日の夜に、エミルー・ハリスのライヴを見るためにアラバマ州バーミングハムにいる必要があり、バスだと移動の具合が悪い。たまたま、ニューオーリンズを朝7時に出て、14時過ぎにバーミングハムに着くクレッセント号がちょうどよかった。なお、ほかの時間の電車などは存在せず、ニューオーリンズ駅を発着するのは、それぞれ1日1往復のクレッセント号(ニューヨーク行き)とシティ・オヴ・ニューオーリンズ号(シカゴ行き)、週3便のサンセット・リミテッド号(ロサンゼルス行き)のみ。近郊の街を結ぶ電車なんてものも、ない。車内は冷房が強すぎて、めっちゃ寒かった。欧米人は日本人と比べて寒さに強い印象ですが、それでも、車内には巨大な毛布をかぶったり、全身を寝袋みたいなものですっぽり覆ったりしている客もいたから、やはりこの冷房は異常なんでしょう。

ところで巨大・異常といえば、アメリカにいるひとの体型です。男女問わず、10人にひとりくらいは、マンガみたいな太りかたのひとだった気がする。いちばん強烈だったのは、二の腕の肉がつきすぎて垂れ下がって、でも肘から下へは垂れ下がれないもんで、肘のまわりを覆うみたいになってたひと。

バーミングハムのホテルも安いのがなかった。駅から10分くらい歩いたモーテルの、キングサイズのベッドに応接セットまである、8000円くらいの部屋に宿泊。これもほんと、半分にしてくれ、だよ。

ホテルも大きいけど街も大きい。いや、広い面積の土地のなかにぽつぽつと建物が存在していて、移動距離が長い、というのが正確なところ。ホテルからライヴ会場までの2kmくらいのあいだにはアラバマ大学バーミングハム校の広大なキャンパスがあって、ちょっと筑波あたりの風景を思い出します。ただしこちらはだいぶ土地に起伏があるけど。ニューオーリンズはまだ夏で、半袖で過ごしてたけど数百km北上したここは秋で、乾いた落ち葉を踏みしめて歩くのが気持ちよかった。

エミルー・ハリスのライヴ会場は、大学の関連施設と思われるホールで、チケット代8000円くらいしましたが、学生はたしか$10って書いてあったかな。うらやましい。そういやソウルの大学の中の映画館でホン・サンスの映画見たときも、一般料金は1000円だったけど学生は100円(!)だったなあ。

出だしのあたりはヴォーカルがヨレてましたが、進むにつれて調子が出てくる。このバーミングハムは、ハリスの生まれ故郷(お母さんの出身地)だそうで、6歳のころに引っ越してしまったけどそれからも休みのたびにおじいちゃんとおばあちゃんに会いに来てた、とか、子供のころに行ってた教会のことをなんとかさんのカフェ、と呼んでた(お菓子がもらえたから)とか、そんな思い出話に続いて歌われる「レッド・ダート・ガール」は感慨無量でした。

この曲は、ハリスの同時代の物語として、アメリカのいろんな場所で、さまざまな(でも本質的には似ている)ヴァリエイションで存在しえたであろう青春とその終わりをうたったもので、舞台は、バーミングハムから南西に200kmほど行ったミシシッピ州のメリディアンという街。で、そのままさらに300kmくらい突っ走るとニューオーリンズになります。そして、今日乗ってきたクレッセント号はつい数時間前にメリディアンを通ってきたばかり。こちらの都合ですが、なにか特別な気持ちになります。

四方田犬彦は、「映画はそれが作られた場所で見ろ」と言っていて、最初それを聞いたときには、いや、名物料理とかじゃあるまいし別にあれなんじゃないの、と軽く反発を覚えたものですが、たとえばさっきのホン・サンスを例にとるならば、なんで登場人物たちが飲んでる途中にわざわざ寒い店の外に出て行って、タバコすいながら駄弁るのかってことです。調べればわかることですが、ソウルに行けば、なるほど、そゆこと、と体感できる。音楽もレコードも、その性質上、国境を越える可能性は潜在的に持ってますけど、必ずしも越えるとは限らない。とくにレコードは物なので、遠くまで旅するものもあればそうでないものもある。だから、安く買えるからという理由以外にも、現地で買う理由は大いにある。

というようなことは、バーミングハムの街でレコードを見てて気付きました。よさげなジャケに目が止まり、引っ張りだして裏ジャケを見てみると、1972年のもの。リトル・デイヴィドというレーベルは、たしかケニー・ランキンを出してた会社で、するとこれも同傾向のSSW作品かな。それにしては全然聞いたことないしジャケにも見覚えない。そう思いつつ見進めると、その後何度も、そいつに行き当たる。あとで調べてみると、コメディのアルバムだった。国境を越えないレコードの一例。

ライヴが終わってホテルにどうやって帰るのかってのは思案どころで、都合のよいバスはないし、タクシーという選択肢はわたしにはありません。歩いて戻る前提で、出かける前にはグーグル・マップスで道を見ましたし、昼間は同じ道を歩いてみて、危なげとかそういう以前にひとがいないだろって感じでしたが、シェアリング自転車の24時間パス($6)を買ってそれを利用しました。東京にもドコモがやってる複数の区にまたがるシェアリング自転車があるので、10月に集中的に利用してみましたが、最初にメールの認証が必要とか、スイカでタッチして解錠するのに支払いはスイカにチャージしてある分ではできなくて事前登録したクレカで、とか、システムがクソすぎてお話にならない。セヴン・イレヴンもシェアリング自転車やるらしくて、こっちには期待してますけど。で、バーミングハムのは、メールアドレスとか携帯番号とかはいらなくて、その場でクレジットカード入れて買える。つまりふと思いついて利用するのに便利だし、観光客にもやさしい。

翌日、自転車に乗って、郊外の街道沿いにあるシーシック・レコーズに行ってきました。街の中心部からは5kmくらい離れていて、バスでも行けなくはないけど1時間に1本とかだし、バス停からも15分くらい歩く。レコ屋の場所が街外れすぎて、いちばん近くの自転車ステーションから30分くらい歩きますが、まあそのくらいは楽勝。自転車で走ってたら「SPACE IS THE PLACE」と壁に書かれた、サターンという店があって、へぇーサン・ラが好きなひとがやってるのかな、と思いながら通過しました。あとで調べたらこのバーミングハム、サン・ラの、地球における出生地でした。

さて、シーシック・レコーズ。10軒くらいがまとまってる小さなモールにある店ですが、ここ、レコ屋と床屋を兼ねてるという、世界的にもおそらく稀な存在。残念ながら行った日は床屋スペースは休みでしたが。気になるものを何枚かピックアップして、減らさなきゃいけないけど試聴機は壊れてて使えない。店のWi-Fiもあるけど、店員にパスワードを訊いたら「店長がやってくれて、ずっとログインしっぱなしだから……なんだったか、長いやつ……」みたいな返事。

また来るわと言い残していったん店を出て、モール内のコーヒー屋で休憩しつつそこのWi-Fiで調べものして、さあ戻ろう、と思ったら、アンティークの店がある。広いスペースを区切って、ひとつひとつをいろんなひとが借りて出品してるらしい。なにかおみやげになりそうなものがあるかな、と気楽に流してると、そういうとこにもレコードはあります。うっかりしてたわ。

たいして気合いも入れずにパタパタしてたら、今回の旅で見つけたい、と思っていたうちの1枚であるボブ・ダーリン『コミットメント』を発見。ボブ・ダーリンとは、60年代にティーネイジャー向けのヒットを連発していたボビー・ダーリンのことで、このアルバムは彼がスワンプ~SSW時代の到来に刺激されて作ったもの。2014年の名アンソロジー『カントリー・ファンク2』でめちゃくちゃかっこいい「ミー&ミスター・ホーナー」(YouTube)を知って以来、欲しかったレコードでした。一度北浦和のユニオンで2980円で売ってて、この値段では高いな、どうせこんなもん誰も欲しがってないだろうから色別で半額になったころ買いに来よう、と狙ってたらさすがに買われちゃってた。

10年以上前に一度だけ2イン1でCDにもなってて、そっちはさらに高い。何万円とかバカみたいな値段になってる。旅行の前、ようやくこのCDが比較的まともな価格(自分が普段普通に出す金額の3~4割増くらい)で出てるのを見つけ、注文したばかりなので、だったらLPは買わないのが原則、でもその原則はしばしば破られます。税込$13.20。これがこの旅で買ったいちばん高額のレコードでした。レジの女性が、「Cherish your change.」って言いながらお釣りを渡してくれた。そういう言い方があるのか。

シーシック・レコーズでは一応地元のものってことで「アラバマ物語」のサントラなどを購入し、満足してアラバマの秋景色を眺めながらまた30分歩いて自転車ステーションまで戻り、街へと自転車を漕いでいると、ニグロ・リーグ博物館はこちら、みたいな看板を見かける。ニグロ・リーグとは、白人だけのものであった大リーグとは別個に存在していたプロ野球リーグ。わたしは、野球に関するおそらくもっともロマンあふれる日本語の書き手である佐山和夫の本を読んで以来、伝説的というだけではおさまらない、神話的とすらいえるプレーヤーたちが活躍したニグロ・リーグに若干の興味を持っているのです。その看板には住所は書いてなくて、Wi-Fiの使える場所に行って調べてみたら、もう閉館時間。あらかじめそういうものがあることがわかっていたなら、必ずや訪れたであろうに。

ところでバーミングハム、あるいはアラバマ州が、ニグロ・リーグにとってどういう土地であるかはとくに調べてませんが、エミルー・ハリスはMCで、わたしが子供のころはまだ人種隔離の時代で、みたいなことを言ってました。blindedされてた、とも言ってたかも。

バーミングハムの街を自転車で走っていると、街角のところどころに、公民権運動の重要なポイントを示す看板があります。アラバマ州というと人種差別がひどかった地域で、たとえばモンゴメリーという街ではなんか起きてたよな、くらいの知識はあるものの、ここバーミングハムの16番通りバプティスト教会に爆弾が仕掛けられて何人か亡くなった、なんてことは知ってたような知らなかったような、あやふやな状態でした。

19時半のグレイハウンド・バスに乗り込み、真夜中に雷雨のナッシュヴィルで乗り換えて、オハイオ州シンシナティに向かいます。

(つづく)

☆写真
・バーミングハム駅に停車中のアムトラック、クレッセント号
・エミルー・ハリスのチケット。会場のホールをバックに
・ボタンを押すと聖書の言葉をしゃべる機械「ワンダーバイブル」のCM
・シーシック・レコーズの店内
・アマゾンをバーミングハムに誘致する運動のオブジェ

☆その他の研修
その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ
その3:オハイオ州シンシナティとその周辺
その4:ジョージア州アトランタへ
その5:チリ
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by soundofmusic | 2017-11-28 00:32 | 日記 | Comments(0)

研修その1:ルイジアナ州ニューオーリンズ

d0000025_0265291.jpgアメリカ音楽の現地調査と、チリでのスペイン語の自主練、合計3週間の研修から戻ってきました。忘れないうちに簡単に印象を記録しておきます。

ルイジアナ州ニューオーリンズ(5泊)→アラバマ州バーミングハム(1泊)→オハイオ州シンシナティ(4泊)→サンティアゴ(1泊)→プエルト・モン(1泊)→サンティアゴ(4泊)という旅程でした。

もともとこの時期にアメリカの数か所を回りたいっていうのは考えてて、金と時間の両方が比較的自由になりそうななのも人生これで最後だろうから南米も組み合わせちゃえ(アメリカ往復する飛行機代プラス1万円くらいで南米も寄れる)ということでこういう旅程になりました。いくつか見たいライヴがあることがわかり、それ中心にだいたいの滞米時期を決めて、その中で航空券の安い日に出発しました。

こちらに書いたとおり、ニューオーリンズは去年行って楽しくて、再訪したいなあと思っていた街。まさか2年連続で行くとは予想外だったけど、前回はあまりにも滞在が短すぎたので。しかし丸々4日は長い。2日あれば回れるなと思いました。

成田発のユナイテッド、ヒューストン乗り換えでニューオーリンズのルイ・アームストロング空港に着いたわけですけど、まずさっそくハードルが高いのは、市内へのバスがよくわからない、本数が少ない。そもそも空港から街の中へなんて、鉄道敷設しとくべきでしょう。じゃなければ、中心部のバス・ターミナルまで15分おきにバスが出てるとか。ところがニューオーリンズ、世界中から観光客が来るであろうに、バスが1時間に1本くらいで、しかも18時以降は街の中心部まで行かずにだいぶ手前でおろされて、そのあと路線バスに乗り換える仕組み。後述するかもしれませんししないかもしれませんが、この路線バスが、あらかじめ知ってるひと以外にはおよそ乗りこなし困難なもの。みなさん御タクシー(おんたくしー)にお乗りになるみたいですが、$40とか出したくないじゃないですか……ちなみにバスは$2。まあこんなことばかり考えながら旅してました。

最低時給$15とかの話題をニュースで見聞きして、アメリカの労働者はずいぶん贅沢だなあと思うわけですが、健康保険がないとかもそうですが、物価が高いです。ニューオーリンズの中心部には、シングル1万円以下で泊まれるホテルはなかった。最初の4泊は、空港からのバスの夕方以降の終点(中心部から3~4kmくらい)近くの、1泊7000円くらいのところに泊まりましたが、やたらバカでかく、やや汚なく、あるって言われてたWi-Fiがつながらない部屋。ホテルでも食事でも、この半分の大きさでいいから値段半分にしてくんねえかな、と折にふれて感じました。最後の晩だけ、翌朝の出発が早かったので、中心部のホステルに泊まりました。ここもムダに広い共用部があって、でかい部屋に2段ベッドがぽつんぽつんと置かれてる。狭くても、寝るだけの独房っぽい個室、バストイレ共用、1泊3000円、みたいなほうがよっぽどありがたいんだけど、このへんは感覚の違いなんでしょうかね。

ニューオーリンズのレコ屋については前回ご報告したとおりです。今回、時間は潤沢、金はまあなんとかなるとして、物を買いすぎることで荷物が重くなることがいちばんの懸案だったため、最初の滞在地ではなるべく控えめに、控えめに、と念じておりましたが、幸か不幸か時間がありあまっていたので、1軒1~2時間かけてゆっくり見て回ることができました。心残りは、ホテルから徒歩数分の場所の、去年行かなかった店が閉店していたこと。

旅が進むに連れて、持っているものは買わない、CDになってるやつはなるべく買わない、という方針を遵守する必要が出てきて、したがって、あっこれ自分は持ってるけど安いからおみやげにしたいなあ、と思うものがあっても泣く泣く見送ったりが何度もありました。しかし1軒目のルイジアナ・ミュージック・ファクトリーでは、やはり浮かれていたのか、$3コーナーを丹念に見て、さっそく6枚。去年時間が足りなくてまったく見られなかった倉庫みたいな2階建てのユークリッド・レコーズでもたっぷり時間を過ごし、厳選して2枚。といった具合でした。

ちなみに普段、レコ屋で、これどうなんだと思った場合や持ってるかどうかあやふやな場合、その場で検索してますが、今回はSIMとかルーターなどは用意しませんでした。中古盤屋にはだいたい試聴用のターンテーブルがあって、日本みたいに店員に開封してもらう必要はなくて勝手に使っていいところが多かったです。あるいは店のWi-Fiを使わせてもらえたり。どっちも不可なときは、いったん店を出てそこらのカフェでコーヒー飲みながらそこのWi-Fi使って検索→レコ屋に戻る、というパターンもあり。

夜はライヴ。4晩連続でライヴ行ったのなんて生まれて初めてじゃないかな。とはいっても、なにか目当てのものを見にライヴ・ハウスに行くとかじゃなくて、フレンチ・クウォーターを歩いているとバーの中の演奏が通りまで聞こえてくる。音漏れしてくるとかじゃなくて、そういうふうになってる。店の外で品定めして、よさそうだと思ったら中に入って、ドリンク代を払ってあらためて聴く(ミュージック・チャージはあったりなかったり)のがスタイル。

何日目かで気付いたのは、これって通行人に向けて、店の中から女のひとが誘いをかけてる状態と同じなんだなってこと。実力派バンドが凌を削る東京(とかどこでもいいけど)のライヴ・シーン、とかとはコンセプトが違うわけです。わたしは、去年も行ったd.b.a.と、その斜め向かいのスポッテッド・キャットという店のスケジュールを調べて、出演バンドの演奏をYouTubeでささっと聴いてから出かけていったんですが、これは本来の楽しみかたではないのかもしれない。ふらっと入って、よければもう1杯ドリンクを頼んでしばらくいるし、休憩時間にバケツを持って回ってくるメンバーにチップをはずむと。

チップってほんとうに鬱陶しい習慣で、わたしがなかなかアメリカ行く気がおきなかったのも、それが大きな理由のひとつ、って書くと冗談みたいですけど本当の話。しかし、小銭を切実に必要としているらしいホームレスがたくさんいる一方で、芸やサーヴィスに対するチップの風習は確立していて、夕方、フレンチ・クウォーターを流していると、遠くからレイ・チャールス「アイ・ガッタ・ウーマン」のカヴァーが聞こえてきました。こんな早くからもうバーでやってるのか、それにしても音でけぇな、と近づいてみると、5人編成のバンドが道端でやってて、しかも相当かっこいい。わたしは2曲くらい聴いて、そのまま立ち去りましたが、少なからぬ数の通行人がチップを入れていってました。

路上演奏は、普通におこなわれてます。ある日、バーボン・ストリートに入ると、さっそくそこらでリハーサルをしているブラス・バンドの音が聞こえてくる。近付いていくと、手前の道端には座り込んだホームレスらしき男。彼のもたれかかっている壁の脇は高級っぽいレストランで、ガラス越しに正装した男たちが食事しているのが見える。あまりにも絵になる光景、と思いつつ、なんか胸が押しつぶされる感じで、写真を撮りそびれました。

フレンチ・クウォーターの店で見たのは4組。ショットガン・ジャズ・バンド、アレクシス&ザ・サムライ、ホット・クラブ・オヴ・ニューオーリンズ、パノラマ・ジャズ・バンド。コンテンポラリー・デュオであるアレクシス~(アンガス&ジュリア・ストーンぽいかな)以外は、だいたい名前から想像できるとおりの、ニューオーリンズとかジャンゴ・スタイルのバンド。

いちばん印象に残ったのはパノラマ・ジャズ・バンド。ニューオーリンズとかデキシーランド・ジャズって、楽器編成も音楽性もそんなに大きな差異は出しづらい気がするんですが、このバンドはひと味違ってた。リズムにも管楽器の響きにも、ほんのりとラテン~カリブの香りがあって、この街とカリブ海とが、ミシシッピ川を介して地続きならぬ水続きであることをあざやかに示してくれていました。

水といえばですけど、旅行に行ってもいつもたいてい、ツアーめいたものには参加せず、自分で電車とかバスで行けるとこしかいきませんが、ニューオーリンズではどうしても行きたいところがあって、スワンプ・ツアーに申し込みました。街の中で集合、観光バスに小1時間くらい乗せられて湖の近くに着き、そこから50人乗りくらいの船で1時間半くらいスワンプを回る。独自の植生を見てるだけでやはりテンション上がりますが、なんといっても目玉はワニです。季節とか時間帯によっているときといないときがあるそうで、言われてみればそのとおりですが、けっこうたくさん見られた。船長が棒で水面をびしばし叩いて、「Come on, alligator!」と声をかける。ワニから離れるときにはお約束で「See you later, alligator!」とも言ってました。ケイジャン・ミュージックを聴きながらのクルージング、最高でした。

動物は街の中でもいろいろ見ました。放し飼いにされているのか野生のものなのか、住宅地の道をうろうろしている犬、鶏。シティ・パークやオーデュボン・パークに行けば、たくさんの水鳥やリス。

最後の晩にはジョイ・シアターでアイアン&ワインを見ました。キャパは1000くらいだったか、1階は立ち見で2階は着席。立ち見は疲れるだろうと思って2階席をとって、だいぶ上のほうにいたんですが、前座のジョン・モアランドの最初のギターの音からして、びっくりするくらい臨場感がありました。それこそ、すぐ目の前で聴いているようにクリアで、いままで持っていたPAの概念がひっくりかえるほど。モアランド、事前に試聴したときにはエレキっぽいサウンドでさほどピンとこなかったけど、この日の激シブ弾き語りは、好サポートのサイド・ギタリスト含めて素晴らしく、大喝采を浴びてた。

アイアン&ワインについては、アルバムはだいたい持ってるものの、とくに曲を覚えてるとかはなくていつも「感じ」で聴いてます。この日もその、「感じ」のライヴでした。以前、やはりアメリカでアイアン&ワインのライヴを見た村田さんが、「知的なことを歌ってそう」と感想を言ってた気がしますけど、まさにそうなんですよ(実際の歌詞の内容は知らない)。文化系男子で、そして文化系男子でもDVしそうなひととしなさそうなひとがいますけど、DVしなさそうなほう。ちなみにアメリカの文化系女子については後述。

その、DVしなさそうな文化系男子が、音源の繊細な音響を5人くらいのバンドと一緒に再現して、緻密なPAで耳元までお届けしてくれるわけです。かといってガチガチの構築美ではなくその正反対。イントロを間違えてもそのまま曲を始めてしまうような、リラックスした空気感で。いやーこれには脱帽。

ちなみにこの日の開演は21時で、終わったのは23時半過ぎ。最初にいたホテルに戻るには、バスに乗らなくてはならず、それを避けるための宿替えでした。このバスが厄介で、日本のバス停には普通あるであろう、時刻表がない。柱に、止まるバスの系統の番号が書いてあるだけ。ヘタすると柱、っていうか棒が立ってるだけのところもありました。バス停とすら記されていない。待ってれば来る。来なければ来ない。来たのに乗れば、車内には時刻が書かれたリーフレットが置いてある。

翌日の出発が早くなければ、多少帰りが遅くなってもよかったんだけど、次の日の電車が朝7時なのと、ちょうどこの日の深夜が夏時間から冬時間への切り替えで、そうなると1時間多く眠れるのか? 短くなるのか? そもそも自分のスマフォはなんか勝手に電波を受信してそのときどきでいる場所の時刻の設定をしてるけど、目覚ましかけて自分の意図した時間に起きられるのか? 勘違いして電車に乗り遅れるのはもってのほかだけど、ただでさえ睡眠時間が短いのに、1時間早く起きることになってもそれはそれでイヤだぞ、とかいろいろ考えちゃう。

ライヴが終わって、徒歩数分のホステルに戻り、消灯時間が過ぎているので真っ暗になっている部屋(2段ベッド×5台)に戻り、手探りで自分のベッドにたどり着いて夕方のあいだに出しておいた寝間着とタウォルを手にとってシャワーを浴びに行き、また真っ暗な部屋に戻ってなるべくすみやかに布団をかぶって寝て、翌朝5時半、目覚ましを一瞬で止めて、手探りで荷物をたぐりよせて部屋を出て、チェック・アウト、駅へと向かいました。

(つづく)

☆写真
・キャプテンズ・ヴァイナル跡地
・ユークリッド・レコーズ
・「本鮪 寿司で食べるのも刺身で食べるのも良し。」のシャツ
・スワンプ・トゥアーの船
・パックマン

☆その他の研修
その2:アラバマ州バーミングハム
その3:オハイオ州シンシナティとその周辺
その4:ジョージア州アトランタへ
その5:チリ
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by soundofmusic | 2017-11-28 00:29 | 日記 | Comments(0)

黒の試走車<テストカー> Vol.127

d0000025_2241897.jpg日時:2017年12月02日(土)19時~23時
会場:渋谷メスカリート(渋谷区円山町28-8第18宮廷マンション1階奥つきあたり)
地図
*建物入ってすぐ左側の自動ドアのエントランスには入らず、店舗の並んでるほうをまっすぐ進んで、つきあたりを左に曲がったいちばん奥、行き止まり部分の扉です。
料金:1000円(1ドリンクつき)
DJ:あずまきょういち/澤山恵次/チバ/森山兄

☆「黒の試走車<テストカー>」は、毎月第1土曜日に開催される、踊る前から踊り疲れているひとのためのイヴェントです。ラウンジの名の下に、ロック、ジャズ、ソウル、ラテン、邦楽、フレンチ、サントラ、モンド、電子音楽などをデタラメ、かつ控えめ(音量が)にお届けしています。

会場のメスカリートは、渋谷、道玄坂をのぼりきった先、マンションの1階つきあたり奥にあるスペース。全身にぬるま湯のように浸透する絶妙な反響効果で、何を聴いても自宅の3割増しでいい印象を受けることができる不思議な音楽空間です。未知の音楽との出会いに、既知の音楽との再会に。軽い舞踏に。気のおけない会話に。酩酊に。密会に。ぜひ一度遊びにいらしてください。

11月は森山兄が海外研修(自費)で欠席しまして申し訳ございませんでした。突発的なことがなければ12月は復帰いたします。おみやげ的なものも配布されるかも(確約はできません)。ともかくいずれにしても今年最後の試走となりますので、1年の反省会などとしてもご活用ください。

過去分のセットリストその他は、「黒の試走車<テストカー>」のmixiコミュニティにて閲覧可能です。

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by soundofmusic | 2017-11-07 02:24 | 黒の試走車イヴェント情報 | Comments(0)